All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 341 - Chapter 350

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第341話

私は袖を引っぱって、ちょっと気まずそうに口を開きかけた。素直に説明しようとしたそのとき――宴会場から、突然どよめきが起きた。「うそでしょ!」誰かが叫んだ。「藤原家のお嬢さんが倒れた!救急車呼んで、早く!」次の瞬間、それまでずっと俯いていた男が、ばっと立ち上がって飛び出していった。風のような勢いだった。藤原のおばあさんも驚いて立ち上がり、何も言わず、使用人に支えられながら足早に出て行った。応接室には、私と来依だけが残された。「……ほら、もう行こ」来依が私の腕を引いた。「他人のことなんて気にしてもしょうがないよ。あの子には家族も、尽くしてくれる婚約者もいる。でも、あんたは自分で自分を大事にしなきゃダメ。早く病院行こ。あのときみたいになったら大変だよ」宴会場はすでに大混乱だった。本当に心配してる人もいれば、ただ藤原家にいい顔をしたいだけの人もいた。病院に着いて、採血を数本済ませ、私は点滴室で来依を待っていた。でも――痒みがまったく引かない。来依が支払いに行っている間に、私は首を掻きすぎて、とうとう皮が破れてしまった。皮膚がヒリヒリしても、どうにも止まらない。あまりの痒さに、泣きたいどころか死にたくなるレベルだった。「うわっ!」来依が戻ってきて、私がサルのように顔や腕を掻きむしっているのを見て、慌てて手を押さえた。「ちょっと!顔やめなって!あんたもう二十歳そこそこの若さじゃないんだから。今掻いたら傷になるよ。跡残ったらどうすんの?一生ものだよ?」「もう……今の私なんて、見るも無惨でしょ……」目に涙が滲む。病院に向かう途中、バッグから小さな鏡を取り出して自分の顔を見た。蕁麻疹が広がっていて、鏡の中の自分が信じられないほど酷かった。来依は私の気持ちを察して、すぐに声をかけた。「今だけのことだから。先生も言ってたよ、点滴して薬飲めば、すぐ治るって。ほら、点滴終わったらアイス買ってくる。少しでも冷やしたら楽になるってさ」私は救われたような気持ちで、彼女の手から薬を受け取った。「うん……点滴、行ってくる」「一緒に行くよ」冬のこの時期、風邪をひいた子どもたちで点滴室はごった返していた。順番待ちの列も長い。ようやく私の番が来た頃――点滴室の外からバタバタと足音が
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第342話

人間って、身体が本気で辛くなると、とことん利己的になるんだなって思った。もう何も考えられなくて、ただひたすら痒くて、無意識に自分を掻いてた。「私に何の関係があるのよ!?」こんなに苦しんでるのに、なんで人助けなんかしなきゃいけないの。私、聖人じゃない。「ドサッ――」藤原夫人がその場に膝をついた。ぽろぽろと涙をこぼしながら、しゃくり上げて懇願する。「お願い……あなたの病気は命に関わらないでしょ?だからお願い、うちの子を……奈子を助けて……!」点滴室の全員がこちらを見た。視線が痛いくらいに突き刺さる。この瞬間、彼女は娘を助けようと必死な、可哀想な母親。そして私は、ただの蕁麻疹で命を助けない冷酷な女。「……無理」私は冷ややかに言い放ち、来依に目を向けた。「来依、警察呼んで。治療の妨害は立派な犯罪。藤原さん、これはもう殺人未遂と同じだよ」他人の目なんかより、自分の命の方が大事。奈子がどうなろうと、私には関係ない。藤原家のお嬢様でしょ?ここにいる藤原夫人だけじゃなくて、藤原家も服部家も、総動員で血液探してるはず。私が動かなくても、きっとなんとかなる。仮に本当に血が足りないってなったって、私が命を差し出す理由にはならない。アレルギーで献血なんかしたら、倒れるか、死ぬ可能性だってある。そこまでしていい人になる気はない。「お母さん!なに泣き落としやってんのよ!」高いヒールの音を響かせて、星華が現れた。宴会での屈辱をここで晴らす気満々だ。「何してんの、早くこいつ連れてって採血しなさいよ!」「やめて!」私はすでにボロボロで、抵抗なんてできなかった。来依は目を真っ赤にして必死で止めに入った。「あんたたち、これ犯罪よ!南に何かあったら、責任取れるの!?」「責任?犯罪?ここがどこか、分かってる?」星華はあざ笑うように吐き捨てた。「大阪で法律って言葉、誰に通じると思ってるの?」そう言うと、残ったボディーガードに命じた。「点滴室にいる全員のスマホ確認して。誰か動画撮ってたら即削除」さらに来依を指差す。「そいつも抑えておいて」――力による圧倒。私はあっという間に採血室に連れて行かれた。反抗できないように椅子に縛りつけられ、口まで塞がれた。星華
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第343話

鷹を頼るのか。……たぶん私が、あまりに悲観的すぎるんだろう。でも、彼のあの奈子への執着を見てると、正直、彼よりも藤原のおばあさんを信じたいと思ってしまう。たとえ、彼があの奈子を偽物だと疑っていようが。たとえ、彼が「違う」と言い続けていようが。もし、千分の一でも可能性があるなら、彼は奈子が死ぬのを黙って見ていられる人じゃない。彼は優柔不断な男じゃない。だからこそ――私を犠牲にするのは、あまりにも自然なことだと思っていた。「バンッ!」まさかのその瞬間、外から言い争う声すら聞こえず、いきなり扉が蹴り飛ばされた。鷹が現れた。全身から冷気のような殺気がにじみ出ていた。私が呆然としている間に、彼は一気に距離を詰め、すぐさま私の縄を解き、震える手で口のテープを剥がした。「お前……またこんなバカなことして!」「わ、私……」「もういい、喋るな。顔ひどいぞ」まだ血は抜かれていないと確認すると、彼はわずかに安堵し、不機嫌そうに言った。「医者に見せる。行くぞ」「鷹!」星華が気圧されながらも、歯を食いしばって叫んだ。「今日は絶対に、あの女を連れていかせない!」彼は何も言わず、私を抱きかかえようとする。「鷹!」藤原夫人がボディーガードに命じて、出口を塞がせた。「今回は、あんたの好きにはさせない」鷹の目には暗い光が宿る。私の掻きむしった手を握り、指先でそっとその赤くなった部分を撫でて、少しでも楽になるようにしてくれた。いつもは飄々としてるくせに、今は氷のような顔で、嘲るように言った。「忘れたのか。ここは俺の家の病院だ。邪魔なやつは、全部どかせ」「……あんた一人なら、勝手に行けばいい。けど清水南はダメよ」藤原夫人は強い口調で言い放つ。「なら、俺を殺せ。殺しきれなきゃ、彼女は連れて行く」鷹の目には殺気が宿り、冷たい笑みを浮かべながら言う。「やるなら早くしろ。こっちは彼女の治療が先だ」藤原家は誰も動けなかった。RFを敵に回した今、ここで鷹まで敵にすれば、藤原家は大阪で一気に終わる。藤原のおばあさんが焦りと怒りをこらえながら、一瞬だけ迷い――そして叫んだ。「鷹、南を行かせてあげなさい!」「おばあちゃん!?」星華がドアの前に飛び出し、怒りに満ちた目で藤
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第344話

「死なないって言うなら」鷹はうっすらと笑って言った。「じゃあ、死ぬまで採ればいい」その言葉と同時に、星華の抵抗などまるで無視して、あっという間に彼女を別の椅子へ押さえつけて縛りつけた。「さすが藤原家、育て方がいい。奈子のためならそんなに姉妹愛があるってわけだ。だったら、口じゃなくて体で証明しなよ」そう言って、きっちりと結び目を締めると、看護師に目配せした。「何突っ立ってんだ。早く始めろよ」「お母さん!お母さん!!」星華が取り乱して悲鳴を上げた。藤原夫人は我を忘れて飛び込もうとしたが、鷹が連れてきた人間たちがすかさず立ちふさがり、入り口では両陣営が押し合いになった。――出たい者は出られず、入りたい者は入れない。勝負は、誰がより狂っていて、誰がより容赦ないか、それだけだった。藤原夫人は藤原のおばあさんの腕を握りしめ、さっき私に懇願したときよりも、もっと切実な声で懇願した。「お義母さん……鷹を止めて。あの子、あんたの言うことなら聞くでしょう?このままじゃ……星華が、本当に……」「さっき先生の話、聞いてなかった?」藤原のおばあさんは隣の椅子に腰を下ろし、落ち着いた声で言った。「死なないって言ってたわよ。南さんより、よっぽどマシな状態だって」「お母さん!!」まだ消毒も終わってないのに、星華はまるで処刑台に上げられたかのように、叫び声をあげ続けた。鷹は視線を私へ戻し、そっと腕を支えて立たせる。看護師が血液採取用の針を準備し始めるのを見て、藤原夫人は正気を失ったように突進してきて――私に手を振り上げようとした瞬間、鷹の一蹴が彼女の体を床へと叩きつけた。「俺にダブスタ仕掛けんなよ」鷹は冷たい表情のまま、ゆっくりと言った。「おばさん、前にも言ったよな。俺の限界、試すなって。口で言って分からないなら、身体で覚えてもらうしかない」「……そんなに焦ることか?養女の命が、実の娘より大事ってことか?」「何をしている……!」突然、慌ただしい足音と共に、ひとりの中年男が現れた。背丈と骨格、そして険しい目元に、鷹との血のつながりが垣間見える。ただ、長年名利に揉まれてきたその目は、ずっと鋭く、老獪だった。「誰にそんな無茶を教わった!」男は藤原夫人を支え起こすと、そのまま鷹に詰
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第345話

この階はもともとVIP専用フロアだ。だからこそ、宏の姿が現れた瞬間、周囲の空気は一変した。ただひとり、鷹だけが敵意を隠さなかった。服部家当主の顔から怒気がすっと消え、代わりに商人特有の静かな計算高さが浮かぶ。「江川社長、あなたの奥さんというのは……清水さん、で?」そう言って、ようやく私に視線を移す。「あの女」だった存在が、やっと名前を持った瞬間だった。宏の声は氷のように冷たく、問い返すように言った。「そうだけど?」「江川社長、奥さんと元奥さんの違いは、ちゃんと区別した方がいい」鷹は静かに釘を刺す。だがその声音には、はっきりとした拒絶があった。「ご心配なく。再婚の時には、きちんと招待状を送らせてもらうよ」宏はそう言うと、私の腕を鷹から引き離そうとした。けれど鷹は、放さなかった。火花が散る。――さっきまでの、血を抜かれるかもしれない恐怖で麻痺していた身体。宏の登場でようやく気持ちは落ち着いたものの、かゆみは再び襲ってきて、今にも気が狂いそうだった。私は、鷹の手から腕を引き抜くようにして、言った。「……先に、奈子さんのこと、片付けてあげて」このまま彼と一緒にここを出て、もし奈子に万が一のことがあれば――彼はきっと、一生、自分を許せなくなる。「本気で、あいつと行くつもりか?」何かを誤解したように、鷹は静かに、だが深く沈んだ目で私を見た。まるで、裏切られたかのように。服部家当主がその腕を思いきり叩いた。「おまえ、何を意固地になってる?さっさと江川夫人を離せ!」「言っただろ、元妻だって」鷹は声を張った。「鷹くん……」弱々しい声が割り込む。奈子が車椅子に乗せられ、付き人に押されながら近づいてくる。顔からはすっかり血の気が引いていて、ただ、まっすぐ鷹を見つめていた。今にも息が止まりそうなほどに。その一瞬の隙をついて、私は腕を引き抜き、来依に言った。「……行こう」来依が支えてくれて、私は点滴の部屋へ向かった。服部家当主はすぐにVIP病室を用意してくれた。宏は何も言わなかった。私も、拒む理由なんてなかった。この状態では、少しでも楽な方を選びたかった。間もなく、点滴が始まる。山名が廊下で、服部家当主の対応にあたっていた。「
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第346話

宏は来依を鋭くにらみ、意味ありげに言った。「ここ、ちょっと明るすぎないか?」来依は気にする様子もなく、私の腕に薬を丁寧に塗りながら答える。「別に。ちょうどいい明るさだけど?」「……」「宏、」私は顔を上げた。「もう帰って」「帰る?」宏は外にちらりと視線を投げ、目を沈ませた。「また誰かのために血袋にでもなるつもりか?」「……」言わんとしていることは分かっていた。服部家はまだ話が通じる。でも藤原家のあの母娘は違う。正気とは思えない執念で、私を目の敵にしている。機会さえあれば、骨の髄までしゃぶるつもりだろう。宏はどこ吹く風で椅子を引き、ベッドの横に腰を下ろした。長い脚を組んで、余裕たっぷりに言う。「水、飲むか?」「……その格好で言われても、誰が飲むかって話なんだけど」来依はこれまでのことがあるだけに、遠慮なく鬱憤をぶつける。「君がいるだろ?」と宏が笑う。「……だから離婚されたのよ、あんた」来依はため息をつきながら、それでも私に水を差し出した。点滴が終わったころには、まだ時間も早かった。かゆみもだいぶ落ち着いている。このまま宏たちとは別れて、タクシーでホテルに戻ろうとした――その瞬間。「送る」宏が当然のように手を伸ばした。「いらな……」最後まで言い切る前に、彼はコートを脱いで私に羽織らせ、腰を屈めたかと思うと、そのまま肩に担ぎ上げた。しかも頭が下になる、あの格好で。「微熱あるだろ。夜風に当たったら、悪化する」「……」来依は目を丸くし、後ろで山名に小声で囁く。「ねえ、あなたのとこの社長って、今ドラマのヒーロー気取り?」私はそのまま車に押し込まれた。来依は助手席へ。運転は山名。正直、苛立っていた。人の本性なんて、簡単には変わらない。特に、あの薄っぺらな「穏やかさ」という仮面が剥がれたあとにのぞく傲慢さ、独断、支配欲――それが少しずつ顔を出してくるのを見ると、胸の奥がざらつく。もしかすると私は、今になってもまだ、彼の本当の顔を知らないのかもしれない。翌日。来依はノートパソコンを抱え、あちこちに電話をかけていた。昨日の貴婦人たちの依頼はすべてオーダーメイド。採寸の予約、好み、デザインの方向性……確認事項は山ほどあ
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第347話

私も少しだけ首を傾げた。花と視線が合い、無意識にそろって山田先輩を見てしまう。彼はいつもと変わらない穏やかさで、私のカップに水を注ぎながら、ふっと笑った。「別に言っちゃいけないことじゃないよ。ただ、詳しく話すと彼に余計な面倒が降りかかるかもね」「どうして?」と花が首をかしげる。「だって君、自分で言ってたじゃない。彼とお父さんの仲、最近かなりこじれてるって」山田先輩は目を伏せたまま、静かに言葉を継いだ。「君が細かく話せば話すほど、きっと彼は南のことを心配する。もし家の中でまた揉めたりしたら、迷惑をかけるだけになるだろ?」「……言われてみれば、そうかも」花は少し眉を寄せて、「でももう送っちゃったんだけど……どうしよう。まだ既読にはなってないけど、取り消しはできないし」「平気だよ」山田先輩は変わらぬ表情で笑った。「来るなら受けて立つだけさ」そのとき、来依が寝室から出てきた。山田先輩と花の姿を見て、少し驚いたように目を瞬かせながら微笑み、挨拶する。山田先輩はちらりと彼女を見てから、ふと残念そうな口調になった。「伊賀は結婚式の日、ずっと君を待ってたらしいよ」「私を?」来依はソーダのキャップを開けて、のんびりと口をつけた。その話題が出た瞬間、彼女の目にかすかな翳りがよぎった。あの結婚式の招待状は、私と来依のもとにも届いていた。でも彼女は絶対に行かないと思ったし、私も、友人として行く必要を感じなかった。「多分、割り切れなかったんだろうね」山田先輩は小さく息をついた。「山田先輩」来依は薄く笑って言った。「何もかも欲しがる人間は、結局自業自得なんだよ。これからは彼のこと、二度と話題にしないで」彼女はいつも、割り切るのが早い。そこで、その話題は自然に終わった。しばらくどうでもいい話をしたあと、私は時間を確認して、みんなをランチに誘った。とはいえ、私はまだ顔を人前に出せるほど回復していなかったから、マスクをつけたままだった。彼らが豪勢な料理を楽しむ中、私は一人でお粥をすすっていた。食事を終え、ロビーまで見送りに出たとき、花と来依が先を歩いていた。山田先輩は私の隣に並び、ふとこちらを見た。「南、君と鷹は、本当に住む世界が違う」「わかってる」私は軽く
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第348話

私は真剣にうなずいた。「今、鹿児島に戻るの?」「うん。君が無事だって、自分の目で見るまでは落ち着かなかったから」「先輩、そこまでしなくても……」彼はさらりと答えた。「友達なんだから、これくらい普通だろ?」私は少し息を吐いて、感謝の気持ちで笑った。これ以上、何も言わなかった。「何かあったら、すぐ連絡してこいよ」そう言って、山田先輩は隣にいた花に視線を向けた。「車で来たの?送ろうか?」「えっと……」花は少し目を泳がせながら、首を横に振った。「運転手に送ってもらったけど、もう帰っちゃったから……じゃあお願いしますね、山田さん!」部屋へ戻る途中、来依が私の耳元で囁いた。「ねぇ、花って山田先輩のこと好きなんじゃない?」「たぶんね」私は笑って答えた。花は明るく素直な子で、山田先輩は優しくて穏やか。もしうまくいけば、きっとお似合いの二人になるだろう。花の家柄も申し分ないし、兄にあたる鷹みたいな破天荒タイプがいるから、山田家も下手なことはできないだろうし。けれど、来依は首を横に振った。「でもね、うまくいかないと思う。山田先輩って、良い人だけど……一途すぎるのよ」「一途すぎる?」「ほら、あんたはもう彼と話してて、これからは友達ってことで話はついてるって言ってたけど」来依は少し眉をしかめながら言った。「でも私、彼、まだ手放してないと思うんだよね。こういう状態で花がぐいぐい行ったら、結局は自分が傷つくだけだと思う」私が少し戸惑った表情を浮かべると、来依は肩をすくめて続けた。「でもまあ、花は単純そうに見えても、藤原家の子だし、そう簡単にやられるような子じゃないよ。そこまで心配はしてない」あと二日で南希の仕事始め。私はもうこれ以上、大阪に長居するつもりはなかった。来依は午後、三人のマダムたちとアポを取って、採寸に回った。藤原家と服部家の推薦があったおかげで、すべてが順調だった。最後の客先を出て携帯を見ると、複数の不在着信が入っていた。表示された名前は「鷹」。そのとき私は思い出した。昨晩寝る前にサイレントモードにしていたのを、そのままにしていた。午後は客先対応でスマホを一度も確認していなかった。こんなに着信があるなんて、彼にしては珍しい。きっと何かあったんだ。私は車に乗り込み
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第349話

鷹は私の腕をぐっと掴んだ。いつもは飄々としているその顔に、探るような視線と、抑えきれない高ぶりが滲んでいる。茶色の瞳は瞬きもせず、まっすぐに私を射抜いていた。息をするのも忘れたみたいに。……まるで、この答えが彼にとって何より大事なものみたいだった。「そうだよ」少し戸惑いながら頷くと、「どうして……」と続けようとした、その瞬間。彼は勢いよく私を引き寄せ、強く抱きしめた。胸元が小さく震えているのが分かる。前に受けた、どこか距離を保った抱擁とはまるで違う。まるで失くした宝物をようやく取り戻したかのような、抑えきれない熱。長く縛られていた何かが、ほどけたみたいだった。やがて名残惜しそうに腕を緩めると、その顔には見たこともないほどの笑みが浮かんでいた。子どもみたいに、無邪気で、嬉しそうで。「やっぱりな……お前は彼女だ。絶対そうだと思ってた」彼は私の頬を軽くつまんだ。「言っただろ。俺は絶対、見間違えないって」「……私、誰?」訳がわからなくて苦笑する。「奈子さんのこと?」「ばあちゃんに会わせる」そう言い終わるとほぼ同時に、彼は身を乗り出してシートベルトを留め、ギアを入れてアクセルを踏んだ。動作は迷いなく、一息に。エンジン音が夜の空気を切り裂く。その横顔は、初めて会ったときよりもずっと自由で、張りつめた何かがほどけたようだった。「どうしてそんなに、急に確信したの?」私は思わず聞く。彼は前から私をそうだと思っていたけれど、どこか半信半疑だったはずだ。だって藤原家には、すでに「藤原奈子」がいる。DNAだってはっきりしていたのに。信号で車を止めると、彼は静かにこちらを見た。街灯の光が瞳の奥に揺れている。「奈子も山芋アレルギーなんだ。小さい頃からずっと。食べると、お前みたいに全身にブツブツが出る」「でも……」失望させたくなくて言葉を選びながら続けた。「山芋アレルギーの人なんてたくさんいるよ。それに昨日の宴会、奈子さんも料理食べてたはずでしょ……」そう言いながら、私はふと違和感を覚えた。昨夜、病院で会った「奈子」は……エネルギーの様子なんてなかった。「……あの子、アレルギー出てなかったよね」「出てない」鷹は低く言った。「昨日の料理は事前に執事が全部チ
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第350話

「山芋?佐々木さんが事前にメニューを確認してたんだから、そんなはずはないよ」おばあさんは強い確信を持って言った。奈子が山芋アレルギーだと知っている藤原家なら、その点は特に気を配るはずだった。鷹は静かにお茶を注ぎながら言う。「慌てなくていいよ。晩餐会を担当したレストランに確認した。間違いなく、山芋が使われてた」「じゃあ、南さんは……」おばあさんは、私のアレルギーのことを覚えていたようで、顔を曇らせる。「昨日、全身に発疹が出てたのは……山芋のせいかい?」「うん、食べるときに気づかなくて」私は頷きながら素直に答えた。すると鷹が、ふっと声のトーンを落として言った。「おばあさん、山芋アレルギーなのは清水だけじゃないよ」「……ってことは?」おばあさんもすぐに察し、表情が一気に険しくなる。「奈子は確かに反応が出なかったけど……あのケーキを食べてなかった、って可能性は?」「いや、食べてた」鷹はきっぱり断言する。「どうしてわかるの?」おばあさんが問い返すと、鷹は少し躊躇いながらも、珍しく気まずそうに打ち明けた。「えっと……藤原家の監視カメラ、俺がハッキングして。昨日の宴会の映像、全部見た」「…………」「…………」おばあさんは一瞬言葉を失い、しばし沈黙ののち、顔を曇らせる。「つまり、どういうことなのかね?」鷹は私に無理をさせるような言い方はせず、静かに言った。「清水が奈子かどうかはさておき……今の藤原奈子って、誰かが意図的に俺たちの前に用意した存在かもしれない」「おばあちゃん……」その瞬間、外の庭から奈子が入ってきた。すっぴんの顔は血の気がなく、まるで磁器人形みたいに白い。その後ろには、藤原夫人――奈子の母親がついている。私たちがいるのを見ても、藤原夫人は驚くどころか、真っ先に私に食ってかかった。「清水南、昨日あれだけ奈子が危ない時だったのに、見殺しにして、よくもまぁ図々しく来れたもんね」そう言いながら、私を手で押し出そうとする。「やめなさい!」おばあさんがピシャリと声を上げた。「ここは私の家の庭だよ。私はまだ棺桶に入ってない。勝手に仕切るんじゃないよ」「お義母さん、昨日のことをご覧になったでしょ?彼女は少しの同情心もなかった。こういう人間とは
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