All Chapters of 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう: Chapter 1061 - Chapter 1070

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第1061話

承応の観光客は多く、ホテルを出ると、さまざまな旅行者の姿が目に入った。綿と玲奈が一緒に歩いていると、かなりの注目を集めた。輝明と秋年はサングラスをかけて、一見控えめな様子だったが、持って生まれたオーラは隠しきれなかった。通りすがりの人々は彼らを見て、つい噂話を始めた。綿と玲奈は高級ブランド店に入り、二人で休憩スペースでおしゃべりをしていた。店内の若い娘たちは、何度もちらちらと彼女たちを見た。綿は輝明をちらりと見た。彼は頬杖をつき、周囲の視線など気にも留めず、ただ綿を見つめ続けていた。まるで歩くATMのように、いつでも綿のために財布を開く準備ができているかのようだった。綿は視線を戻し、適当に棚の上のバッグを指さした。見た目も使い勝手も気にせず、淡々と言った。「これ、包んで」店長は一瞬きょとんとし、小声で尋ねた。「お客様、試着なさらないんですか?」綿は肩をすくめた。「いいの、友達がお金持ちだから、好きに使えって言われたの。気に入ったら使うし、気に入らなかったら捨てればいい」そう言って、また別のバッグを見に行った。玲奈「……」チッチッ!輝明は小さく笑った。つまり、自分がその「友達」ってことか?「いやぁ、桜井さんのお友達~」秋年は隣でからかうように言った。輝明は気にする様子もなく、むしろ甘ったるい気持ちになった。友達でもいいじゃないか、赤の他人より、高杉さんより、ずっといい。秋年はそんな輝明の満足げな顔を見て、思わず片手で額を押さえ、首を振った。はあ、高杉、もう手遅れだな!綿の前では、一生、卑屈なままだ!綿に「友達」と一言呼ばれただけで舞い上がるなんて、これぞ自己洗脳、自己攻略ってやつだろ。玲奈は腕を組みながら、棚の上のバッグを真剣に見ていた。秋年は思わず尋ねた。「森川さん、君も誰かに買ってもらう友達が必要じゃない?」綿が玲奈よりも先に秋年を見た。秋年はソファにだらりと腰かけ、腕を組み、面白そうに玲奈を見つめた。正直、かなりかっこよかった。秋年の持つ独特なやんちゃさと、気だるい雰囲気は、言葉にしがたい魅力だった。輝明も時折、無意識に気だるさを漂わせるが、秋年と比べると、まだまだだった。玲奈「『友達』くん、お気持ちはありがたいが、私、お金はあっるから
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第1062話

綿は言った。「ちょっと聞きたいだけど、岩段若社長、あなたは一体誰にアプローチしたいの?」「言わなくでもわかるだろう」輝明が冷たく鼻を鳴らした。彼はずっと前から玲奈に目をつけていたのだ。ただ口に出していなかっただけだ。秋年は最近、驚くほど大人しくなっていた。以前とはまるで別人だった。彼は昔、たとえ彼女がいたとしても、ここまで大人しかったことはなかった。いつも、手元のものに満足せずに、あっちにもこっちにも目を向けてばかりで……玲奈は、物事を割り切れるタイプだったし、自分が何を望んでいるのかもはっきりしていた。彼女は言った。「社長、私にちょっかい出すのはやめてください。あなたは私の好みじゃないので」もちろん、その口調には冗談が含まれていた。なにしろ、彼女と秋年の間に恋愛感情はまったくなかった。最近こそ頻繁に連絡を取り合っていたが、それもすべて仕事の話だった。秋年が撮影現場に顔を出したこともあったが、彼は「ただ現場の様子に興味があっただけ、遊びに来ただけ」と言っていた。秋年は眉をひそめた。「は?」これは……まだ何も始まっていないのに、先に断られたということか?秋年は言った。「そのセリフ、もう一回ちゃんと考え直してから言い直した方がいいんじゃない?」玲奈は真剣な顔で、厳粛に言い直した。「私は言った。あなたは私にちょっかい出さないで。あなた、私のタイプじゃない」綿は黙って傍観していた。まるで面白いドラマを見ているように。人を断ることにかけては、玲奈の右に出る者はいなかった。この世界には玲奈を好きになる人が、あまりにも多すぎるからだ。綿が玲奈と出会ったその日から、玲奈の周りには常に無数の求愛者が絶えなかった。正直、玲奈がその気になれば、働かずとも養ってくれる男がいくらでもいた。でも、女の子はやはり自分のキャリアを持つべきだ。それが自信にもつながる。男たちの多くは、見た目だけを重視するものだ。美人だから好きになるなら、別の美人にも簡単に心移りする。だからこそ、女は自分の青春を浪費するのではなく、延ばしていくべきなのだ。それが賢い生き方だ。秋年は尋ねた。「じゃあ、どうすれば君のタイプになれるんだ?」玲奈が秋年に目を向けた時、秋年はカウンターにもたれ、腕を組み、真
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第1063話

秋年はそれを聞くと、すぐに後を追った。彼は自分を指さしながら、不思議そうに尋ねた。「俺、そんなに冷静じゃないように見えるか?俺はめちゃくちゃ冷静だぞ。恋愛に関しては、この世界で一番冷静な男だ……」綿と輝明はソファに座ったまま、秋年の話を聞いていたが、思わず赤面しそうになった。恋愛に関して言えば、彼はこの世で最もチャラい男のはずだった。何をトチ狂って、こんな恥知らずなことを言い出したのか。恥ずかしくないのか?まったく、目を閉じて嘘をつく才能だけはピカイチだ。綿はコーヒーを一口飲み、立ち上がった。「行こう」輝明は顔を上げ、目の前に立つ綿を見た。ん?綿はポケットに手を突っ込み、だるそうに輝明を見下ろして言った。「二人きりにしてあげたほうがよくない?あなたの友達も、私たちが一緒にいるのは望んでないでしょ?」「じゃあ、君と玲奈は……」輝明は眉を上げた。秋年がどう思うかなんて関係ない。彼自身も、綿と一緒にいる時に邪魔者がいるのは嫌だった。綿が玲奈と一緒にいなければ、それこそ自分にとっては最高の展開だ。もしこの旅行がうまくいけば、きっと二人の関係に新たな一歩が踏み出せるはずだ。「玲奈には誰かがいればそれでいい。誰でもいいの」綿はそう言って、さっさと出口へ向かった。輝明はそんな綿を見送りながら、ちらりと秋年のほうを見た。親友はまだ玲奈に「本気だ」と必死に説明していた。輝明は小さく笑い、後を追った。承応の通りはとても賑やかで、周囲は華やかに飾りつけられ、まるで春が去り、また春が来るような不思議な感覚に包まれていた。そよ風が顔を撫で、なんとも心地よかった。高級ブランド店を出て少し歩くと、賑やかな小さな町に辿り着いた。綿は町中を歩きながら、承応ならではの文化を肌で感じていた。自然と身体の力が抜け、心からリラックスできた。承応らしい店が軒を連ね、それぞれの店先には様々な装飾が飾られていた。綿はどれもこれも、ひとつひとつ気に入った。「このうさぎ、すっごく可愛い」綿は手作りのうさぎの泥人形を手に取って言った。輝明はずっと綿だけを見ていて、道中の景色などまったく目に入っていなかった。頭上の傘が強い日差しを遮っていた。その隙間から時折差し込む光が、綿の顔に柔らかく降り注いでいた。
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第1064話

綿は何度か後ろを振り返ったが、輝明は常に二メートルほど距離を取り、控えめに後ろを歩いていた。「なんでそんなに後ろにばっかりいるの?私と並んで歩くの、そんなに恥ずかしいわけ?」綿は不思議で仕方なかった。彼はなぜこんなにも不器用になったのか、まるで彼女がわざと距離を取っているかのように見えた。輝明はまたも綿の一言に胸が痛んだ。彼女が黙って後ろをついてきていたあの頃、彼は一度も「隣に来い」と言ったことがなかった。たぶん、それが原因だったのだろう。だから彼女は、いつも後ろにしかいなかった。静寂の中、輝明はふいに尋ねた。「アイスクリーム、食べたい?」綿はその時、初めて隣に小さなスイーツショップがあることに気付いた。最初は断ろうと思った。けれど輝明の顔を見て、綿は結局「うん」と小さく頷いた。まあいいか、彼にチャンスをあげても。女はこうして、つい優しくなってしまうものだった。でも、男は違う。輝明は甘いものが苦手だった。それでも今日は珍しく、二つ注文した。一つは綿に、もう一つは自分用に。綿は思わず驚いた。「写真撮ろうよ」綿は輝明の袖を引っ張った。輝明「?」「だって、珍しいじゃん。高杉社長がアイスクリーム食べてるなんて」綿はからかうように笑った。輝明は手に持ったアイスクリームを見下ろし、ぼそっと言った。「君の楽しみを、ちょっと体験してみたかっただけだ」綿はスマホを構え、アイスを口元に近づけた。彼女は眩しいほどに美しく、その輝きの前では、どんなに端正な顔立ちの輝明でさえ、ただの背景に成り下がった。輝明は伏し目がちに綿を見つめた。二人の距離はとても近く、彼の吐息が彼女の肌に触れそうなほどだった。「美味しい?」綿が顔を上げた瞬間、彼はその熱い眼差しで彼女を見つめ返した。輝明はまだ食べていなかったが、彼女の一言に誘われるように、一口かじった。悪くなかった。「これから、もっと試してみてもいいかもな」輝明は答えた。綿は笑った。「次は違う味にしてみようよ」「その時は、君が案内してくれ」輝明は真剣な顔で言った。綿は眉を上げた。「もちろん、私の世界へようこそ」——もちろん、私の世界へようこそ。その一言に、輝明は一瞬、彼女が自分を受け入れてくれたのだと錯覚した。
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第1065話

夜、食事の席で、玲奈は綿を引っ張って一気に愚痴をこぼした。「全然メッセージ返してくれないじゃん!綿、あんた変わった!やっぱり女って男ができると、すぐ親友を捨てるんだよね!男がいない時だけが、一番私を愛してくれるのよ!綿、私は今、歯ぎしりしてるからね!もう、注文ばっかしないで!」綿「……」彼女はそっと顔を上げ、無邪気な顔で玲奈を見つめた。なに?玲奈「……」あああああああ!綿は真剣な顔で言った。「二人で食事してるのに、あんたが料理頼まないから私が頼んでるんだよ?文句言うなら、後にして!」玲奈は腕を組み、不満げな顔で隣のグラスを取り、酒を一口飲んだ。綿はメニューを玲奈の前に押しやった。「何か追加する?」「いらない」玲奈は鼻で笑い、メニューをウェイターに渡した。ウェイターはうなずき、そのまま離れていった。綿は両手で頬杖をつきながら、玲奈がさっき言おうとしていた話を待った。玲奈はため息をついたが、もはや話す気が失せていた。どうせ秋年の愚痴を言いたかっただけだった。秋年と輝明は、こちらで偶然古い友人に会い、今夜はその約束があった。そのおかげで、綿と玲奈は久しぶりに静かな時間を過ごせていた。玲奈はグラスの酒を飲み干し、スマホを手に取ろうとした。その時、エレベーターから見覚えのある人物が現れた。玲奈が呆然と立ち尽くすのを見て、綿も彼女の視線を追った。そこにいたのは、承応の御曹司、翔太だった。綿と玲奈があまりにも目立っていたのか、それとも位置が中心だったからか。翔太は顔を上げた瞬間、二人を見つけた。そして、条件反射のように踵を返して帰ろうとした。綿は思わず笑ってしまった。この子、きっともうトラウマになってるだろうな。彼女たちを見るたび、あのバーでの恥ずかしい出来事を思い出してしまうのだろう。綿は眉を上げ、隣の酒杯を手に取り、顎をしゃくって翔太に合図した。翔太「……」これはもう挑発に他ならなかった。普段は自分が人を挑発する側だったのに、今では逆に挑発される側になっていた。くそ、腹立たしい!だが、翔太は怒るどころか、にやりと笑った。平静を装い、友人とともに席に着き、綿に向かって笑顔を向けた。綿は顔をそらし、玲奈の茶化す声を聞いた。「桜井さん、
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第1066話

「でも、そもそも俺に非があったんですし」翔太は照れたように笑った。「でもね、二人の美しさに対する俺のリスペクトは、永遠に変りませんから!」玲奈は冷たく鼻で笑った。「アンタ、どうせ父親に閉じ込められて、カード止められるのが怖いから、今こうやって低姿勢なんでしょ?」玲奈は容赦なく切り返した。翔太は眉をひそめた。「ちょ、ちょっと!そんな言い方ないですよ!俺、そんなつもりないです!」「さあ、みんなで一杯どう?」翔太はにっこり笑って、二人に提案した。綿と玲奈は目を合わせた。まだ一緒に飲もうって?「今回は普通に飲むだけだから、バーでのときと違います、安心してください」翔太は慌てて説明した。「バーの時とは違います。あの時は……その、ナンパしようと思ってたけど、今はそんなことしないって。これ、本音ですから!」翔太は片手を頭上に上げて、誓うような仕草を見せた。彼は本当に、今度こそ二人に許してもらいたかった。「私たちも別に小さい人間じゃないし」綿は先にグラスを軽く翔太のグラスに当てた。何しろ相手は承応のボンボン、今後どこかで関わることもあるかもしれない。ここは一つ、逃げ道を作っておいた方が賢明だった。「ありがとう!さすが高杉社長が惚れた女ですな!」翔太は感激した様子だった。続いて、彼は玲奈に目を向けた。口には出さなかったが、その目にはしっかりと「森川さんも頼むよ?」と書かれていた。玲奈「……」飲まなければ、ケチだと思われるだけだ。玲奈は軽くグラスを合わせた。それで充分だった。翔太はひょうきんな笑顔を見せ、自分の名刺を置いて、「承応で何かあったら、俺に連絡してくださいね!」と一言残し、友人たちの元へ戻っていった。「これが二世ってやつか」玲奈は思わず呟いた。綿はうなずいた。「官僚の二世とお金持ちの二世はまた違うのよ。お金持ちの二世はもっと野性的だけど、官僚の二世は折れるべき時にはきちんと折れる」そうしなければ、潰れるのは自分だけではない。父親までも巻き添えにしてしまうからだ。ああいう息子がいると、外に出ればすぐに噂の的になる。「綿ちゃん、これからどうするつもり?ずっとあの研究所にいる気?」玲奈は小さく切ったステーキを口に運びながら、綿を見上げた。綿は首を振った。「
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第1067話

綿は野菜を口に運びながら、何気なく「うん」と答えた。「私がMだよ」玲奈は一瞬で大爆笑した。周囲の人たちも思わずこちらに視線を向けた。綿は唇を引き結び、「……」そんなに笑うこと?このおふざけ女め!女優なんだから、もう少しイメージを気にしてよ!「玲奈、私は本気で言ってるのよ」綿は眉をひそめた。玲奈は言った。「じゃあ、他にもどんな顔があるの?」「ジュエリーデザイナー、『バタフライ』」「それは知ってる」この話は知っていた。綿はうなずいた。「それから、レーサー、『神秘7』でもある」玲奈は一瞬固まった。神秘7?あの華麗なドリフトで有名な神秘7?綿がカーレース好きなのは知っていたけど、まさかプロレーサーだったとは!「いくつも大会に出たし、賞もたくさん取ったよ。顔は出してないけど」綿は口角を上げ、目に笑みを浮かべた。玲奈はごくりと喉を鳴らした。まだ続きがあるの?綿は言った。「それから、毒薬師がいるでしょ?」「奇妙な薬品や特効薬を作る『ドク』。それも私」綿は玲奈を見つめながら、ニヤリと笑って、自分を指差した。玲奈「……」ここまで来ると、もはや信じがたかった。親友がそんなことまでできるとは。玲奈は隣のグラスを手に取り、酒を一口飲んで正気を保とうとした。綿はさらに続けた。「三年前に姿を消した神医、『段田綿』」綿は静かに玲奈を見た。続けてもいいか、という表情だった。玲奈は「段田綿」という名前を聞いて、完全に固まった。「ちょ、ちょっと待って……あなた、段田綿なの!?」さっきまで「綿のことは何でも知ってる」なんて言っていた自分を、思いっきり殴りたい気分だった。「私だよ」綿はうなずき、自らの正体を認めた。「針治療が得意でね。それが、私がマッサージ上手な理由でもある」玲奈は言葉を失った。綿はさらに思い出したように言った。「そうだ」綿はふんわり笑った。「それと、あなたの家の壁に掛かっているあの絵」玲奈は即座に綿を遮った。「あなた……『コトン』なの!?」綿「……そんなに興奮しないで」玲奈はもう発狂寸前だった。いや、これで冷静になれって方が無理だろ!「あなたはそのコトン!!!」彼女は両手でテーブルを叩き、今にも
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第1068話

「綿ちゃん……マジかよ」玲奈は綿の数々の正体を知ったあと、ずっと呆然としていた。「数年前、外では散々だったよね。みんな、あなたのことを無能だとか、落ちこぼれだとか言ってた……医学名門の桜井家に、なんであなたみたいな何もできない子が生まれたんだって」「それなのに……」実は彼女は、みんなが頼りにしている伝説の神医・段田綿であり……誰もが知る天才ジュエリーデザイナー「バタフライ」であり……最高にカッコいいドリフトを決める女レーサー「神秘7」であり……神秘的な絵師「コトン」であり……特効薬を作れる凄腕の薬師「ドク」でもあったなんて……玲奈はただ一言、絞り出した。「……あなた、私が知らないサプライズ、あといくつ隠してるの?全部吐け!」綿はワイングラスを傾け、怠そうな口調で答えた。「うーん、これくらいかな。人前に出せるのは」玲奈は吐血しそうだった。「これくらい」って……つまり、まだ他にもあるってことじゃん!すごすぎる、マジでやばい。ドラマでもこんな設定盛れないわ!これってまさに、今バズってる『複数の顔を持つ最強女主人公』そのものじゃない?まさか、こんな女の子が現実に存在するなんて。しかも、それが自分の親友だなんて!この瞬間、玲奈は心から綿が好きになった。本当に……自分、センスが良すぎる!綿みたいな最高の親友を持ってるなんて!「じゃ、ここに全部飲み込んだ」玲奈は綿のグラスに軽く乾杯した。「これからも、よろしくお願いします、師匠!」綿は思わず笑った。そんな玲奈を見ていたら、つい心が緩んだ。玲奈は怒りに任せて叫んだ。「輝明、このクソ野郎!どこまで見る目ないんだよ!」綿は静かに言った。「私が、輝明のために、すべてを捨てたんだ」「そりゃ、三年前に突然いろんな伝説が消えたわけだ……全部、ひとりの人間で、それも私の身近にいたなんて……」玲奈はもう、何も考えたくなかった。綿は肩をすくめ、特に言い訳もしなかった。玲奈はそっと尋ねた。「綿ちゃん、後悔してない?」輝明のために、全部を手放したことを。綿は首を振った。「後悔してない。やってみなきゃ、成功するか失敗するかなんて分からないでしょ」結果はどうであれ、あの時の自分の勇気を、彼女は感謝していた
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第1069話

玲奈は綿の話を真剣に聞いていた。その瞳には、綿への深い哀しみが滲んでいた。綿がここまで歩んできた道は、あまりにも険しかった。本来なら、彼女はこの世で一番幸せであるべきだった。羨まれるような家族、完璧な夫……すべてを持っているはずだった。なのに、どうしてこんなにも惨めな結果になってしまったのか。玲奈はもう何も言いたくなかった。ただ、綿を抱きしめたかった。玲奈はすっと席を移り、綿を抱きしめた。綿は顔を上げ、まつげを震わせた。どうしたの?玲奈は顔を綿の肩に埋め、静かに言った。「綿ちゃん、もう、嵐は過ぎた」…もう、嵐は過ぎた。綿の心に、ぐっと何かが押し寄せた。綿は玲奈の髪を優しく撫でながら答えた。「もう全部、過ぎたよ」玲奈は小さくうなずいた。「うん、全部過ぎた。特に、あなたがあんなに多くの顔を持ってると知った今は、なおさら思うよ。綿ちゃん、この世のどんな素晴らしいものでも、あなたには釣り合わない。あなたが一番すごい」綿はぷっと笑った。はいはい、私は最強。「その褒め方、雑すぎるわ」綿は笑いながら、玲奈の頬を軽くつまんだ。玲奈は唇を尖らせ、不満げに綿を見上げた。顔をつままれても怒らないのは、綿だけだった。他の人間だったら、間違いなく怒鳴りつけているところだ。誰の顔だと思ってんだ、って!彼女は森川玲奈よ?その顔を、誰も好き勝手に触れるとでも思ってるの?ふざけないで!翔太は遠目に、二人が泣いたり笑ったりしているのを見て、思わず顔をしかめた。女って、本当に扱いづらい。こんな美人たちでも、自分には縁がない。潔く諦めるしかなかった。向かい側の友人は、じっと二人を見つめていた。それに気づいた翔太は親切心で言った。「しまっとけ。この二人、手出しできる相手じゃないからな」男は笑った。「俺は無理でも、西園寺様なら行けるんじゃない?」翔太は白けた顔で言った。「バーカ、俺がバーで親父に耳を引っ張られて連れ帰られた話、もうお前の耳にも届いてるだろ?」男は少し黙り、興味津々に言った。男は一瞬止まり、「へぇ、これが主人公ってわけか?」そんな話があるのは知ってたが、翔太が誰を口説いたのかまでは聞いていなかった。今、目の前にこの美人二人を見て思わず思った。「……蹴
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第1070話

ただ一人、輝明だけが、静かにスマホを見下ろしていた。翔太が正気を失って、もしまた綿に手を出そうものなら……輝明は、迷わずこの承応の地をひっくり返すだろう。たかが翔太ごとき、いくらでも潰せる。家ごと跡形もなくしてやる。「大人しくしてたよ。お会計まで持ってくれた」綿は気だるそうに言った。玲奈は綿の肩にもたれかかりながら、スマホを眺めていた。マネージャーからメッセージが来ていた。休暇はいつ明けるのか、今後のスケジュールを調整したいらしい。玲奈は返信した。「もう二日だけ遊ばせて~。あとのイベントにはちゃんと出るから!」マネージャー「あのイベントはすでに契約済みだからね。ドタキャンしたら、あんたの信用がガタ落ちだよ」玲奈「大丈夫、あと二日だけ遊んだら、ちゃんと真面目に働くって!あ、あと……私、岩段秋年と一緒にいるよ」この名前を見た瞬間、マネージャーはベッドから飛び上がり、即座に通話をかけてきた。玲奈はすかさず通話を切った。そして、テキストで返信した。「今、彼が運転してるから、通話無理。テキストで」マネージャー「ちょっと待って、あんたとあの社長、どうやってくっついたのよ?」玲奈「言葉に気をつけろ、何が『くっついた』だよ!」マネージャー「いや、どうやって……こうなったの?」でも「遊ぶ」って言うのも違うし……つまり、なんで一緒にいるの?って話だ。玲奈はあっさり答えた。「高杉輝明が妻を追いかけてきて、それにくっついて来ただけ」彼女は、秋年が今日自分に告白したことは、まだ話していなかった。マネージャー「あー、さっきニュース検索したら、四人で一緒にいるって出てたわ。二人きりじゃないならセーフだね」玲奈「うん!」マネージャー「わかった、早く休んでね。あと、食べすぎ注意。体型管理、忘れずに!」玲奈はもう返信しなかった。マネージャーからは、最後に爆弾の絵文字が送られてきた。「マネージャーに呼び戻された?」綿が聞いた。玲奈はうなずいた。「でもね、あと二日おまけしてくれた。だから、もうちょっと一緒にいられる」今まで黙っていた輝明は、この言葉に思わず綿をちらりと見た。秋年もミラー越しに後ろを確認した。車内には四人。三人は楽しそうだった。一人だけ、
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