「からかっただけだよ!」綾人は慌てて弁明した。かおるは必死にもがきながらも、なかなかその腕から逃れられず、荒い息を吐きつつ彼を睨みつけた。「こんなことして、何が面白いの?」綾人はぐっと力を込めて、かおるを胸元に引き寄せ、強く抱きしめながら答えた。「ごめん。ただ、あの女が何を企んでいるのか見極めたかっただけだ。誓って言うけど、彼女には何一つ触れさせてない」「じゃあ……机の下に潜って何してたの?」「ペンを拾ってたんだ」かおるが机の下に目をやると、確かにペンが落ちていた。どうやら、かおるが入ってきたのは絶妙なタイミングだったようで、典子が潜り込んだばかりでまだ何も起きていなかったらしい。怒りが完全には収まらぬまま、かおるは抵抗しながら声を荒げた。「離して」「嫌だ、離さない」綾人はさらに強く彼女を抱き締めた。「ちょっと落ち着いてくれ。そういえば、どうしてここに?」綾人は誰にも聞こえないように、低く、静かに囁いた。かおるは彼の問いに答えず、じっとドアの方を見据えた。「先に出てて」ドアの前にはまだ直樹と典子が立っていた。「はい」直樹は頷き、静かにドアを閉めて立ち去った。かおるはしばし思案し、ぽつりと尋ねた。「……先に帰る?」綾人はその言葉の裏にある不安を感じ取り、「そうだね」と静かに答えた。そして二人はすぐにオフィスを後にした。車に乗り込むと、かおるが口を開いた。「直樹が、社長室に直接来いって言ったの。エレベーターを出たとき、あなたがまだ会議中だって言われて、オフィスで待ってろって……」「ふん……」綾人は冷たく笑った。「身近に裏切り者がいたってわけか」すべては仕組まれていた。そう確信した。もし、かおるの到着がほんの少しでも遅れていたら、典子は何かを仕掛けていたかもしれないし、綾人が拒もうとしても間に合わなかったかもしれない。そうなれば、かおるはきっと誤解し、二人は争い、深い溝が生まれていただろう。それはやがて心に棘となり、決して癒えない傷となる。月宮家の計画は、かおる一人を標的にしたものではなく、綾人の側近にまで魔の手を伸ばしていた。「これからどうするつもり?」かおるは静かに問いかけると、綾人の瞳に冷ややかな光が宿った。「しばらく泳がせてみよう。次に何
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