「誰の電話かしら、ずっと鳴ってるわ」看護師の一人が着信音に気づき、訝しげに物置部屋の方へ歩み寄った。景之は慌てて通話を切る。音が途絶えると、看護師は深追いすることなく背を向け、立ち去っていった。その隙に三階へ上がろうと顔を上げた景之は、階段がすべて封鎖され、厳重な警備が敷かれていることに気づく。子供である彼どころか、蠅一匹たりとも入り込めぬだろう。仕方なく、二階の隅に身を潜め、ただひたすら上階の手術が終わるのを待つしかなかった。その頃、黒木グループ営業部。紗枝は一日中、胸騒ぎに苛まれ落ち着きを失っていた。何か良からぬことが起こりそうな予感が拭えない。それが何であるかは分からない。ただ、美希の死だけが理由なら、これほどまで強い不安に押し潰されるはずがなかった。「紗枝さん、昭子さんからお呼び出しです。至急とのことです」部下がノックし、顔を覗かせる。「彼女は今どこに?」「隣のオフィスに」「分かったわ、すぐ行く。あなたたちは自分の仕事に集中して、気を抜かないように」そう言って立ち上がった瞬間、めまいに襲われ、机の角に思わず手をついた。胸のざわめきはさらに強まる。「紗枝さん、大丈夫ですか」部下が慌てて駆け寄る。「大丈夫、心配しないで」紗枝は手を振り、壁に手を添えながら一歩ずつ外へと向かった。隣のオフィスでは、昭子、夢美、鈴の三人が集まり談笑に花を咲かせていた。まさに「女三人寄れば姦しい」といった光景。しかし紗枝が姿を現した瞬間、ぴたりと口を閉じ、空気は一瞬にして凍りついた。「紗枝、人を寄こして呼ばなければ、いつまで待たせるつもりだったのかしら」昭子が真っ先に声を上げた。その調子には露骨な非難が滲んでいた。夢美が取り繕うように口を挟む。「昭子、そんな言い方しなくても。紗枝さんだって、お母様を亡くされたばかりで気持ちが沈んでるんだから」「思いやる?」昭子は顎に手を添え、冷笑を浮かべた。「死んだ人間は生き返らないわ。母親を亡くしたからといって、仕事に支障をきたしていい理由にはならないでしょう」その言葉に、紗枝は皮肉を感じずにはいられなかった。美希が昭子の実母であることを周囲が知らないのはともかく、当の本人までも忘れたというのか。込み上げる怒りを抑え、一歩踏み出す。「私がいつ仕事を滞ら
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