All Chapters of 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私: Chapter 1261 - Chapter 1270

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第1261話

「若子......子どもを産むかどうかは関係ない。侑子の罪は、必ず裁かれる。俺は絶対に、あの女を許さない。それと......本当に、ごめん。あのときお前を信じなかった。俺が馬鹿だった......許してくれないか?」若子は目を閉じて、深く息を吸い込んだ。「このことについては、前は本当に腹が立った。でも、もう終わったの。人は誰だって、騙されることはあるわ。今、あんたが現実を見られるようになったなら、それでいい。だから―もうこれ以上は、何も言わない......遅いし、帰って」修の視線が、彼女の後ろへと向けられる。「......冴島は?いないのか?」「もう帰ったわ」「なに?」それは修にとって、まるで希望の兆しだった。「どこへ行ったんだ?まだ戻ってないのか?」「それ、あんたには関係ないことよ、修......今日、私が証拠を持って式場に行ったのは、あんたとの関係をどうこうしたかったわけじゃない。あの女がおばあさんを殺して、子どもまで狙ったから―だから、彼女を罰したかっただけ」修は食い下がるように言った。「じゃあ......じゃあ、たとえ侑子が捕まって、冴島がいなくなっても、俺とお前の間には、もう何もないってことなのか?」若子は静かに、けれどはっきりと答える。「修、この話、何度もしたよね。もう繰り返したくない。今は、お互いに自分の人生を生きましょう。あんたは山田さんのことを受け止めて、整理しないといけない。それに......今日はもう遅いし、帰って休んで。顔色、ひどいわよ」修は、今にも倒れそうなほど青白い顔をしていた。その目には生気がなく、どこか虚ろだった。「若子......俺、本気で侑子と結婚したかったわけじゃない。一緒になりたいのは、お前だったんだ......若子......!」彼は彼女の手を、ぐっと掴んだ。「触らないで!」若子は強く手を振り払う。「若子......!」ドサッ。次の瞬間、修はその場に倒れ込んだ。若子は思わず叫んだ。「修!......どうしたの?」しゃがみ込んで、彼の肩をゆすった。「若子......もう......疲れた......本当に......疲れたんだ......」修はそう呟くと、ゆっくりと目を閉じた。「修?修っ!」若子は慌てて手を伸ばし、
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第1262話

暁は小さな手をぶんぶん振り回しながら、楽しそうに笑っていた。「パパっ」そう言うなり、ぽすんと修の胸に飛び込んできた。その無邪気な笑顔があまりにも眩しくて、修の心はぐっと締めつけられる。彼はそっと手を伸ばし、小さな背中をやさしくトントンと叩いた。「暁......前にも言ったろ?俺は『藤沢おじさん』。『パパ』じゃなくて、『おじさん』だよ」けれど―「パパ、パパ!」何度も呼ばれて、修の鼻がツンと熱くなった。言葉が続かなくなり、どうしても涙がこぼれてしまう。「......どうして、言うこと聞かないんだ......俺は......」言いかけて、やめた。「パパ」じゃない―そう言いたかった。けれど、たった今、呼ばれてみて気づいた。本当は、彼も「パパ」と呼ばれたかったのだ。そのとき―「暁?」若子が薬と水を持って戻ってきた。修は反射的に目を閉じ、寝たふりをした。若子は歩み寄り、修に寄りかかっている息子を抱き上げた。「ダメよ、彼を押しつぶしちゃうわ。今、病気なんだからね」そして、修をそっと起こし、薬を口に含ませ、水を飲ませて飲み込ませる。冷えたタオルを額に優しく乗せたあと、もう一度暁のほうへと体を向けた。子どもはあくびをひとつして、ふにゃりとベッドに倒れこむ。もう、すっかり眠たそうだ。若子はベッドの反対側に回り、寝返りを打った息子の姿勢を整えて、毛布をかけてあげる。「今夜は......彼のそばで寝てあげて」そう囁くように言って、彼女はそっとベッドから離れた。......翌朝。修が目を開けると、若子がちょうど子どものおむつを替えているところだった。彼女はこちらに気づくと、自然とやわらかい笑顔を見せた。「起きたのね。あとで熱を測りましょう、ちゃんと下がったか確認しないと」手早くおむつを替えた若子は、引き出しから使い捨ての体温計を取り出し、修の口に差し込んだ。「くわえててね。あとで取りに来るから」若子はそう言って部屋を出ていった。修は体温計を口にくわえたまま、隣の暁をちらりと見た。暁はぱあっと明るい笑顔で彼を見上げ、キラキラした瞳でこう呼んだ。「パパっ」「暁......」修が思わず反応して口を開けると、体温計がぼとんと布団に落ちた。
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第1263話

若子は服をベッドの上に置いた。修は千景の服を見て、少し黙ったまま視線を落としたが、すぐにうなずいた。「分かった。ありがとう」千景の服には正直ちょっと複雑な思いもあったけど、若子がこんなに気を配ってくれることが嬉しかった。「じゃあ、朝ごはん作ってくるわね......そうだ、あとでお風呂入るとき、もしよかったら暁のこともお願いできる?この子、もう何日もちゃんとお風呂入ってなくて。毎回ギャン泣きするのよ。うまく洗ってあげられたらいいんだけど......」修は驚きと嬉しさが入り混じった表情で答えた。「うん、分かった。しっかりきれいにしてあげるよ」「浴室にベビーバスあるから、使ってね」それだけ言って、若子は部屋を出ていった。その間に、暁はゴクゴクとミルクを飲み干し、コロンとゲップをした。「飲み終わったか?」修は頭を撫でて、ふっと笑った。「じゃあ、パパと一緒にお風呂入ろっか」ちょうどそのとき―バタンとドアが開いて、若子があわてて戻ってきた。手には生卵が二つ。「ちょ、ちょっと待って!」「どうした?」修が戸惑うと、若子は息を整えながら言った。「いま急に思い出したんだけど、子どもってミルク飲んだ直後はお風呂ダメだったわ。しばらく時間おかないと......ごめん、あんただけ入って」父子の時間を少しでも作ってあげようとした彼女は、うっかり大事なことを忘れかけていた。修も自分のうっかりに気づき、苦笑いした。「そっか......ごめん。俺も全然気づいてなかった。覚えておくよ」「私のほうこそ、気が回らなかったわ」そう言って、若子はまた台所へ戻っていった。......若子が朝食を作り終えたころ、修はシャワーを終え、暁を抱いて部屋に戻ってきた。タイミングよく、若子もちょうど料理をテーブルに並べ終えたところだった。「ほら、ごはんできた。食べたら病院行きましょう」修は暁を抱いたまま椅子に腰かけた。「子ども、私が抱こうか?」「いや、大丈夫......この子、どうやら俺のこと好きみたいだし」修が抱いている間、暁はとてもおとなしくしていた。若子は特に何も言わず、向かい側の席に座った。「じゃあ、早く食べて」ふたりは静かに朝食をとり始めた。沈黙が気まずくなってきた頃、修が会
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第1264話

「若子」修がふいに口を開いた。「うちに引っ越して、一緒に暮らしてくれ。二十四時間、ちゃんと人をつけて守らせる」若子は一瞬きょとんとした顔をし、すぐに首を振った。「いいの、自分のことは自分で守れるから。気を使わないで」「若子」修の声が少し強くなる。修の声には焦りが混じっていた。「お前の言う通りだ。これまでの出来事を考えると、俺たちはもうとっくに誰かに狙われてたのかもしれない。だから、お前には守りが必要なんだ。一緒に住もう」「それってただの口実でしょ。私をそばに置きたいだけじゃない。もうこれ以上言わないで。帰るわ。それより、自分の体をちゃんと診てもらいなさいよ」そう言って、若子は修の腕の中から子どもを抱き戻した。その毅然とした態度に、修もそれ以上は言えなくなってしまう。「ごめん。さっきは無神経だった。せめて、家まで送らせてくれ。お願いだ。送らなきゃ、安心できない」若子は小さく頷いた。「......わかったわ」.....運転手が曜を住まいまで送り届けた。曜はソファに体を投げ出す。一睡もしていないのに、目は冴えたままだ。しばらくためらったあと、スマホを手に取り、ある番号を押す。通話の向こうから成之の声がした。「もしもし」「村崎、光莉が襲われた」「......何だって?」成之の声が一気に緊張を帯びる。「どういうことだ?」「修の結婚式に来ててな、誰かに撃たれた。今も集中治療室で昏睡中だ」「嘘だろ......どこの病院だ!?」「それは教えられない」曜の声が低くなる。「聞きたいのは別のことだ。お前......誰が光莉を狙う可能性があるのか、心当たりはあるか?」沈黙。やがて、成之はゆっくりと言った。「それについては......俺も、よくわからない。調べてみる」「何も知らないのかよ」曜の怒りがあふれる。「光莉は俺を捨てて、お前の元へ行ったんだ。その彼女のことを、お前は何一つ知らない。お前......何のためにいるんだよ」「光莉はお前と離婚したあと、俺の元も去った。俺たちは一緒にいたわけじゃない。藤沢、お前が愛する女を守れなかったからって、誰彼かまわず八つ当たりするな。彼女が倒れたのは、お前と一緒にいた直後だ。まずは自分の問題を考えるんだ
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第1265話

「じゃあ、前の件はどうなんだよ。あの時、俺がどれだけ苦労して母さんを守ったと思ってる」成之の声には怒気が混じっていた。「もし今回、光莉が撃たれたのが母さんの仕業なら......今度は絶対に庇わない。必ず代償を払わせる」バシッ!弥生の平手が、成之の頬を打った。「成之、あんた、私が産んだ子だってこと、忘れたわけじゃないでしょうね?」「忘れるわけないだろ」成之は怒りに歯を食いしばる。「だからこそ、前は俺が庇ったんだ。でももし、今回も......」「もし、ね」弥生は鼻で笑った。「もし私じゃなかったら、どうするの?土下座でもして謝るつもり?」「母さん、犯人は......本当に母さんじゃないのか?」成之の拳が固く握られ、関節がポキポキと音を立てた。「本当のことを言ってくれ」「そんな暇あるわけないでしょ」弥生は冷たい目で見つめ返す。「疑うなら勝手にすればいい。でもね―」彼女の目が鋭く光る。「証拠もなしに自分の母親を疑うなんて......あんたって、本当に情けない。たかが外の女のために、私のことをそんなふうに見るなんて。あんたのその目が、一番胸に刺さるわよ」成之のこぶしがゆっくりと力を失っていった。やがて、ぽつりと呟く。「......本当に、母さんじゃなきゃいいけどな」彼は踵を返して出ていった。ドアが閉まった瞬間、弥生は深く息を吐いた。「......何よ、この家」死んだ人間、心が離れた人間、誰も彼女のそばにはいない。しばらく黙っていた弥生だったが、ふと何かを思い出したように、上着を手に取ると、足早に部屋を後にした。.....修は若子を車でマンションの下まで送った。できれば部屋まで送り届けたかったが、若子はそれをやんわりと拒んだ。「修、もう帰って。私、自分で上がるから」「若子、送らせてくれ」「大丈夫。私一人で行けるから。帰り道、気をつけてね」子どもを抱えた若子が車から降りようとすると、修もすぐに追いかけた。「若子」「何?」若子は少し苛立った様子で振り向いた。「もう帰って。ついてこないで」「あの証拠、どこから手に入れたんだ?教えてくれないか?」若子は、自分がかつて立てた誓いを思い出していた。唇を噛みしめ、ゆっくりと答える。
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第1266話

若子は弥生の前にコップを置いた。中には温かい水が注がれている。「どうぞ......それで、ご用件は何ですか?」弥生はあたりを見渡しながら、ふいに聞いてきた。「......子どもは?」「部屋にいます......それより、西片さん、何のご用ですか?」その問いかけに、弥生は長く黙り込んだ。そして突然、彼女は若子の手を握った。「っ......ちょっと、何を......!」若子は驚き、すぐに手を引っ込める。「そのブレスレット、私が特注したものよ」思わず目を見開く若子。けれど、その言葉の意味にすぐ気づいた。短い一言だったが、その中に込められた情報はあまりにも多かった。若子は黙ったまま立ち上がり、部屋の奥へと入っていった。数分後、彼女は一本のブレスレットを手にして戻ってきた。テーブルの上にそっと置く。「......これのことですか?」弥生はそれを手に取り、じっと見つめた。「間違いないわ。レストランであんたがつけているのを見かけてね。聞こうか迷ったけれど、あの時は話せる状況じゃなかった......だから、今こうして来たの」その瞬間、若子の中でようやく全てが繋がった。なぜ、前に弥生が突然態度を変えてきたのか。あの唐突で妙な質問の数々―理由がようやくわかった。「......どういうことなんですか?」若子は感情を押し殺し、できるだけ平静な声で問いかける。弥生は、静かに口を開いた。「......私はあんたの祖母。あんたは、私の長男の娘よ」「長男......って」「ええ。成之の兄にあたる人。けれどあんたは―彼の隠し子だったの」弥生の声が少し震える。「当時は立場がとても微妙でね。もし、正妻に知られたら大変なことになると思って......それに、その頃は社内の抗争も激しくて、あんたを守るには、遠ざけるしかなかった」若子は目を伏せ、深く息を吸った。そして、おそるおそる問いかける。「......じゃあ......私の実の父は......今どこに......?」弥生は、静かに、けれど残酷に答えた。「あんたが生まれる前に......自ら命を絶ったの」「自殺......?どうして......?」若子の目の縁が赤く染まり始める。「重い心の病を抱えていたの」
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第1267話

弥生は、ほんの少し安堵の息をついた。「若子......その子が誰の子であっても、家族には違いないわ。あの子も、私たちの一員よ」「暁は、あなたたちの家の人間じゃありません」若子の声は淡々としていた。「彼は私の子です。姓も村崎じゃないし、西片でもありません」「若子......突然のことだったし、受け入れられない気持ちも分かるわ。今すぐに『家族』として迎え入れろなんて言わない。ただ......あんたが私の孫であることに変わりはない。だから、これからも連絡は取り合っていたいの」「その必要はありません」若子の言葉は冷ややかだった。「たしかに、実の両親が誰かは分かりました。でも......だからといって、何かが変わるわけでもない。私は私で、子どもと静かに暮らしていきます。誰の助けもいらない。私は私生児なんでしょう?だったら―この秘密はこのまま、誰にも知られないままでいい」一呼吸置いて、言葉を切り、彼女は静かに言った。「......お引き取りください、西片さん」追い返すような口ぶりに、弥生の顔色がわずかに変わる。「若子......っ」「そう呼ばないでください」若子は目を逸らさず、淡々とした声の中に感情を封じていた。「私たちは、そこまで親しい間柄じゃない。忘れたんですか?以前、あなたは私から子どもを奪おうとして、ずいぶん攻撃的でしたよね......もし私があなたの孫じゃなかったら、今ごろどうなってたんでしょう?」その言葉に、弥生は何も返せなかった。時間が止まったかのように、静寂が流れる。しばらくして、ようやく言葉を絞り出す。「......前のことは、私が間違ってた。認めるわ。でも......あの時があったから、私はあなたを見つけることができた。そう考えれば、不幸中の幸いじゃないかしら......?」「私にとっては『幸い』じゃありません」若子はきっぱりと言い放った。「お願いです。もう、帰ってください」その態度には一切の揺らぎがなかった。彼女の目は、もうこれ以上、話す気はないと物語っていた。弥生もそれを悟っていた。こんな形で突然押しかけてきて、血縁を明かして受け入れてもらえるわけがない。焦る気持ちばかりが空回りしていた。彼女は、ただ静かに立ち上がった。「わかったわ。今日は
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第1268話

若子は、口を開いた。「......西也。私もさっき、このことを聞かされて驚いてるの。まさか、私たちが従兄妹だったなんて......」少し間を置いて、言葉を続けた。「でも......私たちの結婚は形式だけのものだったし、だからこそ、お互いに重く考えすぎなくていいと思うの」胸の中に渦巻く複雑な思いを、できる限り整えて言葉にする。―最初はただの友達だった。それが、いつしか夫婦になり、離婚して、そして今度は......血の繋がった親族。その関係の変遷が、あまりにも奇妙で、どこか滑稽にすら思えた。若子には、どう向き合えばいいのかもう分からなかった。ただ一つ分かっているのは、どれだけ動揺しても、現実は変わらないということ。だからこそ、静かに、受け入れるしかない。―せめて、救いだったのは。自分と西也はすでに離婚していて、しかも互いに深く依存し合うほどの恋愛ではなかったこと。もし愛し合っていたなら......この真実は、もっと酷い地獄になっていたに違いない。手にした花束を、西也は力なく下ろす。彼の指からこぼれた花びらが、床に落ちていく。命を失ったように、静かに、乾いた音もなく。そんな彼の様子を見ていた弥生は、ふと何かに気づいたようだった。「......西也、あんた......もしかして、もう知ってたの?」若子も目を見開き、西也を見つめた。彼はしばらく沈黙したのち、ゆっくりと頷く。「......若子と離婚する前に、叔父さんから聞きました。若子の出自に気づいたのは、あの人です」西也は、目を伏せながら答えた。「知ってたのに、黙ってたの......?」若子の声は震えていた。「私たち、その時まだ夫婦だったのよ?そんな大事なことを知っていながら、何も言わずに......」「若子、違うんだ」西也は慌てて言葉を重ねる。「俺が黙ってたのは、お前を守りたかったからだ。村崎家のことを突然知らせても、きっとお前は受け入れられなかったはずだ......だから、離婚を選んだ。お前を自由にしたのは、お前のためだ......もし、あのことを知らなければ、俺は―絶対に離婚なんてしなかった。若子......」西也が一歩、彼女の前に進み出た。その目には、深く沈んだ悲しみが滲んでいた。「この
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第1269話

「バタンッ!」激しい音を立てて、ドアが閉まった。その瞬間、若子はその場に崩れるように座り込んだ。力が抜けた体を支えきれず、彼女はドアにもたれながら、ぎゅっと目を閉じた。胸の奥が、痛くて、重くて、息もできない―「若子......」ドアの外から、西也の声が聞こえる。「ごめん......本当に......」「もう、何も言わないで」若子の声は震えていた。「お願い、帰って。二人とも......帰ってよ......!今は一人になりたいの!」しばらくの沈黙のあと、弥生のため息混じりの声が落ちる。「......仕方ないわね。行きましょう」西也も、それ以上どうすることもできず、ただ頷いた。ふたりは、静かにエレベーターへ向かう。エレベーターの中。沈黙が落ちたまま、数字だけがゆっくりと減っていく。ふいに、弥生が口を開いた。「......西也、あんた、わざと若子に話さなかったでしょう」その目は鋭く、西也を射抜くように見つめていた。「もしかして......まだ若子に、特別な感情があるのかしら」「おばあさま」西也はその言葉に、冷たく答える。「俺たちはもう大人です。俺と若子のことに、いちいち口を出さないでください」「彼女は私の孫娘よ。あんたも私の孫。私が関わるべきじゃないとでも?」その言葉に、西也はピタリと視線を向けた。「......じゃあ、聞きますけど」西也の声は低く、冷たかった。「もし俺と若子が、本当に『夫婦』としての関係を持っていたら......おばあさまは、何をするつもりでしたか?それに、おばあさまは本気で『孫』ってことを世間に公表する気なんですか?叔父さんの奥さんはまだ健在ですよね。あの人が若子の存在を知ったら、どうなるか......わかってるはずでしょう?昔、おばあさまが叔父さんをその人と無理やり結婚させたのは、彼の立場を利用したかったからじゃないんですか?」「―もう黙りなさい!」弥生が鋭く言い返す。「昔のことを、あんたが何も分からずに言わないで!その頃、あんたはまだ生まれてもいなかったんだから!」「そうですね」西也は静かに笑った。「でも、俺にははっきり見えてますよ......おばあさまだって、そんなに綺麗な人間じゃない。俺のことを説教する資
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第1270話

時が過ぎるのは、あっという間だった。侑子は殺人、教唆、共謀、誘拐といった複数の罪で起訴され、ついに死刑判決が下された。ただし、現在妊娠中であることから、出産後に刑が執行されることとなった。侑子は重刑犯専用の女子刑務所へと移送される。そこにいるのは、どれも並の罪では済まされない女たちばかりだった。入所当日、警備員に連れられて薄暗い房室へ入った侑子は、鉄格子の向こうにいた一人の女の姿を見て、目を大きく見開いた。「いや、やだ、やだっ......!」侑子は即座に反転し、部屋から逃げようとする。「ここじゃない!部屋を変えて!私、この部屋無理っ!」「ここがホテルかなんかと勘違いしてんのか?」女看守が無情に突き放すように言い捨てると、侑子の背中を押し、鉄の扉を強く閉めた。「入れ。おとなしくしろ!」「いやぁああっ!やめて、お願いっ......!」侑子は泣き叫びながら、鉄扉を両手で激しく叩いた。「部屋を変えてってば!私、妊婦よ!特別待遇を受ける権利があるの!私のお腹には藤沢修の子がいるのよ!SKグループの総裁の子よ!わかってるの!?藤沢修の、子供よ!聞いてるの!?ねえ、誰か答えてよ!」彼女の絶叫も、嘆きも、誰ひとり耳を貸す者はいなかった。この房室にはベッドが六つ、すでに満員だった。そのうちのひとつに座っていたのが、山田安奈だった。「―ふっ、あははははっ!」安奈が声を上げて笑う。勢いよく立ち上がり、侑子の背後へ歩み寄る。「......あんたも、やっと地獄に落ちてきたってわけだ。まさか本当に、ここで会えるなんてね」侑子は振り返りながら、顔を引きつらせ、それでも無理やり笑みを作った。「安奈......元気そうでなにより。知ってる?あの時のこと、ずっと後悔してたの。だから自首したの......安奈に償いたかったのよ。ねえ、また前みたいに戻ろう?私たち、姉妹だったじゃない......」「姉妹?」その言葉に、安奈の目がギラリと光る。次の瞬間、彼女は侑子の肩を乱暴に掴み、扉へと押しつけた。「ふざけんなよ、山田侑子!」怒声が響く。「自分の罪を全部私に押しつけておいて、今さら何言ってんの!?お人好しにも一度だけはなってやった。でも二度目はねぇよ。今度こそ、地獄見せてやるから覚悟しとけ」
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