元カレのことを絶対に許さない雨宮さん のすべてのチャプター: チャプター 711 - チャプター 720

762 チャプター

第0711話

「ほら、つけてあげるね」すみれはブレスレットを凛の細い手首にはめ、彼女の雪のように白い肌を一層引き立たせる。「やっぱりね!このデザインと色、あなたにぴったりと思ったよ!」凛は俯いて眺め、見れば見るほど気に入った。「これで終わりだと思ってないよね?」「え?」凛はきょとんとして、顔を上げる。他にも何かあるの?すみれは笑みを浮かべたまま、ウェイターに軽く頷くと、次の瞬間、レストランにシンフォニー『歓喜の歌』が響き渡る。優雅な音楽の中、陽一がケーキを運んで現れ、二人に向かって歩いてくる。ピンクと白のクリームの上には、大きな目と自信に満ちた顔の可愛らしいシュガークラフト人形が立っている。まさに凛の顔に似てるちびキャラで、周りはピンクのパールで飾られている。シンプルで可愛いのだ。「先生?」凛は驚きを隠せなかった。陽一は彼女の視線を受け、薄く唇を上げる。音楽が盛り上がってきたせいか、あるいはレストランの暖房が効きすぎていたせいか、それとも男の笑顔が眩しすぎて目が熱すぎたせいか、揺らめくキャンドルの光の中で、凛は一瞬見とれてしまう。そして――「誕生日おめでとう」陽一は凛の前に立ち止まり、手にした青いアイリスの花束を差し出す。凛ははっと我に返って言った。「あ、ありがとうございます。先生、お花もケーキもとてもきれいです……」青いアイリスの花言葉は、優雅と機敏、夢と希望、そして賞賛と……恋慕だ。すみれはそれを見て、意味深に笑いながら言った。「凛、よく見て?お花とケーキだけじゃないわよ」凛は一瞬戸惑い、手にしたアイリスを見下ろす。突然、視線がある物に止まる――花束の中に、ピンクがかった銀色の小さな箱が隠されている。すみれの励ましの視線と陽一の期待の眼差しの中、彼女が箱を開けると、中からネックレスが現れる。「これは……?」すみれは言った。「兄さんが準備した誕生日プレゼントよ」ネックレスの外側は丸みを帯びた弧を描き、惑星の軌道のようで、「軌道」には9つのダイヤモンドが散りばめている。まるで惑星のようだ。よく見ると、そのダイヤモンドの色は……「カラーダイヤモンド?!」ただの黄色、ピンク、青などではなく、一つのダイヤモンドが光に照らされると、虹色に輝いている!凛は思わず息を飲んだ。
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第0712話

二人の学術討論会がようやく終わり、すみれは思わず大きく息を吐く。「次回からこんなセミナーみたいな集まりには呼ばないで、退屈だわ……」すみれはぶつぶつ言いながら、手を上げて、ウェイターに料理を運ぶよう合図した。予想通り、凛の好物ばかりだ!食事を終え、すみれは少し散歩しようと思っていたが、レストランを出た途端に、仕事の電話がかかってきた。「わかったわかったよ!一日待ったって別に問題ないでしょ?!」そうは言いつつも、彼女は電話を切ると、やはり急いで会社へ向かう。そして、立ち去る前に――「兄さん、凛の誕生日だから、ちゃんと付き合ってあげてね!何でも満足させてあげるって感じで!」「わかった」「どこに行きたい?」すみれを見送った後、陽一は笑いながら凛を見る。「どこでもいいですか?」彼女は目を輝かせる。陽一は一瞬考え込んだ。「……僕ができる範囲内でね」「じゃあ、合成カラーダイヤモンドを作っている場所、見学してもいいですか?」「本当に行きたい?」「はい!」「わかった」凛は実験室か作業場のような場所を想像していたが、まさか陽一は彼女を……工場に連れて行った。「あ、庄司くん!また来たのかい?」陽一が工場に足を踏み入れると、門番のおじさんが陽気に挨拶しに来る。「井上さん、こんにちは、昼食はもう済みましたか?」「ああ、食べた食べた!今日の食堂の角煮は、本当にうまかったよ!どうしてまだここに?カラーダイヤモンドはもう作れたじゃないか?彼女は気に入ってくれたか?」「ゴホン!」陽一は拳を握り、大きく咳払いをした。凛は唇を引き結んだ。井上はようやく彼と一緒に来た女の子に気づいた。「おや!この子がカラーダイヤを贈る――」彼女か?「井上さん!7番工場の鍵を貸してもらえませんか?」陽一が声を張り上げて割り込んだ。「了解!」井上は鍵を探しに振り返る。陽一は凛に気まずそうな視線を向ける。「井上さんは冗談が好きで、いつもにこにこしてるんだ……」凛は頷いて言った。「ちゃんとわかりましたよ」鍵を受け取ると、陽一は彼女を7番工場に連れて行った。広くはない空間に、作業員はいなく、機械と作業台だけが置かれている。陽一は作業台の前に立った。「最初は実験室で合成しようと思ったんだけど、排水処理が難しいから
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第0713話

凛は自嘲めいた笑みを浮かべ、唇をわずかに歪める。陽一は息を詰まらせた。なぜか、彼女の口元に浮かんだ笑みが、彼の心を慌ただしくさせる。何か……大切なものを見逃したような気がする。二人が工場を離れたのは、すでに夕暮れ時だ。門番は交替していて、陽気でユーモアの井上はすでに退勤し、若い青年と入れ替わっている。おそらく内気な性格のため、青年は黙って鍵を受け取って、きちんとしまうと、二人のために門を開けた。夜の帳が降りかかる直前、空は灰色になり、街路樹の葉を落とした枝が暮れなずむ景色に、さらに寂しさを添えている。凛と陽一は並んで歩き、静けさが二人を包む。陽一は唇を動かしたが、どう切り出せばいいかわからない。彼は凛の感情の変化を感じ取っていたが、その理由がわからないのだ。だから、ただ慎重に黙ったままにしかできない。突然、凛は笑顔で顔を上げた。「先生が心を込めて準備してくれた誕生日プレゼント、とても意味のあるもので、すごく気に入りました。お返しに、夕飯をご馳走しましょうか?何か食べたいものはあります?」陽一は彼女が俯いて深く考える様子から、瞬く間に笑顔に戻るのを見た。彼は一瞬言葉を失った。凛が再び口を開くまで――「決まりましたか?」「中華料理にしよう。辛いものは食べられる?」「そうしましょう!」中華レストランから出ると、凛は息を吐き、首のマフラーをきつく巻き直す。陽一はそれを見て、自分のマフラーを外し、彼女の肩に掛けようとした。しかし凛は少し下がり、笑いながら言った。「結構です、先生。寒くないんです」陽一は困惑した表情を浮かべたが、考える間もなく、凛は先を歩き出していく。夜はすっかり更け、冷たい風が吹き、街灯の光りも薄い霧に包まれるようだ。二人は河の岸に沿って、散歩を続ける。凛は橋の上に立ち、ダウンジャケットのポケットに手を入れたまま、振り返って陽一を見た。「先生、この道、前も通ったことありましたよね?」「ああ」陽一は頷いた。「いつでしたっけ?」「夏、僕がアイスをおごった時」凛は思わず笑った。「先生はいつも記憶力がいいですね」陽一は、自分は重要なことだけを覚えていて、重要でないことはまったく気に留めないと言いたかった。しかし凛はすでに大きく歩みを進め、小さな屋台の前で
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第0714話

「凛、初めてカフェで会った時から、僕は――」「あれ?庄司先生、凛、どうしてここに立ってるの?上がらないの?」二人の下の階に住む竹内さんが、いくつかのビニール袋を抱えて入ってきて、二人を見かけると笑顔で挨拶した。「こんな寒い日には、もう少しで凍えそうになったわ……値引きしたものを買うためじゃなかったら、こんな遅くに出かけたりしないわよ!」近くのスーパーは9時を過ぎると、値引きが始まる。竹内は家計の管理が上手で、よく夜に買い物に出かける。今の状況では、これ以上何かを言うのは明らかに適していない。陽一は喉まで出かかった言葉を、また飲み込んでしまう。「さあ、一緒に上がりましょう――」竹内は陽気に声をかける。凛は進み出て、彼女の手から買い物の袋を受け取る。「お手伝いします……」しかし次の瞬間、陽一がまた凛の手からそれを取り、先に立って歩き出した。「僕がやる」竹内は思わず笑った。「庄司くんって人は本当に気が利くのよ!あなたたち若い人の言葉で言うと、何だっけ……ジェントル、ジェントルマンか!そう、ジェントルマンだ!凛もそう思うでしょう?」凛はうなずいた。「ええ」「道理で言えば、こんなにいい男なら、とっくに彼女がいてもおかしくないのに、彼は全くその気がなくてね。毎日研究に没頭して、ノーベル賞でも取ろうとしてるみたい!確かに、男は仕事に打ち込むべき、それは間違いないけど、時間を作って恋愛もして、両立させるのもいいでしょ?」「凛、あなたはたぶん知らないでしょうが、前に私と3階の田中教授が彼に彼女を紹介しようとした時、口ではちゃんと言うくせに、いざ会う段階になると、庄司くんは急に忙しくなって、何日も家に帰ってこないの。わざと避けてるって気づいてないとでも思ってるの?」「凛はこんなにしっかりしてて優しいんだから、あなたの友達もきっと素敵な人ばかりでしょ?機会があったら彼に紹介してあげて、きっと相性が良い人が見つかるわ!」凛は笑って、前を歩いている急にこわばった背中に向かって言った。「はい、先生のために気をつけておきます」「そうこなくちゃ、近所同士は助け合うべきだもの……」ようやく6階に着くと、陽一は荷物を下ろし、急いで竹内に別れを告げると、凛の手を引いて慌てて上の階へ駆け上がる。竹内が鍵を取り出す手が止まり、まばたきを
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第0715話

「考えさせて。会ってから話そう」「わかった」凛は通話を切り、ダウンジャケットを羽織り、分厚いスノーブーツを履き、バッグを持って、3分もかからずに準備完了――出発!成人の日を過ぎてから、少し寒さが和らいだようだが、太陽はまだ雲の陰に隠れたままで顔を出そうとしない。凛が階下に着くと、路地の入り口に立つ時也が見える。限定マイバッハの横に寄りかかり、黒いコートを着て、車のキーを弄っている。彼女を見かけた瞬間、ぱっと姿勢を正した。凛は笑いながら彼に向かって歩いていく。先ほどまで淡泊な表情をしていた男は、たちまち口角を上げた。車に乗り込むと、時也は彼女に朝食の袋を渡す。「豆乳と肉まん、温かいうちに食べて」凛は眉を上げる。「瀬戸社長が運転手だけでなく、わざわざ朝食まで買ってきてくれたの?こんな待遇……うーん、夢にも思わなかったわ」彼は軽く笑った。「なぜ思わなかった?もっと大胆な方に考えてもいいんだよ」凛は返事をせずに、豆乳を抱えて手を温めている。「食べないのか?」「……熱いから」「ゴホン!さっきディーラーから連絡があって、お前の車のフロントの損傷は大したことなく、塗装と板金の塗装をやり直したら、もう痕跡はわからなくなったそうだ」凛はうなずいた。20分後、二人はディーラーに到着した。凛はサインを済ませ、車を受け取り、もちろん時也に食事をおごることも忘れていない。「……決めた?何を食べる?」「こんな寒い日は、お鍋がちょうどいいな」凛の目がぱっと輝く。鍋料理専門店は時也が選んだが、着いてみると凛はネットで大人気の店だと気づいた。入口には長い列ができていて、若者ばかりだ。凛はつばを飲み込んだ。「ねえ……別の店にしない?」これじゃいつまで待たされるかわからないじゃない?しかし、時也は悠々と彼女を連れて、中へ入っていく。「必要ない。ついてきて」「いや…」あの、こんなに堂々と割り込んでいいの?しかし店員は時也を見るなり、止めるどころか、笑顔で二人を個室へ案内した。どういうこと?時也は上着を脱ぎ、腰を下ろすと凛のコートも受け取り、一緒にクロークにかけた。「座って」彼は笑いながら、凛のために椅子を引く。「予約したの?」凛は興味深そうに尋ねた。でも……こんな人気のお店、予約でき
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第0716話

「ゴホンゴホン……」凛はその言葉でむせた。食事中の話を楽しんで聞いている最中、どうして話題がいきなり自分に向けられたの?とにかく凛は良い気分ではないのだ。「私たちは恋人同士ではありませんが、この食事は瀬戸社長にとって無料みたいなものです。なぜなら――」凛は店主に向かって笑いながら言った。「私がおごりますから」店主は一瞬呆然とした後、意味深に時也を見る。『時也のやつもついにやられたか!ざまあみろ!』と思った。食事を終え、凛は自ら会計に向かう。店主は時也の袖を掴み、声を潜めて言った。「これじゃダメだな、早く頑張ってあの子をお前のものにしろよ。次回も無料サービスにできなかったら、俺が見下すぞ!」時也はため息をつく。「俺がそうしたいと思ってないとでも?」「おっ、ついに世の中にお前の手に入れられない女が現れたか、珍しいな」「……」「わかったよ!この旧友が力を借してあげようか」「……え?」凛はすでにレジに立ち、スマホでQRコードをスキャンして支払いを済ませる。支払いを終えると、後ろにいる時也を見て言った。「もう行く?」「あ、ちょっと待って!」店主が先に口を開き、にこやかにレジカウンターへ歩み寄り、中の従業員にある物を渡すようジェスチャーをする。「……何ですか?」女性の従業員はまだ少し混乱しているようだ。「チケット」「あ!」店主は受け取ると、さっと時也に渡した。「ほら、妹がピアノの演奏会のチケットを2枚手に入れたんだ。音痴な俺が聴いてもね?客席にいても、わけわかんないんだよ!あはは……ちょうど今日お前たちに会えたから、これをプレゼントしよう!」時也は受け取ってちらりと見るなり、思わず眉を上げる。「結構入手しづらいチケットだぞ、本当にくれるのか?」「持って行け持って行け!」「じゃ、遠慮なくもらうぜ!」二人は店主に見送られながら、店を後にした。時也は手にしたチケットを軽く振りながら尋ねる。「マキシムのピアノ演奏会だよ、行きたくない?」「あのマキシム?本当?」そう言いながら、凛は驚きを隠せなかった。「このチケットはすごく入手しづらいなのに」「ほら、見てみて……」凛は視線を下ろしてざっと見ると、本物だ!「せっかくチケットをくれたんだし、今日の2時間後に入場開始だ。行かなかったら無駄
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第0717話

どんな曲や変奏かは、彼の耳にはまったく入らなかった。会場の薄暗い照明が最高の隠れ蓑となり、彼は思い切り優しさと深い愛情を表に出せる。彼の視線は制御不能のように、凛の白い手へと落ち、何度も直接握りしめて、永遠に放さないでおきたい衝動に駆られる。しかし激しい葛藤の末、やはり理性が優勢に立つ。そして、時也は自分に言い聞かせる。もう少し我慢だ、あと少し……今夜を乗り切れば……焦ってはいけない、彼女を驚かせてはいけない……2時間は、一部の者にとっては試練だったが、凛にとっては貴重な視聴覚の宴だった。終演後も余韻に浸っているくらいだ。「……さっきの『クロアチア狂詩曲』は気づいた?ロックの要素を加えてたのよ!意外とロマンチックで生き生きしてて、特に中間の変奏が最高に驚きだったわ!良かったでしょ?」時也は少し上の空だ。「……うん?そうか、確かに良かったね」凛は自分の世界に没頭して、男の異変に気づかなかった。音楽ホールを出て、街灯が灯り、ネオンの光が地面を染めるまで、彼女はすっかり日が暮れたことにも気づかなかった。未読の論文と、明日実験室で食べる弁当の準備を思い出し、凛は帰ろうと思っている。しかし口に出す前に、時也が急に言った。「行きたい場所があって、一緒に行ってくれない?」「……え?」「ダメかな?」男の黒い瞳には、驚くほど鮮やかな光が揺れている。凛は少し戸惑ったが、結局行くことになった。でも……「9時までには帰るわ」時也はうなずいて言った。「いいよ」……凛は自分の車に乗り、時也の後について郊外へ向かう。山道を通ると、二人はある山頂に到着する。「凛、見て――」風の強い場所で立ち止まり、凛がダウンジャケットをしっかりまとっていると、時也が不意に口を開く。彼女が顔を上げて、彼の指さす方向を見ると――今この瞬間、足元には無数の明かりが瞬き、ちりばめられた星々のようにきらめき、まるで天の川が地上に降り注いだかのように、大地に広がっている。「きれい……」凛は呟き、思わず見惚れる。「気に入った?」時也の声が風と共に聞こえてくる。彼女は頷き、思わず感嘆した。「帝都にこんな場所があったなんて知らなかったわ」次の瞬間、時也が車から花束を取り出し、笑いながら彼女に向かって歩いてくる。「
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第0718話

「その通り、自然には天然の青バラは存在しない。だからこそ、それは叶わぬ希望や不可能な任務を意味するんだ……」時也は凛を見つめ、ゆっくりと口を開く。「でも、お前が今持っているこの花束を、もう一度よく見てみて……」「……あれ?天然の青バラ?!染色していないの?!」凛は驚いて顔を上げ、彼の表情に答えを探そうとする。男の口元に浮かんだわずかな微笑みを見た時、彼女は自分の推測が正しかったと悟る。凛は少し驚いた。「どうやってできたの?!」「『ACSSyntheticBiology』誌に最近掲載された論文『青バラ栽培のための非リボソームペプチド合成酵素のクローニングと発現』の筆頭著者は、T大学薬学部の国際ポスドク、アンカナハリ・ナンガワだ。まずは二重プラスミドを構築し、このプラスミドにはインディゴブルー合成に関与する2つの細菌遺伝子が含まれている。次にこのプラスミドをアグロバクテリウムに導入し、そ、そして……」ここまで話して、時也は少し止まっていた。まるで暗記していながら、急に詰まったようだ。必死に思い出そうとしても駄目のようだ。「ぷっ――」凛は思わず笑い出す。「まさか論文を暗記してたの?」時也の顔に珍しく困惑の色が浮かんだ。「ゴホン!悪い、専門家じゃないから、丸暗記でも覚えきれなくて……」凛が代わりに続ける。「その次は、アグロバクテリウムを白バラの花びらに注入するんでしょ?おそらく、植物ホルモンであるアセトシリンゴンの誘導で、アグロバクテリウムが遺伝子をバラの花びらの細胞ゲノムに転移させ、バラ細胞が紺色の酵素を合成できるようになる」「そうそうそう!まさにその酵素を合成するんだ!この論文を読んだことあるのか?」「読んだことはなかったよ。でも先に話した内容で、その後のやり方は十分推測できるわ」時也は舌打ちをする。「さすが」「この花……高かったんじゃない?」「お前に贈るんだ。高かろうが問題ない」「ありがとう。でももう遅いから、そろそろ帰ろ……」「凛」時也はいきなり真剣な表情になった。「この青いバラを見て。本来は存在せず、実現できないものだった。でも今、お前の手に確かに握られている。だからこそ、これは奇跡なんだ」「自然に存在しない青バラが育てられるなら、人への感情も少しずつ育てていけるんじゃない?」凛の胸が
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第0719話

凛が振り返ると、男の深い眼差しとばっちり合い、胸が一瞬高鳴ると、無意識に逃げ出したくなる。凛が事件に巻き込まれたあの夜、彼女を家まで送り、陽一と並んで階段を上る後ろ姿を見た時、時也はもう我慢できなくなっていた。彼は自分が我慢強い人間ではないと自覚している。しかし凛のためなら、六年も待った。彼女が海斗と別れるのを待ち、さらに一年をかけて、ようやく二人の関係を友人同士のレベルに保っていた。だが、永遠に友人だけでいるわけにはいかない。あの夜、彼は気づいた。待ち続ければ、同じ過ちを繰り返すだけだと。それならいっそ……一か八か告ってやろうか!今日の告白のために、時也は長い間準備を重ねてきた。もう黙って待ち続けて、見守る位置にいたくないのだ。彼は堂々と彼女の傍に立ち、彼女を抱きしめ、思う存分キスをする立場にいたい。彼女が欲しい!――これだけは揺るぎない目的だ!花火が散り、全てが静寂に包まれた時、空気にはまだ華やかな余韻と火薬の匂いが漂っている。時也は彼女を真っ直ぐ見つめて言った。「凛、お前がす――」不意に鳴り響いた着信音が、最高潮に盛り上がった雰囲気をぶち壊してしまう。その瞬間、場の空気が張りつめる。時也は眉をひそめ、電話を切ろうとスマホを取り出したが、画面に「おばあちゃん」と表示されたのを見て、急に手が止まる。祖母が自ら電話をかけてくることは滅多にない。本当に重要な用事がある時だけだ。前にこんな時間に電話があった時、祖母はすでに呼吸困難で倒れ込み、気を失いそうな状態だった。時也は事態の深刻さを悟り、すぐさま電話に出た。「悪い、ちょっと電話に出る」凛はほっとしたように、張り詰めていた神経がふっと緩んだ。「いいよ、大事な用事だよね、まずは電話に出て」できればこの電話が長引いて、彼が今途中まで言いかけた言葉とその行動を忘れてくれるといいのだが……「もしもし、おばあちゃん、どうした?」「トキ、トキ!」祖母の泣き声と荒い息遣いが受話器から伝えてきて、言葉にもならない叫び声が聞こえる。彼の胸に冷たい塊が落ち、すぐに緊張が走った。「何があったんだ?!どこか具合が悪い?おじいちゃんはそばにいるのか?お手伝いさんは?!」時也の一連の問いかけに対して、電話の向こうからは、ただ低いすすり泣きと嗚咽が返っ
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第0720話

臨市って?時也は一瞬呆然としたが、深くは考えなかった。横目で凛をちらりと見ると、急いで電話の向こうに言った。「おじいちゃん、今とても重要な用事があるんだ。終わったらすぐ帰るから、おばあちゃんとまずは落ち着いて。医者の言う通り、おばあちゃんには悲しみも喜びも度を越すと良くないから」「じゃあお前のこと優先でいいよ。急がなくても。どうせ人はもう見つかったんだから。そういえばお前も知ってる人だよ」「……え?知ってる人って?」「そう、お前の叔母さんはな、今は雨宮敏子って名前で、『七日談』の作者なんだ!この前の書店で、彼女が二階でサイン会をやっていた時、俺たちはちょうど一階にいた。俺が悪いんだ。おばあちゃんが上に行ってみたいって言ったのに、俺が止めちゃって……それですれ違いになってしまったんだよ……」「それに凛って子も、あの子に会った時から何となく親近感を覚えたのは、血縁の繋がりがあったからなのか……神様からの報いというものだな、結局見つけ出せたんだ……」「トキ?トキ?聞いてる?」久雄が電話の向こうで話し続ける中、時也の耳は轟音に包まれ、脳はフリーズしている。その後何を言われたか、全く聞こえていなかった。「叔母さんが『七日談』の作者だ」という言葉だけが脳裏をぐるぐる巡っている。凛の母親が行方不明だった叔母だと?彼は空を見上げ、一瞬目が虚ろになる。そして――「瀬戸社長、大丈夫?」凛の訝しげな声が聞こえる。電話はとっくに切れていたのに、彼は硬直したままスマホを握る姿で、途方に暮れた表情は迷子の子供のようだ。「……瀬戸時也さん?どうしたの?」凛には電話の内容がわからなかったが、男の豹変した顔色に背筋が寒くなる。時也はゆっくりと顔を上げる。困惑、信じられない、自嘲……様々な感情が彼の目に交錯している。凛はこんな時也を見たことがなかった。「何かあったの?」彼女は心配そうに再び尋ねる。しかし男はのろのろと手を上げ、力なく軽く振る。まるですべての力を失ったように、顔も恐ろしいほど青ざめている。「……何でもない……」「凛……俺にはまだ用事があるから、先に帰る……」「ごめん……家まで送れなくて……本当にごめん……」凛は、彼が魂が抜けたように車に乗り込み、DレンジをRレンジに間違えて入れ、慌てて直すのを
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