All Chapters of 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています: Chapter 1281 - Chapter 1290

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第1281話

「何か助けが必要な場合は、遠慮せずに何でも言ってくださいよ。俺たち夫婦にできることならなんだってしますんで」理仁は続けて言った。「俺も唯花さんも、神崎嬢が幸せになるのを望んでいるんですよ」姫華のことを好きになったのが桐生善という男であり、理仁は姫華が彼と結婚すれば絶対に幸せになれると確信していた。桐生家の家風は非常に素晴らしいのだ。A市において、善と結婚したいと夢見ている女性はごまんといる。彼は桐生家の五番目の御曹司で、現当主である蒼真とは実の兄弟なのだ。他の従兄弟たちと比べて、彼は女性たちからもっとモテるわけである。もし彼が星城でのビジネスを任されここに長期滞在する身でなければ、彼は今になっても静かで平穏な日々を過ごすことはできなかっただろう。それに、星城にいたとしても、多くのエリートである女性たちが善と恋人になる妄想を描いているのだった。ただ、善は見た感じ温厚で品のある人間ではあるが、実際積極的に追い回せるような男ではない。彼は誰に対しても優しく温和な態度で、ニコニコとしていて、一体彼がどのような女性がタイプなのか見抜くのは難しかった。もし、彼が神崎家の隣の大邸宅を購入し、理由を見つけては姫華に会いにやって来ていなければ、彼が姫華を気に入ったことなど誰にもわからないところだった。それに、彼と姫華の初めての出会いは、そんなに良いものではなかった。あの時は姫華が危うく彼の車にぶつかってしまうところだったし、彼女は道を譲ろうともしなかった。彼のほうが姫華と言い争うことはせず、運転手に道を譲るように言ったのだ。その時、彼は彼女が何者なのかを見抜いていた。彼女が神崎家の高飛車なお嬢様で、理屈が通じず簡単に怒らせててはいけない相手だと知っていて、彼女に道を譲ってあげたわけだ。それから彼女と会う機会が増えていき、善は周りが言う姫華の評価に対して不公平だと感じるようになっていった。彼女は悪い人ではなく、とても正直者で正義感溢れる人だった。そして彼はいつの間にか彼女のことが好きになってしまっていたのだ。神崎家の隣人が家を売却するという知らせを受けて、彼は真っ先にそれを買い取ったのだ。その隣人が経営する会社を買収した張本人である彼は、もちろんその知らせを一番最初に受けた人物なのだ。だから玲凰が手を出す前にさっさと購入できたというわ
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第1282話

アバンダントグループは桐生家が経営する会社の星城での子会社であるが、正式に独立させて親会社にする準備を進めている。ビジネスをかなり大きく展開しすぎたのだ。この会社を任されている善はきっとさらに忙しくなるだろう。それに伴い、この星城に腰を据えることになるはずだ。以前は、彼は毎月かならず実家のほうへ一週間は帰り滞在していた。実家に戻ると星城にまた帰りたくなかったのだが、それが今はずっと星城にいたいと思うようになっていた。彼の兄夫婦にはもうすぐ子供が生まれる。善は義姉が子供を産んで、もし姪っ子ができるのであれば実家に帰ろうと思っていた。もし、二番目の義姉のように二人の甥っ子が生まれるのであれば、その子が一カ月になるお宮参りの時期に帰ろうと考えていた。「そうであれば、神崎家にはしっかりと理解してもらったらいいでしょう。娘が結婚した後も星城で生活し、しかもかなり近い距離で暮らすことになるとね。毎日神崎嬢が実家に帰って食事をするのに、歩いて二分で済むんですから」善は笑った。「そうですね、神崎家の方々に安心してもらいます。姫華さんが僕と結婚しても娘さんを失うようなことにはならないって。逆に婿養子みたいになると」理仁も笑った。「桐生社長はやはり腹黒のようですね。気が早いですが、恋が実っておめでとうと言っておきます」「それはどうも」善自身も自分が姫華に計画的に接近しているということを腹黒いと思っていた。「そろそろ会社に戻らないと」理仁は善に探りを入れることに成功し、夜家に帰ったら無事妻に報告することができるので、もう長居する必要はなくなったのである。善は理仁を屋敷の入り口まで見送った。彼が去ってから、善はそこに立ったまま神崎家の大邸宅をしばらく見つめてから家の中へ戻っていった。そして少しも経たず、善も車で家を後にした。彼もかなり忙しい人間なのだ。だが、姫華に近づくことに関しては、いつになっても時間がたっぷりあるのは当たり前のことだ。姫華からお茶に誘われれば、彼は彼女に一日付き合うのだ。理仁が去ってから、詩乃はすぐに昼休憩を取ることなく、二人の姪とおしゃべりをしていた。唯花と唯月の二人が両親の家の件を解決した後、詩乃もそれを知って二人の姪を誇らしく思っていた。詩乃は現在、息子の昴と姫華の結婚を除いて、唯月という
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第1283話

「唯花ちゃんは、以前牧野さんと一緒に何度か社交界のパーティーに出席していたでしょう。だから実際あなたはそこまで自信がないわけではないわよ。あなたの行いはとても堂々としているから。ただ以前のあなたはみんなの前であからさまに目立つのは避けていただけね」詩乃は二人の姪っ子が以前どのように過ごしていたのかをよく把握していた。唯花は笑顔で言った。「私と明凛は彼女のおばさんに連れられてパーティーに行っていましたが、その目的は会場で出される美味しいグルメだったんですよ」毎回明凛から一緒に来てくれと言われてついて行くと、二人は会場に着いた後、隅の方の席を探してしっかりとパーティーの美食を堪能していたのだった。そもそも食いしん坊である二人が真っ先に目的とするのはグルメのみだ。心ゆくまで飲み食いした後、やっと落ち着いてパーティーに出席している美男美女たちを観賞し、こそこそと小声で彼らの評価をして楽しむのだ。それだから、彼女たちが参加したことのある社交界のパーティーでは、誰も二人のことを名前すら記憶していないのだった。明凛がみんなからその名を記憶されたのは大塚夫人の誕生日パーティーである。いわゆる伝説の床寝転がり事件だ。「唯月さん」詩乃は唯花のことはそこまで心配する必要はない。この姪っ子の運勢は良く、旦那側の一族も非常に優れた者たちだからだ。そして唯月は息子を抱っこして眠たそうにしていた。この時、陽はすでに夢の中だった。彼女は息子を抱いたまま、目をウトウトさせて眠気に勝てないらしく、しきりに頭も下にカクンと落ちていた。その時突然、伯母が自分を呼ぶ声がして、入りかけていた夢の世界からバッと目を覚まし、詩乃のほうを見た。「伯母様、どうされましたか?」「唯月さん、眠そうだから、陽ちゃんとゲストルームで休んでいらっしゃい。朝早くからお弁当屋さんをするのはとても疲れるでしょう、毎日早起きしないといけないからね」詩乃が話したかった言葉は、唯月がとても眠たそうにしていたので、この時は口に出さずにおいた。「確かに少し疲れますが、それでも楽しいんです。伯母様、何かあるならおっしゃってください。聞いてから上で休ませていただきます」唯月は素直な笑みを見せた。「あのね、明日の夜私と一緒にパーティーに出席しないかと聞きたくて。唯花ちゃんもあな
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第1284話

「唯花ちゃん、何か伯母さんに伝えることがあるかしら?」この時、詩乃は突然唯花にそう尋ねた。ちょうど姫華と一緒にある動画を見ていた唯花は、伯母からそう尋ねられて、どういう意味なのか理解していない様子で顔をあげて見つめた。「伯母様、伝えたいことですか?」姫華も動画を見るのをやめて、唯花と同じように母親を見つめた。「お母さん、私と唯花が進めている事業のこと?契約にはサインしたから、始めているところよ。今は私が経験豊富な農家の方を探しているの、野菜を植えたら、唯花、私たちの出番よ」現在姫華は事業を進めている段階だが、農地はまだ手入れをしている最中で、種も植えていない。だから今のところ顧客獲得に走ってはいないのだ。唯花はうなずきながら言った。「明日の夜のパーティーは良いチャンスね」小松家のおじいさんが開催するパーティーは、実際はビジネスの場でもあるのだ。詩乃は二人の話を聞いていて、表情を暗くさせていた。母親のその不機嫌そうな表情を見て、姫華はここでようやく、彼女たちの答えは詩乃の期待したものではないと気づいた。そして彼女は唯花を突っついた。そこで唯花もハッと気づき、詩乃に尋ねた。「伯母様、そうじゃなくて、私のおめでたの話ですか?」「あなた達の事業に関しては、玲凰も結城さんもサポートしているのだから、私は将来性があるし、別に心配することなんてないの。私はもう年を取ったから、心配しているのはあなた達の普段の生活のことよ」「唯花、ちょっと用事を思い出したから、出かけてくるわね」姫華はそう言うとすぐに立ち上がり、友達を捨ててさっさと退散してしまった。そしてドアまで行き、ひとことセリフを残していった。「唯花、安心して、お願いされたことは、しっかりとやっておくからね」彼女が言っているのは唯月と一緒に車を見に行くその件のことだ。詩乃「……唯花ちゃん、あの子を見てよ。姫華と昴には本当に困ったものだわ。二十七歳よ、全然焦ってないんだから」「姫華は焦らなくても大丈夫でしょう」つまり姫華にはお相手がいるという意味である。詩乃は少し沈黙してから口を開いた。「桐生家はA市だから、遠すぎるわ。姫華が遠くに行ってしまうのは認められないの。旦那さんにお願いして桐生さんにそれとなく伝えてもらえないかしら。彼には諦めてほしいって。い
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第1285話

唯花は少し考えて言った。「別にそこまでプレッシャーには感じていないつもりなんですけど。あちらのおうちからも子供について言われることはありません。おばあさんからたまに早くひ孫に会いたいなと言われるくらいです。理仁さんから暫くしたらA市に旅行に行こうって言われています。桐生家のご当主に会いに行こうって」理仁は唯花の友人関係はまだ浅いと思っていた。彼女と蒼真の妻である遥が友達になればいいと考えているのだ。唯花は善は桐生家の坊ちゃんで、彼は姫華のことが好きだから、唯花自身が遥と親交を深めて桐生家の家風を知ることができれば姫華のためにもなると思っていた。桐生家が世間から評価されているような一族なのか確かめられるのだ。姫華と善が二人でいる時とても楽しそうだし、とてもお似合いだと唯花は思っている。桐生家が噂通りに素晴らしい一族で、姫華が善のことを好きになれば、唯花は姫華の味方になって、もちろん伯母を説得するつもりだった。善がA市出身であることは紛れもない事実だ。しかし、彼は神崎家の隣に家を購入し、アバンダントグループの星城でのビジネスを任されている。今後長期に渡って星城で暮らすことになるのだ。姫華が善と結婚すれば、それは星城に留まって暮らすことを意味し、実家とはお隣さん同士という関係になるのだ。しかし、今の段階でこの話をするのは時期尚早だ。善はまだ姫華に自分の気持ちを打ち明けていないし、姫華も彼に対する本当の思いを隠している状態だ。「それもいいわね。気晴らしに旅行に行けば、気分もよくなって、子供のほうから来てくれるかもしれないわ。結城家があなたに子供の件でうるさくないなら、結城さん本人もそんなに焦っていないでしょう。だから唯花ちゃんも、子供のことはそこまで考えなくていいわ。結婚してから二年経って、避妊をしていないのにまだ妊娠しないのなら、病院に行って何が原因なのか検査してもらったらいいわ。それから、時には……」詩乃は少しその続きを言いにくそうにしていた。唯花は詩乃を見つめて、その言葉の続きを待っていた。詩乃は伯母と姪の関係だから言えないことはないだろうと思い、小さな声でこう言った。「時には夫婦の営みが頻繁すぎて、逆に妊娠できないってこともあるみたいよ」唯花「……」唯花の表情を見て、詩乃はその原因を悟ったらしく、笑って言った。「あなた
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第1286話

詩乃は自ら唯花が帰るのを見送った。彼女が屋敷を出て車で遠く去って行くのを見届けてから、詩乃はまた家のほうへ歩いていった。唯花が店に到着すると、ちょうど莉奈がやって来た。そして莉奈が店まで来たことをとても意外に思った。「妹さん、お姉さんはいらっしゃる?」莉奈は店に入ると開口一番そう唯花に尋ねてきた。「佐々木さん家の奥さんがうちのお姉ちゃんに何か用?」唯花は車の鍵をなおして、淡々と冷たい口調で莉奈にそう尋ねた。明凛もこの時警戒した様子で見ていた。もし莉奈が何かおかしな真似でもしようものなら、箒で追い出してやろうと考えていた。莉奈の顔には青あざと、目の周りにはクマができていた。その様子がなんだかとても憔悴して見えた。彼女は今年二十五歳で、唯花よりも一歳年下である。それが今憔悴しきっていて唯花よりも何歳も老けたように見えてしまう。恐らく、結婚してから俊介は彼女に高価なスキンケアを惜しむようになったのだろう。肌の手入れは唯月のほうがよくできている。じろじろと莉奈の様子を確認した後、唯花も別に同情することはなく非常に痛快だった。「あの人とちょっと話がしたくて」莉奈は義姉の英子と俊介の両親のタッグにこてんぱんにされ、顔はひどいありさまだった。顔は腫れてはいなかったが、青あざはくっきりと残っている。彼女は実家には帰りたくなかった。そんなことをすれば両親や兄、兄嫁たちから怒られてしまう。それは彼女が当初、こっそりと俊介と結婚手続きをしてしまい、両親が一千万以上の結納金を得られないようにしてしまったことが原因なのだ。両親は彼女にこんなに早く佐々木俊介と心を通わせて協力関係を築くというのなら、今後佐々木家からいじめられても、実家に訴えに戻るなと言っていたのだった。しかし、彼女は今とても辛く、誰かに話を聞いてもらいたかった。そしてLINEを開いて友だちの表示を見ると、彼女と話してくれる人間などごくわずかなことに気づいたのだ。彼女は俊介と唯月の結婚生活において不倫相手の女になってしまったものだから、心の友と呼べる友人は一人もいなくなっていた。それに、彼女も知り合いに夫の家族たちからいじめられていると知られたくなかった。それで頭に浮かんだのが唯月だったのだ。そもそも不倫相手だった彼女が、今俊介の元妻に訴えに来るとは非常
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第1287話

莉奈は不機嫌そうに顔を歪めていた。そして暫くして彼女は背を向けて帰ろうとした。「佐々木家の奥さん」その時唯花が莉奈を呼び止めた。莉奈は振り向いて彼女を見つめ、唯月がどこにいるのか教えてくれるのかと思った。それが唯花は良かれと思っている顔をして莉奈に注意した。「その顔の青あざ目立つから、薬局で薬を買って塗ったほうが早く治ると思うわよ。あなたと旦那さんはもうすぐ結婚式を挙げるって聞いてるわ、もしその青あざが治らなかったら、その時に醜く見えるわよ」それを聞いた莉奈の表情はさらに暗くなった。彼女はひとことも話さず、くるりとまた前を向き直して胸を張って店を出て行った。そうやれば、まるで今幸せな日々を送っていることを証明できるかのようだった。この時デリバリーが届いた。明凛がミルクティーを注文していたのだ。彼女は受け取ると、唯花に一つ手渡し、人の不幸を喜んだ様子でこう言った。「あの人、家庭内暴力にでもあったのかしら?前はすごい女じゃなかったっけ、佐々木家のあの母親と娘でさえもボロクソに言われてたでしょ」唯花はミルクティーを飲みながら言った。「もしあの佐々木家が結託して彼女一人にかかれば、いくらすごい人間だとしても負けちゃうでしょ。家庭内暴力は全く起こらないか、何度も繰り返すかのどちらかよ。彼女と佐々木家がバトルになって、今回初めてここまでひどく負けたのね。今後は今回よりももっとひどい目に遭うんじゃない。彼女と佐々木俊介が離婚しない限りね」唯花は莉奈に対して一切同情していなかった。彼女は成瀬莉奈が不幸になるのを望んでいたのだから。そして莉奈は結婚式すら挙げていないというのに、家庭内暴力を受けている。今後、莉奈はずっとそれを受け続けることになるだろう。「唯月さんがあいつから暴力を受けた時、彼女がそれに反抗して包丁であの男を追いかけ回したから佐々木家は揃ってビビってたでしょ。あの事件の後もあいつらは確かにクズであることには変わらなかったけど、二度と唯月さんに手を出すことはできなくなったわ」人は弱い者には強気に出るが、自分よりも恐ろしい相手には弱腰になるのだ。「この間、佐々木家が謝罪に来た時、ようやくあの人たちも心を改めるのかと思っていたんだけれど」明凛もミルクティーを飲みながら言った。「人の本質ってものは、そう
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第1288話

確かに咲は辰巳から大きな仕事を二つ紹介してもらったおかげで、多少なりの稼ぎはあった。それでも豪勢にご馳走してしまって、せっかく稼いだお金を使ってしまうわけにはいかないではないか。「わかりました、奢っていただけるというなら、どこにでも付き合いますよ。あなたが作ってくれるものでも食べますから」辰巳はどこで食事をしようが構わなかった。ただご馳走してくれるのが、将来の奥さんであるだけでいいのだ。待て待て、一体誰が将来の奥さんだ?おばあさんが咲こそが辰巳の妻だと選んだのだから、咲が将来の奥さんに決まっているだろう。「結城さん、私は見えないので自分で料理をすることはできませんよ」咲は落ち着いた様子で辰巳にそう注意した。彼女は目が不自由なのだからそれはそうだろう。すでに慣れている環境であれば、咲は自由に行動することができるのだが、料理だけはできない。もしこのような体でなければ、彼女も料理はできるのだ。柴尾家の令嬢である彼女だが、以前はどんなことでも自分でしなければならなかったからだ。この時、辰巳は真顔に戻った。そうだ、彼女は目が不自由なのだから、どうやって料理をするというのだ。もし彼らが結婚した後、彼女が光を取り戻せていないなら、彼は妻の手料理を食べることは難しい。理仁のあの幸せを自分が体験することもできない。考えを変えて、辰巳は心の中で思った。彼女が料理ができないのであれば、自分が作ればいいだろう。「みんなから名医と呼ばれている医者の話を聞いたんですが、彼ならあなたの目を治すことができるかもしれません」辰巳は続けて言った。「その名医が見つからなかったとしても、彼の教え子を見つければいい話です」この時彼はまだ善にその名医、もしくはその弟子に連絡がつくか尋ねていなかった。今の彼は、まだ咲の信用が得られていないからだ。彼女に仕事を二つ紹介してあげたからといって、咲が彼のことを良い人だと思うのはまだ早かった。この女性の警戒心は桁違いに強い。彼女は人当たりは良いが、誰に対しても距離を取って近づこうとしない。決して彼女の世界に他人を入れようとしてくれないのだった。「知っています。おばから聞いたことがあるんです。その名医は私の目を治療できる最後の望みです。だけど、それはまるで伝説のような存在で、その方が生きているかも誰もわか
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第1289話

咲とおばは毒を盛った容疑者を特定したが、ただはっきりとした証拠を見つけることができなかったのだ。十年前の彼女はまだ年端も行かない十六歳の少女だった。そしておばは結婚して遠くに行っており、実家に帰ることはほとんどなかった。だから彼女たちは、咲を陥れた犯人の証拠を見つけることなどできなかったのだ。咲はおばが彼女の継父と喧嘩し、一発殴られて泣きながら去っていったことだけ知っていた。それからは、おばが星城に来た時はいつもホテルに泊まり、柴尾家の邸宅には一度も足を踏み入れていなかった。辰巳は彼女に言った。「覚悟を決めているんですね」咲はそれに対し淡々と答えた。「そうじゃなかったら?泣いて喚けば、目が元に戻るんです?何があろうと、それとしっかり向き合って、現実を受け止めないと」それを聞いて辰巳は「うん、その心の持ちようはとてもいいですね。気に入りました」と評価した。咲の表情は相変わらず淡々としていた。彼女は辰巳に尋ねた。「結城さん、今何時ですか?食事の時間なら、そろそろ食べに行きませんか」二人の店員のうち、一人はお客に花の配達に行っていて、もう一人は店の留守番をしていた。店員は思わずちらちらと辰巳のほうをうかがっていた。辰巳が一体何者なのか知ってから、彼女たちはこそこそと話していた。結城家がイケメンばかり輩出するというのは、ただの噂ではなく本当だったのだ。辰巳は彼女たちの店長をかなりごひいきしている。店長は結城家の御曹司とただ二、三回会っただけなのに、彼女たちに大きな仕事を二つも紹介してくれたと言っていた。そこで店員二人は、結城家の御曹司に好かれたのじゃないかと咲をからかったことがある。咲自身も、そうかもしれないと疑ったことがあるが、店員たちの話は本気にしていなかった。辰巳が本気で彼女を好きになったとは信じられなかったのだ。ただ初めて目の不自由な人間に会ったから、珍しく感じているだけなのだろう。彼女が目の不自由な人だと知った多くの人がとても好奇な目で彼女を見ていたからだ。辰巳は時間を確認してから言った。「まだ早いですから、急いで行く必要はないです。あと三十分くらいしてからご馳走してくださいね」二人が話している時に、外に二台の車がやってきて店の前に止まった。店員が反射的に外に出迎えに行こうとして途中で折り返し、ま
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第1290話

咲はレジ台の向こうから出てきて、自ら辰巳に頼まれた薔薇の花束を作ろうとしていた。そして、つい今しがた足音が聞こえたふりをして立ち止まり、加奈子のほうへ顔を向けて淡々とした様子で言った。「お母さん」加奈子はまず辰巳を確認するように見つめ、どこか見覚えがあるような気がしていた。そして彼女はおおらかに自然な笑顔を作り辰巳に尋ねた。「あの、どこかでお会いしたような気がするのですが、お名前をお聞きしてもよろしいかしら?」マイバッハを運転しているような男だ、きっとかなりの家柄だろう。辰巳は姿勢をまっすぐに正し、加奈子のほうへ振り向いて正面に向かい合い、礼儀正しく答えた。「結城辰巳と申します」「まあ、結城家の方でしたのね」結城家の若者世代は合わせて九人いる。彼らはあまり社交界のパーティーに顔を出さないので、加奈子が会う機会は限られていた。結城家の御曹司であれば、彼らがビジネス界に足を踏み入れる前までは、その顔や名前すらも外の人間は知ることはないのだ。結城家は子供たちのプライバシーを昔からしっかりと守っていた。加奈子は辰巳の名前を聞くと、キラキラと輝いた笑顔を見せた。彼女は鈴を結城家に嫁がせたいと思っているので、結城家の坊ちゃんたちには友好的にしたいのだ。辰巳が咲の店に現れたのを、加奈子は少しおかしいと感じていたが、この時彼女は深く探ろうという気にはなっていなかった。「柴尾夫人、こんにちは」辰巳は失礼にならないよう挨拶をした。加奈子は微笑みながら辰巳に尋ねた。「さっきお店に入った時に、婚約者にお花を購入されると聞こえましたが、結城さんはどちらのご令嬢と婚約なさったのですか。今までこのような話を耳にしたことがございませんでしたが」結城理仁が内海唯花というあの田舎娘と結婚したのは、本当に惜しい。しかし、結城理仁には弟と従弟を合わせてあと八人若い世代がいるのだ。理仁と結城家の年の若い二人を除いて、残っている五人はみんな鈴と結婚するのにちょうどいい年頃だ。そして今辰巳に婚約者がいると聞き、加奈子はその相手はどこの家の令嬢なのか知りたがっていた。鈴は刑務所に入っていて、唯花も彼女を訴えてしまった。柴尾夫妻はその件で娘をなんとか救おうと、忙しく走り回っていた。しかし、あらかじめ備えて娘のために優秀な弁護士を手配する必要
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