スピーカーから流れ出す優雅な旋律に、昭子の表情が一瞬で凍りついた。まだ歌詞もついていないはずのその曲は、聴く者の心を深く揺さぶる力を持っていた。最後まで聴くのを必死に我慢し、ようやく声を絞り出した。「本当に、あの紗枝が作ったの?あり得ない」最初こそ「耳の聞こえない女に曲なんて書けるはずがない」と高を括っていた昭子だったが、今度は一転して盗作を疑い始めた。その視線に気づいたアシスタントがすぐに頷いた。「ゴーストライターか、他人の作品を盗用した可能性もありますね」「調べて。少しでも似たような曲が見つかったら、すぐに報告して」昭子の声は氷のように冷たく、目には燃えるような敵意が宿っていた。こんな一曲で、あの女に名を上げさせてたまるものか。「承知しました」アシスタントが出て行ったあとも、昭子の苛立ちは収まらなかった。二位の曲に裏工作を仕掛け、ダウンロード数を操作させた。金に糸目はつけない。紗枝を蹴落とすためなら、いくらでも使ってやる。それが彼女の本心だった。一方その頃、紗枝は自宅でコンテストの動向をチェックしていた。『諦めない』は、ダウンロード数・再生回数・リスナー評価のすべてで一位に立っていた。しかし、気づかぬうちに、二位との差が少しずつ縮まり始めている。紗枝は二位の楽曲を改めて聴いた上で、勝算があると判断していたため、曲の順位などには気にしないようにしておいた。むしろ、いまの彼女の頭を占めていたのは、まったく別のこと――私は、美希の娘ではない。じゃあ......夏目家の娘でもない。検査結果が突きつけた事実は、想像以上に重く、そして深く、紗枝の心を揺らしていた。そのとき、窓の外に突然、強い雨が降り始めた。それとほぼ同時に、玄関のチャイムが鳴った。紗枝が立ち上がってドアを開けると、そこにはびしょ濡れの家政婦が立っており、焦りを隠せない表情をしていた。「どうしたの?」傘もささずに玄関へ出た紗枝が声をかけた。この家政婦は牡丹別荘で逸之の世話をしてくれている、信頼のおける人物だった。「奥様、大変です......鈴さんが、交通事故に遭われました!」「えっ?」紗枝は一瞬、言葉を失った。「どうして?事故って......何があったの?」家政婦は急いでスマホを差し出した。
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