車がゆっくりと発進し、約一時間のドライブの末、牡丹別荘へと到着した。拓司が車を降りると、遠くの庭園にあるリクライニングチェアで眠っている紗枝の姿が目に入った。陽光が惜しみなく降り注ぎ、彼女の露出した腕は白磁のように輝いていた。「啓司様」警備員は彼の姿を見るなり、まったく躊躇することなく門を開けた。啓司と拓司は双子のように瓜二つで、一般の人間には判別がつかないのだ。拓司はそのまま中へと足を進め、まっすぐ紗枝のもとへ向かった。彼女は気持ちよさそうに眠り込んでおり、拓司の気配に気づいていない。拓司は無言のまま、静かに彼女の前に立ち尽くしていた。ふと、光が遮られたせいだろうか。紗枝が身体をわずかにひねり、顔にかぶせていた本を無意識に外した。目をうっすらと開けると、そこには光の代わりに人影があり、誰かが自分の前に立っているのがぼんやりと見えた。見上げたその先、深く澄んだ男性の瞳と目が合った。「......啓司?どうして戻ってきたの?」目をこすりながら、紗枝はまだ寝起きの調子でそう尋ねた。拓司の喉仏が、かすかに動いた。「紗枝ちゃん」その優しく響く声と、視線が重なったことで、紗枝はようやく目の前の人物が啓司ではないと気づいた。「......拓司?どうして来たの?」驚きと戸惑いが混じる中、紗枝は少し照れくさそうに、リクライニングチェアから身体を起こした。「兄さんが海外から戻ってきたって聞いたけど、それからすぐ家を出て別荘にいるって言うから、何かあったのかと思ってさ。それを聞きに来たんだ」拓司の声は落ち着いていたが、その内側にわずかな探るような気配がにじんでいた。紗枝は拓司に対して悪い印象を持っていたわけではなかった。むしろ好意的ではあったが、それでも彼に今の啓司の状態を話すつもりはなかった。ただ、静かにこう答えた。「海外でちょっと怪我をしてね。向こうの方が療養に適してるってお医者さんに言われたの」啓司の記憶が混乱し、数年前の記憶にとどまっていることは、口にしなかった。「そうか......また君と喧嘩でもしたのかと思ったよ」拓司がぽつりと呟いた。彼が立ち去る気配を見せないことに気づき、紗枝はとりあえずの社交辞令で言ってみた。「よかったら、少し座っていく?」「ああ」拓司はすぐに頷き、傍ら
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