All Chapters of 離婚協議の後、妻は電撃再婚した: Chapter 1201 - Chapter 1210

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第1201話

真奈の言葉を聞いて、会議室の空気は一瞬にして重くなった。誰もが顔を見合わせ、沈黙が広がる。これが他の人間ならまだしも。あいにく立花だった。以前、立花グループが海城で開いたあの晩餐会のことが頭をよぎる。この中には参加していた株主も少なくなく、あの時の出来事は、ある意味、立花に弱みを握られているも同然だった。もしこの場で立花を怒らせ、当時の映像でもネットに流されたら――信用を失うどころの話ではない。社会的に終わるかもしれない。その時、冬城おばあさんが鼻で笑った。「真奈、頭がおかしくなったんじゃない?彼は洛城の人間よ。どこまで手が届くっていうの?それに、我々冬城グループはすでに石渕美桜を新しい社長に決定しているの。今さら乗り込んできて何のつもり?」「でも、決定しただけでしょ?皆さんが同意すれば、解任も可能ですよね?」そう言いながら真奈が視線を向けると、周囲の株主たちは押し黙ったまま、目を逸らしたり、曖昧に頷いたりするだけだった。その様子を見て、冬城おばあさんはかえって笑い出した。「真奈、本当に狂ったの?我々がすでに美桜を社長に決めたのに、なんで解任されるのよ?たとえ立花が司の45%の株を持っていたとしても、それがどうしたの?過半数を超えていなければ、冬城グループの社長を解任する権限なんてないのよ!」「大奥様、そんなに早く否定なさらなくてもいいのでは?確かに立花社長は45%の株をお持ちですが、私たちは他の株主のご意見も伺っております。他の方々が賛成してくだされば、石渕さんの解任も自然な流れになると思いませんか?」「馬鹿なことを言わないで!我が冬城グループの人間が、あなたの言うことなど聞くものか!」冬城おばあさんは、冬城グループの激動の歴史をくぐり抜け、これらの株主たちと長年築いてきた強固な信頼関係を誇っていた。どの株主も、真奈ごときに翻意させられるはずがない――彼女はそう信じて疑わなかった。だが、その予想はあっさり裏切られる。真奈はゆっくりと、ある株主の背後に歩み寄ると、静かに口を開いた。「柴田(しばた)理事、立花社長がお尋ねです。石渕社長の解任について、あなたは賛成されますか?それとも、反対ですか?」柴田は一瞬で顔色を変え、ごくりと唾を飲み込んだ。真奈の放つ圧力に押されるように、ついに口を開いた。「……賛、賛成……賛成で
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第1202話

「石渕社長には及ばないわ。あの時、あなたが契約書を私に渡してくださらなければ、今日のような展開にはなっていなかったはずよ」「なっ……?!」真奈のその一言を聞いた冬城おばあさんは、即座に隣に座る美桜に顔を向け、激しい口調で言い放った。「あなたが司の株式譲渡契約書を真奈に渡したの!?なんてこと!この愚か者!」怒りに任せて手を上げようとしたその瞬間、会議室のドアが開き、高島が素早く入ってきて、冬城おばあさんの腕を制した。美桜はゆっくりと冬城おばあさんを見下ろしながら、冷たく言い放つ。「大奥様、今の私の手には冬城グループの10%の株式があります。ここで私に手を出すというなら、その結果も覚悟していただかないと」「裏切り者め!もし私がその10%の株式を譲渡していなかったら、あなたに冬城グループの会議室に立つ資格なんてなかったはずよ!この卑怯者!恩を仇で返すとは!」美桜は少しも動じることなく、冷え冷えとした声で言った。「高島、大奥様をお連れして。冬城グループに彼女の席はもうないわ。冬城家で静かに残りの人生を送らせてあげて。これ以上、表を出歩かせないように」「……承知しました」高島は冬城おばあさんの腕をぐいと掴み、そのまま会議室の外へと連れ出した。美桜は、今度は真奈に視線を向け、冷静な口調で言った。「瀬川さん、見事な一手だったわ。たった一言で、45%の株式を他人に譲るなんてことを簡単にやってのけるなんて……今回は、私の負けね。でもあまり喜ばないことね。立花だって決して善人じゃない。人を信じすぎるのは、あなたにとって良い結果をもたらさないわよ」そう言い残して、美桜は踵を返して会議室を出ようとした。だが、その進路に唐橋龍太郎が立ちはだかった。一瞬立ち止まった彼女の前に、真奈が一歩踏み出して言った。「石渕社長、まだお話ししていないことがあるでしょう?」真奈は微笑んだ。その笑みに不穏さを感じたのか、美桜は眉をひそめた。すると、真奈はすっと顔を近づけ、彼女の耳元でそっと囁いた。「……唐橋の情報、送り先は――高島でしょ?」美桜は真奈を一瞥し、冷ややかに言った。「瀬川さん、何のことかしら?どんな情報の話?唐橋って誰のこと?聞いたこともないわ」「石渕社長が洛城にいらした夜、株式契約書を手に入れても、必ずしも良いこととは限らないって言ったよね。
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第1203話

「……ありません」中井は内心に不満を抱えつつも、従うしかなかった。すでに株主たちは満場一致で石渕美桜の解任に同意しており、冬城グループは、このまま立花の手に渡るだろう。「それならいいわ」真奈は唐橋龍太郎の方を振り返り、軽く声をかけた。「行きましょう。伊藤がまだ下で待ってるわ」「かしこまりました」唐橋龍太郎はそのまま真奈の後に続いた。彼は内心、少なからず驚いていた。まさか真奈に、ここまでの手腕があるとは。たった数言で株主たちを言いくるめ、意見をひっくり返してしまうとは……そして今、この冬城グループは、こうして立花のものになった。階下では、伊藤が車の中であくびを噛み殺していた。真奈と唐橋龍太郎の姿を目にすると、窓を開けて軽口を叩いた。「おいおい、遅いぞ。もう全部片付いたのか?」「ええ、解決したと言っていいでしょうね」「さすが真奈、この一戦は本当に見事だった!」「ええ、綺麗に片付いただけじゃなく、唐橋家で龍太郎くんを脅した人物が誰なのか――それも、はっきりと突き止めたわ」その言葉に、唐橋龍太郎はすぐさま隣の真奈を見た。気づいていたのか?そんなはずない!「瀬川さん、今おっしゃったのは……誰のことですか?」唐橋龍太郎の問いかけに、真奈は落ち着いた口調で答えた。「背後にいる人物までは分からないけど、あなたに動くよう指示したのが高島だったことは、ほぼ間違いないわ」真奈がすでに高島の関与まで掴んでいると知り、唐橋龍太郎の表情がわずかに曇る。「どうしたの?もしかして、私の言ってることが間違ってるとでも?」「いいえ」「その顔……まるで背後にいる人物が誰か、あなたは知っているみたい。もしかして、私たちにまだ何か隠していることがあるんじゃない?」真奈の追及に、唐橋龍太郎はすぐにうつむき、小さく答えた。「瀬川さん……本当に、知りません」「もういいって、真奈。この子をあんまり脅さないでやってよ。未成年なんだぜ?何を知ってるっていうのさ。それにさっきだって、わざわざ相手を裏切ってお前を助けたんだ。あんまり疑いすぎるなよ」真奈は頷いて言った。「そうね、すでに試したはずなのに、どうしてまだあなたが何か隠している気がするのかしら?」「瀬川さん、僕は……何も隠していません。信じてもらえないのなら、あなたの
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第1204話

「荷物をまとめろ。海城へ出発する準備だ」「今すぐですか?」馬場は一瞬ためらいながら言った。「ですが……洛城はどうするんです?」洛城には内通者が潜んでいる。このタイミングで立花が席を外せば、立花グループに少なからず影響が出るだろう。もし背後にいる人物がその隙を狙って動いたら……まさに絶好のチャンスを与えることになる。「数日だけなら問題ない。新任の冬城グループ社長が、就任後に一度も社に顔を出さないなんて――それこそ不格好だろう」そう言いながら、立花はネクタイを整え、姿勢を正した。ようやく手に入れた海城での黒澤と対抗できる勢力だ。黒澤の面前で威張り散らすこの機会を逃すわけにはいかない。その様子を見ていた馬場がうなずいた。「では、すぐに航空券の手配を」「そうだ、海城の記者たちに空港へ迎えに来させろ。俺が冬城グループの新たな社長として就任したこと、黒澤と対抗できる存在の一人であることを――海城中に知らしめるんだ」「……かしこまりました」馬場には、ボスが何をそんなに得意げになっているのか、いまひとつ理解ができなかった。だってこの冬城グループの社長の座は、どう見ても真奈から金で買ったものだ。なのに、ボスは彼女にいくら支払ったのか、その話には一切触れようとしない。そんなことで、よく胸を張れるものだ。――その頃、海城。真奈と伊藤が佐藤邸へ戻ると、屋敷の居間では黒澤と幸江が生け捕りにした数人が、床に押さえつけられていた。幸江はそのうちの一人の肩にハイヒールのかかとをぐっと乗せ、鋭い声で問い詰めていた。「いったい誰の指示で人を殺しに来たの?さあ、吐きなさい!」「ほ、本当に知らないんです……」言い訳する男の顔は腫れあがり、殴られた痕が青く浮かんでいる。どう見ても、彼らはすでに幸江と黒澤にたっぷりと痛めつけられていた。「知らなかった?ならもっと叩いてやるわよ……」そう言って幸江が手を振り上げた瞬間――「美琴さん!それ以上やったら殺しになっちゃうよ!」真奈の制止の声が響いた。相手の男は、もはや泣き出しそうな顔で床にうずくまっていた。真奈が前に出ようとすると、幸江は怒りを抑えきれない様子でまくし立てた。「真奈、わからないでしょ、こいつらがどれだけふざけた連中か!私と遼介で朝からずっと尋問してるのよ。言うには『金で雇われた
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第1205話

「そんな簡単に人を逃がすなんて、本当にお人好しだな!」伊藤は去っていく連中の背中を見送りながら、思わず首を振った。真奈は答える。「みんな雇われた人間よ。金をもらって仕事をしただけ。あなたたちに殴られて、任務も失敗して、報酬ももらえず、ボロボロになって……そんなの、引き留めても意味ないでしょ?それともあなたが病院に送ってあげる?」「……筋は通ってるな。俺は送らないけど!」真奈は黒澤の方に目を向け、柔らかく問いかけた。「怪我はない?」「大丈夫だ」黒澤はわざと両腕を広げて、真奈によく見えるようにしながら、余裕たっぷりに言った。「あいつらごとき、俺に傷をつけられるわけがない」それを見た伊藤は、ふざけたような調子で隣にいた美琴をじっと見て、真似して言った。「俺にも見せて、怪我してない?」「あなたが怪我する前に、私がやられるわけないでしょ。あんなチンピラども、私の前じゃ準備運動にもならないわ」「……さすが我らが美琴、強すぎる!」「もちろんよ!」そこへ、青山が外から入ってきて、真奈に向かって告げた。「瀬川さん、中井さんが来られました」その青山の背後から、中井が姿を現す。「瀬川さん」「どうしたの?」冬城グループを出たばかりなのに、すぐに追って来たということは。たぶんろくな用事じゃないだろう。中井は言った。「大奥様が、瀬川さんに冬城家までお越しいただきたいと」それを聞いた幸江が、真奈の前に立ちふさがり、強い口調で言った。「行かない!あの冬城のババアの都合で会う必要なんてないわ!何様のつもり?今の真奈は黒澤家のお嫁さんなんだから、行かないって決めたら行かないのよ!」「そうだよ、行かん」伊藤も幸江の横に並び、声を張った。「どうせあのババアはまたろくでもないことを企んでるさ。今回は真奈が、お気に入りだった冬城グループの社長を解職したんだろ?だったらきっと、何か嫌がらせでも考えてるに違いない!」真奈は笑みを浮かべながら尋ねた。「何の用があって、大奥様はさっき言わずに、あとからわざわざ私に会いたがるの?」「大奥様は、瀬川さんに預けた箱がまだ残っているとおっしゃっていました。人の物をもらった以上、今回は穏やかにお話ししたいと」冬城おばあさんが真奈に預けた箱の話になると、一同は顔を見合わせた。かつて洛城で祝
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第1206話

「中井さん、どうぞ」青山はすでに中井を促しており、中井もついに折れるしかなかった。「わかりました。大奥様と掛け合ってみます。瀬川さんと黒澤さん、ご同行願います」同じ頃、冬城家の中では。「何ですって?黒澤も来るですって?」冬城おばあさんが電話を取った瞬間、顔色がみるみるうちに険しくなった。かつてから黒澤はことごとく冬城家の邪魔をしてきた。あのバツイチの真奈を嫁にもらい、家の名に泥を塗られたのだ。冬城家が世間の笑いものになったのは、他でもない黒澤のせい。そんな男を、どうして自分の家に入れなければならない?「大奥様、どうか今はご辛抱を」黒澤を門前払いにすれば、真奈との話し合いも水の泡になる。その言葉に、冬城おばあさんは苦々しくも息を飲み、やがて低く呟いた。「……いいでしょう、真奈の勝ちだわ。通してあげなさい!」そう言い残し、冬城おばあさんは電話をぷつりと切った。冬城グループを再び冬城家の手に取り戻せるのなら――多少の屈辱など、何でもない。「大奥様……」大垣がそっと近づき、茶を一杯差し出した。「どうかお怒りをお鎮めください。奥……瀬川さんが戻ってくるだけでも、良い兆しではありませんか。会社を他人の手に渡すわけにはいきません」「美桜なんかに……冬城グループの株を一割も持ち逃げされたってのに!言うことを聞かないのは大して重要でもないが、あの時に孫をもっと増やしておけばよかった……そうすれば、こんなざまにはならなかった!」冬城おばあさんの怒りは募るばかりだった。今日一日で、真奈に美桜を追い出され、冬城グループの株までも失った。踏んだり蹴ったりとはこのことだ。大垣はそっと言った。「もし、あの時……瀬川さんが社長と離婚していなければ……」「まさか、あのふしだらな女にまた冬城の嫁を名乗らせろとでも言うの!?冗談じゃない!」冬城おばあさんは怒りを抑えきれずにいたが、同時に、今の真奈がもはや昔のように言いなりになる女ではないことも、よくわかっていた。あの45%の株を吐き出させるのは、かなり難しいだろう。その頃、中井は真奈と黒澤を伴い、冬城家本邸へと到着した。久しぶりに足を踏み入れる冬城家本邸は、まるで過去と現在が断絶しているかのような、そんな錯覚を覚える場所だった。真奈は思い出していた。かつて冬城と結婚
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第1207話

それを聞いて、真奈は笑った。「大奥様、何をおっしゃっているの?宝物の箱はもういらないわ。全部あげる」冬城おばあさんは言う。「でも、その45%の株は、必ず返してもらうからね」「大奥様、状況を把握されていないのでは?」真奈は続ける。「冬城グループの45%の株式は、あなたの100箱分の価値があるよ。たった一箱の宝物で交換しようというの?少し欲張りすぎじゃない?」「なっ……」冬城おばあさんも、あの箱の中身が真奈の株に到底及ばないことはわかっていた。だが、それが自分に出せる精一杯だった。「真奈、あなたもわかっているでしょう?この株はうちの司があなたに渡したものよ。それをこんなふうに扱って、司に申し訳が立つと思っているの?」そう言いながら、冬城おばあさんは黒澤に目をやった。黒澤がちらりと冬城おばあさんを一瞥しただけで、その冷ややかな視線に耐えきれず、冬城おばあさんはすぐに目を逸らした。それでも無理に理屈をつけて言葉を継いだ。「真奈、あなたもよくわかっているでしょう?この株は、あなたが苦労もせずに手に入れたもので、一銭も払っていない。うちの司が自らあなたに譲ったのよ。私はいま、一箱分の宝石を差し出しているのだから、そろそろ満足してもいい頃じゃない?何事も、あまりにやり過ぎるのはどうかと思うわ」「私からも一言申し上げたいのだけど、その株は、お孫さんが自分の意志で私にくれたの。無理やり奪ったわけではないわ」真奈は言った。「もし大奥様がその件でお呼びしたのなら、これ以上お話しする必要はないと思う。あの一箱のガラクタも、もう十分長く手元に置いていた。大奥様がどうしてもお手元に戻したいのなら、正当な金額をお支払いいただければ、私は喜んでお返しするわ」「なんだと……」冬城おばあさんの顔は、すっかり険しく強張っていた。冬城がいない今の状況では、彼女の手元に、真奈に質入れしたあの一箱の品々を買い戻すだけの資金などなかった。ましてや、冬城おばあさんが持っていた会社の株式も、すでに美桜の手に渡ってしまっていたのだ。冬城おばあさんは言った。「それならあなたが条件を出しなさい。どうすれば、あの45%の株式を返してくれるというの?」「解決策がないわけじゃないけど」真奈は微笑みながら答えた。「もし大奥様が、あの箱の宝石に加えて、ご自身の秘蔵
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第1208話

その言葉を聞いて、黒澤は眉をひそめた。「大奥様、それはどうもありがとう」真奈は黒澤の腕にそっと手を添え、静かに言った。「私はすでに夫を持つ身よ。いまさら冬城家の嫁になりたいなんて、思うはずがないでしょう?以前、冬城と復縁したときも、私は冬城グループの顔を立ててあげたつもりだった。そんなことが二度もあると思わないでね」冬城おばあさんは怒りで身動きもできず、ただ真奈を指さして「なんだと……」と繰り返すだけだった。真奈は言った。「大奥様、どうぞよくお考えになってから中井をお寄越して。10%の株、猶予は一日。欲しくないのなら……もう二度とその機会は訪れないわ」そう言い終えると、真奈は黒澤の腕を組んで、ゆっくりと扉の方へと歩き出した。背後から、冬城おばあさんの怒鳴り声が響いた。「真奈!こんなことをして、司に顔向けできるのか!」真奈の足が止まった。彼女は冷たく言った。「私は最初から最後まで、彼に対して何ひとつ恥じることはしていなかった。冬城家に借りなどないわ」「あなた……」冬城おばあさんはその場でふらりとよろめき、ついに気を失った。中井が慌てて駆け寄り、声を上げる。「大奥様!早く!医者を呼んで!」メイドたちが部屋の中を慌ただしく動き回った。そんな騒ぎを背に、真奈と黒澤はそろって冬城家の門をあとにした。かつて冬城家の本家は、真奈にとって手の届かない世界だった。彼女はずっと冬城に認められたいと願い、本家の敷居をまたぐことを夢見ていたのだ。しかし今の真奈は、もはや何にも縛られることはなかった――黒澤以外には。真奈は黒澤の手をぎゅっと握りしめながら言った。「こんな場所、二度と来たくない」「まったく……なんて欲深い狐なんだ」黒澤はそう言って、真奈の鼻先を軽くつついた。「さっき要求したのは、あのババアのほぼ全財産だぞ?」「でもあの宝石たち、売ろうとしたって目利きが現れるとは限らないでしょ?私が今ぜんぶ引き取って、家宝として残すつもり。それで十分じゃない?」真奈は続けた。「それに、あの指輪はまだ私たちの手元にあるわ。冬城おばあさんのところに、同じような指輪がもう一つ残っていないか、確かめてみたいの。もし本当にあるなら、あの宝石たちの間に、なにかしらのつながりがあるかもしれない」「やっぱり、うちの奥さんが一番賢い。値段の駆け引
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第1209話

佐藤邸の中、伊藤と幸江の二人が、大きな箱を抱えて階下へと降りてきた。幸江は疲れたように腰に手を当てて言った。「ほんと、このおばあさんって物をため込むのが得意よね。なに入ってるのよ、こんなに重いなんて!」「前に中身は見たじゃない。ぜんぶ宝石とかアクセサリーだっただろ?ああ、あと五十キロ分の金塊もね」「……」幸江は口を尖らせて言った。「どれだけすごいかと思ったら、たった五十キロじゃない」「たった?それでも4億だぞ?」そう言いながら、伊藤は箱のふたを開けた。前回、真奈たちはすでにこの箱の中身を一通り見ていた。ただそのときは詳しく調べなかったため、あのサファイアの指輪と同じものには気づかなかった。今回は、この大量の宝石の中から色味が似たものを探し出す――まさに大仕事だった。「でもまあ、このおばあさんの品はなかなかのものよ。見た感じ、少なくとも数十年は経ってるわね」「もしかして嫁入り道具だったりして?嫁入り道具なら、めちゃくちゃ価値あるよ!」その一言で、幸江の目がぱっと輝いた。真奈は言った。「詳しくは知らないけど、とにかく40億の価値はあるはずよ」「これこれ、このネックレス、どう思う?一千万円はするわよね?」幸江はネックレスを手に取り、そのまま首にかけてみせた。伊藤は真剣な顔で頷いた。「似合ってる!」「気に入ったら持ってっていいよ、あげる」真奈はあっさりと言ったが、幸江は少し戸惑いながら首をかしげた。「でも……この箱の中のものって、担保じゃなかった?あのおばあさん、もう要らないってこと?」「要らないって」「え、それって……どうして分かるの?本人がそう言ったの?」「冬城家の株を取り戻すために、彼女はきっとこれを手放すわ。間違いない」それを聞いた伊藤は目を瞬かせ、眉をひそめた。「ちょっと待って、どういうこと?何が起きてるんだ?」その横で、黒澤が静かに口を開いた。「真奈は、あのババアが持っている全ての宝石と、この箱にある装飾品一式を、冬城家の株の10%と引き換えに手に入れるつもりなんだ」伊藤は驚いて言った。「マジかよ!あのババアが本当に同意するのか?」「きっと同意するわ」真奈はきっぱりと言った。「冬城おばあさんは、冬城家のために人生のほとんどを捧げてきた人。何よりも冬城家そのものを重んじてる
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第1210話

「もう見つからない」黒澤の一言に、真奈はしばらく黙り込んだ。だがすぐに言った。「あなたがこの指輪をくれたのは……お義母様が似たものをつけていたからなのね」「そうだ。あれは我が黒澤家の家宝で、父が母に贈ったものだった。俺はまだその指輪自体は見つけられていないが、同じ宝石を見つけた。俺の中で、お前には最高のものを贈りたかったんだ」そう言いながら、黒澤はそっと真奈の手を握った。真奈はその手を感じながら、ふわりと腕を黒澤の首に回した。「……わかってる。あなたの中で、私はきっと一番大事な存在なんでしょ?」その頃、階上では――伊藤と幸江が人を呼び、検査機器を階下へと運ばせていた。幸江が勢いよく言う。「やらせて!宝石のことなら、私が一番詳しいんだから!」そう言って、幸江は一つひとつの宝石を丁寧に検出器にセットした。機械が静かに数値を弾き出す。三つの宝石の純度、色合い、そして含有成分。そのすべてが――ほぼ完全に一致していた。計測データによれば、これらは一つの大きな宝石から切り分けられたものであると判明した。「ほんとに……同じ宝石から切り出されたんだ……!すごっ、ドラマよりありえない展開じゃん!」伊藤は、まるで新大陸でも発見したかのように目を輝かせた。真奈と幸江も身を乗り出して覗き込み、確かにすべての数値が完全に一致していることを確認した。幸江が言った。「気味が悪いわ、こんな偶然があるなんて?」その時、佐藤茂がエレベーターから出てきた。幸江が怪訝な表情で問いかける。「佐藤さん、どうしてこちらに?」「見せてくれ」佐藤茂が手を差し出すと、真奈は三つの宝石をそっと彼の掌に乗せた。幸江が横から説明を加える。「この三つの指輪は全部、同じ一つの宝石から切り出されたもの。それとこれが、弟さんが真奈に贈ったもの」「分かってる」佐藤茂は、手のひらの宝石をじっと見つめたあと、それらを丁寧に真奈へ返した。そして静かに言う。「一つ目は黒澤が海外のオークションで落札した指輪。二つ目は冬城家に伝わる指輪。三つ目は……私が泰一に渡した、佐藤家の家宝だ」それを聞いて、幸江と伊藤は顔を見合わせた。「佐藤さん、こんなに貴重な宝石なら、私がもらうわけにはいけないわ」真奈が宝石を返そうとした瞬間、佐藤茂が静かに口を開いた。「その宝石はす
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