「大奥様……」中井は一瞬、動きを止めた。冬城おばあさんは何よりも面子を重んじてきた人だ。これまでこんな屈辱を受けたことなど、一度もない。もし彼女がこのトラクターに乗って帰ることになれば――それは、いっそ命を奪われるよりも屈辱的なことだった。なのに、彼女は同意したのだ。「もういい。反対したってどうにもならないでしょう……まさか、本当に歩いて帰るつもり?」冬城おばあさんの表情は見るに堪えなかった。この猛暑のなか、ハイヒールで2キロも歩けというのか。それはまさしく命に関わる。どれほど不本意であろうとも、いまはもう、選択肢がなかった。それを悟った中井は、しぶしぶ頭を下げた。「……かしこまりました、大奥様」伊藤がトラクターを二人に渡そうとしたその時、幸江が彼に目配せをした。その合図を受けた伊藤は、動きを止め、ゆっくりと後ろに下がる。「……何のつもり?」冬城おばあさんは険しい声で言った。「いえ、大したことではない。ただ、私と冬城おばあさんには何のご縁もないよね。そんな私物を持って行かれるとなると……多少は対価をいただかないと、筋が通らないかと」「はぁ?このおんぼろトラクターに、金を払えっての?」冬城おばあさんの顔は、みるみるうちに黒く険しくなった。「大奥様、それはご理解が違うわ。この車があれば、炎天下を歩かずに済む。そう思えば、お金を払うのも当然では?」「あなた……」冬城おばあさんはついに我慢の限界を超え、手を振り上げて幸江に平手打ちを食らわせようとした。だが、幸江は若い。ひらりと身を引き、その一撃を難なくかわす。「大奥様、これはもう値引き後の値段よ。20万円でいいの」「な、なにっ?20万円だと?」冬城おばあさんはその額に完全にキレた。「こんなボロに金を取るだけでも図々しいのに、20万円!?あなたたち……まったく!」「まあまあ、大奥様、冷静に。たったの20万円よ?2000万円を請求してるわけでもなし。ちなみにこのトラクター、新品なら1200万円はするし、万が一キズでもついたら、それこそ損失だわ……ね、20万円って、ちょうどいい額だと思いません?」そう言いながら、幸江は隣の伊藤に視線を向けた。「ねえ、智彦。私の言ってること、間違ってないでしょ?」「もちろんだ!」伊藤は言った。「俺だ
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