All Chapters of 契約終了、霜村様に手放して欲しい: Chapter 1531 - Chapter 1540

1552 Chapters

第1531話

当時の池内思奈ちょうど初めて恋心を知ったばかり。柴田空が自分と同じ学校に進むと聞いて、思わず顔がほころばせた。「教科書、本当に私じゃないの。たぶん私の友達たちが持ってったんだと思う。だから明日学校で返させるから、それでいいでしょ?」池内思奈は霜村冬夜と同じく、学校では姉御的存在だった。といっても同級生をいじめたりはしない。あまりにも人気者すぎて、女の子たちは彼女を姉御として慕い、男の子たちはまるで犬のように一日中まとわりついているのだった。ただ一人、柴田空だけは真面目に勉強していて、時々は池内思奈に振り回されると、彼女を絞め殺したくなる衝動に駆られることもあったのだ。池内思奈は小さい頃から甘やかされて育ってきたため、かなりわがままだった。なので、柴田空は絞め殺したくなるぐらい彼女に腹が立つ反面、甘やかしているのも事実だった。その結果、池内思奈は学校でやりたい放題だった。しかし、この頃の柴田空はまだ少し幼く、自分の気持ちに気づいていなかったため、池内思奈に対してなんだイラついていた。霜村冬夜は一人ずつ親戚に別れを告げ、車に乗りこみ、ドアを閉めようとしたその時、いつもクールな彼がふと動きを止めた。2秒間の沈黙の後、霜村冬夜は車から降りると、和泉夕子に抱きついた。「お母さん、体に気をつけて」子供に抱きつかれた和泉夕子は、目を潤ませ、手を霜村冬夜の頭に置いた。名残惜しそうに優しく撫でながら、「冬夜。お母さんとお父さんは、いつでも家であなたの帰りを待ってるからね」と言った。霜村冬夜は彼女の胸に顔をうずめ、大きく頷いた。もう一度強く抱きしめた後、ゆっくりと彼女から離れ、霜村冷司の方を向いた。「お父さん。僕が帰ってくる時には、お父さんじゃもう僕に勝てなくなってると思うよ」霜村冷司は唇の端を上げ、何も言わずに大きな掌を彼の肩に置いた。「いいか、うぬぼれた奴は簡単に刺される。周りに合わせることを学べ」霜村冷司の忠告を、霜村冬夜は心に刻んだ。「分かってる」霜村冷司は手を引っ込め、腰から「S」の刻印が入った金色の小さなナイフを取り出し、彼に渡した。「名前選びの時、このナイフを掴んだな。今から、これはお前のものだ」霜村冬夜は相川泰から、父の武勇伝を聞いていたので、数え切れないほどの部下を率いる「夜さん」が、金色の小さなナイフで多くの人を制圧してき
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第1532話

霜村冷司は和泉夕子の首元にすり寄った。「死ぬのなんか怖くなかったはずなんだ。でもなんでか、お前と一緒になってから、自分の命が惜しくなった」死にたくないからこそ、世界中を駆け巡って医者を探し、薬を求めた。だが、望む結果は得られず、時間だけが過ぎ、今では半ば諦めかけていた......和泉夕子は不安でたまらず、霜村冷司を強く抱き締めた。霜村冷司の言葉が、まるで別れの言葉のように聞こえ、胸が締め付けられる思いがした。彼女は指を霜村冷司の後頭部に添え、何度も優しく撫でた。「あなたには私がいるし、子供もいる。だから、あなたは生きなくちゃだめ。じゃなかったら、私たちはどうすればいいの?」霜村冷司は今回は和泉夕子にどうすればいいか告げなかった。5年間も無理をしてきた彼は、神が少しずつ命を奪っていることを、ますますはっきりと感じていた......頭痛の頻度はますます増えていき、最近では寝返りを打つのも辛いほどになっていた。チップを取り出す前に、この世を去らなければいけないかもしれない。ただ、逝く前に、すべてをきちんと整えておかなければ......霜村冷司の心は重かった。とりわけ、腕の中の女性を思うと、胸が張り裂けそうだった。彼女がまた静かに泣いているのを感じると、彼は頭を下げ、彼女の唇を捉えて深くキスをした。我を忘れて夢中になるぐらい、激しい愛だった。まるで、この触れ合いが、暗い気持ちを和らげてくれるかのように、二人は毎夜身体を重ね合った。和泉夕子に限界がくるまで、男は彼女を離さなかった。だが、それでも彼女の身体から離れることはせず、優しく抱き寄せ、自分の胸の上で眠らせた。彼は船内に差し込む月明かりを借りて、和泉夕子の歳月を感じさせない顔をじっと見つめると、小さな声で呟いた。「夕子、来世でもお前と一緒になりた。でも、お前は以前、来世を桐生さんと約束していたんだっけな」まだ眠っていなかった和泉夕子は、彼の胸に顔を寄せ、静かに答えた。「もし、あなたが私より先に逝ってしまうなら、私の来世はあなたにあげないわ......」霜村冷司は少し悲しそうに、和泉夕子を強く抱き締めた。「こんなに長い時間が経ったっていうのに、相変わらず残酷だな。私が嫉妬するのを知っているくせに」和泉夕子の目尻から涙がこぼれ落ちた。「だったら、あなたは生きて。そうしたら、私の
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第1533話

その夜は雨が降っていた。霜村冬夜は傘を差し、学校から出て路地に入った時、鉄パイプを持った外国人グループに遭遇した。彼らは皆体格が良く、見るからに凶悪な顔つきをしていた。霜村冬夜は、IQが高すぎるゆえに、時折愚かな人間に絡まれることがあった。当初は霜村冷司の言葉を胸に、我慢していた。だが結局、待っていたのは理不尽な濡れ衣だった。ある時、彼が開発した薬剤を誰かが教授の水筒に入れた。他の生徒が気付いていなかったら、大事故になるところだった。この一件で、ついに我慢の限界に達した霜村冬夜は、反撃に移った。彼はその日一日で数十人を殴り倒し、学校全体に名が知れ渡ることになった。教授が彼を信じ、庇ってくれなければ、退学処分になっていた。奴らは彼を陥れるどころか、逆に彼が教授に高く評価される結果となり、さらに憎悪を募らせた。霜村冬夜は目の前の連中が、自分をよく思わない奴らに雇われた刺客だとすぐに分かった。しかし、霜村冬夜は学業に励む傍ら、相川泰との格闘技の稽古も怠っていなかったので、特に恐れることはなかった。まだ少年である霜村冬夜は、傘を少し上げた。その瞬間、傘の縁から覗かせた雪のように冷たい瞳には、血に飢えた殺気が潜んでいた。殺気が立ち込める中、大男たちが彼を取り囲んだ。霜村冬夜は素早く傘を閉じ、先端を武器にして、迫り来る群衆に突き刺す。彼の身のこなしと容赦のない攻撃で、あっという間に数人が倒れた。しかし、どれだけ強くても、増え続ける屈強な男たちには敵わなかった......教授ともう人を傷つけないと約束をしていた霜村冬夜だったが、やられそうになり、もはやそんなことは言ってられなくなった。腰の金色のナイフを抜き、屈強な男の腹に突き刺す――霜村冬夜がまだ少年だというのにナイフを使うのを見て、屈強な男たちは一瞬ひるんだ。しかし、すぐに我に返ると、容赦なく鉄パイプを振り上げ、霜村冬夜の頭めがけて振り下ろした。名門校のボンボンたちからは、霜村冬夜を殺すのではなく、廃人にするよう指示されていた。廃人にするには頭を殴ればいい。ばかにならなくても、植物人間になればいいのだから。屈強な男たちは霜村冬夜にとどめを刺すために、二手に分かれた。一方は霜村冬夜を押さえつけ、もう一方は鉄パイプを握りしめ、彼の頭を殴ろうとした......力尽きた霜村冬夜は、相手の
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第1534話

霜村冬夜は霜村冷司と共に車に戻ると、和泉夕子を見て思わず驚いた。「お母さん、どうしてここに?」和泉夕子は久しぶりに霜村冬夜に会い、すっかり大人びた息子を見て、目に涙を浮かべた。「こっそり会いに来たんだけど、まさかこんな目に遭うなんて......」霜村冬夜の顔についた靴跡を見て、和泉夕子は胸が張り裂けそうになった。手を伸ばして息子の顔を撫でてあげたいと思ったが、霜村冬夜が戸惑うかもしれないと思い、ためらった。母の遠慮がちな様子を見て、霜村冬夜は以前のような素っ気ない態度はせず、彼女の手を取って自分の顔に当てた。霜村冬夜の痩せた顔に触れた瞬間、和泉夕子はこらえきれずにびしょ濡れの息子を抱きしめた。「こんなことになると分かっていたら、5年前、あなたに留学なんかさせなかったのに......」少年へと成長した霜村冬夜は、母よりも大きな手で彼女の背中を優しくさすった。「今回たまたまやられただけで、普段いじめられているのは彼らの方なんだよ」この一部始終を見ていた和泉夕子は、息子の慰めの言葉を信じられるはずもなく、心配そうに彼の体を隅々まで調べた。「どこか怪我してない?」霜村冬夜は首を横に振った。「僕、意外と強いんだよ?だからあいつらの攻撃を何度か凌いで、お父さんが助けに来てくれるまで持ちこたえたんだ......」そう言って、霜村冬夜は憧れの眼差しで、前列に座ってタオルで髪を拭いている男を見た。「お父さん、今の僕を助けてくれた姿、まるでヒーローみたいだった」霜村冷司は唇の端を上げ、相川涼介から渡されたタオルを受け取り、また彼に投げ返した。「もう子供じゃないんだぞ。ちょっとしたことで父親を頼っていてどうする。私がいなくなったらどうするつもりだ?」タオルを受け取り、乱暴に髪を拭いている霜村冬夜は、珍しく自信に満ちた笑顔を見せた。「お父さんは1人で10人相手にするくらい強いんだから、いなくなるわけないだろ?」霜村冷司は冷たい瞳に影を落とした。和泉夕子と相川涼介も同様に黙り込んだ。急に静まり返った車内の雰囲気に、霜村冬夜は不思議そうに顔を上げた。「どうして黙ってるの?」霜村冷司はバックミラー越しに和泉夕子に目配せをした。彼女は胸の痛みをこらえ、霜村冬夜の手からタオルを受け取り、優しく拭いてあげた。「あなたをいじめているのが誰なのか知ってるの?
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第1535話

柴田空は降りしきる雪の中、震える声を抑えながら、ゆっくりと言葉を発した。「思奈、振り返って。俺を見て......」池内思奈は苛立ちを抑え、振り返ると、柴田空が薄いシャツ一枚で雪の中に立ち、赤い目で自分を見つめているのが見えた。彼女は少し間を置いてから、まるで何事もなかったかのように、視線を戻した。「空、今あなたに興味はないの。だから私と彼氏の邪魔しないで」そう言うと、池内思奈は電話を切り、恋人の手を引いて寮の方へ歩いて行った。しかし、彼女の恋人は核心をついた一言を放つ。「そんなに嫌なのに、なんでブロックしないの?」ブロックすれば、彼は二度と電話をかけて来れない。池内思奈は長いまつげを伏せ、2秒ほどためらった後、恋人の前で柴田空の番号をブロックした。池内思奈との連絡手段が断たれた柴田空は、2年間自堕落な生活を送った。そして、池内思奈が受け取ることのないメッセージを2年間送り続けた。しかし卒業間近の年、池内思奈の恋人は浮気をし、そして捨てられた。不思議なことに、本来なら怒り狂うはずの彼女だったが、最低な二人を捕まえて暴れるどころか、なぜだか気持ちが安堵した。その後、帝都学院のマドンナが柴田空に猛アタックしていると聞いて、池内思奈は自分がなぜ初恋の浮気を気にしなかったのかを理解した。それは、心にずっと柴田空がいたからだった。もともと穂果は気丈でプライドが高く、決して頭を下げるような性格じゃなかった。けれど卒業の夜、再び柴田空と顔を合わせたとき、初めて知ったのだ。この四年間、柴田空は暇さえあれば、こっそりA大に通い、彼女の姿を見に来ていたことを......彼女は柴田空の粘り強さに少し驚き、子供の頃から自分のことを好きではなかった柴田空が、どうして後になって好きになったのか少し疑問に思った。けれど、そんな問いかけに柴田空は何ひとつ答えなかった。ただ深い口づけで伝えたのだ。遅れてしまった想いでも、心からの「愛」なのだと。柴田空と付き合うことを承諾した時、池内思奈は自分が保守的で、元カレとそういうことをしてこなかったことを幸運に思った。そして、堂々と花束を受け取り、キスを返した。二人が付き合って1年が経った頃、霜村冷司に知られてしまった。霜村冷司は夜通しで柴田空を見つけ出すと、池内思奈と結婚するように言った。もちろんそのつもりだった
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第1536話

18歳になったばかりのベスは、この言葉を聞いて思わず拳を握り締めたが、霜村冬夜が歩き出すと、何を言っていいのかわからず、歯を食いしばって我慢するしかなかった。ベスは心の中で誓った。霜村冬夜が自分の手に落ちたら、絶対に一生後悔させてやる、と。まだ感情というものが何なのかよく分かっていなかった霜村冬夜は、ベスの復讐心に全く気づいていなかった......霜村冬夜は池内思奈をおんぶして階段を降りながら、お前は太りすぎだと文句を言い続けた。池内思奈は怒って彼の髪を引っ張り、姉弟は結婚式の車に乗り込むまで、ほぼずっと喧嘩をしていた......この二人を見て、霜村冷司は呆れた表情をすると、和泉夕子の手を引いて、結婚式の列に続いてホテルへと向かった......池内思奈には父親がいなかったので、霜村冷司が父親役を務めた。彼女の手を取り、バージンロードを歩くと、新郎に彼女を託した......バージンロードを歩く前、ドアの前でスタンバイしていた池内思奈は、綺麗に化粧をした顔を上げて、隣に立って腕を組んでくれている男性を見た。「叔父さん、小さい頃からずっと触らせてくれなかったけど、今日は仕方ないよね?」黒いスーツを着た霜村冷司は、冷淡な視線を下げて、ハイヒールを履いてもまだ自分より背の低い池内思奈を見た。「今回だけだ。次はない」池内思奈は結婚式の日、この叔父に対して呆れてばかりだった。「叔父さん、本当に冬夜とそっくりね。こんなめでたい日なんだから、もっとましなこと言えないの?」霜村冷司はしばらく考えて、祝いの言葉を述べた。「空と幸せになれよ。数年後に二度目の結婚式に呼ばれるなんてことがないようにしてくれ......」「......」池内思奈は唖然とした。何も聞かなかったことにしておこう。霜村冷司は池内思奈の手を取り、たくさんの人に見守られながらバージンロードを歩き、柴田空に彼女の手を渡した後、低い声で甥に警告した。「娘に何かしたら、殺す」池内思奈はこの言葉で、突然涙が滝のように流れ出した。ぼやけた視界には、霜村冷司の優しい祝福の表情が映っている。自分の叔父は......ずっと自分のことを娘だと思ってくれていたんだ。感動した池内思奈は、バージンロードを戻ろうとする霜村冷司に抱きつき、とても小さく、しかし心からの声を呟いた。「ありがとう、お父
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第1537話

霜村冬夜は電気もつけずに、暗い部屋でベッドに横になり、体を丸めた。生まれてからずっと、父が痛みを抱えながらも、何事もないように一緒に過ごしてくれたこと、ここまで育ててくれたこと......いくら考えても、信じ難かった。幼い頃は、父気持ちも理解せず、無視することさえあった。過去の自分の愚かな行動を思い出し、霜村冬夜は自分を殴らずにはいられなかった......これまで涙を見せたことのなかった少年だったが、布団に顔を埋めて、嗚咽を漏らした。まるで捨てられる寸前の子供のように、全身を震わせながら泣き続けた......今までの自分は、死というものに対してあまり理解がなかった。しかし、今は死がこれほどまでに身近なものになってしまった。霜村冬夜は親への愛情の深さを改めて実感する。夜通し医学書を読み漁り、チップを取り出す方法を探し続けた......彼は一晩で開頭手術に関する医学書をすべて調べ尽くし、大西渉やジョージ、その他知り合いの名医にも電話をかけた。しかし、返ってくるのは皆、諦めの言葉ばかりだった。どの医者も、チップを取り出すと同時に内部のウイルス感染を防ぐ方法を見つけることができなかったのだ。霜村冬夜は絶望に打ちひしがれ、部屋にただ座り込んだまま、夜を明かした。真っ暗な部屋には、月の光さえ差し込まず、ましてや迷える前途を照らす灯火など、どこにも見当たらなかった......一睡もせずに夜を明かした霜村冬夜は、翌朝、いつもと変わらず仲睦まじい両親の姿を見て、再び目を潤ませた。「今まで二人が喧嘩したところを見たことがなかったのは、残された時間を大切にしていたからだったんだね」和泉夕子も、霜村冬夜と同じように胸を痛めた。しかし、歳月を重ねたことで、以前よりも落ち着きがあった。「残された時間なんか関係なく、夫婦はお互いを大切に思ってるからこそ、長く一緒にいられるのよ」食卓についた霜村冬夜は、こわばった唇の端をわずかに上げ、母の言葉には返事をせず、向かいに座る、見た目には死の影など微塵も感じられない父をじっと見つめた。「お父さん、医学を学ぼうと思う」医学を学べば、自分の知性と計算能力で、チップを取り出すのに必要な力加減と距離を正確に測定できると確信していた。しかし、霜村冷司は即座に却下する。「もう時間がない。無駄な時間を過ごすな」今や薬でも抑え
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第1538話

霜村冷司がロボットを開発していることは、もちろん霜村涼平には隠せていなかった。彼が来る前に、霜村涼平はすでに機械の前を陣取っていて、機能の調整を続けていた。ガラス越しに、霜村涼平がすごい速さでコードを打ち込み、その操作で隣のロボットがまるで人間のように話しているのを見て、霜村冷司はゆっくりと唇の端を上げた。「涼平......」霜村冷司の声を聞いて、霜村涼平は動作を止め、振り返り、彼を見た。近年、霜村冷司はこのロボットの開発のために、痛みに耐え、心血を注ぎ、昼夜を問わず作業を続けていた。霜村涼平は見るに見かねて、手伝いに来たのだった。霜村冷司には遠く及ばないが、何度も努力を重ねた結果、最後のステップをついに完成させたのだ。「兄さん、いつ、夕子さんに見せるんだ?」霜村冷司は相川涼介に支えられていた手を振りほどき、背筋を伸ばすと、一歩一歩ロボットの前に歩み寄り、後頭部のスイッチに手を伸ばした。ロボットの話し方が自分と全く同じであるのを見て、再び唇の端を上げた。「これで、私がいなくなっても、彼女は寂しくないだろう......」霜村冷司が開発したチップは、人の命を奪うためのものではなく、たくさんの言葉を録音するためのものだった。しかも、10年後、20年後の言葉まですべて録音されている。和泉夕子がその言葉を全部聞きたければ、生き続けなければならない。霜村冷司は和泉夕子が自分の後を追ってくると確信していたから、こんな方法で彼女を縛り、バカなことをさせないようにしたのだ。逝く前にロボットが完全に完成したことに、彼は安堵していた。これで心残りも少なくなった。唯一の心残りは、彼女と過ごした時間が短すぎることだ......霜村冷司は和泉夕子ともうすぐ別れなければならないことを考えると、顔の笑みが徐々に薄れていった。「涼平、私がいなくなったら、ロボットを彼女の前に連れて行ってくれ。それと、必ず冬夜を助けてやって、霜村グループをしっかりまとめるんだぞ......」霜村冷司の遺言を聞いて、霜村涼平は涙を流した。「兄さん。本当に、もうどうしようもないのか?」霜村冷司は多くの名医に診てもらったし、頭部移植手術も考えたが、どれも不可能だったので、もう諦めていた。「来世でも、また兄弟になれたらいいな」霜村涼平だけでなく、扉の外の相川涼介も目を赤く
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第1539話

霜村冬夜の成人式の日、激しい雪が降り始めた。まるで和泉夕子が植物状態からゆっくりと目覚めたあの日のようで、和泉夕子は窓辺に佇み、階下に降りるのも忘れてしまうほどだった。霜村冷司は着替えを済ませ、ドレスルームから出てくると、彼女が微動だにせず、窓辺に立っているのを見つけ、思わず自分も立ち止まった。骨の髄まで刻み込まれたその後ろ姿を見つめる。ふと、青春時代に戻ったような気がした。光の中、彼女は長い髪をなびかせ、輝く瞳でこちらへ歩いてくる様子は、まるで焼き印のように、心に深く刻まれている。この人生で、一番忘れられない、そして一番忘れてはいけないこの後ろ姿。他の人たちはもっと長く生きられるというのに、自分の人生だけは50年にも満たないなんて。すべてを諦めなくてはならないのか......神の不公平を恨んではいない。ただ和泉夕子と離れてしまうのが辛いのだ。どんなに離れがたくても、この体にはもう限界がきている。溢れんばかりの愛情、深い想い、そして来世まで続く愛を、もう抱えきれなくなっていた。霜村冷司は苦い笑みを浮かべると、身体を奮い立たせ、ドレスルームに戻ってふわふわのコートを取り、和泉夕子の背後から優しく羽織らせた。体ごと抱きしめられたことで、和泉夕子は我に返った。長いまつげを伏せ、腰に回された腕を見る。無意識に自分の指をその上に重ねる。「今日は、いつもより手が冷たいわ」「寒くなったから、いつもより冷たく感じるんだろう......」和泉夕子は言葉を返さず、彼の腕に沿って振り返り、抱きしめてくれている男を見上げる。相変わらず整った美しい顔を見た瞬間、こらえきれずに涙が溢れそうになる......「あなた、まだ伝えたいことがたくさんあるの。もう少しだけ......一緒にいてくれない?」霜村冷司は言葉を聞いて、一瞬動きを止めた。それからゆっくりと腰に回していた腕を解き、和泉夕子の鼻筋に手を添え、愛情を込めて優しく撫でる。「バカだな、いつまでもそばにいるよ。どこにも行かないから」和泉夕子は霜村冷司の指を掴み、つま先立ちで顎を上げて、冷たすぎて生きているとは思えない彼の唇にキスをした......「冷司。私、あなたに愛してるって言ったことあったかしら?」霜村冷司の胸は小さく震えたが、表情を変えずに高い鼻梁を和泉夕子の頬にこすりつけた
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第1540話

雪山に倒れた一本の木。それはまるで、生と死のあいだに横たわる、朽ちた橋のようだった。霜村冷司最初その木を越えようとした。けれど、なぜだろう。気がつけばその枯れ木に身を預けるように、そっと腰を下ろしていた。後ろをついてきていた霜村冬夜は、父が腰を下ろすのを見て、傘を差しながら歩み寄った。傘の縁が舞い落ちる雪を遮り、霜村冷司の長いまつげがかすかに震えた。振り返ることなく、大きく厚い掌を伸ばし、隣の朽木を軽く叩いた。「座れ」雪が父の方に降りかかるのを心配した霜村冬夜は、隣に座った。しかし傘は閉じず、膝を曲げ、肘を太ももに支え、傘の縁を父の側に傾けた。今日の父は、いつもと少し様子が違った。黒いコートに白いマフラーを巻いた服装は相変わらずだったが、きちんと整えられた顔には、どこか別れの気配が漂っていた。「お父さん」霜村冬夜は名前を呼ぶだけで、何を言えばいいのか分からなかった。父子で話すことはもうすべて話し尽くしたかのように思えた。何も言うことはないはずなのに、それでも何か言い足りない、後悔が近づいてくるような気がした......霜村冷司は薄手のスーツ姿の霜村冬夜に視線を向け、自分のコートを脱いで、自然に彼の体にかけた。霜村冬夜はそれを受け取ろうとしなかったが、骨ばった指に押さえつけられた。「今、君にしてやれることは、こんなことだけになってしまった」そのふとした距離感に、霜村冬夜は何を話したらいいのか、どう気持ちを伝えればいいのか本当に分からなくなってしまい、ただ父の温もりが残るコートをぎゅっと抱きしめ、子供のようにその庇護に包まれた。二人は傘の縁から外に見える、見渡す限りの雪景色をしばらく黙って見つめていた。やがて、霜村冬夜の冷ややかながらも名残惜しそうな声が、霜村冷司の耳元で静かに響いた。「お父さん。お父さんはまだいろんなことができるよ。信じて。必ず僕がチップを取り出してあげるから」黒いスーツを身にまとい、王者の風格を漂わせる霜村冷司は、片手を膝に置き、傘の縁から外に舞い落ちる雪を見つめながら、かすかに唇の端を上げた。「三年も研究してきたんだ。必ずお前がチップを取り出してくれると信じてるよ」霜村冬夜は驚いて霜村冷司を見た。「お父さん、僕がずっと研究してたこと......知ってたの?」男は濃い眉を少し上げた。「小
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