All Chapters of 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花: Chapter 1041 - Chapter 1050

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第1041話

優希は皆と別れると、火がついたように家へと車を飛ばした。この数日、彼はずっと我慢していた。人前では「女ごとき興味なし」の大男を演じ、誰もいない夜には布団にもぐって、初露とのツーショットを何度も見返す。見ているだけで目が熱くなり、今にも泣きそうになる。妻に会えない優希は、食事も睡眠もボロボロ。もう限界だ。さっき、隼人と桜子がじゃれ合うのを見て、体の中の火に油が注がれた。――耐えられない。......夜が落ち、星がびっしりと瞬く。優希が不在のあいだに、盛京は一気に暖かくなっていた。中庭の草花も、春に誘われてそっと芽吹く。ここ五日、優希様からは何の連絡もない。千奈は勝手に連絡することもできず、食も細く、心ここにあらず。彼女が毎日することは、二つだけ。――可愛い若奥様の世話。――そして、優希様の帰りを待つこと。今夜も、千奈はきちんと身支度を整え、門の外に立っている。胸のどこかで、確信があった。優希様は、すぐ帰ってくる。もしかしたら今日。だめでも明日には。そこへ、白いスポーツカーが夜を裂く稲妻のように近づいてきた。甲高いブレーキ音。車は彼女の前でぴたりと止まる。無事な優希の姿。大股でこちらへ向かってくる。千奈は込み上げる涙をこらえきれず、震える手をぎゅっと握った。「優希様......やっと、お帰りになられましたね」「こんな時間に、どうして外に?」優希は千奈を見て、目を丸くした。「まさか......毎晩ここで俺を待ってたのか?」「いえ、今夜は眠れなくて。少し風に当たっていたら......ちょうどお戻りになられただけです」千奈は微笑む。真実は言わない。彼のことが、骨の髄まで好き。でも、それを表に出すつもりはない。「若奥様は?まさか、もう寝てる?」優希の声が急にそわそわした。「はい。少し前にお休みになりました」優希の肩ががっくり落ちる。「なんてこった......アクセル、火花が出るくらい踏んできたのに、間に合わなかった......」初露はよく眠る。まさに眠り姫。以前なら、毎晩のように彼が甘やかして起こしていたけれど、そうでもしなければ、二人で『何かする』のは昼間までお預けだ。千奈は苦笑した。「でも、もう写真だけを見て我慢なさらなくて済みます。相思の苦し
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第1042話

「昭子様はこう仰っていました。若奥様とは中学の同級生で、当時は仲が良かったと。このところいろいろ考えて、自分があの時はわがままで、独りよがりだったと反省した。だから今日はわざわざ来て、直接会って和解したい――そう言っていました」「......そんな話、信じたのか?」優希の声が冷たく落ちた。千奈は淡々と答えた。「私は、屋敷には入れませんでした」「つまり、あいつはお前が止めたから、手を上げたってことか?」千奈は一瞬、言葉を失った。「はっ、じゃああの台詞全部、クソの役にも立たねぇってことだな!」優希は深く息を吸い込み、爆発寸前の怒りを押さえつけた。「やっぱりな。あの昭子が来た目的なんて、ろくでもないに決まってる。表じゃ笑って、裏では毒を仕込む――まるで狐だ。秦の手下にでもなったのか?どこまでも性格が腐ってる!」千奈は苦笑し、どうにも止められないと悟った。「千奈、お前はいつも俺たち兄妹の間で気を遣ってくれる。それに初露のことまで任せっきりだ。......本当に、すまない」優希はため息をつき、少しだけ優しい声に変えた。「明日から休みを取れ。初露のことは俺が見る。お前、旅行が好きだろ?俺のブラックカードを持って、どこでも行け。思い切り羽を伸ばせ」「お言葉ですが、優希様。私は使用人です。これも仕事のうちですから」千奈の表情は静かだったが、胸の奥は温かい光に満たされていた。......優希は忍び足で寝室に入った。灯りを点けることも、靴を履いたまま歩くこともできない。音を立てれば、彼女を起こしてしまうから。まるで泥棒のように、そっとベッドに近づく。月の光が壁に影を映し出す。まるで『大きなオオカミが小さなウサギを狙う』ような図だった。ベッドの端に立ち、優希の長い影が、初露の小さな体をすっぽり覆う。彼はじっと彼女を見つめ、そっと顔を寄せて、淡い唇にキスを落とした。――ただいま、初露。ゆっくりおやすみ。明日の朝、また抱きしめに来るよ。そう呟いて背を向けた、その瞬間。腰に、柔らかい腕がぎゅっと絡みついた。「......初露?」優希の胸が強く跳ねた。涙で濡れた瞳の初露が、彼を抱きしめる。声は震え、言葉が途切れ途切れになった。「......やっと帰ってきた......
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第1043話

この数日、彼女が微笑んだのは、今日が初めてだった。......眠っていない――そう分かった以上、優希が見逃すはずがない。男は風呂も忘れ、衣服を脱ぎ捨てながら、恋い焦がれた唇に口づける。そのまま、柔らかな体を大きなベッドへと押し倒した。初露の白いレースの寝間着は、くしゃくしゃのまま床へ。すらりとした脚が小さく震え、月明かりの下、部屋には熱い息づかいと甘い声が満ちる。愛し合う者は、心も体も、同じリズムになる。やがて、ふたりは力尽きた。汗に濡れたまま、風呂へ行く気力もなく、互いを抱きしめて眠りに落ちる。「ごめんな。いつも待たせてばかりで」優希の胸には、ずっと負い目があった。自閉症の彼女には『そばにいること』が何より大事なのに、自分は忙しさを言い訳に、満たしてやれない。初露は小さな頭を彼の胸筋にすり寄せ、首を横に振った。「見た目は本田家の長孫で、立派そうに見えるけどさ。実際の俺の立場は、お前よりずっと軽い。お前は宮沢家の社長の一人娘。兄さんも義姉さんも大事にしてくれる。俺は、自分で道を切り開くしかない」優希は苦く笑った。「もしグループに関わらないなら、本田家はこの先、俺とは関係なくなる。そのとき、お前をどうやって養うんだ」昔、彼がホンダを欲したのは、父のため。今はそこに――『妻と子のため』が加わった。「......あなた」柔らかな呼び声に、彼の心はほどけていた。「あなたは、もう十分にくれてる。私は何もいらない。ただ、あなたが元気でいてくれれば......」「いや、まだ足りない」優希は彼女の顎を指先でそっと持ち上げ、真っ直ぐに見つめる。「俺は、全部をお前に捧げる。それだけじゃない。本田家そのものを――お前への婚礼の品にする」初露は、ぽかんとしたまま、いつの間にか眠ってしまった。優希も疲れているはずだった。けれど、愛しい人を抱けば、眠気は遠のく。――初露。お前は俺の女だ。俺は、お前に『いちばん』を贈る。表向きだけの放蕩息子で終わる気はない。父の仇を討つ。そして祖父に『自分の意思で』ホンダを渡させる。叔父・本田栄次からは、すべてを取り上げる。盛京に戻ってから、隼人は桜子の別荘に滞在した。以前は『桜子の情け』だったが、今度は――堂々と、正面からの帰還だ
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第1044話

「白倉さん、この数日間、本当にありがとう。おかげで家の中がとても整っていたわ」隼人が桜子の腰を抱き寄せながら言う。二人が並んで立つ姿は、まるで新婚旅行から帰ってきたばかりの仲睦まじい夫婦のようだった。もちろん、隼人が重傷を負っていたことは白倉には伏せてある。年配の彼女に余計な心配をかける必要はない。その時――ピンポーン、とチャイムが鳴った。玄関に現れたのは、汗だくの井上だった。両手には大きな弁当箱が二つ。息を切らしながら、声を絞り出した。「宮沢社長っ!昨夜ご指示のあった......月見楼の料理、やっと予約取れました!」「月見楼?」桜子が目を丸くする。「まさか、あの超人気店?最低でも三時間待ちって噂の......」彼女はごくりと唾を飲み込み、すぐに隼人を睨んだ。「どうして井上をそんな大変な目に?意地悪じゃないの?」「だって、君が『おいしいもの食べたい』って言ったから」「わ、私がいつそんなこと言ったのよ!」「昨夜、夢の中で」隼人が唇を寄せて囁いた。桜子の顔がみるみる真っ赤に染また。「ね、寝言を信じるとかっ!バカっ!」「お疲れ様。白倉さんと一緒にテーブルに並べてくれ。みんなで食べよう」隼人が優しく笑った。「えっ、一緒に?」井上はびっくりして、慌てて両手を振った。「い、いえっ!そんな恐れ多いです!社長と奥様と同席なんて、規則に反します!」「食えって言ってるんだ。命令だ」「っ......」井上は思わず息を呑んだ。だが、心の中ではガッツポーズだ。――なるほど。社長と若奥様、T国から戻って以来、すっかりラブラブじゃないか!ようやく......ようやく奥様が『正式ヒロイン』に昇格したのだ!食卓には笑顔があふれ、美味しい料理の香りが広がる。この瞬間、そこには主従の隔たりなどなかった。まるで本当の家族のように温かな空気が満ちていた。実際、白倉と井上は、長年隼人を支えてきた『家族』そのものだ。食事を終えると、桜子と白倉が台所を片付け、井上は隼人を小さな応接室へと連れていった。声を潜めて切り出した。「社長。この数日の間に......宮沢グループで、少し動きがありました」「M国のJグループとの契約で問題が?」隼人の眉がわずかに寄った。
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第1045話

あの誘拐事件は、宮沢家が誰も口にしたくない過去だった。当時、宮沢家の若様ふたりは、全国的に名の知れた誘拐グループにさらわれた。深い山林の、ゴキブリとネズミだらけの廃倉庫。そこで、宮沢会長に巨額の身代金が要求された。隼人は、何日閉じ込められていたのか覚えていない。汚く、湿っぽく、悪臭が満ち、朝も夜も分からない。幼い彼は毎日殴られ、罵られた。逃走を恐れられ、三日に一度しか飯が与えられない。生き地獄だった。――その時、兄が動いた。四つ年上の『兄』は、見張りを命懸けで引きつけた。隼人に、ただ一つの逃げ道を作るために。森へ。隼人は転び、ぶつかり、振り返ることもできず、ただ走った。力尽き、斜面から転げ落ちた。幸い、山に蛇を獲りに来ていた猟師に助けられた。目が覚めるやいなや、彼は警察に連絡。犯人の手がかりを伝え、宮沢家へと戻ることができた。だが、兄には運がなかった。凶悪な犯人たちは怒り狂い、兄を半殺しにした。さらに狭いコンテナに押し込み、五日間、水も食事も与えない。――宮沢家の長男は、自分の尿を飲んで耐えた。さらに三日。身代金を受け取った犯人は、兄の服をはぎ取り、きつく縄で縛り、潮見の邸の門前に、真昼の大通りで投げ捨てた。堂々と、ふてぶてしく去っていった。兄は殴打で臓器を損傷し、密閉空間での長期の低酸素で、体内の諸器官に早期老化が出た。治療と入院だけで、一日1000万円以上。――この長い年月、長男の命は『金で吊って』きたと言っていい。それは、宮沢家全員の、消えない影だ。だからこそ、隼人は兄へ計り知れない負い目を抱いている。そして、厳格な光景が長男を溺愛し、隼人に複雑な感情を抱く理由でもあった。「でも、今の後継者は社長です。賢一様は口を出すべきじゃないんです!」井上はなおも憤っていた。「先日の会議に社長が出られなかったことで、取締役や幹部の不満は高まっていました。そのタイミングで賢一様がしゃしゃり出て決裁して、しかもJグループとの契約までまとめた。社内には『長男支持』の声が一気に増えています。宮沢会長も最近は賢一様と頻繁に連絡を取っています。社長、情に厚いのは分かります。ですが宮沢グループは高城家のようにはいきません。血のつながりは、権力の
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第1046話

「彼が欲しいって言えば、はいどうぞ、って渡すんですか?冗談言わないでください!」隼人の言葉に、井上の拳が自然と固くなる。「社長がいなければ、今の宮沢グループなんてありませんよ!社長は身を削って働き、現場まで視察して、命を落としかけたことだってあります!まだ報われてもいないのに、賢一様が帰ってきて『横取り』ですか?何様なんですか!」井上の声には怒りが滲んでいた。「宮沢会長の後ろ盾があります?だから何ですか?社長には宮沢お爺様の寵愛があります。こっちも負けてませんよ。父親がどれだけ偉くても、息子は父親の言うことを聞くもんです!」「......なんの言葉遊びしてるの?」鈴のように可愛らしい声が響く。まだ姿は見えないが、声だけで誰かはわかった。隼人は眉をひそめ、井上に「静かに」と目で合図を送る。次の瞬間、優しい微笑みに切り替えた。桜子が入ってくる。両手にトレイを持ち、湯気の立つお茶が二つ。「何の話してたの?ずいぶん盛り上がってるみたい。井上さん、ずいぶん熱くなってたわね」「いや、彼は道端で犬が喧嘩してるの見ても興奮するタイプなんだ。若い証拠だ」隼人がすぐに立ち上がり、彼女の手からトレイを受け取る。低く掠れた声で囁いた。「こんなに気を使って......俺をお客さん扱いするつもり?」「お喋りが止まらなそうだから、水分補給しないとって思って」桜子は軽く眉を寄せて微笑む。「キス一つで、喉の渇きなんて消える」男の瞳が熱を帯び、そのまま桜子の唇を奪った。井上の顔が真っ赤になる。慌てて視線を逸らす。見てはいけない......これは、見てはいけないやつだ!桜子の心臓が跳ね上がる。もう少しで唇をこじ開けられそうになり、彼女は慌てて隼人の胸を押した。「わ、私......ちゃんとした話があって来たの。真面目にしてよ!」「桜子......君が悪い。君のせいで、真面目でいられなくなる」隼人の目尻が赤く染まり、息が熱を帯びる。桜子は目を合わせられなかった。あの甘い瞳に見つめられると、心がとろけてしまいそうだから。二人は並んでソファに座った。自然に隼人の腕が彼女の肩を包み、桜子も無意識のうちにその胸に身を寄せる。――絵のような美しさだった。井上は感極まりそうになる。あぁ......この光景を見る日が来るなんて
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第1047話

桜子は胸の奥がきゅっと縮むのを感じ、唇をかみしめた。「まさか......片岡の資料は私も見たわ。元は傭兵で、王室の警護までやってた。格闘は一流。そう簡単に始末される人じゃない。それに、盛京に一人で来るはずがないわ。手勢を連れてる。隆一が手を下すっていっても、そう簡単じゃないでしょ?」そう言いながらも、隼人の言葉が彼女の胸に不安の影を落とす。隼人はその揺れを見抜いたように、ゆっくりと指を絡めた。あたたかい声が落ちた。「敵は手強い。いま悉く捕まえなくてもいい。長期戦でいい。少なくとも、もう『向こうが明、こっちが暗』じゃない。それだけでも前よりずっといい。今は――秦を片付ける。静ちゃんのために。俺の母さんのために......ケリをつける」母のことに触れた瞬間、隼人の喉が震え、目のふちが赤くなる。それでも桜子の前では感情を押しとどめ、泰然と立つ『拠り所』であろうとする。いつでも彼女を安心させる伴侶であろうとする。桜子は胸が痛み、石を詰め込まれたみたいに苦しくなって、そっと抱きしめた。隼人はすぐに抱き返す。まるで、その抱擁をずっと待っていたかのように。「何も言わなくていい。わかってる」――わかってる。あなたが、私を想ってくれてるって。......夜。警察署の取調室。椿と重案組の刑事三人は、高原に十時間ぶっ続けの高圧尋問を仕掛けていた。場数を踏んだ彼らでも、目の前の男は厄介だった。肝が据わり、面の皮は鉄板。邪悪で老獪。脅しても、減刑を餌にしても、黒幕の名は吐かせられない。行き詰まりかけた時、桜子と隼人が夜更けに署へ駆け込んだ。「桜子、悪い......」椿は髪をわしづかみにし、端正な顔を苦悶で歪める。「俺が不甲斐ない。まだ自白を取れない!このまま時間を引き延ばされたら、検察が奴を有罪にしても、秦を『雇って殺した』って直接の証拠が出ない。そうなれば、糸口が......切れる!」――それでは、隼人の仇を討つどころじゃない。「しかも、もう一つ厄介な問題がある。高原は本国籍じゃない。T国籍だ。うちの法じゃ、外国人に死刑は執行できない。殺人でも最長二十年。二十年後にはT国へ送還、あっちの法廷で改めて裁かれる」椿は奥歯を噛みしめる。「......あれだけの外道が死刑にならないと
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第1048話

「――あっ!そうだ、忘れてた!」椿は額をパチンと叩き、目を輝かせた。「桜子、お前さ、前に俺たち警察が扱ってた殺人事件を二件も解決に導いたんだよな!一件目は、証拠の中から決定的な手がかりを見つけて突破口を開いて、もう一件は、容疑者の供述の矛盾を突いて自白させた!」隼人はその場で固まった。ぽかんとした顔で、隣に座る涼しい顔の小さな女性を見つめる。......終わった。桜子は完璧すぎる。どんなに努力しても、どれだけ走っても、追いつける気がしない。昔の隼人は、決して自惚れていたわけじゃないが、それなりに自信はあった。今は――桜子の前じゃ、トイレットペーパー並み。しかも、使い終わった後の。「ふふん、椿兄、まだ覚えてたの?私の『伝説の功績』を」桜子が目を細めて冗談めかす。「もし万霆や敏之さんが止めなかったら、私きっと警察学校に行って『銃を持つマダム警官』になってたかもね。その時は、椿兄、私のこと『マダム』って呼んでたかもよ?」「そ、それは......お前がみんなの宝だからだよ。女の子が銃振り回すなんて危ないって心配しただけだ。でも結局、止めきれなかったよな。お前、あの時――」桜子の目がすっと鋭くなる。椿は慌てて口を閉じた。危うく余計なことを言うところだった。......その後、椿は腹をくくり、二人を連れて局長のところへ向かった。局長は、もちろん桜子のことを覚えていた。あの時、抜群の観察眼で難事件を解決に導いた『天才娘』。まさかまた会えるとは――しかも、隼人を連れて。宮沢グループの社長、宮沢隼人。その名を盛京で知らぬ者はいない。「宮沢社長!お越しいただけるとは、恐縮です!」局長は桜子には親しげに、隼人には最上級の笑顔で駆け寄った。挨拶に始まり、世間話に心配り。極めつけに――刑事課の椿隊長に「お茶をお出ししろ」と命じた。椿は一瞬フリーズ。......はぁ?俺に?お茶係?隼人は心臓がひゅっと縮むのを感じ、慌てて立ち上がった。「いや、結構です、自分でやります」――桜子の目の前で、『未来の義兄』にお茶を注がせる?そんなの正気の沙汰じゃない!高城家の門、くぐれなくなる!椿は目を細める。ほう......わかってるじゃねぇか、坊や。「いやいや、そんな、社長に手を煩わせ
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第1049話

「椿。宮沢社長が会いたいと仰るなら、すぐ手配しろ」局長が大きく手を振った。三人「......?」そんなに簡単に?「了解です、岡田局長」椿も面食らった顔で答える。想像以上に話が早い。「ただし高原は非常に危険です。宮沢社長が直接対話するのは安全とは言えないです。椿も同席し――」「必要ありません」隼人は淡々と断った。「大丈夫ですよ、岡田局長」桜子が隼人へ首を傾け、鈴のように笑った。「うちの人の腕っぷしはね、高原どころか高城隊長より上です。もし相手のロバみたいな意地が出たら――人手を増やしてしっかり見張っておいてください。留置場で『勝手に死なれたら』困りますから」――幕が下りるまでは。高原、ちゃんと生きていなさい。......留置場。椿と警官二名は外で待機。桜子と隼人が中に入り、高原と対峙した。しばらくして、囚衣に手錠と足枷。高原が連行されてくる。「へえ、よお、顔なじみだな」下卑た笑い。鋼管椅子にドカッと腰を下ろし、歯を爪でほじりながら桜子を舐め回すように見る。声は露骨に女をからかう調子だ。「どうした、桜子さん。俺に会いたくなったか?」桜子は氷のような横顔。冷ややかで、しかし揺れない。だが隼人の胸の怒りは一気に頂点へ。鋭い顎のラインが強張り、星のような瞳に血の色が灯る。内に潜む獣が檻を破ろうとしていた。高原はそれを見てますます得意顔。鉄格子越しに哄笑する。その時だ。桜子が机の下で、震える隼人の手をぎゅっと握った。温かく、確かな力。末端から染み込む熱が全身に広がり、荒波の感情が少しずつ静まっていく。「言いたいことがあるならさっさと言えよ。俺は寝たいんだ」高原は投げやりだ。徹底抗戦の構え。「高原。今日は『取引』の話に来たの」桜子はゆっくり口を開いた。耳障りの良い言い回しに置き換える。「取引?はっ、俺をガキ扱いすんなよ。俺はお前ら二人を殺しかけたんだぜ?そんな相手と取引?笑わせる」「殺しかけた、ね。でも――結局、殺せなかったでしょう?」桜子がふっと笑った。高原の眉がわずかに動く。――職業殺し屋。雇われ兵の矜持を、真っ向から逆撫でした。「それに、うちの国の法律は知ってるわよね。外国人がどれだけ重罪を犯しても、最高で二十年。でも、本当にここで二十年を過ごすつもり?二
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第1050話

高原は鼻で笑い、黙り込んだ。「だから、手を組みましょう」桜子は静かに言う。「あなたは『汚点証人』になる。秦に『静ちゃんを殺すよう指示された』と証言して。私たちは復讐を果たす。その代わり、私たちが段取りする。一年以内にあなたをT国へ送還させる。前に見たでしょう?」桜子は口元だけで笑う。「私の姉と王室は親しいわ。私が姉に頼めば、国王と王妃にひと言通せる。うまくいけば二年も入らずに、無事に自由を取り戻せるはずよ。どう、高原さん。検討してみて?」隼人の瞳に、また驚嘆の光が走る。桜子は度量も、読みも、腹も、頭も――商戦をくぐってきた男たちに一歩も劣らない。いや、多くの大物より上だ。よかった。彼女は善良だ。互いに愛し合っている。そうでなかったら、自分は何度転ばされ、何度血を流すことになっただろう。高原は数度、喉の奥で笑い、からかうように言った。「他の奴がその話を持ってきたなら、揺れたかもな。だが『桜子さん』――お前の言葉は一ミリも信用できねえ。俺がこのザマなのは、元をただせば『お前のせい』だ。今さら秦を落としたくて、俺の供述が欲しい。道具として使うだけ。俺がその手口に乗るとでも?」ガタン――彼は椅子を蹴り、立ち上がる。床に擦れる不快な音。「ここで時間つぶすなよ。秦とどうやってやり合うか、考えてな。ははは......」......取調室を出た桜子と隼人の顔色は、決して良くなかった。椿は深くは聞かない。交渉は不調――それだけは分かった。「こっちは続けて叩く。取り調べの手は緩めない」彼はそう励ますしかなかった。車に戻ると、隼人は桜子の肩を抱き寄せる。彫りの深い顎を彼女の頭にそっと預け、先に口を開いた。「桜子、落ち込むな。高原の証言がなくても、静ちゃんの『録音』がある。直接証拠じゃないし、二十年の時間も経った。だが公開すれば、秦には致命的な打撃になる。完全に評判は地に落ちる。光景だって、もう庇いきれない」「隼人。あなたの『望み』は、それで終わり?」桜子の声は、冷たく澄む。隼人の呼吸が詰まる。胸が軋む。――本当は違う。本当は、彼女に『死』を――その言葉を、飲み込む。「二十年も経った。静ちゃんが命を懸けて残した録音があっても......何になるの?」桜子は隼人の激しい鼓動の上に掌を置
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