All Chapters of 元カレのことを絶対に許さない雨宮さん: Chapter 171 - Chapter 180

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第171話

「待って――今日電話したのは、ただのおしゃべりのためじゃないんだ」「?」電話の向こうで声の調子が一変し、真剣な口調になった。「モルディブの件、もうはっきり調べがついた」凛は思わず背筋を伸ばした。「続けて」「時間ある?一緒に食事でもどう?渡したいものがあるんだ」凛はわずかに眉をひそめて時計を見やり、翌日の午後三時に会う約束をした。……翌日、レストラン。「この書類は、うちの弁護団が入手したものだ。まず目を通してくれ」席に着くなり、時也は前置きもなく、茶色の封筒を取り出して彼女の前に差し出した。「昨年から続いていたこの国際訴訟は、ずっと進行中で、その間にホテルは全ての監視映像を提出させられた。それに加えて、偶然にも目撃者の存在が判明し、手がかりを辿って調査を進めていくうちに、ようやく真相にたどり着いた」時也は、この一連の真相を最初に知った人物だった。彼は自分のチームを心から信頼していた。そして、その結果を聞いたときも、まったく驚かなかった。なぜなら、それは彼の当初の推測とほぼ同じだったから……机を一定のリズムで指先で叩きながら、時也の深い視線が凛に注がれる。興味を含んだ口調で言った。「被害者はお前だ。これらの処理方法は、お前に任せるよ」凛の指がわずかに震えた。目の前に差し出された封筒を見つめ、それを手に取って開封する。ファイルには、晴香がどのようにダイビングインストラクターを買収して酸素ボンベをすり替えたのか、そして毒蛇入りのギフトボックスがどのように仕組まれたのか、その一部始終が詳しく記録されていた。加えて、写真や動画も添えられており、証拠は極めて明確で、逃げ道など一切なかった。何度も傷つけられ、命さえ危険に晒された。普通なら怒りが湧いて当然なのに、凛の胸にあったのは、全てが終わったという静かな安堵だけだった。まるで、この結末を最初から予感していたかのように。しばらくして、彼女は顔を上げて、ひとことひとこと区切るように言った。「この書類の処分を任せると言ったわね?」「そうだ」「じゃあ、警察に通報しましょう」時也の目に興味の色がちらりと浮かび、口元をわずかに持ち上げた。「海斗には知らせないのか?」「どうして知らせる必要があるの?私と彼の関係なんて、もうとっくに終わってる
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第172話

晴香は衆人の視線が集まる中、警察に連れていかれた。突然の事態に彼女は慌てた表情を浮かべ、真っ先に脳裏をよぎったのは──自分が海外でやったあのことが、とうとうバレたのではないかということだった。だが、周囲の驚きと疑いの目に気づいた晴香は、ふっと笑みを浮かべ、落ち着いた口調で言った。「何かの間違いでしょう?ちょっと行って、何があったのか確かめてくるわ」三人のルームメイトは顔を見合わせたが、どうすることもできず、ただ呆然と彼女が連れていかれるのを見送った。「一体どういうこと?なんか混乱してきた……」「まさか、本当に何かあったんじゃ……」「このあとどうすればいいの?彼女の両親に連絡する?」「彼女の両親の電話番号知ってる?」ルームメイトの一人が首を横に振った。そのとき、ふと思い出した。以前、海斗が晴香を寮まで送ってきたことがあった。そのとき偶然顔を合わせて、彼から名刺をもらったのだ。あの名刺には、確か連絡先が書かれていたはず。そう気づくと、彼女は急いで寮に戻り、名刺を探し出して、そこに記載されていた番号に電話をかけた。海斗はちょうど会議を終え、これから退勤しようとしていたところだった。そのとき、私用のスマートフォンが鳴り始めた。彼は携帯を二台持っており、私用の番号を知っている人間はごくわずかだった。だからこそ、ディスプレイに表示された見知らぬ番号にもかかわらず、彼は迷わず電話に出た。「入江海斗さんですか?私は晴香のルームメイトです。さっき警察が学校に来て、晴香を連れて行きました!何かあったんじゃないかと思って……警察署まで行ってもらえませんか?」海斗は眉をひそめ、相手の早口で切羽詰まった声を聞きながら、淡々と答えた。「わかった。俺が対応する」彼は上着を手に取り、階段を下りていく。運転手が車のドアを開けると、海斗は軽く身をかがめて車内に乗り込み、ひと言だけ指示を出した。「警察署へ行ってくれ」理由もなく警察に連れて行かれるはずがない。警察が人を連行するには、それ相応の理由がある。海斗はスマホを指でなぞりながら、暗い瞳にかすかに冷たい光を浮かべ、アシスタントの番号を呼び出した。「晴香が警察に連れていかれた。調べてくれ、何があったのか」……警察署では、老練な警官の予想通り、事件は海外で発生したものであり、責任
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第173話

「ダーリン、私がしたことは全部、あなたを愛してるからよ。ただ一緒にいたかっただけなの。今回だけは許して、お願い……もう二度とこんなことしないって約束する!」海斗は無表情で唇をわずかに動かし、必死に縋りつこうとする彼女を冷ややかに見下ろした。その瞳には氷のような冷たい光が宿っていた。「その行為が、もう立派な犯罪だって分かってないのか?」「愛してることを言い訳にするな。俺の大切な人を傷つけて、それが愛の形だとでも?結局、お前がしたことは全部、自分のためだったんだ。別れよう。今後は二度と俺の前に現れるな。一切の縁を切りたい」晴香は思わず彼の袖を掴もうとした。だが、海斗は目を細め、冷たく言い放つ。「繰り返さないと言ったはずだ。お前がかつて俺を助けたことには感謝してる。だから今回は見逃す。だが、毎回そんな幸運が続くと思うな」そう言い残し、彼は一度も振り返ることなく車に乗り込み、そのまま走り去っていった。晴香はその背中を追おうとしたが、数歩も進まないうちに、下腹部に鈍い痛みを感じた。もともと体調は悪くなかったし、生理痛も滅多にない体質だった。けれど、ここ最近のストレスのせいか、生理はすでに半月以上遅れていた。足のあいだからじんわりと湿った感触が広がっていく。海斗の車が遠ざかっていくのを見送りながら、晴香はそのまま病院へ向かうしかなかった。急患受付にかかり、医師がいくつかの質問をしたあと、いくつかの基本的な検査を指示された。30分後、検査結果を手にした晴香は、まだ現実を飲み込めずにいた。「私が……妊娠したって?」医師は淡々と告げた。「HCG検査が陽性で、妊娠が確定しました。今は妊娠初期なので、出血が少なければ安静にしていれば問題ありません」医師の言葉はほとんど耳に入ってこなかった。彼女の意識に強く残ったのは、「妊娠」という二文字だけだった。日数を逆算すると――妊娠したのは、おそらくお正月の頃だ。検査結果の紙を握りしめ、晴香のぼんやりとした表情は、次第に何かを決意したような強さへと変わっていった。瞳の奥に、確かな光が宿る。彼女は妊娠していたのだ。子どもがいる。だったら海斗も、もう自分と別れるなんて言わないはず。そう思った瞬間、晴香は迷いもためらいもなくタクシーに飛び乗り、彼の別荘へと向かった。まだ暗証番号は変更
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第174話

晴香は全身を震わせた。男の冷淡な態度は、まるで頭から冷水をぶちまけられたかのようだった。彼がここまで冷酷だとは、夢にも思っていなかった。ほんの少しの情けさえも与えてもらえないなんて――納得できない。「ダーリン、私が悪かったのは分かってる。でも子供には罪はないのよ!見て、これ……エコー写真、もう心音も確認できたの。本当に、この子に父親がいないまま生ませるつもり?」海斗の視線が彼女の手元へと落ちる。晴香の指先で震えているのは、白黒のぼやけたエコー写真だった。そこには何が写っているのかも、はっきりとは分からない。彼はひとつ、薄く笑った。その笑みは冷たく、どこまでも無関心だった。「だから、堕ろせって言ってるんだ。生まれてすぐに父親がいないより、最初からこの世に存在しない方がマシだろ」それに、彼はそもそもそれが自分の子供だとは認めていなかった。そう言い捨てると、もう話す気もないというように、海斗は背を向け、階段を上がっていった。晴香は男の冷酷な背中を見つめながら、拳をぎゅっと握りしめた。怒りと悔しさが、彼女の胸の奥をぐらぐらと煮え立たせ、今にも飲み込もうとしていた。たったこれだけのことで、自分は死刑宣告されなきゃならないの?ただ、自分の愛を守ろうとしただけ。何が悪いの?全部、凛のせいだ。何度もあの女が誘惑するから、海斗は諦めきれなかった。だからこそ、ああするしかなかったのに。そう思った瞬間、晴香は歯ぎしりし、「ギリッ……ギリッ……」という音を立てながら、かつては整っていた顔立ちがみるみる歪み、凶悪なまでに変わり果てた。このまま黙ってやられるわけにはいかない――そう、じっとしているわけにはいかない。まだ、手はあるかもしれない。土曜日、凛のスマートフォンに警察署からの電話が入った。受話器の向こうには、どこか申し訳なさそうな声。けれど、凛はとても落ち着いていた。結果なんて、最初から分かっていた。それでも彼女があのとき行動したのは、たったひとつ、自分の心に嘘をつかないためだった。あとは運命に任せるしかない。電話を切ったその直後、凛のスマートフォンに短い動画のプッシュ通知が届いた。騒ぎがどんどん大きくなっていった頃、掲示板に立てられていた誹謗中傷のスレッドは、すでに管理者によって削除されていた。学校側が
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第175話

しかし今は……全てが意味を失った。遅れてきた愛は、雑草よりも無価値だ。凛は無表情のまま、海斗の言葉を最後まで聞いた。ドアノブを握った手は、ずっと離さなかった。それは彼を拒む、明確な防御の意思だった。彼女は一語一語、はっきりと告げた。「すみません、お断りよ」許さない。やり直すつもりも、微塵もない。それを聞いた海斗は、明らかに苛立ち始めた。「なぜだ?はっきり言ってくれ、なぜなんだ?!前に復縁を拒まれたのは晴香のせいだろ?でも今はもう彼女とは終わった。それでもどうして、まだ駄目なんだ?」ここまで自分は折れたのに――彼女は一体、どこまで要求するつもりなんだ?だが、海斗の激情に対して、凛の声は静かだった。「以前、私の世界には、あなただけしかいなかった。あなたが、私のすべてだった」彼のために、彼女は大学院進学を諦めた。愛が最も深くて、美しかったあの頃――彼は彼女の全世界だった。人生を共にしたいと本気で思った、たった一人の人だった。海斗の目がぱっと輝いた。その声は切迫していて、どこか必死だった。「今だって変わらないだろ?お前さえよければ、またあの頃に戻れるんだ」けれど凛は目を伏せ、静かに首を振った。「人は誰だって、同じ場所に立ち止まり続けることなんてできないの。あなたも、私も。あなたと別れてから気づいたの。世の中には、あなた以外にも面白いことがたくさんあるって。追いかけたい夢も、心から大切にしたいものも」海斗の目に、薄暗い影が差した。「追いかけたいものって何だ?大学院?勉強?でも修士を取ったって、どうせ働くんだろ?働くのは結局、金を稼ぐためじゃないのか?欲しい額を言ってみろ。全部、用意してやる」凛は眉をひそめ、淡々と言った。「私が欲しいのは、お金じゃない」その言葉に、海斗は鼻で笑った。「でも、あの10億の小切手は受け取ったよな?今さら『お金はいらない』なんて言われても、信じられるわけがない。それとも……最初から金目当てで俺に近づいたってことか?」怒りが頂点に達した海斗は、再び言葉を選ぶことなく、感情のままにまくし立てた。凛は彼の話がどんどん筋の通らない方向へ向かっていくのを見て、もうこれ以上相手にする気を失った。ドアノブを握った手をぐっと押し出し、黙ってドアを閉めようとした。その動きは素早く、そして迷いが
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第176話

「これを持ち帰って読んでおきなさい。九月には正式に入学するんだから、それまでに研究分野の概要くらいは押さえておかないとね。いざ研究グループに加わって、何もわかりませんじゃ困るでしょ」凛は手元の資料に目を落とし、力強く頷いた。「ご安心ください、必ず早めに理解して、先生の足を引っ張るようなことは絶対にしません!」その様子に、大谷はふっと笑みを浮かべた。「あんたを信じていないわけじゃないんだよ?あなたの面接の映像、私も見たんだ。正直に言うとね、この何年かずっと、今の研究のスピードについていけるか心配してた」そう言って、彼女は凛の肩を軽く叩いた。「でも映像を見て思ったよ。昔の感覚を全然失ってないんだなって」陽一が出したあの質問も、大谷にとっては思わぬ驚きだった。大げさでも何でもなく、修士課程の三年生でも、あれほど的確に答えられるとは限らない。優劣は、答えが正しかったかどうかじゃない。彼女が答えるその過程で見せた思考力と論理力こそが、何より評価に値したのだ。「あなたは私の教え子だ。あなたの才能と優秀さを私以上に理解している者はいない。あなたにはその実力がある、わかっているね?」……しばらく話していると、大谷の携帯が鳴り、急用で呼び出されてしまった。凛は資料の束を抱えて家へ帰る道すがら、先ほどの言葉を思い出して、ふと足を止めそうになった。これまでの道のりで、彼女はいつだって信念を貫いてきたわけじゃない。怖くなったこともあれば、迷ったこともある。自分には無理なんじゃないか、全部台無しにしてしまうんじゃないか――そんな不安に飲まれそうになったことだって、一度や二度ではなかった。特に、大谷先生が長年取り組んできた研究テーマが、いまだ目に見える成果を出せていないと知ったとき。自分がそのチームに加わったところで、新しいものを生み出せなければ、存在する意味なんてあるのだろうか――そんな疑念に駆られたこともあった。家に戻り、彼女は資料のひとつをそっと開いてみた。ページを繰るうちに気づく。この資料は、発表された年月の順に丁寧に並べられている。下にいけばいくほど、年代は古くなり――中には、生物学がようやく「一つの独立した学問」として認められ始めた、1940年代にまで遡る文献もあった。かつての彼女は、こうした論文を「読む者」として
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第177話

凛はラジオの一報を聞いて、すぐに思い出した――城西って、すみれの会社のすぐ近くじゃない?胸が一気に締めつけられ、喉元まで心臓がせり上がる。息が詰まりそうになり、嗚咽が喉の奥で震えた。運転手のおじさんは言葉どおりに、通常なら30分かかる道のりを、わずか15分で走り切ってくれた。凛が車を降りたそのとき、まだ病院に足を踏み入れてもいないのに、救急車のサイレンが耳を突いた。「急いで!城西の事故、第二陣の搬送です!すぐに救急処置室へ!」ストレッチャーで運ばれてきたのは、意識のない負傷者。全身血まみれだった。その光景を目にした瞬間、凛は背筋がひやりと冷たくなり、無意識のうちに足を早めて中へと駆け込んだ。受付に駆け寄り、看護師にすみれの名前を伝えた。「ご家族の方ですか?」「はい、連絡を受けて……」看護師は一瞬言葉を飲み込み、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら、静かに告げた。「……中へ、お入りください」そのひとことで、凛の心は深く沈んだ。震える右手をなんとか押さえ、深く息を吸い込む。そして、ゆっくりとドアノブを回した――目に飛び込んできたのは、ベッドの上で白い布をかけられた姿だった。足元から力が抜け、崩れ落ちそうになりながら、なんとかその場に踏みとどまった。その時、不意に背後から声が響いた――「凛、どうして来たの?」「!」凛はばっと振り返った。そこにはすみれが元気いっぱい、これ以上ないほど健康な姿で立っていた。「ちょっと、もう……びっくりしたんだけど!じゃあ、中にいたのは……」「ご家族の方、なんでこっちに?」さっき案内してくれた看護師が通りがかり、眉をひそめながら声をかけてきた。「お友達なら、お隣の処置室にいますよ」凛は言葉も出ず、ぽかんとしたまま沈黙した。さらに看護師はすみれを指さして、やれやれといった表情で続けた。「ドアを開けた時、彼女すぐ後ろに立ってたのに……それで間違えるなんて」凛は返す言葉もなく、ただ黙っていた。廊下に出た二人。「まだ怒ってる?」すみれは凛の手をつかんで、甘えるように言った。「ごめんってば、もう怒らないで?怒ると老けるの早くなるって聞いたことない?凛ちゃんはあんなに綺麗なんだから、怒ってシワできたらもったいないよ」凛の表情が沈んだのを見て、彼女はすかさず言
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第178話

「はいはい、あなたの勝ちよ!これで満足でしょ?」「病院の決まりで、交通事故に遭った人は家族に連絡する必要があるのよ。親に心配かけたくなかったから、仕方なく凛の番号を伝えたの」そう言いながら、すみれは深くため息をつき、カバンから自分のスマホを取り出すと、ぶつぶつと文句をこぼした。「スマホが落ちて壊れたせいで、電話も繋がらなかった……」凛はようやく、さっきから何度電話しても繋がらなかった理由に合点がいった。「で、体は大丈夫なの?どこか痛むところは?」現場は大型の多重事故だった。凛はやはり彼女の体を心配していた。「あなたが来る前に、必要な検査は全部終わってるわ。全部異常なし。あとは窓口で退院手続きするだけ」「……よかった」凛は胸をなでおろした。すみれは小さなショルダーバッグをひとつだけ持っていた。二人で1階に降りて会計を済ませ、病院を出ようとしたその時、ちょうど目の前から、美琴がやって来た。その隣には晴香がいた。二人は何かを話していて、美琴は柔らかな笑みを浮かべ、晴香はそれに調子を合わせるようにうなずいていた。とても和やかな様子だった。「これからは気をつけてね。ぶつけたりしないように」美琴が優しく声をかける。「はい、ご心配なく。ちゃんと気をつけます」晴香は素直に応じた。その様子を見たすみれは、思わず冷笑を漏らす。「なるほどね。愛人があんなに図々しいわけだ……後ろ盾にクズ男のママがいるんじゃ、そりゃ強気にもなるわ」半年ぶりに目にした凛は、美琴の予想に反して、やつれた様子どころか、むしろ肌艶もよく、気力に満ちていた。晴香も凛に気づいたのか、歩みを止める。一瞬ためらったのち、無意識に腰に手を当て、お腹をわずかに突き出した。そして自ら口を開く。「凛さん、奇遇ですね。まさか病院でお会いするなんて」凛の笑みがすっと消え、そのまま通り過ぎようとした。だが次の瞬間、晴香がさりげない口調で言った。「最近ちょっとお腹の調子が悪くて、病院で診てもらったら……妊娠してるって言われちゃって」その言葉に、凛の足が止まる。「自分でもびっくりしちゃって……でも、カイはすごく嬉しかったみたいです。まだ初期なんでお腹も全然目立たないんですけど、これから大きくなったら外出も大変になるし、食べたいものも我慢しなきゃで
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第179話

だからただ黙って、すみれを鋭く睨みつけることしかできなかった。もし視線が刃になるなら、今ごろすみれは蜂の巣状態だろう。「庄司さん……きっと私のこと、誤解されてます」晴香はおずおずと顔を上げ、申し訳なさそうな目ですみれを見つめた。だが残念ながら、その手は通じない。「何を誤解してるって?まさか、あなたに実は羞恥心があるとでも?」「庄司、いい加減にしなさい!」美琴が怒声を上げた。「私はあなたより年上なのよ、少しは敬意を払いなさい!」「あら、言い負かされると今度は年長者ってカードを切るの?残念だけど、私は脅しにも権威にも屈しないの。もっとひどいこと、言ってみる?」美琴は一瞬、言葉を失った。「もういいよ、すみれ。言い合ったって意味ない。相手にするだけ無駄だよ」凛が口を挟んだ。こんなやり取りに付き合っても、得るものなんて何もない。言い負かしたって、それが何になる?凛のその冷静な口調と澄んだ目が、美琴の神経を逆撫でした。「そうやって黙ってるの、劣等感じゃないの?」美琴は冷笑した。「うちの海斗と何年も付き合ってたのに、子供は一人も生まれなかった。晴香はたったこれだけで妊娠したのよ?子供も産めない年増女が、若くて世間知らずだった頃の海斗を騙してただけでしょ。そんな女がうちに嫁げるなんて、夢でも見てるの?」美琴がキレるのも無理はなかった。最初から最後まで、凛は一度たりとも彼女にまともな視線を向けなかった。その徹底した無視は、彼女にとってまるで侮辱のようだった。かつては、自分が凛を空気のように扱い、相手はひたすら我慢するしかなかった。それが今や立場は逆転し、主導権は完全に凛の手にある。そんな状況を、美琴が受け入れられるはずがない。それはまるで、以前は自分の足元にひれ伏していた犬が、突然テーブルの上に飛び乗り、吠え立てるばかりか噛みついてきたかのような屈辱感だった。凛は微笑を浮かべて言った。「残念だが、私はそんな夢は見ないわ。入江家の嫁になりたい人はご自由に。あなたの息子さんのことも、欲しい人がいればどうぞ。私にはもう関係のないのよ」「あなた——」美琴は言葉に詰まり、顔を青ざめさせた。その時、晴香が突然、凛の手をぎゅっと掴んだ。思いのほか強い力で、凛はすぐに振り払うことができなかった。「凛さん……祝福、ありがと
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第180話

考えれば考えるほど腹が立ち、悔しさがこみ上げてきて、美琴はついにその場を追いかけた。このような行為は、彼女が普段は軽蔑しているもので、追い詰められた者だけがしつこく絡むものだ。今の彼女は、明らかにそれと変わらない。それだけ、本気で怒っているということだ。「口だけは達者で、他人を見下して……なるほどね、類は友を呼ぶとはよく言ったものだわ。そろいもそろって下品で育ちが悪い!」その言葉に、すみれは吹き出した。自分のことは何とでも言えばいい。でも、凛を巻き込むのは絶対に許せない。「黙ってなさいよ、くそババア!」「なによ、図星突かれて逆上?あの子、うちの息子と六年も一緒にいたのに、妊娠もなし。どう考えたって、不毛な土地でしょ?おかしいよ。そんなにムキになるなんて、やっぱり後ろめたいことでもあるんじゃないの?」「……はっ!」すみれは冷たく鼻で笑い返した。「六年も妊娠しなかったからって、どうして息子さんの体に問題がないって言えるわけ?病院通いは日常茶飯事、タバコも酒もやめられない。早くその大事な息子さん、病院で検査でも受けさせたら?もし本当に何かあったら……そっちの方が問題でしょ?」言いながら、彼女の視線はスッと晴香の腹元へと落ちた。晴香の顔がさっと強張り、慌てたように言い訳する。「わ、私は……これまで付き合ったのは海斗さんだけです。本当に、絶対に彼を裏切るようなことはしていません……」大事な息子・海斗に関わることとあって、美琴はたちまち声を荒らげた。「うちの子のことを好き勝手言うんじゃないよ!その口、引き裂いてやろうか――」だが、すみれがそんな脅しに怯むはずがない。彼女はすぐさま袖をまくり、鋭い目でにらみ返した。「やってみなさいよ。最後にどっちの口が裂けるか、勝負してみる?」一触即発の空気に、凛はすぐさますみれの腕を引いてなだめに入った。一方の晴香は、事態の急展開に目を丸くしていた。どうしてこんな騒ぎになってしまったのか、頭がついていかない。ただ傍で見ているしかなかった彼女は、やがて美琴とすみれが押し合いを始めたのを見計らい、凛がそばに来た瞬間に突然――「あっ……!」と短く声を漏らすと、そのまま腰を抜かしたように床に滑り落ちた。「お腹が……お腹が痛いの!」その叫びに、美琴の顔色が一変する。もはやすみれと
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