All Chapters of 契約終了、霜村様に手放して欲しい: Chapter 1391 - Chapter 1400

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第1391話

和泉夕子は制御室を後にし、廊下を歩き続ける。会議室の前を通り過ぎた時、中から怒鳴り声が聞こえてきた。彼女は足を止め、開いた扉から会議室の中を覗くと、如月尭が部下たちを叱責しているのが見えた。「今度こんなことがあったら、B区2組の全員、中層区の賭け事に一切関わらせない。その時、お前らにまだ稼げる手があるのか?」如月尭が怒鳴り終え、顔を上げると、ちょうど扉の外にいる和泉夕子に気づき、声を和らげた。「全員出ていけ」部下たちが退出した後、如月尭は優しく手を上げ、彼女を招き入れた。「入って」和泉夕子は少し躊躇ったが中に入り、如月尭に促されるまま席に着いた。彼女が座るとすぐに、如月尭は引き出しを開けて梅干しのお菓子を取り出し、彼女の前に置いた。「話は終わったのか?」和泉夕子が返事をしようとしたその時、如月尭は突然彼女の肩越しに、廊下を通り過ぎる霜村冷司を見た。「九号、ちょっとこっちに来い」霜村冷司は歩みを止め、振り返って会議室を見る。和泉夕子に気づいて一瞬止まったが、そのまま足を踏み入れた。「仕事は片付いたか?」如月尭の魂胆を察した霜村冷司は、背中の後ろで拳を強く握り締めたが、表情を変えずに頷いた。「ああ、空いてる」「ならちょうどいい。2組の五号が招待者を迎えに行く際にトラブルが発生した。悪いが、B国のH市まで行って彼を手伝ってやってくれ」和泉夕子は、如月尭が霜村冷司の正体を知っていて、自分を脅迫材料にして彼に別れを強要しているのではないかと疑っていた。中に入ったのは、それを探るためだった。しかし、この言葉を聞いて、口に出そうとしていた質問を飲み込み、心の中の疑念は消えていった......もし如月尭が霜村冷司の正体を知っていたら、彼を闇の場に閉じ込めておくはずだ。簡単に解放するなんてありえない。如月尭の底知れぬ策士ぶりは誰にも及ばない。霜村冷司でさえ、如月尭に呼ばれるまで彼の真意を理解できなかった。霜村冷司は逃れるチャンスを得たこの瞬間、反抗な様子を見せることなく、むしろ上司の言うことを素直に聞く部下のように振る舞った。「すぐに向かう」霜村冷司が返事をすると出て行こうとしたので、和泉夕子は慌てて彼を呼び止めた。「送っていくよ」そして、霜村冷司が断る間もなく、和泉夕子は席を立ち、会
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第1392話

和泉夕子は、まるで永遠の別れを口にするのを避けるかのように、言葉の続きを飲み込み、一歩後ずさると、そのまま背を向けて出ていった。妊婦は皆、ふっくらとしているのに、和泉夕子は妊娠中だというのにひどく痩せこけていて、風が吹けば倒れてしまいそうだった。そんな弱々しくて痛ましい後ろ姿を見つめると霜村冷司は、たまらなく胸が締め付けられ、思わず彼女の名前を呼んだ。「夕子」震える声を聞いた和泉夕子は、歩みを緩めたが振り返らなかった。一緒に行こうと言ってくれるのを待っていたが、彼は何も言わなかった。「Sを率いて戻ってくる。闇の場にはもう残るな。危険だ」それだけ言うと、和泉夕子の心は沈み、小さく頷くと振り返ることなく再び歩き出し、A区の別荘入口へと向かった。もう霜村冷司は彼女を引き止めなかった。引き止めたくないわけではなく、引き止めることができなかったのだ。彼女を心配していないわけではない。自分が去れば如月尭は彼女を傷つけないということを知っていたからだ。互いにそう合意した上で、霜村冷司は如月尭に協力した。だが、振り返りもせず去っていく彼女のことが本当に気がかりだった。彼の未練を感じ取ったかのように、和泉夕子は数歩歩いた後、立ち止まり、再び振り返って彼の方を向いた。「そういえば二つ、言い忘れていたことがあるの。Sが設立されたのは、あなたが生まれる前。当時はdarknessと呼ばれていたそうよ。それと、尭さんがSを狙っているのは、Sの人間が私の祖母を惨殺したから。このことから、darknessと尭さんの確執を調べてみて」和泉夕子はそう言うと去っていき、霜村冷司は呆然と立ち尽くした。Sの設立は自分が生まれる前で、当時はdarknessと呼ばれていたなんて......だが、水原譲は、自分のための勢力を養うためにSを設立したと言っていた。後になって、水原譲は春日悠のために自分を助けたのだと気づいた。もしSの設立が自分が生まれる前だとしたら、水原譲は最初からずっと自分を騙していたことになる。だが、なぜ?なぜ騙す必要がある?突然の知らせに戸惑う霜村冷司が考えを巡らせていると、一機のヘリコプターが飛んできて、目の前に着陸した。スーツを着た男が降りてくる。「九号様、チェンライへ向かうと連絡を受けました。お送りします」霜村冷司は振り返
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第1393話

如月尭は和泉夕子を中層区の監禁室に連れてきた。黒服がドアを開ける前に、如月尭は和泉夕子に説明する。「晴成があなたを海に突き落としたと知った時、二人を別々に閉じ込めたんだ。彼らは俺があなたの祖父だと知っている。後で、俺の孫娘だという立場を利用して、あの親子を好きなように懲らしめていい。絶対に手加減するなよ」和泉夕子は返事をしなかった。監禁室のドアが開くと、暗い部屋に一瞬で明かりが灯った。白熱灯の光が目に刺さり、藤原優子は目を閉じた。光に慣れると、ゆっくりと目を開ける。視界には見覚えのある顔が入ってきた。その顔を見ると、藤原優子は這い上がって引き裂きたくなる衝動に駆られる。この顔を心底憎んでいた。この自分と少し似た顔がなければ、霜村冷司は気づくはずもなかったのだ。「死んでなくて残念。死んでたら今頃花火を打ち上げてでもお祝いしてたのに」言葉が終わるとすぐ、ドアの外で見張っていた如月尭は、隣の黒服に顎を上げた。黒服は素早く監禁室に入り、藤原優子の顔に平手打ちを食らわせる。「何様のつもりだ?ボスにそんな口のきき方をするとは?!」思わず頬を押さえた藤原優子は、その言葉を聞いて信じられないような目をして和泉夕子を見た。「闇の場のボスなの?」拳を握りしめ、睨みつけてくる藤原優子に対し、和泉夕子は落ち着き払っていた。彼女は数人の黒服を引き連れ、悠然とドアの外から入ってきた。「どう?この知らせは、がっかりした?」黒服が椅子を持ってきた。和泉夕子は振り返り、大きくなったお腹を支えながら腰かけた。一人は高みに座り、悠々としている。もう一人は鎖で手足を拘束され、ひどくみすぼらしい。こうして比べると、藤原優子の嫉妬心は一気に溢れ出し、目つきさえも悪意に満ちてきた。「一体どういう権利があるっていうの?」床に座った藤原優子は壁にもたれかかり、首を突っ張って、陰湿で恐ろしい目で和泉夕子を睨みつけた。「何も知らないくて、何もできないくせに、どうして闇の場のボスになれたの?あなたがなんだって言うのよ?」藤原優子の醜悪な表情とは対照的に、和泉夕子は明らかに落ち着いていた。彼女は藤原優子の言葉には答えず、徐々に感情を抑えきれなくなっていく藤原優子を静かに見つめていた。「それに私は冷司に近づくため、彼の兄と付き合う
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第1394話

その時、霜村郁斗の鼓動は急激に速まり、顔色も真っ青になった。まるで、この知らせが彼にとってとてつもなく大きな打撃だったかのようだった。だが、落胆したのも束の間、すぐに冷静さを取り戻した。霜村郁斗は、たとえ治ったとしても、半身不随の状態になり、藤原優子に苦労をかけることになるだろうと言った。だから、弟が好きなら、応援する、これで自分も楽になれる、と。霜村郁斗もまた、生きることを諦めていたのだろう。藤原優子がすり替えた薬を、自ら飲み込んだのだ。その間、ずっと藤原優子を見つめ、まるで止めてくれるのを待っているかのようだった。だが、彼女は止めなかった。霜村郁斗はついに全ての薬を飲み干した。その行動を見て、藤原優子は悟った、自分が薬をすり替え続けていること、そして、それで容態が悪化していることに気づいていたに違いない。だから、一気に飲み干したのだ。目の前で霜村郁斗が発作を起こし、泡を吹く姿を思い出すと、藤原優子は心臓がドキドキするのを感じずにはいられなかった。あれが初めての殺人だった。しかも、あんなに良くしてくれた人を殺したのだ。どんなことがあっても、心に影を落とすのも当然だった。しかし、藤原優子は霜村郁斗を自分が殺したとは認めなかった。ただ、薬をすり替え続け、増量していたことだけを認めた。だから、少しも後悔している様子はなく、吟味するように見つめる和泉夕子に向かって、唇を歪めて冷笑した。「薬をすり替えたのは私。けど、彼は気づいた後、飲まないと言う選択もできたのよ?でも、彼は自ら私を助ける道を選んだの」既に事情を察していた和泉夕子は、少しも反省の色がない藤原優子を見て、ただただ憎らしく、そして哀れに思った。「あなたは世界で最も誠実で、最も貴重な愛を手に入れることができたのに、自らそれを壊し、冷司の兄を殺してしまった。きっとこれが、冷司があなたを永遠に愛せない理由なのよ」永遠に愛せない......藤原優子の胸は締め付けられ、何かで突き刺されたかのように、怒りで急に床から立ち上がった。「じゃあ、あなたは?あなたがなんだって言うの?私の方が先に冷司と知り合った。私の方が彼のためにもっとたくさんのことをしてきた。なのに、どうして私の冷司を奪うのよ!どうしてなのよ?!」何度も飛びかかってこようとするものの、鎖につながれている藤原優子を見て
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第1395話

藤原優子は話を聞きながら、前半の段階では、自業自得だと罵倒したかった。だが、話の後半は、藤原優子を黙らせるには十分だった。まるで、本当に自分の両親が犯した罪の報いのように思えたのだ。自分はこれまでの人生では全てを手に入れてきた。だが、愛する人には決して愛されなかった。皮肉にも、皮肉にも、父に捨てられた和泉夕子は愛を手に入れ、しかも、そのせいで自分はひどい目に遭った。これが本当に報いなのだろうか?「でも、そんなことをしたのは両親よ。私はまだ幼くて、何も知らなかったのに。どうして私が報いを受けるの?どうして?!」「なぜなら......」和泉夕子は藤原優子の頬をつねり、一言一言、こう言った。「あなたは、根っからの悪人なの。彼らより、もっと残酷よ!」若くして、愛してくれた霜村郁斗に毒を盛ったばかりか、殺したことを認めようとしないなんて。そんな女は、根っからの悪人だ。そう言い終えた和泉夕子は、藤原優子の顔から手を放した。その瞬間、藤原優子は和泉夕子の腹にパンチを食らわそうとしたが、黒服の男に素早く捕まえられた。顔が真っ赤になった藤原優子は、怒鳴った。「夕子、感謝することね。私が冷司を使って闇の場にあなたをおびき寄せなかったら、家族は見つからなかったんだから!もしそうじゃなかったら、今みたいに、私の前で威張れたかしら?!」椅子に腰を下ろした和泉夕子は、深く頷いた。「その点については、確かに感謝してるわ。あなたの復讐計画がなかったら、今みたいに鬼の形相のあなたを、ここで見ることもできなかったでしょうからね」藤原優子はひどく腹を立てた。「何がすごいっていうの?ただの安っぽい命にしがみついて、私の前で威張ってるだけじゃない。もし、今の地位がなかったら、あなたは泥の中に転がるただの犬の糞よ。一銭の価値もないわ」言い終わるか終わらないかのうちに、隣の黒服の男がまた手を上げ、藤原優子の頬をひどく叩いた。「お嬢様の前なんだぞ!口を慎め!さもないと、その口を引き裂いて、蛇の穴に投げ込んで餌にしてやるからな!」和泉夕子が霜村冷司の揺るぎない愛を手に入れただけでなく、如月家の正真正銘の令嬢になったことを考えると、藤原優子は嫉妬で狂いそうになった。「この売女!きっとなりすましているんだわ!ちゃんと調べた方がいい!」和泉夕子は言うべきことは全て言い終えた
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第1396話

和泉夕子は藤原晴成に会いに行かなかった。彼女にとって、彼は父親ではなく、会う価値もない男だった。ただ、監視カメラで藤原晴成と藤原優子がゲームエリアで会っているのを見ていた。藤原晴成は藤原優子をかなり可愛がっているようだった。一目見た途端、駆け寄って抱きしめ、子供をあやすように「俺がいるから大丈夫だ」となだめていた。藤原晴成は父親としての姿を見せていないわけではなかった。ただ、その姿は春日春奈と和泉夕子には向けられていなかっただけだ。おそらく、彼にとって子供は藤原優子だけだったんだろう。それを理解した和泉夕子は、気持ちが楽になった。こういう不運な境遇で、父親の愛情を知らずに育つ人間もいる。別に珍しいことじゃない。下層区のゲームがすぐに始まった。誰かが操作しているのか、それとも偶然なのか、二人は順調にクリアしていき、罰を受けることは一切なかった。二人はクリアする度に、喜びのあまり泣きながら抱き合っていた。まるで自分たちの命だけが大切で、和泉夕子の命はどうでもいいもののように思えた。見ているうちに気分が悪くなった和泉夕子が席を立とうとした時、監視カメラから藤原優子の叫び声が聞こえた。「どうして?なんで間違えたの?そんなはずない!」二人が今いるのは第7回。ここで間違えると、蛇の穴に落とされる。二人がプレイしているのはA区のゲームで、蛇の穴の開き方も違う。床が崩れるのではなく、死門が開くのだ。目の前で死門が開いた瞬間、藤原優子は信じられないという顔で監視カメラの方を見上げた。「なぜ?」そう言った途端、死門の中からロボットアームが猛スピードで伸びてきた。藤原優子は如月尭を責める間もなく、藤原晴成の方へ走りながら叫んだ。「お父さん!助けて!」藤原優子が駆け寄ってくるのを見た藤原晴成は、一瞬ためらい、恐怖に後ずさりした。「優子、俺は......」その反応に、藤原優子はひどく失望した。「お父さん、私はお父さんの娘よ!ずっと可愛がってきた娘なのに、どうして助けてくれないの?」藤原晴成は一瞬ためらった後、藤原優子の手を引いて走りながら、監視カメラを見上げた。「夕子、あの日、助けに戻ったのは俺じゃないか!助けた恩に免じて、俺たちを許してくれ。頼む」藤原晴成が涙を浮かべる様子を見て、和泉夕子は春日望と春日春奈の悲惨な人生を思
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第1397話

和泉夕子はこれを見て、藤原優子の人生がとことん悲惨だと思った。まず愛する霜村郁斗を死に追いやり、次に本を大切にしなかった。そして唯一自分を可愛がってくれた父親を自らの手で殺した。藤原優子は恵まれた環境で生きてきたのに。ほんの少しでも善良だったら、この世で一番幸せな女性になれたはずなのに。なのに彼女は手に入らないものに執着し続け、結局全てを失った。藤原優子がこのことに気づいていたら、全てを和泉夕子のせいにするという歪んだ思考には陥らなかっただろう。しかし、彼女が自分の欲しいものに固執し、周りが見えなくなってしまったからこそ、今の状況に陥ったんだ。ただ、彼女には理解できなかった。如月尭とは約束したのに、なぜ彼は約束を破ったんだろう?彼女はバカというわけではなかった。ただ、落ち着いて考えれば、ほんの一瞬で分かることだったのだ。如月尭は事前に条件を交渉した。和泉夕子の前で霜村冷司の事を言わなければ、命は助けてやると。彼はそうすることで、自分たちを落ち着かせ、余計なことを言わないようにしたかった。和泉夕子が霜村冷司のために彼と敵対するのを避けたかったんだ。指示に従うと、如月尭はゲームに細工をした。まずはヒントを与えて、最初の6ラウンドをスムーズにクリアさせた。自分たちが警戒を解いたところで、一気に排除しに来た。如月尭が自分たちを排除しようとしたのは、藤原晴成が彼の娘と孫娘にした仕打ちに腹を立てていたからだろう。利用した後、自分もろともまとめて始末するつもりだった。藤原優子は如月尭の考えを完全に理解した。彼はSのリストを最優先すると思っていたのだが、まさかリストを諦めてまで、娘と孫娘の復讐をするとは。如月尭の目的を完全に理解した藤原優子は、自分がもう助からないことを悟った。如月尭の罠にかかって逃げられないなら、いっそ彼と和泉夕子の仲を裂いてやろう。自分が生きていけないなら、彼らにも楽はさせない。そう考えて、藤原優子は素早く顔を上げ、監視カメラを見た。彼女は色々と話したが、監視カメラの音が突然途切れて、和泉夕子には聞こえなかった。「最近のゲームエリアはどうなってるんですか。しょっちゅうこんなミスがありますよね」隣の黒服の男は、操作台でコードを叩きながら、不満を漏らした。和泉夕子はコードが分からず、監視カメラの
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第1398話

如月雅也が去った後、和泉夕子はわざと如月尭を待った、しばらくすると、案の定、如月尭が追いかけてきた。彼は追いかけてきた時、黒服たちに何か指示をしていた。しかし、彼が振り返ると、和泉夕子の姿はどこにも見当たらなかった。長い廊下にもたれて佇んでいる彼女を見つけると、如月尭は歩みを緩めた。「夕子、怖かったのか?」俯いていた和泉夕子は、小さく頷いた。「やっぱ実の父親なので、ちょっと残酷です」如月尭は冷笑した。「育てもせず、妻を殺して子供を捨てた男が、父親と言えるか?」和泉夕子は彼を一瞥し、反論はしなかった。「妊娠しているので、こういうのを見ると気分が悪くなるのかもしれません」如月尭は異変に気づかず、無意識に言った。「気分が悪いなら、少し休め」和泉夕子は、その流れで尋ねた。「どこで休めばいいですか?」如月尭は言った。「もう闇の場のリーダーだし、これからは制御室があなたの場所だ。そこで休め」ちょうど制御室に行こうとしていた和泉夕子は、表情を変えずに頷いた。「そうですね、休憩室もありますし、妊婦にはピッタリです」如月尭は彼女の視線を追って、彼女のお腹を見た。霜村冷司の子だ。和泉夕子にこの子を産んで欲しくないと思っていた。しかし......条件を提示した以上、仕方がない。和泉夕子が如月家にいる限り、この子が誰の子であろうと、上手く誘導できるはずだ。如月尭に制御室に行くように言われたので、和泉夕子は堂々と向かった。如月尭は急用で黒服の男に呼ばれて行った。彼は和泉夕子に休憩室でゆっくり休むように言い聞かせ、用事を済ませたら、全区域のアクセス権を開放してくれるそうだ。和泉夕子は素直に「分かりました」と答えたが、彼が去ってしまうと、陰鬱な表情になり、複雑な心境が見て取れた。しばらくすると、お菓子をたくさん持った如月雅也が、ノックして入ってきた。「全部辛い物だけど、どれか食べたい物ある?」お菓子を受け取った和泉夕子は、ドアを閉めて、如月雅也の方を向いた。「ただ、話をする口実が欲しかっただけなの」和泉夕子を見つめ、如月雅也は深呼吸をした。「何が知りたいんだ?」和泉夕子は、お菓子を置いてから、彼を見上げた。「あなたが知っていることを、全部知りたい」如月雅也は視線を落とし、自分よりずっと背の低い和泉夕子を見た。「知っている
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第1399話

如月雅也は言い終わると、ドアを押して出て行った。長身で逞しい後ろ姿は、確固たる意志を滲ませ、和泉夕子に温かさをもたらした。「雅也さん、ありがとう」如月雅也は振り返りもせず、筋肉質な腕をぐっと持ち上げ、ひらりと振ってみせた。その仕草には、どこか軽やかな洒落っ気があった。和泉夕子は唇を噛み締め、視線を外し、大きな袋に入ったお菓子を見た。別に食べたいわけでもないのに、こんなにたくさん......兄から妹への愛情を感じ、和泉夕子の心は温かくなっていく。まるで陽の光がゆっくりと差し込んでくるようだった。数秒間その場に留まり、如月雅也が遠くへ行ったのを確認してから、制御室を出て監視室に向かった。中にいた如月尭はコントロールパネルでコードを打ち込んでいた。如月雅也が入ってくるのを見て、顔を上げてチラリと見た。「中層区の管理に行かずに、ここで何をしているんだ?」如月雅也は掌を握り締め、如月尭の前に歩み寄り、何食わぬ顔で言った。「おじい様、藤原親子を見逃してやると約束したんじゃなかったんですか?」その言葉を聞いて、コントロールパネルに置いていた如月尭の指が急に止まった。「俺の考えが分からんのか?」如月尭に問いただされ、如月雅也は一瞬緊張したが、すぐに隠した。「もちろん分かります。ただ、こんなに分かりやすく操作したら、夕子にバレるんじゃないかと思いまして」如月尭は冷たい視線を如月雅也の顔から外し、再びコントロールパネルに向けた。「確かに急ぎすぎたかもしれん。彼女もいずれ気付くだろう。だが、それがどうしたというのだ?疑念を払拭する方法はいくらでもある」ほら、いつもこうやって全てを計算している。如月雅也でさえ、彼の心を読み取ることができない。だが、彼は明らかに和泉夕子を過小評価している。彼女が気付くのに時間がかかると考えているようだが、彼女はもう気づいているのだ。如月雅也は和泉夕子のことは伏せて、如月尭を見つめて言った。「疑念を払拭する方法はあっても、隠しきれないこともあります。いつか彼女は真実を知ることになります。その時、どうするんですか?」如月尭は再び疑わしげに如月雅也を見た。「わざわざ説得に来たということは、40回の鞭打ちでは足りなかったというのか?」如月雅也は表情を変えずに首を横に振った。「ただ、彼女が全ての真実を知った後、お
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第1400話

如月尭の印象では、和泉夕子はいつも優しく穏やかな女性だった。こんなに怒っている姿は初めて見る。一瞬心が揺らぐも、それはほんの一瞬で、すぐに消え去った。「あなたと彼は合わない」和泉夕子は唇の端を上げ、軽蔑の笑みを浮かべた。「彼とは10年以上一緒にいます。生死を共にし、あらゆる困難を乗り越えてきました。どうしてあなたに合わないって言われなきゃいけないんですか?」如月尭は反論した。「彼と取引をした。あなたと別れるなら解放する、と。彼は自由のために、ためらうことなくあなたと別れた。そんな、簡単にあなたを捨てる男と、どう合っていると言うんだ?」和泉夕子は冷ややかに鼻で笑った。「彼の自由を奪い、子供を人質に取ったからですよ。たった一人で窮地に陥った彼に、私と別れる以外の選択肢があったと思うんですか?」霜村冷司のやむを得ない選択は、二人の関係が悪化したせいなんかじゃない。如月尭の執拗な追い込みのせいだ。どうしようもなくなった彼は、一旦妥協し、後で奪い返す道を選んだんだ。いつもは冷酷な男が、自分と子供を守るために、敵の前で頭を下げた。これだけで、彼が良き夫であり、良き父親であることが証明できる。彼以上に合う男なんていない。だが、明らかに如月尭にはそんなことは理解できない。「俺だったら、誰であろうと、どんな脅迫を受けようと、別れたりはしない。だから、彼は、あなたをそこまで愛してない」和泉夕子の目には、皮肉な笑みが溢れんばかりだった。「あなたは?あなたは優香さんを手に入れるために、彼女と元カレの間に割って入り、強引に奪い取ったくせに、結婚しようとしなかったんです。これが愛ですか?」如月尭は、彼女がここまで大胆に自分を問い詰めてくるとは思っていなかったようで、怒りを露わにした。「俺と優香のことに、口出しするな!」祖父が怒ったのを見て、如月雅也は慌てて和泉夕子を止めようとした。だが、彼女は手を振り払った。「あなたのことに口出しできないなら、私のことにも口出ししないでください!」老いた男は、怒りに満ちた目で、同じく怒りに燃える和泉夕子の目を見据えた。「夕子、忘れるな。あなたは俺の孫娘だ。俺たちは家族なんだ」和泉夕子は相変わらず冷たく言い放った。「自分の立場とエゴのために、冷司の自由を奪い、私の子を脅迫し、平然と私を騙す人が、おじい様だと言うんですか
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