遥の嘔吐に、瑠璃と瞬が同時に彼女に視線を向けた。瑠璃の心には、ある疑念が密かに芽生え始めていた。だが、遥は気まずそうに手を振ってごまかした。「さっき、つい欲張って脂っこいお菓子をたくさん食べちゃって……お腹の調子が悪いみたいです」そう言って腹部をさすり、わざとゲップをしてみせた。「瞬兄さん、先に部屋に戻りますね」瞬は彼女をじっと見つめたあと、軽くうなずいた。彼に何かを勘付かれないように、遥は慌てて背を向け、小走りでその場を離れた。部屋に戻ると、心臓の鼓動が異常なまでに早くなっているのが自分でもわかった。彼女は震える手で下腹に触れ、深く息を吸い込んだ。――絶対に、瞬には妊娠のことを知られてはいけない。知られたら……この子は絶対に生きられない。リビングでは。瞬が、瑠璃の描いた天使の絵を見ていた。彼女の今の心の中が、そのまま絵に込められていた。「千璃……できれば君をどこかに連れ出して、気分転換させてあげたい。でも、さっきのビデオ会議の後で、F国から急ぎの案件が届いた。しばらく、向こうに行かないといけないんだ」「大事な仕事なら、仕方ないわ。行ってらっしゃい」瑠璃は静かに答えた。「私ももう少し君ちゃんと過ごしたいし……ごめん、F国に戻る話はまた延ばさせて」「バカだな。そんなの、全然かまわないよ」瞬は微笑みながら、優しく彼女の手を握った。「君が笑ってくれてることが、一番大切だから」彼は何気なく窓の外へ目を向けると――まだ隼人が門の前に立っていた。その姿に表情を曇らせ、出て行こうとしたとき、瑠璃が彼の腕を止めた。「瞬、私が行くわ。ちょうどいい機会よ。彼と……はっきり、けじめをつけたいの」瞬はその言葉に満足そうに頷いた。そう、彼はこの日を待っていたのだ。瑠璃が隼人と完全に終わる日を。傘を差し、絵を手にして、瑠璃はゆっくりと門へと歩み出た。隼人はずっと待っていた。目の前に瑠璃が現れた瞬間、彼の目に光が灯った。彼もまた傘を差していたが、身体は冷え切っていた。「千璃ちゃん……」隼人は彼女に歩み寄った。「千璃ちゃん、伝えたいことがあるんだ」「私も言いたいことがあるわ」彼女の声は冷たかった。隼人は少し驚いたが、優しく微笑んで言った。「千璃ちゃん、話してくれ」「も
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