「それなら、なおさら無理だよ」彼が、もし母親の死の真実を知る日が来れば、そのときはアナへの態度が少しは変わるかもしれない。でも、それまでの間は難しいだろう。そういえば、どうしておじいさんはそのことを宏に黙っていたんだろう。今度実家に帰ったときに、ちゃんと聞いてみる必要がある。食事も終わりかけた頃、私は本題に戻った。「そういえば来依、コンサートのチケット手に入った?」来依は、社内でも私より人脈が広い。コンサートの話が決まったとき、私は彼女にお願いしてあった。来依は天井を指差して、愚痴っぽく言った。「今回はさ、本当に意味わかんないんだけど、チケットは社長室にしか回ってないの。一人一枚ずつしか配られてなくて、誰も余ってないのよ」「社長室だけ?」「うん。本当に欲しいならさ、江川に頼んでみたら?今ちょうど、あなたの機嫌を取ろうとしてるっぽいし。言えば、何枚でもくれると思うけど?」「……それは遠慮しとく」私と宏は、なるべく距離を置いた方がいい。まあ、それはあくまで私だけの考えでしかなかったけど。オフィスに戻ったばかりで、宏から電話がかかってきた。私は窓際に歩いて電話を取り、受話器の向こうから低くて心地よい声が聞こえてくる。「土曜の夜、空いてる?一緒にコンサート行かないか?」「チケット、余ってるんでしょ?」自分からは頼まない。でも、向こうから来た話なら、蓮華の分くらいはもらっておきたい。「あるよ」「じゃあ、二枚もらっていい?」蓮華はたぶん誰かを誘うだろうし、余分にあった方が安心かもしれない。「今、加藤に持たせて届けさせるよ」「ありがとう」「それで、君は?」「……なにが?」「俺は君の質問に二つ答えたよね?でも、君は一つも答えてない」低い声が、やけに近く感じた。言われてしまえば、確かにそうだ。私は目を伏せて、静かに答えた。「空いてるよ」あの頃、彼を愛していた時代、何度も何度も聴いていたのはマサキの歌だった。今、彼の隣で同じライブを聴くというのは、きっと、私なりの区切りになるだろう。きちんと、ちゃんと、八年続いた恋に終わりを告げるための儀式。再び宏と同居することになったけれど、以前の新婚生活のようにはいかない。壊れたものをもう一度繋ぎ直すなんて、そ
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