唯月は辰巳が向かってきているのに気づいた。そしてすぐに、咲に向かって言った。「柴尾さん、ちょっとお手洗いに行ってくるわね」咲の返事を待たずに、唯月はサッと席を離れて、辰巳にその場を譲った。唯月は辰巳が咲のことを追いかけていると知っている。しかし、咲は辰巳を遠ざけようと半月にも渡って避け続けてきた。そのおかげで唯花も何度もブルームインスプリングに足を運ぶことになってしまったのだ。「内海さん、私もお手洗いに行きたいです。ちょっと待ってください」咲は白杖を手探りで取り、唯月と一緒に行きたかったが、返事はなかった。「内海さん?」「彼女ならもう行ってしまったよ」すると辰巳の低い声が聞こえてきた。咲は無意識に杖を持つ手に力を込めたが、それも一瞬だけですぐにいつもの様子に戻った。「結城副社長」咲は距離感を漂わせるように辰巳に一声かけて、申し訳なさそうにこう告げた。「失礼します」その時、辰巳に腕を掴まれてしまった。「柴尾咲!」彼は低くかすれた声で彼女を呼び止めた。「いつまで俺を避けるつもりなんだ?」咲は手を引っ込めて淡々とした口調で言った。「副社長、私はべつに避けているわけではなくて、最近とても忙しいだけです」二人のおばと喧嘩したり、柴尾グループの社員たちの信頼を得るために走り回ったり、確かに辰巳とのことを考えるような暇はなかった。二人のおばは柴尾グループを奪おうと必死になっている。咲は目が見えないし、ビジネスのことなど一切理解できないから、会社が彼女の手に渡ったら終わりだと言うのだ。そして咲の二人いる従兄は柴尾グループで働いているし、継父からは重要視されていた。しかし、会社での地位は浩司のほうが上だから、そんな彼からの後押しもあり、咲が今優勢に立てている。「何を言ってるんだ、俺が毎日花屋に行ってもいつだって不在で、唯花さんが探しに行っても同じだ。唯花さんに電話もしてくれないじゃないか。携帯番号を変えるまでして、明らかに避けているだろう」辰巳は穴が空いてしまいそうなほど咲を睨みつけていた。「君がとても忙しいことはわかっている。あの来栖とかいう男と一緒にいるので忙しい、そうだろ?」辰巳のその言葉には嫉妬しかなかった。咲は浩司とは本当の兄と妹と思うような仲だと説明した。しかし、彼女は浩司のことを
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