「あら、それはあなたの間違いよ。他の人は知らないけど――この私は、鉄の心臓を持ってるの」すみれがさらりと言い放つと、広輝は思わず吹き出して笑った。「ちぇ、どうしていつも笑ってばかりなのよ?」すみれは不満げに顔をしかめる。「じゃあ、泣けってこと?」「いいわよ、ティッシュを渡してあげる」「……」広輝はポケットからライターを取り出した。すみれが手招きする。彼は素直にライターを差し出し――良心に目覚めて、彼女がタバコに火をつけてくれるのかと一瞬思った――が、次の瞬間。バシッ!すみれは彼の手を軽く叩き落とした。「タバコが欲しいのよ!ライターなんていらないわ!ほんと、あなたって空気読めないんだから……」広輝は「?」と、言葉もなく眉をひそめる。それでも、仕方なく自分のタバコに火をつけると、今度は何も言われる前に、素直にライターをすみれの方へ差し出し、手ずから火をつけてやった。火がふっと立ち上り、その橙色の光が、彼女の顔を柔らかく照らした。彼女はうつむいて、そっと火を移した。貝のように白い歯でタバコの先端をくわえ、赤い唇で軽く咥えると、フィルターにはくっきりと口紅の跡が残った。その仕草に、広輝は思わず見惚れてしまう。「……ちょっと、火、消して?」「……あ、ああ!」すみれの声に、広輝は我に返った。慌ててライターを閉じ、ポケットにしまい込む。二人はそのままバーで二時間ほど過ごし、赤ワインをボトルで一本空け、外に出た頃にはすでに深夜だった。どちらも酒を飲んでしまっていたため、運転は不可能だった。すみれは代行を呼ぼうとアプリを開いたが、画面には「36人待ち」の文字が表示されていた。すみれはしばし無言で画面を見つめる。「諦めろよ。ここはバー街だし、こんな夜中じゃ、1時間は待たされるって」「じゃあ、普通にタクシーで帰る。明日、時間作って車取りに来ればいいでしょ」ところが——タクシーの待ち人数は、代行よりもさらに悲惨だった。すみれは一瞬、呆然としたまま固まったが、ふいに目を輝かせて尋ねる。「ねえ、あなたはどうやって帰るつもり?」広輝は肩をすくめた。「帰らないよ」「どういう意味?」「向かいのホテル、見える?」すみれは首を傾げて頷く。「見えるけど、それが?」「うちのものだ」
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