どこか、ほんの少しだけ胸騒ぎがした。よく考えてみれば、胤道は昔からりんに甘かった。りんが胤道を失望させるような愚行を繰り返さなければ、野崎家の若奥様の座は、今も彼女のものだったかもしれない。「寒いか?」胤道が車のドアを開けると、静華は黙って乗り込み、深くシートに身を沈めた。「疲れたって言ったら、行かなくていい?」探るようなその問いに、胤道はしばし黙り込み、やがて静かに車を発進させた。「もう少しだけ、我慢してくれ。できるだけ急ぐから」彼は無言で車内の暖房を強めるが、それでも静華の心の鬱屈は晴れない。かつて刑務所で嵌められ、子を失い、失明までさせられた自分のことを思う。りんよりもずっと酷い目に遭ったというのに、胤道は一度も見舞いに来なかった。たとえアシスタントの佐助が間に立って邪魔をしていたとしても、今こうしてりんの元へ向かうように、自分の元を一度くらい訪れることも、できたはずなのに。静華はそっと目を閉じる。思考が巡るにつれて体調はじりじりと悪化していき、やがて、こみ上げてくる吐き気を感じた。胃からせり上がってくる酸っぱいものを、なんとか無理やり飲み下す。ようやく見慣れない景色の中で車が停まった頃には、口の中はもう何の味もしなくなっていた。「着いたぞ」静華はシートに座ったまま、シートベルトも外さずに言った。「行きたくない。あなた一人で行けばいいでしょう。私を連れてきて、どういうつもりなの?」自分はりんを愛しているわけでもなければ、人格者でもない。どうして、あの女の見舞いに行かなければならないのか。彼が情に絆されたからといって、自分に何の関係があるというの?胤道は、彼女の強情な態度の奥に怒りのような棘を感じ取り、その理由が解せずに首を傾げた。半身を乗り出して、心配そうに尋ねる。「気分が悪いのか?」静華は彼を押し返した。「そんなに近くに寄らないで」あからさまな拒絶に、胤道は虚を突かれたように一瞬動きを止めた。彼はハンドルを握り締め、わずかな沈黙の後で口を開く。「わかった。行きたくないなら、やめよう。後で母さんに電話して、お前は体調が悪いと伝えておく」「え、待って?」静華は弾かれたように顔を上げた。「母さん?」胤道は車を発進させようとしていたが、その
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