All Chapters of 離婚協議の後、妻は電撃再婚した: Chapter 1181 - Chapter 1190

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第1181話

その時、立花家の中。「兄さん!今日どれだけ怖かったか、兄さんには絶対に想像できないでしょ!あいつら、本気で私たちの命を狙ってきたのよ!何人も行方不明になってるし……早くパパに言って、全員捕まえてもらってよ!」福本陽子は福本英明の腕を掴んで泣きついた。福本英明はというと、福本陽子に引っぱられてすっかり頭がぼんやりしていた。深夜、眠りの最中からたたき起こされた時点でかなりまいっていたが、それ以上にこたえたのは、福本陽子が耳元でまくしたてる内容があまりに支離滅裂で、何が起こったのかまるで把握できなかったことだった。「兄さん!お願い!お願いってば!」福本陽子が彼の腕を揺さぶると、福本英明はたまらず声を上げた。「ストップ!ちょっと待て!」完全に目が覚めた福本英明は、ため息まじりに言った。「なあ、お姫様。せめてそのあいつらが誰なのか教えてくれないか?」さっきからずっとあいつら・あの人たちばかりで、もう三十分も聞いてるのに、いったい誰の話なのかさっぱりだ。福本陽子は言った。「首謀者は綾香よ!」「彼女はどうなったんだ?」「……死んだわ」「じゃあ他の連中は?」「分からない」福本英明はソファにばたりと倒れ込んだ。「兄さん!」「俺は神様じゃないんだっての!黒澤や立花でも見つけられないような連中を、俺が見つけられるわけがないだろ!」妹の期待が高すぎるにもほどがある。たとえ福本信広が生きていたとしても、あの連中の正体まではわからなかったに違いない。二階では、立花が寝室から姿を現した。彼は冷えた表情で言い放つ。「話したいなら部屋でやれ。俺の睡眠を邪魔するな」「戻ってきたばかりじゃない?もう眠いの?」今夜の出来事があまりに衝撃的だったせいで、福本陽子はまったく眠れる気がしなかった。そういえば、以前は立花が夜に眠っているところなんて一度も見たことがなかった気がする。「余計なお世話だ」立花は言った。「これ以上うるさくするなら、お前の口、縫い付けるぞ」そう言い捨てると、立花は踵を返して部屋へと戻っていった。福本英明は今、心の底から立花に感謝していた。一刻も早く寝たい気持ちでいっぱいの彼は、福本陽子の手の甲をとんとんと叩きながら、諭すように言った。「陽子、今日は怖い思いをしたんだろ。話は明日にしよう。明日
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第1182話

「遼介?」真奈はぼんやりと上体を起こし、壁にかけられた時計に目をやった。針はすでに十二時半を指していた。昨日はあまりにも疲れていたせいで、目が覚めたのはもうお昼。寝室のドアを開けて外へ出ると、一階のキッチンで黒澤が昼食の支度をしているのが見えた。他の人たちはまだ寝ているのか、家の中はひっそりとしていた。黒澤の姿を目にして、真奈は思わず笑みを浮かべた。「まだ傷も治ってないのに、そんなに急いでお昼ごはん作ってくれるの?」黒澤は土鍋を手に出てきて、静かに言った。「もう少し横になってろ。もう一品もすぐ出る」真奈は二階からゆっくりと降りてきて、そのまま勢いよく黒澤の胸に飛び込んだ。その瞬間、身体に残っていた疲れがふっと消えたような気がした。「遼介……すごく疲れたの。あとでお肉を追加してね」「わかった」黒澤は真奈の頭をぽんぽんと優しく撫でた。その時、部屋の奥から福本英明が飛び出してきた。「誰だ、ごはんをつくってるの!なんでこんなにいい匂いがするんだ!」福本英明は、一階で抱き合っている二人の姿を目にした瞬間、顔がぱっと赤くなり、きまり悪そうに天井を見上げて口笛を吹いた。「ええっと……キッチンの料理、ちょっと見てくる」「黒澤さん、料理なら僕に任せてください」部屋の隅で掃除をしていた唐橋龍太郎が姿を現したが、黒澤は彼に目もくれず、冷たく言い放った。「いい」そして真奈の方に視線を戻すと、その目元はまた穏やかな色を宿し、柔らかく声をかけた。「ソファで待ってて。すぐにできるから」「わかったわ」真奈はうなずき、ふと唐橋龍太郎の方へ視線を向けた。唐橋龍太郎はあいかわらず自分の役目を守って淡々と働いており、まるで昨夜の出来事など知らないかのようだった。真奈でさえ、自分の判断に迷い始めていた。目の前の、未成年のこの子は、本当に背後で糸を引いていた一人なのか。それとも、ただの取るに足らない小物なのか。「瀬川さん」外から戻ってきたのは馬場だった。一晩中動き回っていたのか、どこか疲れた様子で近づいてきて、こう言った。「瀬川さん、昨日の会場内では行方不明になった三人の令嬢は見つかりませんでした。それと、瀬川さんがおっしゃっていた仮面の人物も、確認できませんでした」「……じゃあ、松雪は?」「松雪……って誰ですか?」「昨日、私
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第1183話

「大変なことって?いったいどういうとこ?」福本英明がキッチンから顔を出したとき、まだ鶏のもも肉をくわえていた。福本陽子はスマホを握りしめ、今にも泣きそうな顔で叫んだ。「パパが電話に出ないのよ!」「……」福本英明は呆れたように白目をむきながら言った。「電話に出ないくらいで騒ぐなよ。あの親父、俺の電話なんて一回も出たことないぞ?」「私と兄さんを一緒にしないで!パパは私を一番可愛がってるのよ!今まで一度も電話に出なかったことなんてないの!」福本陽子は目に涙をためながら、焦っていた。真奈が口を挟んだ。「たまたま気づかなかっただけじゃないの?」「そんなわけないわ!パパはいつもスマホを手放さない人なのよ。昨夜電話に出なくても、普通なら朝にはかけ直してくるはず。でも今かけても、まったく出ないの!」「だったら家に電話してみればいいだろ」福本英明はさっさと自分のスマホを取り出して実家の固定電話にかけた。『プッ』という一度の呼び出し音だけで、すぐに相手が出た。「はい、こちら福本邸でございます」「もしもし、俺だ。父さんに代われ」「若様……本当に御本人で?」「当たり前だろ、偽物がいるかよ!さっさと父さんを出せ!」「若様……旦那様が……」電話口の声色に異変を感じ、福本英明も表情を引き締めた。「どうした?父さんがどうしたんだ?」「旦那様が……入院なさいました」その一言に、福本英明は慌てて問いただした。「どこの病院だ?何の病気だ?重症なのか?」「とても深刻で……医師の話では、あと二日ほどとのことです」それを聞いた瞬間、福本英明は叫ぶように言った。「わかった!今すぐ帰る!すぐにだ!」そう言って電話を切ると、福本陽子の腕をつかんで勢いよく階段を下りた。「兄さん、一体どうしたの?」福本陽子が訝しげに聞く。「父さんが入院した!急いで海外に戻るぞ、今すぐ航空券を取る!」「なっ……?!」一方、海外の福本家では――小春は電話を切ると、受話器のそばに立つ福本宏明をちらりと振り返り、小声で尋ねた。「旦那様、こんな言い方でよろしかったでしょうか……?」福本宏明は険しい表情のまま、低く言った。「次からは要点だけをはっきり言え。もっと感情を込めてだ」「はい、旦那様」小春は素直に返事しながらも、心の中ではそっと毒づ
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第1184話

福本宏明はそっと首を振った。瀬川家のあの娘は、確かに美しい。だが惜しむらくは、信広には縁がなかったのだ。一方その頃。福本陽子と福本英明は、ろくに事情も話さぬまま、慌ただしく空港へと向かっていた。真奈は福本宏明の病状に、どうにも引っかかるものを感じていた。前に会ったときには、まだ元気そのものだったはず。それなのに、どうして突然こんなことになったのだろう?「瀬川、食べるならちゃんと食べてくれ。箸でご飯ばっかり突いてないで、せっかくの飯が台無しになるだろ」向かいの席で、立花が眉をひそめた。真奈はようやく我に返り、茶碗の中のご飯に穴をいくつも開けていたことに気づいた。黒澤は黙々と真奈におかずをよそいながら、顔を上げることなく立花に言った。「自分の飯だけ食ってろ。余計な口出しすんな」「……」立花はむっとしたが、反論の言葉は出てこなかった。そのとき、馬場が外から駆け込んできた。「ボス、ゴールデンホテルの地下に、本当に通路がありました。その通路を辿っていくと、行き着いた先は……教会でした」「教会?」「工場の近くにある大きな教会で、昼間は神父がそこで説教をしているようです」「説教って何を?聖書か?」馬場は言った。「……それは、詳しくは分かりません」真奈が口を開いた。「昨日見たあの連中、みんな仮面をつけていて、雰囲気が異様だったわ。まるで……邪教みたいだった。儀式みたいな光景で、私たちは生贄のつもりだったのよ」真奈は心の中で、昨夜の光景を繰り返し思い返しながら続けた。「白井は、私を殺すために全財産を使ったって言ってた。あの金は、楠木達朗に渡ったんじゃなくて、背後にいる誰かに渡ってたんだと思う」立花は眉をひそめた。「全財産って……白井家にまだ金が残ってたのか?白井家の財産は、全部黒澤の手に渡ったはずだろ」黒澤は淡々と言った。「返してやった」立花は、思わず黒澤のことを「馬鹿か」と言いかけた。これだけの財産を――まさか、すべて返してしまったとは。だがすぐに、真奈の方へ視線を移し、立花はすべてを悟ったような顔をした。「……なるほどな。本気で瀬川を愛してるんだな。白井綾香に付きまとわれたくない、白井家に借りを作りたくない。それで財産をまるごと返したってわけか」それを聞いた真奈も驚いた。「あなた…
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第1185話

洛城、教会の外。立花は車の脇にもたれかかりながら、一本のタバコに火をつけた。その一本を吸い終える頃には、馬場が部下を連れて教会を封鎖していた。「何か見つかったか?」立花が問いかけると、馬場は部下に合図を送り、いくつかの箱を運ばせた。箱の中に入っていたのは、黒いマントに、ヨーロッパの演劇で使われそうな白い仮面が数枚。それ以外には何もなかった。立花は眉をひそめ、「これだけか?」と言った。「はい、これだけです」立花は静かに息を吐き、車内にいる真奈の方をちらりと見た。「これか?」真奈は立花の手にした仮面を見つめた。それは、昨夜の記憶にあった仮面とまったく同じだった。「……そう、それよ」「しまって、持っていけ」「立花社長、一網打尽にするほどの手際の良さはさすがね」「まあまあだな」「褒めてないわ」真奈は、朝早く立花に呼び出されたのは、てっきり何か重大な用件があるのかと思っていた。だが、実際はただの教会の封鎖だった。「立花社長は、今この教会を封鎖したら、次に奴らが集まる時どうやって捕まえるつもりなの?」真奈がそう尋ねると、立花はあっさりと言った。「ゴールデンホテルはすでにうちの人間が押さえた。あいつらがまたこの教会に来ると思うか?」「一理あるね。さすが立花社長、考えるときはちゃんと頭を使ってるね」「もちろんだ」「じゃあ、この教会を封鎖する意味がないでしょ?」その問いに対して、立花は少し眉をひそめた。「……スカッとするだろ」「……」真奈はなんとか見られる程度の笑みを浮かべた。「じゃあ、朝っぱらから私を呼び出したのは、スカッとさせるためだった?」「スカッとしないか?」「それなら立花社長にお礼を言うべきかしら?」「遠慮するな。人助けは俺の生き甲斐だ」「……」真奈はこめかみに手を当て、疲れたように目を閉じた。確かに、頭は悪くない。だが、賢いというほどでもない。「遼介の傷はもうほとんど治ったわ。ここでのことは、立花社長にお任せする。遼介がもうすぐ迎えに来るから、12時の飛行機で海城に戻る予定」真奈と黒澤が海城へ戻ると聞いて、立花はタバコの灰を弾こうとしていた手を止めた。数秒の沈黙の後、ようやくゆっくりと口を開く。「この厄介事を俺に丸投げしていくとは……さすが、抜かりのない計算
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第1186話

真奈が車から降りると、唐橋龍太郎もさっと動いて後部座席のドアを開けた。しばらくして、馬場が用事を済ませて戻ってきたが、すでに真奈の姿はなかった。「ボス、瀬川と黒澤は……もうそのまま行っちゃったんですか?」「他に何がある?昼飯までごちそうしろってか?俺があいつらに借りでもあるのかよ」立花は苛立ったように言い放つと、短く命じた。「出せ。家に戻るぞ」「承知しました、ボス」馬場は車に乗り込み、シートベルトを締めたあと、そっと銀行カードを差し出した。「ボス、こちら……今朝、瀬川から預かったものです。ボスに渡すようにと」立花はそのカードを手に取り、片眉を上げながらつぶやいた。「……なんだこれ?この数日の宿泊代か?」「えっと……たぶん、そうかと……」「少しは良心が残ってたか」ふっと、立花の口元にかすかな笑みが浮かぶ。だが、カードの中身を確認した次の瞬間――表示されたのは「153972円」その笑みは、すぐに消えた。本当に端数まできっちりだな!あの女、本当に少しでも損するのが嫌らしい。「唐橋家を調べさせろ。唐橋の親父を拘束しておけ」「ボス、瀬川はもう唐橋龍太郎を連れて海城へ向かっています。おとといの夜も唐橋には特に怪しい動きはありませんでしたし、今さら唐橋家を押さえる必要はあるんでしょうか?」「直感だが、唐橋家には問題がある」立花が洛城にいる間、唐橋家はずっと目立たずにいた。だが今回、突然視界に入ってきた――そう感じた瞬間、立花は確信した。洛城には、裏で糸を引く何者かがいる。特に――真奈が事件に巻き込まれたあの夜。唐橋家は、どうしてあのタイミングで自分に会おうと言ってきたのか?もしあの時、裏で糸を引く者を驚かせるのを恐れていなければ――とっくにあの老いぼれを捕まえて、白状させていたはずだ。馬場は立花の表情に一抹の不安が浮かぶのを見て、慎重に言った。「ボスがどうしても気になるなら、海城にいる者に唐橋龍太郎を監視させましょうか」「海城が誰の縄張りか分かってるだろ?俺がわざわざ手を出す必要あるか?知らない奴が見たら、俺が瀬川に気があると思われるじゃないか」立花はますます苛立ち、声を荒げた。「もういい、家に帰るぞ!海城がどうなろうと知ったこっちゃない!さっさと走れ、二度と瀬川の名前を俺の前で出すな!聞くだけでムカ
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第1187話

30分後、Mグループ社長室で――真奈は手元の帳簿に目を通しながら、驚いたように声を上げた。「赤字どころか、かなりの利益が出てる?伊藤、やるじゃない。本当に目を見張るわ」「……マジで?」幸江も顔を近づけ、帳簿にしっかりと記された利益の数字を見て感心したように言った。「きっと真奈が海城を離れてからの判断が良かったのよ。そうじゃなきゃ、こんなに儲かるわけないわ」「違うってば!」伊藤はすぐに否定した。「この利益は全部、佐藤さんのおかげなんだ。お前たちは知らないだろうけど、真奈がいなくなってから、石渕美桜が発狂したみたいにMグループを攻撃してきてさ。俺のちっぽけな力じゃとても対応できなかった。全部、佐藤さんが対応してくれたんだよ!」真奈は首を傾げながら尋ねた。「佐藤さんは、どうやって対応したの?」「さあな……色目でも使ったんじゃない?」「ばか言わないで!佐藤さんがあなたと同じだと思う?」幸江は伊藤の後頭部をぺしっと叩きながら言った。「少しは頭使いなさいよ。佐藤さんが商業的な手腕と人脈を使って石渕プロに対応したに決まってるでしょ。そうじゃなきゃ、美桜があんなに大人しくなるわけないじゃない」「ただの冗談じゃん!なんだよ、叩くことないだろ!」伊藤は少し拗ねたように唇をとがらせた。その会話を聞いていた真奈は、ふと口を開いた。「……この数日、佐藤さんはずっと佐藤邸にいたの?」伊藤はうなずいて言った。「そうだよ、あの人がどこに行くっていうのさ。生まれてこのかた、ほとんど家から出たことないんじゃないかな。今回はお前と遼介の結婚式のために、わざわざ洛城まで飛んできてくれたんだ。本当に顔を立ててくれたよ。いや〜佐藤さんって、ほんと義理堅いよな」伊藤はそこで言葉を切り、視線の端でドアのそばに立つ唐橋龍太郎を見つけると、指さして言った。「その前に説明してもらおうか?立花家で三日間過ごして、ちっこいボディガード連れて帰ってきたのはどういうこと?」そのボディガードは、端正な顔立ちをしていたが、どう見ても少し幼かった。伊藤は声をひそめて言った。「洛城じゃ誰も気にしないかもしれないけどさ……ここで未成年働かせたらアウトだよ?児童労働、違法だからな」「バカ言ってんじゃないの!」幸江がまたぺしっと伊藤の後頭部を叩く。「何言ってんのよ!真奈と遼介が
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第1188話

「じゃあ、うちの小さな雇員を一晩預かってくれない?明日迎えに来るから」「はいはい……え?!」伊藤はハッと我に返った。玄関に立ってる、あの年不相応に大人びたガキを、うちに連れて帰るって?伊藤はすぐに言い直した。「それはまずいだろ!だって……」スパイかもしれないんだぞ!?何かやらかされたらどうするんだよ!?真奈が言った。「だからこそ、常に側に置いておくのよ。伊藤が心配なら、佐藤邸に預けてもいいわ。佐藤さんなら、会ってすぐに最適な対応をしてくれるはず」幸江もこくりとうなずいて、しっかりとした口調で言った。「それもいいわね。お互い手間が省けるし」そう言うと、幸江は伊藤の肩をぽんと叩いた。「ぼーっとしてないで、仕事しなさい」「……」伊藤は不満げに口を尖らせた。どうせ自分のところに来る話は、ろくなもんじゃない……今度は未成年の世話まで押し付けられるのかよ……社長室の外で、唐橋龍太郎は真奈と黒澤が去ろうとするのを見て、すぐに後を追おうとした。そのとき、伊藤が背後から声を上げた。「おい!そこのお前、ちょっと待て」唐橋龍太郎は足を止め、伊藤を振り返って尋ねた。「伊藤社長、何か?」「今夜は彼らと一緒に帰らなくていい。こっちに来い」それを聞いて、唐橋龍太郎は眉をひそめた。幸江も続けて言った。「あなたは真奈が連れてきたんだから、私たちと一緒に佐藤邸に泊まりなさい」佐藤邸に泊まる――その一言に、唐橋龍太郎の眉間の皺はさらに深くなった。真奈が自分を佐藤邸に泊まらせるだって?警戒していないのか、それともわざと誘導しているのか?伊藤は、唐橋が一言も返さず黙ったままでいるのを見て、訝しげに声をかけた。「おい?聞こえてるのか?」「瀬川さんの指示に従います。瀬川さんが佐藤邸に泊まれと言うなら、そうします」「まあ、素直でいいじゃない」幸江は手招きしながら言った。「じゃあ、私たちと一緒に佐藤邸へ行きなさい。真奈があなたのことを思い出せば、そのとき勝手に会いに来るわ。それまでは、私たちのお世話でもしてればいいの。何はともあれ、佐藤邸は使用人部屋が一番多いし、環境も抜群。気に入るはずよ」唐橋龍太郎は何も言わなかった。噂によれば、佐藤邸には一級の警備が配備されているという。今夜は、その噂とやらがどれ
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第1189話

ついに、黒澤は背中の真奈をそっと降ろした。「目を開けてごらん、気に入るかな?」真奈がそっと瞼を開くと、そこに広がっていたのは、温かくてやさしい雰囲気の部屋だった。モノトーンではなく、柔らかなクリーム色が基調。ふわふわの可愛いぬいぐるみが部屋中に散りばめられ、座り心地のよさそうな美しいソファが目を引いた。まるで、女の子の夢がそのまま形になったような空間だ。そのとき、部屋の隅から小さなゴールデンレトリバーが勢いよく駆け出してきて、真奈に勢いよく飛びついた。「暁!ちょっと、暁、落ち着いて!……はいはい、ママにぺろぺろしていいから、もうやめなさいってば!」真奈は半ばしゃがみこみながら、小さな金色の毛玉に頬を何度も舐められた。暁は最後に満足げに尻尾をふりふりしながら、その場にちょこんと座り込んだ。「ここが、海城での俺たちの新居だ」黒澤は真奈の背後からそっと腕を回して、優しく囁いた。「ここでの用事が片付いたら、退屈した時は山でのんびり数日過ごしてもいい。街で過ごしたくなったら、また戻ってくればいい――どこにいても、お前の隣には、俺がいる」「じゃあさ、私が好きになった場所があったら……そこに家を、買ってくれるの?」「まあ、いいだろ」「お金があっても、そんなに贅沢しちゃだめだよ」そう言って、真奈はくるりと振り返り、黒澤をぎゅっと抱きしめた。「家は一つで十分なんだから」「……ああ」黒澤は優しく真奈の髪を撫でた。「お風呂に入ろう、もうくたくた」真奈は甘えるように黒澤の胸に顔をうずめる。「一緒に入ろう」「私は暁にご飯をあげなきゃ」そう言って、真奈は黒澤を浴室に向かってぐいぐい押していった。黒澤は仕方なさそうに笑いながら、されるがまま浴室へ入っていった。その後、真奈はリビングへ戻った。真っ先に目に飛び込んできたのは、白い陶器のボウルと、その隣にきちんと並べられたドッグフードと缶詰めだった。彼女はしゃがみ込み、暁のために食事を準備しながら、ふんわりと微笑んだ。「ねえ、暁。このパパ、すごく優しいよね?」子犬の暁は、まるで言葉が分かるかのように、真奈の手にすり寄ってきた。「今日からはね、ママだけじゃなくて、パパも暁のこと、いっぱい可愛がってくれるのよ。嬉しい?」真奈がそう言うと、暁はさらに嬉しそうに、ぺろりと彼女
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第1190話

黒澤はそっと真奈の唇にキスを落とした。それは、静かでありながらも熱を帯びた、絡みつくようなキスだった。湯気の立ち込める浴室の中で、真奈の頬はますます赤く染まり、黒澤は低くくぐもった声でささやいた。「真奈――新婚初夜をすっぽかされた分、利子付きで返してもらうべきじゃないかな?」「あ、あんまり調子に乗らないでよ」真奈の顔はさらに赤くなった。「一回!一回だけよ!」「ん?十回だけってこと?」翌日、真奈はふかふかのベッドから目覚め、全身がひどく痛むのを感じた。あの日、二時間以上も走って逃げ回ったときでさえ、ここまで疲れは感じなかった。ふと隣を見ると、黒澤が目を開けてこちらを見つめていた。いつから起きていたのか。真奈はぷいと目をそらし、ふてくされたように言った。「遼介……もう、これからは別々の部屋で寝るから」「主寝室は一つしか用意してない。この先、一生同じ部屋だ。諦めてくれ」そう言いながら、黒澤は真奈をさらに強く抱きしめた。――その頃、佐藤邸。「真奈と遼介、まだ新婚の夜が終わってないのか?もう午後だぞ!」伊藤はリビングに腰を下ろしながら、キッチンで料理をしている唐橋龍太郎の方に視線を送った。どうにも心がざわついて落ち着かない。そんな様子を見た幸江が、呆れたように言った。「何を怖がってるのよ?佐藤さんが言ってたじゃない、あの子がここにいる限り、絶対に何も起こらないって」「そうは言ってもさ……あの子の目、冷たくなかった?昨日まではおとなしくて素直な子羊だったのに、今日はもう、牙をむいたオオカミじゃないか?」キッチンでは、唐橋龍太郎は黙々と料理をしていたが、意識は外の様子に向いていた。佐藤邸の庭には、確かに警備員が巡回している。しかし、昨日までの印象では、世間の噂ほど物々しい警備体制ではないように思えた。だが、今朝になって細かく観察してみて、彼はようやく気づいた。庭のあちこちには、二十個以上の極小カメラが設置されている。色とりどりの花壇には巧妙に警報装置が隠され、さらに目には見えないほどの赤外線センサーが張り巡らされていた。蚊一匹通っても感知されるんじゃないか?もしも不審な人物がこの佐藤邸に入り込めば、その顔は即座にシステムに記録され、さらに少しでも危険な動きを見せようものなら、邸外に控えている警備班によって、瞬
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