その時、凛は別の棚に気を取られていて、二人の男が水面下で何度も火花を散らしていたことなど、まるで気づいていなかった。会計を済ませた陽一が振り返ると、凛はショーケースの中のフォンダンケーキをじっと見つめていた。それは五段重ねで、各段がキャラクターの造形になっている。「きれい?」「きれいです。すごく精巧に作られてます」凛は頷いた。そして二段目を指さす。「先生、この眼鏡をかけて眉をひそめてる人、先生に似てません?」陽一はしばらく眺め、真剣に言った。「似てない。そんなに眉をひそめてるか?」「ひそめてるのに、自分では気づいてない可能性はありませんか?例えば今みたいに」陽一は一瞬固まり、まるで悪戯を見破られた子供のように、訳もなく窘められたような表情になった。「はは……」凛は思わず笑い出した。「先生、本当にかわいいです」三人がケーキ屋を出た途端、陽一の携帯が鳴った。「もしもし、母さん……」「陽一、家に帰りなさい」知波の声は張り詰め、厳しかった。「何かあったの?」「帰ってから話すわ」「……わかった」通話を終え、家のことが気にかかり、陽一は言った。「ごめん、家に用事ができたので、先に失礼する」凛が頷こうとした時、時也も電話を受けた。「……わかった」携帯をしまい、時也は陽一を見て言った。「偶然だな、庄司先生。俺の家も用事がある。でもその前に凛を家まで送らないと。先生は用事があるなら先に行って」凛は言った。「いいえ、本当に大丈夫。お二人ともご自分の用事を優先して」陽一は何か言いかけて、結局口をつぐんだ。凛は慌てて付け加えた。「本当に大丈夫です。歩いて10分くらいですから、送っていただかなくて平気です」そう言って、今度は時也を見た。「あなたも早く行って。大事な用事を遅らせたら悪いから」時也と陽一は目を合わせ、互いに「一歩も引かない」といった雰囲気を漂わせた。結局、凛にせかされる形で二人はようやく去っていった。凛は大きく息を吐いた。やっと行ってくれた。ただの買い物だったのに、三日間も実験したような疲労感だった。次からは絶対にこんな役目に巻き込まないでほしい。心底ぐったりだ。……帰り道、陽一は家で何かあったのではと気にして、スピード違反すれすれの猛スピードを出して帰宅し
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