それほど遠くないところから、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると、義父がカラフルなサングラスをかけ、花柄のシャツを着て現れた。どうやらまたどこかの南国の島で女遊びを満喫してきた帰りらしい。若い頃からずっとちゃらんぽらんな坊ちゃん気質で生きてきた人だ。今ではもう、年季だけが入った「お坊っちゃま」になってしまった。アナは義父の姿を見た途端、ぽろぽろと涙をこぼしながら声を上げた。「お父さん……やっと帰ってきたの、うう、私もういじめられすぎて死にそうだったのよ!」「宏がお前をいじめたのか?」義父はサングラスを頭にずらし、宏を見て言った。「何度も言っただろう、ちゃんとアナを守ってやれって。たった二日出かけてただけなのに、なんでアナが病院に来る羽目になってんだ?」……私は苛立ちを感じていて、この隙にさっさとその場を離れようとした。だが、義父は私の存在に気づいたようで、満足げに目を細めて言った。「南、お前も来てたのか」「お義父さん」一応、礼儀としてそう呼んだ。けれど、私の目には、彼は江川宏にとって「父親」と呼ぶには程遠い存在に映っていた。義父はうなずきながら言った。「そうそう、アナのことはもっと気にかけてやらなきゃな」「……」アナになら、いくらでも言い返せる。でも、相手が義父となると、やはり年長者としての立場がある。私はただ一言、「用事がありますので、先に失礼します」とだけ告げた。すると、宏はアナの身体を義父の方へと押しやり、冷たい声で言った。「帰ってきたんだから、あとは頼む」それだけ言い残し、私と一緒に立ち去ろうとする。「宏!」アナが悲鳴のように叫んだけれど、宏はまったく取り合わず、私の後についてエレベーターに向かってきた。私は子供のことを気にして、ゆっくりと歩いていた。彼はそれに合わせて、黙ってついてくる。エレベーターの前に着いた時、私はふと彼を振り返って尋ねた。「午後、時間ある?」ごちゃごちゃと引き延ばすより、さっさとケリをつける方がいい。そう思った。彼は私の誘いに、どこか期待を込めて黒い瞳を輝かせた。「あるよ。どこに行くつもり?」「役所に行きましょう」ええ、誘いよ。でも行き先は、区役所。離婚の手続きをしに行くだけ。今は
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