All Chapters of 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私: Chapter 1251 - Chapter 1260

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第1251話

「すみませんけど、私と彼はもう離婚しています。あなたに説明すべきことなんて、何もありません。それに、西也からは一銭ももらっていません。もしそれだけでしたら―」「ご心配なく」弥生が言葉を遮った。帰る気配はない。「前に個室であった件、あんたも巻き込まれてたのは分かってるのよ。あれ、本気で追及されたら、あんたも無関係じゃ済まないわよね?」若子の眉がぴくりと動く。「追及......するつもりなんですか?」「するかしないかは、あんた次第。ねえ、あの男のこと、ずいぶん気にしてたみたいだし?あんたに手を出せないなら、彼に向けるだけよ。どうする?狙われたいのは、あんた?それとも彼?」若子はゆっくりと椅子に腰を下ろした。「......一体、何が目的なんですか?」「言ったでしょ。ただ、あんたのことを知りたいだけ。素直に質問に答えてくれるなら、前の件はなかったことにしてもいい。でももしごまかすなら......あんたに手出しできなくても、彼にはできるわよ」若子の目が鋭くなる。「何を知りたいって言うんです?」「あんたのこと、ちょっとだけ調べさせてもらったわ。両親はすでに亡くなってて、あとから藤沢家に引き取られて、修と結婚。でももう離婚してる。つまり―この子は彼の子よね?」若子が黙ったままだと、弥生はふっと息をついた。「まだ本人には知らせてないの?」「まさか、知らせるつもりですか?」若子の声が低くなる。「どうして私が?あの人と別に仲良くないし。あんたが黙ってるのはそれなりの理由があるんでしょ」「......西片さんは、私に何を求めてるんですか?どうしてそんなに、私のことを気にされるんです?」若子は、目の前の人物が理屈で動く人間じゃないことをよく分かっていた。それなのに、今の弥生は、まるで別人のようだった。「あんた、両親との仲はどうだった?大事にされてた?」その問いは、何気ないふうに聞こえたけれど―視線だけは鋭かった。真正面からぶつけられるような、逃れられない重さがあった。「とてもよくしてくれました。実の子のように、大事に育ててもらいました」弥生の口元が、かすかに動いた。「つまり、あんたは......彼らの実の娘ではないのね?」若子は声を抑えながら言葉を返した。「西片さん、私のことを知って何か得でもあるんですか?
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第1252話

弥生の妙な態度に、若子はすっかり混乱していた。この人、いったい何が目的なの?「待ってください」若子が声をかけた。弥生が振り返る。「まだ何か?」「冴島さんのこと、あなた......どうするつもりなんですか?」「ああ、あの男ね」弥生は軽い調子で答える。「許してほしいの?」「当然です」若子は真っすぐに言った。「そっちが先に手を出したって、忘れてませんよね?」「問題ないわ。この件はなかったことにする。彼にも手は出さない。それで満足?」若子の戸惑いはますます深まった。―じゃあ、いったい何が目的なの......?「どうしてそこまで―」若子が言いかけると、弥生がさらりと笑った。「なに?私が怒ってなきゃ不自然って思ってるの?」確かに、弥生の立場なら怒るのが普通だ。でも若子としては、できれば怒られたくなかった。それが今回の目的だったのだから。目的は果たした―けれど、やっぱり腑に落ちない。「安心して。言ったことは守るから。あんな男のために、私が時間使うほどヒマじゃないのよ」弥生が玄関のドアノブに手をかけたそのとき、不意に振り返った。「松本さん、よかったら今度、ふたりで食事でもどう?お互い、ちょっと誤解があるみたいだし」若子は苦笑した。「誤解を解く必要、あります?」「言ったでしょ。あんた、うちの孫と結婚してたわけだし」「でも、もう離婚してますよ」弥生はちらりと彼女を見ただけで、何も返さず、そのままドアを開けて出て行った。エレベーター前まで来た弥生は、ちょうど戻ってきたノラと鉢合わせた。ノラは子どもを抱いていた。その姿を見た弥生の目が、ほんのわずかに柔らいだ。「その子......少しだけ、抱かせてもらってもいいかしら?」ノラは明らかに警戒した顔を見せ、一歩後ずさった。「ダメです」弥生はムッとした表情を抑えながら、ぎこちなく微笑んだ。「......そう。じゃあ、やめておくわ」そのまま、ノラのことを頭の先からつま先までじろじろと見回す。「あんた、そんなに歳いってないでしょ?彼女のそばにいて、いったい何が目的なの?」「関係ないでしょ?僕、あんたのこと知らないし。ふん」ノラはそう言い捨てると、子どもを抱えてその場を離れた。弥生は、ふたりの後ろ姿をしばらく見つめたま
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第1253話

ドンッという鈍い音とともに、一人の男がボッコボコにされて、床に沈んだ。ノラは軽く息をついて、ハンカチで額の汗をぬぐう。「君みたいな人が誘拐犯なんて、ちょっと滑稽ですよ......で、山田さんはどうして君なんかに頼んだんでしょうね?」この男は、スーパーで若子をつけ回していた奴だった。若子を誘拐しようとしたが、逆に自分が拉致され、今や日の差さない場所で転がっている。男は地面に這いつくばって命乞いする。「旦那、勘弁してください!お願いします、旦那ぁ!」「誰が君の『旦那』なんですか?僕、そんなに老けて見えます?」そう言ってまた数発、顔面に蹴りを入れた。男は痛みにうめきながら、泣き叫ぶ。ノラはしゃがみこみ、男の顔にスマホを近づけてポンポンと軽く叩いた。「放してほしいんですか?それなら、お願いがありますよ。山田さんに電話して、こう伝えてください。『松本若子は処理しました。もう埋めました』って。ああ、それから、『子どもはどうしますか?』って聞いてくださいね」そう言って、ノラは男の襟首をつかみ、無理やり立たせた。「早くしてもらえますか?」男は震える手でスマホを取り出し、連絡先から張冉柔を探す。その様子を見ながら、ノラは腰から銃を取り出して、ゆっくりと男の額に当てた。「一言でも余計なことを言ったら、あるいは語尾が変だったら―脳天ぶち抜いて、その脳みそを犬のエサにしますけど、いいですね?」「は、はい......わかりました......」男はごくりと唾を飲み、平静を装って電話をかける。「もしもし?」スマホの向こうから、張冉柔の声が聞こえた。ノラは画面をタップし、録音を開始する。男は口の血をぬぐい、声を整えて言った。「もしもし、言われた通り、松本若子はもう始末しました。抵抗されたんで、絞め殺しました。遺体は硫酸で処理しました」「よくやったわ。やっと死んだのね。遺体の方は、ちゃんと処理したんでしょうね?」「はい、きれいに溶けました。残ったものは焼いて灰にしました。あ、それと、子どもはどうしましょうか?」侑子は少し考えた後、冷たく言い放った。「子どもも一緒に殺しなさい」「子どもまで?」男は驚いたように顔を上げ、ノラの方をチラリと見た。ノラは微笑んだまま、視線で「続けて」と合図を送る。
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第1254話

侑子は純白のウェディングドレスに身を包み、鏡の前でうっとりと自分を眺めていた。その表情には、抑えきれない幸福が浮かんでいる。―今日、ついに修と結婚するのだ。若子の始末もついた今、もう何も心配することはない。これからは、ずっと彼と一緒にいられる。結婚式は控えめに行われ、招待客もごくわずか。侑子が夢見ていた華やかな式とはかけ離れていたが、今となっては修と結ばれること、それだけが何より大切だった。その頃、修はひとりでバルコニーに立ち、煙草をくゆらせていた。仕立ての良いスーツに身を包んだ彼の姿は凛として美しく、それでも背中にはどこか、孤独の影が差していた。そこへ、曜が現れる。「修」修は振り返り、短く応じた。「......何か用?」「お母さんが来てるぞ」「そうか」修は煙を吐き出しながらつぶやいた。「父さんも母さんも揃ったなら、それで十分。証人にはなるだろう」曜はしばらく彼を見つめたのち、静かに言った。「修、お前ももう大人だ。自分で決めたことなら、親としては口を出せない。ただ、山田さんはもう妊娠してるんだ。男として責任を取るのは当然だ。お前がそれで納得できるなら、俺は何も言わない」修は煙草を地面に落とし、何度か足で踏みつけた。「俺は若子と早くに離婚した。父さんたちみたいに、何年も苦しみ合って引きずるような関係じゃなかっただけマシかもな」そう言いながら、彼は苦く笑い、バルコニーを後にした。......若子は、自宅で暁が部屋中にぶちまけたおもちゃを片づけていた。ようやく片づけ終えて服の埃を払ったところで、玄関のチャイムが鳴る。彼女はドアの覗き穴から外を覗き、顔色を変えた。「桜井さん?......どうしてあんたが?どうやってこの住所を?」「調べるのなんて簡単よ。開けてちょうだい。話があるの」「話すことなんてないわ。帰って」「本当に?あんたの『おばあさん』が殺された証拠が手に入るって言ったら?」そう言って、雅子はスマホを掲げた。覗き穴越しにその画面が目に入った若子は、動画の内容に目を見開き、慌ててドアを開けた。スマホを奪おうと手を伸ばすが―雅子は一瞬早く、するりとそれを引っ込めた。「知りたいんでしょ?だったら中に入れて。ちゃんと話す必要があるわ」若子は渋々道を開け、そのあとドアを閉めた。雅子は部屋をざっと見渡すと、
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第1255話

「私が、あの女と組んでるって思ってるの?」雅子は肩をすくめて、ため息をついた。「やっぱり、私のこと信じてないのね。じゃあ、いいわ。帰るわ」そう言って、くるりと背を向けた。「待って」若子が彼女の腕を掴む。「ちゃんと話して。どういうことなの?」「数日前ね、修があの女を連れて産婦人科に行ったのよ。で、たまたま私もその病院にいて......トイレであの女の声が聞こえたの。誰かと電話してて、それがどうも誘拐犯だったみたいで。だから録音したの。偶然ってすごいでしょ?悪事のたびに証拠が撮れるんだから、神様もあの女を見放してるんじゃない?......あ、そうだ。今日が結婚式なのよね、修と。私もそろそろ出ないと。で、証拠どうする?いらないなら持ち帰るけど。そうなったら、あの女は晴れて『藤沢夫人』ってわけね」「桜井さん」若子は睨みながら尋ねる。「じゃあ、どうして自分で修に渡さないの?」「タイミングってやつよ」雅子は薄く笑って、肩をすくめた。「今になって出したら、『なんで今まで黙ってたんだ』って責められるだけでしょ?でもあんたが渡せば話が違う。修は怒らないわ。むしろ、感謝されるかもね」「じゃあ、私が『これはあんたからもらった』って言ったら?」「それが問題なのよ」雅子の目が細くなる。「絶対に、私からもらったなんて言っちゃダメ。証拠の出どころ?テキトーに作りなさい。理由なんてどうにでもなる......時間がないわよ。本当に、目の前で修があんな女と結婚するのを黙って見てる気?」「......証拠を渡して。条件は飲む」若子が手を差し出すと、雅子はバッグから一枚の書類を取り出して差し出した。「これが、株の譲渡契約書。さ、サインして」若子は受け取って目を通す。だが、その受益者の名前を見て、眉をひそめた。書かれていたのは、雅子ではなく―見たこともない会社の名前だった。「この会社って、あんたの関係なの?」若子が目を細めて尋ねる。「まさか。そんなバカな真似すると思う?」雅子は肩をすくめて答えた。「そのまま私に譲ったら、修にバレたとき怪しまれるでしょ。『なんで雅子の手に渡ってる?』ってね。だから、ちょっと他人の名前を借りてるだけよ。さ、早くサインして」若子はしばらく書類を見つめたのち、無言
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第1256話

「桜井さんっ!」若子が行く手を塞ぐ。「待って。契約書にはもうサインした。誰にも言わないって言ったでしょ?私は約束を破らない!」「信じられない」雅子は一歩も譲らずに言った。「誓って。あの子にかけて、絶対に口外しないって」「......それだけは無理。私自身ならいくらでも誓う。でも、あの子を巻き込むなんて......!」「ふん」鼻で笑う雅子。「なにをそんなに怯えてるの?後ろめたいことでもあるの?バラす気なんじゃないの?違うなら、子どもに誓うことくらいできるでしょ?」「......!」「いいわ、もう結構」雅子は肩をすくめた。「証拠は渡さない。そのままあんたの大事なおばあさんは、何の報いもないまま土に埋もれる。あの女は晴れて『藤沢夫人』になって、悠々自適に暮らす―それでいいの?」若子の拳がぎゅっと握られ、怒りで顔が熱くなる。次の瞬間、彼女は雅子に飛びかかり、スマホを奪おうとした。だが、雅子は若子を力任せに突き飛ばした。ドサッと床に倒れ込む若子。「奪うつもり?ムダよ。私がロックを解除しなきゃ見られない。しかも設定済み。あと10分入力がなければ、動画も音声も全部、自動削除されるから」「やめて、それだけはやめて!」若子は必死に叫んだ。「だったら誓いなさい」雅子の声は甘く、でもどこか魔物のように冷たい。「誓ったって、あんたが黙ってれば何も起きないわ。ね?誓いなさい。証拠が欲しいんでしょ?復讐したいんでしょ?あんたのためじゃない、おばあさんのためよ?」その言葉は、刃のように若子の心を削っていく。涙をこらえ、彼女は息を吸い込んだ。「......わかった......誓う。もし、もし私が......このことを誰かに話したら―私の子......この子は......ひどい死に方をする......」その瞬間、堰を切ったように涙が頬を伝う。「違う」雅子は冷たく言い放った。「『この子』じゃ足りない。『松本暁』の名前をはっきり言って。『私の息子、松本暁が、惨たらしく死ぬ』って」「あんた......!」若子の目が怒りで見開かれる。「早く言いなさい!」雅子の怒声が響く。「言わないなら証拠は渡さない。おばあさんは報われない。早くっ!」ドサッ......若子はその
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第1257話

ウェディングマーチが静かに流れ始める。紅いバージンロードの上を、ウエディングドレスを着た侑子が、修の腕にそっと手を添えて歩き出した。周囲には控えめに飾られた花々と、少人数の来客たち。修の両親、雅子、そして数人の親しい関係者たちが静かに見守っていた。少し緊張した様子の侑子が、修の顔を見上げて小声で尋ねる。「修......これ、夢じゃないよね?」修は彼女に優しい目を向け、静かに答える。「夢じゃないよ」「ふふ......赤ちゃんの名前、いくつか考えてきたの。男の子でも女の子でも、ちゃんと選べるようにしてるの。式が終わったら、一緒に決めよ?」「......うん、そうだな」心のどこかで―ようやく普通の生活を送ろうと思っていた。夫として、父として、子どもと家族を守る日々を。だが、その幻想は......次の瞬間、音を立てて崩れた。祭壇のすぐ前―突如、若子が壇上に現れたのだ。修も侑子も、思わず足を止める。場内は一気にざわめき、静寂と緊張に包まれる。司会者が慌てて近づき、制止しようとする。「お客様、こちらは立ち入り禁止の―」だが若子はその手を払いのけ、無言でリモコンを取り出した。大スクリーンへ向けて、カチッとボタンを押す。映像が再生される。そこに映っていたのは―侑子と安奈が、華を階段から突き落とす場面だった。会場中の誰もが息を呑んだ。画面には、彼女たちがどんな表情で、どんな言葉を使って、どれほど冷酷に行動していたかが鮮明に映し出される。しかも一度では終わらず、死んでいないことを恐れて、もう一度殺そうとしたその証拠まで―360度のスピーカーから、はっきりと音声が響き渡る。逃げ場のない真実が、全員の胸に突き刺さる。「ちがう!ちがう!こんなの嘘よ!」侑子が絶叫し、スクリーンへ駆け寄ろうとする。だが、修の手が彼女の腕を掴んだ。「やめろ」その声は低く、冷たかった。修は映像を睨みつけながら、手にどんどん力を込めていく。「いたっ......や、やめて......!」侑子の叫びにも、彼の表情は変わらなかった。その瞳は―すでに、何かを見限った色をしていた。「修っ、痛いってば......離して......!」侑子は苦しそうに声を上げたが、修はまるで聞
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第1258話

ちょうどその時、雅子が前に出てきて言った。「修、私にはこの映像も音声も、偽物には見えないわ。こうしたらどう?専門の鑑定を受けてみるの。もし偽造ならすぐに分かる。でも、本物だったら―もう言い逃れはできないわよね?」「うるさいっ!!」侑子が怒鳴り声を上げた。「関係ないでしょ、あんたなんかっ!消えなさいよ!消えてよ!!」修が、侑子のそんな姿を見るのは初めてだった。怒りと狂気に満ちたその目、声、態度。これまで見せていた穏やかさや優しさとはまるで別人だった。―そうだ、これが「本当の姿」なんだ。修はようやく、心の奥で繋がった。この女は、最初から嘘をついていた。祖母を殺し、若子と子どもまでも―命を狙った。それが、この女の本性だったのだ。「修......修、お願い、私を信じて!信じてよ、お願い......!」侑子は必死に縋りつこうとする。―だが。パシンッ!乾いた音が式場に響いた。修の手が、侑子の頬を叩き飛ばしていた。「きゃっ......!」侑子は床に倒れ込み、熱を帯びた頬を押さえながら、涙を浮かべて修を見上げた。「修、なんで......なんでそんなことするの?信じてよ......!あの映像は偽物よ!私は......あなたの子どもを妊娠してるのよ......それを忘れたの......?」修の目には、怒りしかなかった。「侑子、気持ち悪いんだよ、お前の全部が。目が腐ってたんだな、ずっと信じてた。でも結局、お前がやったんだ。安奈に罪をなすりつけて、自分だけ逃げようとした。今日これを見なかったら―俺は一生騙されたままだった......お前みたいな女と関係を持ったことすら、吐き気がする!」その瞬間―「......てめえだったのか!!」怒りを爆発させた曜が、怒鳴りながら侑子に突進した。彼は彼女の体を乱暴に引き起こし、その首元に手をかける。「このクソ女っ......!てめえが......てめえが母さんを殺したんだな!?それで修と結婚しようとしてた?ふざけんな!!てめえなんか、俺がこの手で......!」母を殺された怒りに、曜は完全に理性を失っていた。周囲の人々は慌てて駆け寄り、なんとか彼を引き離そうとする。侑子は地面に崩れ落ち、泣きながら叫んだ。「違うのよ!全部.....
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第1259話

結婚式場には、もはや惨状だけが残されていた。パシンッ!突然、曜の平手打ちが修の頬を打ち抜いた。その音に、雅子は思わず身をすくめ、一歩前へ出ようとする―だが、それよりも早く、光莉が修の前に立ちふさがった。「なにしてるの!?あんた、正気なの?」「修、見ろよ、お前がやったことを!浮気ぐらいで済んでればよかった。でも、お前があの女を家に連れてきたせいで、俺の母さんが死んだんだぞ!それでどうやって、人の顔を見て生きていくつもりだ!?」曜の怒りは、行き場を失い、修へとぶつけるしかなかった。修は何も言えず、ただ数歩後ろに下がる。脚がもつれ、崩れ落ちそうになる。まるで、魂ごと抜け落ちてしまったように―言葉が出てこない。「もうやめてよ、曜!」光莉が怒りの声を上げる。「修を責められるほど、あんただって清廉潔白じゃないでしょ!浮気の一つや二つ、あんたにだって―!」「俺の浮気で母さんは死んでねぇよ!!」曜は叫び、首からネクタイを引きちぎるように外し、床へ叩きつけた。「俺の......母さんが......死んだんだよ......!」彼はそのまま地に崩れ落ち、嗚咽を漏らしはじめる。修は、虚ろな目で辺りを見渡しながら、つぶやいた。「......若子......」どこにいる?......でも、どれだけ探しても、そこに若子の姿はなかった。「若子は?どこに行ったんだ!?」光莉が答える。「警察が来る前に、もう出て行ったわ」「......探しに行く、探さなきゃ......!」修は突然駆け出した。まるで何かに取り憑かれたように。その瞬間―パンッ!式場に、銃声が響く。「光莉っ!!」曜の絶叫。振り返った修が見たのは、血まみれで床に倒れた光莉の姿だった。曜がすぐに彼女に駆け寄り、その体を必死に抱きしめ、傷口を押さえながら周囲に助けを求める。「......狙撃だ!誰か......誰か助けてくれっ!!」「母さんっ!!」修も駆け寄り、血まみれの光莉を抱え上げる。数人が駆け寄り、光莉を運び出すために式場を飛び出していった。こうして―修と侑子の結婚式は、茶番にも劣る修羅場と化し、幕を下ろした。最後に残されたのは、侑子―殺人の容疑で、警察に連行。光莉―何者かに撃たれ、
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第1260話

修は、若子の住むマンションの下に立ち尽くしていた。何度も来たことのある場所なのに、今日は一歩も動けなかった。―どうしても、上がれない。頭の中では何十回も謝る言葉を繰り返しているのに、口に出す勇気が出ない。彼女に何を言えば、あの過ちを償えるのか、わからなかった。あれだけ侑子を信じて、何度も若子を傷つけた。あの時の自分の言葉は、刃以上に冷たくて鋭かった。彼女が式場を無言で去ったのは―もう自分の顔なんて見たくなかったからだ。そう考えると、胸が締めつけられた。そのとき―ゴミ袋を持って階段から降りてきた若子と、目が合った。彼女も修の姿に気づいた。だが、表情ひとつ変えず、彼女は踵を返す。「若子、待ってくれ!」修が声を上げた。「近づかないで!」若子が振り返り、怒りのこもった声をぶつける。「顔も見たくない!」そして彼女はそのまま、足早にマンションの中へと消えた。修は後を追う。だが―若子はすでにエレベーターに乗り込み、ドアを閉めていた。修は仕方なく、別のエレベーターが来るのを待った。しばらくしてようやく彼女の部屋の前にたどり着くと、すでに扉は閉ざされ、内鍵までかけられていた。インターホンを何度も押す。「若子、開けてくれ。話したいことがあるんだ!」中から返ってきたのは、冷たい声。「......なに?山田さんのことで、私に文句でも言いに来たの?」「違う。違うんだ......俺は、謝りに来た。若子、本当にすまなかった。お願いだから、話だけでも聞いてくれ」「謝罪なんて、いらないわ」若子の声は、淡々としていた。「修、帰って。自分の人生に戻りなさい。山田さんは確かに演技がうまかった。誰もが騙された。それだけのこと。彼女の正体が明らかになった。それで、この話は終わりよ」「若子、お願いだ。あの映像と音声、どうやって手に入れたんだ?」しばらくの沈黙のあと―若子の声が返ってくる。「......私、誰かにつけられてる気がしてたの。だから、私の方から仕掛けたの。探偵を雇って、逆にあの尾行してた人間を買収したのよ」「そう......?でもその映像、ずいぶん前に撮ったものでしょ?どうして今まで出さなかったの?なぜ今になって?」若子の言葉には明らかな矛盾があった。
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