All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話

着信表示を見た瞬間、なんだか現実じゃないような感覚に襲われた。数秒固まってから、ようやく通話ボタンを押す。「……もしもし」「家にいるか?」広い場所にいるのだろう、彼の声はどこか響いていて、低く、そして疲れていた。私はベランダへ出て、ついでに固まった首をぐるりと回す。鈍い痛みをこらえながら、わざと何気ない口調で聞いた。「うん。そっちは?まだ忙しい?」アナがあれだけ血を流したんだ。彼が気を緩められるはずがない。「もうすぐ終わる」ふと何かを思い出したのか、彼の声が少し明るくなった。「入場チケット、玄関の棚の上に置いといた。出る時、忘れんなよ」予想していた言葉だった。でも、彼の口から実際に聞くと、胸の奥が少しざらついた。「……来ないの?」「何言ってんだ。体育館の前で会おうって――」くすっと笑った彼の声が途切れた。その直後、かすれた、今にも泣き出しそうな声が電話の向こうから飛び込んできた。「宏……誰と電話してるの……約束したじゃない?もう二度と――」その声も、すぐに途切れた。彼が止めたわけじゃない。電話が切られたのだ。……まるで、不倫現場を押さえられたみたいじゃないか。しかも、私が不倫相手の立場だなんて。真っ暗なスマホの画面を見つめたまま、心がじわじわと締めつけられていく。胸が苦しくて、息もまともにできない。宏、一体何がしたいの?どういう結末を望んでるの?あんなに無理やり同棲を始めて、やたら優しくしてきて、毎朝一緒に会社に行って、みんなに私の存在を知らしめて――あんなふうに、まるで大事にしてるみたいに。なのに、私がようやく気持ちを決めた時には、あっさり置いてけぼり。夜はアナのそばにずっといて。それで……子どもまでできたなんて。ねえ、宏。私は、あなたにとって一体何なの?そう心の奥で問いかけた瞬間、スマホの画面がふっと光った。彼からのLINEだった。『入場までに俺が来なかったら、先に入ってて』答えは、そこにあった。また、アナを選んだんだね。私はトーク画面を開いたまま、しばらくその一文を見つめ続けた。目が痛くなるほど、何度も。呼吸するだけで、胸がひりつく。見捨てられる痛みって、こんなにも鮮明なんだって。彼には、何度も教えられてきた。それでも私は――また
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第62話

もしかしたら、私の待っている人は、最初から来るつもりなんてなかったのかもしれない。さっきの女の子が、私の顔を覗き込むようにして笑いかけてきた。「もしかして、誰か待ってるんですか?」「うん」「この時間、体育館の周りめちゃくちゃ混んでるから……きっと渋滞にハマってるんですよ」私の様子を察したのか、彼女は少し笑って寄ってきた。「よかったら、一緒に待ちましょうか?」「入らなくていいの?」「チケット取れなかったんです」そう言って肩をすくめた彼女は、悔しそうでもあり、どこか吹っ切れているようでもあった。私はくすっと笑って、「じゃあ、ちょっと付き合ってもらおうかな」……彼は、たぶんもう来ない。私も、彼が来るのを待っているわけじゃなかった。自分が、ちゃんと諦められる瞬間を待ってた。それからさらに一時間。あれほど賑わっていた広場も、人がだんだん減っていった。手に持ったスマホも冷たくて、指先がかじかむ。そんなとき、場内アナウンスが「まもなく入場締切です」と告げた。「南」背後から、あのやわらかな低い声が届いた。振り返ると、同じく淡いブラウンのトレンチコートを羽織った山田先輩が立っていた。一瞬驚いたけど、すぐに微笑む。「……先輩、奇遇だね」「ほんとだ。よく会うな、俺たち」ちょうどそのとき、自販機に行っていた彼女が戻ってきて、山田先輩を見るなり目を輝かせた。「わあ……彼氏さん、めっちゃイケメン!普通にアイドルいけますよ」私は一瞬詰まって、否定するにもタイミングを逃してしまった。でも、山田先輩は気さくな調子でフォローしてくれる。「宏、来てないのか?」「うん。たぶん、もう来ない」「じゃあ、一緒に入ろうか」「……先輩、一人だったの?」「うん」「なら、ぜひ」ライブって、一人で見るとちょっとさみしいから。私は少し笑って、「ちょっと待っててね」と言い、ポケットから予備のチケットを取り出して彼女に差し出した。「これ、使って。急がないと入場終わっちゃうよ」「えっ……ホントに?え、やばい……マジでいいんですか?」目をぱちくりさせて、口元は笑いを抑えきれない様子だった。「うん、余ってるから。気にしないで」どうせ余らせるくらいなら、必要としてる人に使ってもらった方
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第63話

「大丈夫、笑ったりしないよ」私は彼の肩を軽く叩いて、話題をそっと変えた。「山田先輩ってマサキ好きだったんだね。全然知らなかった」山田先輩はステージに目を向けたまま、ぽつりとつぶやく。「……彼女が好きだったから」「彼女、って?」「うん。彼女が大学の頃、よく聴いてた」「へぇ、偶然だね」私はふっと笑った。「私も大学のとき、マサキの曲よく聴いてた」彼は片方の口角を上げて、どこか意味深に言った。「……ほんと、偶然だね」私たちの席はVIP。視界は最高で、どこからでもステージがはっきり見える。やがて、あの馴染み深いイントロが流れ、マサキが舞台に姿を現した。歓声が弾け、客席の熱気が一気に跳ね上がる。でも、私と山田先輩だけは、まるで別世界にいるみたいに静かに座っていた。頭の中には、いつの間にか過去の情景がフィルムみたいに流れ始めていた。十年前君のことをまだ知らず君も まだ誰かのものだった僕らはそれぞれ 別の誰かのそばで少しずつ 見慣れた街を歩いていた十年後僕らは ただの友達微笑んで 挨拶もできるだけど あの頃みたいに抱きしめる理由は もう見つからない恋人は 最後にはきっと 友達になる運命なんだ最後のフレーズが響いた瞬間、不意に涙が頬を伝った。声も出さずに、ただ黙って泣いていた。手元のティッシュを探そうとしたとき、横から静かに差し出された。山田先輩の目には、どこか堪えているような光が浮かんでいた。「全部泣ききったら……まだ、あの人に戻る気になる?」「ううん、もう無理だと思う」私は涙を拭いながら、彼の無理して平静を保っている顔を見て、つい笑ってしまった。「泣きたいなら、泣いたほうがいいよ。私みたいに、泣いたら乗り越えるかもしれないし。誰にも言わないからさ」彼は少しだけ口元をゆるめた。「誰が『乗り越えたい』なんて言ったっけ?」「え?」私は思わず聞き返す。「……まだ、その子のこと追いかけるつもりなの?」彼は、あっさりとうなずいた。「うん」「……そりゃ、来依がいい男って言うわけだ。ほんと一途だもん。早く追っかけた方がいいよ、私たち皆、結婚式楽しみにしてるんだから」大学の頃から、ずっと好きだったんだ。私が宏を想い続けたのと、きっと同じくらい
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第64話

……もうすぐって、何が?私はまるで、ゴシップの渦の中を右往左往する記者のようだった。心の中では、もっと詳しく聞き出したくてたまらなかった。でも、それ以上踏み込むのはさすがに失礼だと思って、口を閉じる。聞きたいところでやめておくのが、大人のマナーってやつだ。今日のライブのセットリストは、私のプレイリストに入っているお気に入りの曲ばかりだった。一通り聴き終えたあとも、まだ物足りなさが残っていた。アーティストがステージから姿を消した瞬間、まるで長い夢から醒めたような、ぼんやりとした感覚に包まれた。座席に体を沈めたまま、喧騒の余韻の中でゆっくりと立ち去っていく人々をぼんやりと眺める。胸の奥が、ぽっかりと空いているようで、少し怖くなった。手に握っていたスマホには、相変わらず宏からのメッセージも電話も、何ひとつ届いていない。そんな私の沈黙の時間を、山田先輩は一言も急かすことなく、黙って隣で過ごしてくれていた。彼はただ、静かにそこにいた。ようやく我に返った私は、彼とともに人波に紛れながら出口へ向かって歩き出した。警備員が誘導しているにもかかわらず、出口付近は混雑が続き、人が押し合っていた。そのとき、突然後ろから強く押されて、私はよろけて山田先輩の胸に倒れ込んでしまった。「大丈夫?」彼は反射的に私の肩を抱えて支えてくれた。「うん……大丈夫」少し気恥ずかしくて、私はうつむいたまま答える。「後ろから押されちゃって……踏ん張れなかっただけ」彼は私から手を離し、何も言わずに前を向いた。そのあとは、あれほどあった混雑も不思議なくらい落ち着き、誰にもぶつかることはなかった。私と山田先輩の車はそれぞれ別の方向に停めてあって、会場の出口で自然に別れることになる。「南」ふいに彼が立ち止まって私を呼び止めた。「MSとのコラボデザインコンテスト、出るつもりある?」意外な質問だったけど、私は笑って答えた。「それは私が決められることじゃなくて……運良く枠が回ってきたら、だけどね」山田先輩はやわらかく微笑んだ。「そのときは、楽しみにしてるよ」「うん。じゃあ、先輩、また」雨はすっかり上がっていた。駐車場へ続く道には、雨上がり特有の匂いがほんのりと漂っていて、なんだか気持ちよかった。
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第65話

車内のライトが灯った瞬間、宏はほぼ反射的に目を開けた。ほんの少し、眠りを邪魔された苛立ちが顔に滲んでいたが、次の瞬間、私と視線がぶつかると、その表情が一気に緩んだ。「……ライブ、もう終わった?」まるで何もなかったかのように、平然とした口ぶりだった。まるで、私を騙したことも、アナと二日二晩を過ごしたことも、すべてが私の勘違いであるかのように。もう、取り繕うのも馬鹿らしくて、私は疲れた声で言った。「昨日、病院であなたが見たの、私だったよ。たぶん私、あなたから十メートルも離れてなかった。いや、もっと近かったかも。自分の夫が、他の女のことでどれだけ取り乱してるか、ちゃんとこの目で見たよ。看護師に『自分が旦那です』って言ってるのも、聞いた。だからね。あんたが昨日電話してきたときには、もう全部分かってたの。嘘ついてるって」私は口角を引きつらせながら、彼を見据えて一言ずつ刻むように言った。「そうそう。あの子、妊娠してるんだよね。……あなたたちの子なんでしょ?」私が一言言うごとに、宏の顔から血の気が引いていく。表情はどんどん硬く、そして暗くなっていった。でも――私は、止まらなかった。むしろ、どこかスッとするような気分だった。彼の顔色が沈んでいくのを見て、私は思わず笑ってしまった。「おめでとう。パパになるんだって?」その瞬間、彼がいきなり身を乗り出してきて、長い腕で私をぐいっと引き寄せ、車内に引きずり込んだ。我に返ったときには、加藤が申し訳なさそうな目で私を見つめながら、無言でドアをパタンと閉めた。――息の合ったコンビだこと。宏は私の両手首を頭の上に押さえつけたまま、ぐっと顔を近づけてきた。鼻先が触れそうなほどの距離。けれど、その距離に、甘さは一切なかった。あったのは、ただただ怒りと、熱を孕んだ圧力だけ。「離して」「……離さない」低く、そして重たい声が耳元に落ちた。彼の大きな体が、視界を覆う。「ひとつ。彼女のことで取り乱したりなんかしてない。ふたつ。あのときは緊急だった。いちいち看護師に説明してる余裕なんてなかった。みっつ。君に嘘をつこうとしたわけじゃない。何かを隠すつもりもなかった」そして、彼の額が私の額にそっと触れた。漆黒の瞳が、まるで私の奥底まで覗こうとしてくる。「ただ……南
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第66話

宏は細めた目で私を無表情に見下ろし、気怠げに唇を上げた。「試してみるか?」それは、いつもと変わらない笑みのはずだった。だけど、私は背筋が冷えるような何かを感じていた。まるで本当に試せば、次の瞬間には首を絞められるような、そんな危うさがあった。「……上等よ、試してやる」私は「気持ちでは負けたくない」精神で応じた。宏の顔に冷笑が浮かび、今にも怒りが噴き出しそうになったその時――突然、車内に着信音が鳴り響いた。江川アナ――その名前が瞬間的に頭に浮かぶ。女の勘って、本当に当たるものだと、思い知らされた。表示を見れば、案の定、アナだった。宏は眉間を押さえていたが、電話に出ようとはしない。でも、着信音は延々と鳴り続ける。拒否する気があれば、いくらでも方法はある。出ない、という選択肢は、出たくないからじゃなく、出るつもりだから。「宏、どこ行っちゃったの?まだ帰ってきてないの?お腹の赤ちゃんがイチゴのケーキ食べたがってるんだよ、早く買ってきて~!」静かな車内に、アナの甘えた声がはっきりと響き渡った。完全に外の音を遮断していたから、その声はよく通った。誓って言うけど、私は盗み聞きするつもりなんてなかった。宏もそれを悟ったのか、無言のまま車を降りて、道路の縁に立ち、私にはただその横顔だけを見せた。その表情は、どこか嘲るようだった。私は視線を逸らし、彼らの痴話なんて興味もなかった。スマホをいじりながら、心を空っぽに保とうとした。――どうせ、あの二人はそういう関係なのだ。口ではぶつかってばかりのくせに、離れられない共依存。一方が離れたら、もう一方が必ず引き戻す。数分もしないうちに、彼は私のいる側のドアを開けた。何か言いたげな顔をしていたが、視線にはうっすらとした罪悪感が滲んでいた。「……行くんだ?」私は皮肉っぽく笑って言った。まるで自分が浮気相手になったかのような、この感じ。アナからの電話一本で、夫が彼女の元へと駆けつける。どう見ても、彼女の方が妻らしい。ようやく彼は口を開いた。「……加藤に送らせる」「いい。自分で帰れるから」もうね、この二日間で十分すぎるほど泣いた。今の私は、何も感じない。ただ、静かに車から降りただけ。「あなたの服と私
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第67話

「加藤、車を出して。送ってあげてくれ」そう言い残して、彼はさっさと車のドアを閉めた。加藤もすぐさま運転席に乗り込む。「若奥様、失礼いたします」バタンとドアが閉まり、ロックの音が響いた。私はただ、宏が少し離れた場所に停められたボディーガードの車へと歩いていくのを、茫然と見つめるしかなかった。二台の車はほぼ同時にエンジンをかけたが、信号のある交差点で、まるで示し合わせたかのように別々の方向へと走り出した。あたかも私と宏は、最初から同じ道を歩む運命にはなかったかのように。力が抜けた私は、シートにもたれかかりながら、雑然とした思いを抱えていた。……どうして、こんなことになるんだろう。私は何の見返りも求めず、彼とアナのことを受け入れてきた。 それじゃ、だめだったの?宏、あなたはいったい何を望んでいるの?加藤は運転を続けながら、そっと私の表情を伺い、慎重に口を開いた。「若奥様、そんなに社長と揉めることはないと思います。結局、正式な奥様はあなただし、江川アナのことは、あまり気にされなくても……」「加藤」私は窓を開け、冷たい風を頬に受けながら、唇を噛みしめた。「あなたも、私が江川家の奥様という肩書きさえあれば、それだけでありがたがるべきだと思ってるの?」「い、いえ! そんなつもりじゃ……誤解しないでください。ただ、社長は強く出られると引いてしまうタイプでして……このままだと若奥様の方が損をするような気がして……」「いいの。あなたは彼の秘書だから、味方するのは当然でしょ」私は視線を落とし、ぽつりとつぶやいた。「私、喧嘩したくて言ってるんじゃないの。加藤、あなたには分からないかもしれないけど、私が欲しいのは江川家の奥様という肩書きじゃない」――欲しかったのは、江川宏の愛。彼の「妻」になることだった。名ばかりの存在じゃなくて、誰かと共有するような結婚でもなくて。「若奥様……」加藤伸二は、まっすぐに言った。「……本当に欲しいのは、社長の心なんですね」私は黙ったまま、窓の外に流れる車の列を見つめた。同情されたくなかった。憐れまれたくもなかった。だから、何も答えなかった。加藤は小さくため息をつき、ぽつりとつぶやいた。「でも……社長の心は、もうとっくに死んでしまったんじゃな
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第68話

……私は思わず笑ってしまった。宏が彼女に「責任を取る」?なら彼女が来るべきなのは、私じゃなくて宏のところでしょう。アナはお腹に手を添えながら言った。「離婚の手続き、早めに済ませてちょうだい。そうじゃないと、私の子どもの戸籍が取れなくなるわ」「それなら、宏に急かせば?」オフィスの中は一年中快適な空調が効いている。私はコートを脱いでハンガーに掛け、スプレーボトルを手に取って窓際の観葉植物に水をやった。宏がいつまでもはっきりしないなら、私もこのまま妻の顔をしていればいい。焦れてキレるのは、どうせアナの方だから。アナは鼻で笑った。「無関心を装ってるけど、実は宏に執着してるんでしょ?そういういい女気取り、ほんとやめたら?……まぁ気持ちはわかるけどね。両親もいない、孤児でしょ?やっと掴んだ江川家っていう安定の象徴、手放したくないのも無理はないと思うわ。……でもさ、南。女として、もう少しプライド持ったら?」彼女は腕を組んで薄く笑う。「男にしがみついてみっともない。そんなのが広まったら恥ずかしいわよ?」私は眉をひそめて、鼻で笑った。「自分のことを、よくそこまで客観的に語れるね」アナは一瞬言葉に詰まり、鼻を鳴らして立ち上がると、こちらへと歩み寄ってきた。「ジジイに守られて強気になってるつもりかもしれないけど、あの人の誕生日が終わったらもう逃げ場なんてないわよ?さあ、そのときどんな見苦しい言い訳が飛び出すのか、楽しみにしてる」「……言いたいことはそれだけ?」「なによ?」「終わったんなら、出てってくれる?」私はドアの方を指差した。彼女は悔しそうに歯を食いしばった。「そんなに追い出さなくてもいいでしょ。MSのデザインコンテスト、出たいんじゃないの?」「出場枠は二つだけ。あなた、そんなに親切だったっけ?」「当然でしょ」彼女は顎を少し上げて、まるで施しを与えるかのような口ぶりで言った。「私が一つ、あなたが一つ。悪くない話じゃない?」私は彼女が私の興味を引こうとしているだけだと思っていたが、彼女は突然ドアの方へ手を振った。すると、彼女のアシスタントが一枚の書類を持って入ってきた。彼女はそれを私に差し出す。「ほら、これが今回のMSコンテストの応募要項。締切は来週の金曜。水曜ま
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第69話

私は親切に「助言」してあげた。「愛人の子じゃないことを望むなら、宏に言いなさい。さっさと私と離婚するようにって。わかった?……ここで騒がれて流産でもしたら、江川家に嫁ぐための切り札がひとつ減るだけよ」最後に、彼女のアシスタントに向かって言った。「ほら、上司を連れて帰って」アナは悔しそうに歯ぎしりしていたけれど、どうやら私の言ってることに一理あると思ったらしい。そのまま、文句を言わずに出ていった。そして――私が「助言」は、想像以上に効果的だった。それを知ったのは、午後になって宏から電話がかかってきたから。「……君、何言って彼女を刺激した?」電話を取るなり、開口一番に問い詰められた。私は手を止めて、落ち着いた声で返す。「何も。彼女が離婚を急かすから、あなたに言えば?って言っただけ」「……死ねとか、言ってないだろうな?」「……」もう、言いがかりにもほどがある。私はアナがそう吹き込むことは想定内だった。少しだけ声のトーンを落とし、しおらしく言った。「私も、ついカッとなっちゃっただけ。だってあの人……私のこと、ビッチだの、親を殺す厄病神だの、他の男にも媚び売ってるだの、挙句に『ぶっ殺してやる』って……」言いながら、彼女の暴言の数々を思い出す。――うん、そこまで大げさなことは言ってないよね、私。むしろちょっと脚色した程度で、彼女の妄想劇よりはずっと現実的だ。電話の向こうで宏が息を呑む気配がした。「……本当に、そんなこと言ったのか?」「あなた、彼女のこと、まだよく分かってないの?」しばらくの沈黙の後、溜息混じりに彼が言った。「……小さい頃から親父たちに甘やかされて育ったんだ。あまり気にしないでくれ」私は苦笑して「うん」とだけ返した。結局、男って好きな女には何されても許すくせに、他の女には容赦ない。アナの言葉には私を責め立てるくせに、私が怒れば「気にするな」で済ませる。……その台詞、なぜ彼女には言えないの?アナのことで憤慨していた来依は、病室で点滴を受けながらも、元気に罵っていた。「あいつら、どっちも頭おかしいわ。あそこまでイカれた奴ら、そうそういないっての」「はいはい、もう脱水寸前でしょ、まだ罵れる元気あるなんて……」私は慌ててコップを手に取り、ぬるめの水を
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第70話

点滴が終わって彼女を家まで送り届けたときには、すっかり夜も更けていた。この数日、自分のことをろくに世話できていなかった彼女が心配で、そのまま私は彼女の家に泊まることにした。翌朝、朝ごはんを食べていると、来依が何度もちらちらとこちらを見てくる。「なに?」私が笑って問いかけると、彼女はもごもごと口を濁しながら、ふいに表情を引き締めた。「……そのさ、あの夜のこと。宏が薬盛られた夜、あんた急にスマホが繋がらなくなったじゃん?聞こうと思ってたんだけど、タイミング逃しちゃって」「え?なにを?」彼女はニヤッと笑い、身を乗り出してきた。「そのあと、どうなったの?ヤった?ああいう薬って、結構効くんでしょ?持続力とかさ、すごいって聞くけど」「……っ!」私はちょうど口に入れていた春雨を喉に詰まらせて、盛大にむせた。彼女が突拍子もないことを言うのは慣れてるはずなのに、いざこうして聞かれると、毎度動揺する。「……してないってば」私は咳き込みながらも冷静を装い、答えた。彼女はティッシュを数枚手渡してきて、半信半疑の目を向けてくる。「ほんとに?」「ほんと。私、今妊娠初期だよ?できるわけないじゃん」口を拭いながら、私はあっさりと答えを返した。……けれど、あの夜のことを思い出すと、どうしても頬が熱くなる。来依はにやにやと笑いながら、わざとらしく言った。「でもさ、やろうと思えば手はいくらでもあるでしょ?」「……」思わず目を逸らす。なぜか心がざわつく。「じゃあさ、宏はどうやって収めたの?冷水シャワーで何とかなるもんなの?」彼女は首をかしげながらぼそぼそと呟き、ふと視線を私の手元に落とした。「……まさか、手で……助けてあげた、とか?」家には私たち二人しかいないはずなのに、彼女はなぜか声を潜め、妙に意味深に一言を吐いた。「来依!」私は顔を真っ赤にして、慌てて彼女の口を両手で塞いだ。「なに言ってんのよ、あんた女捨てたの!?」「はははははっ!」彼女は腹を抱えて笑い出し、私を完全に見透かしたような顔でからかう。「やっぱり、図星でしょ?」「早くごはん食べて!」「そんなん、図星に決まってんじゃん!」「大人しく食べてってば!」私は蒸しかぼちゃをひと切れ掴んで、彼女の口に無理やり押し
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