淳也の今の姿は、まるで牙を剥いていた獅子が調教師に出会い、撫でられるうちにすっかり従順になった子猫のようだった。樹は、公の場に姿を見せることがほとんどない。たとえ近頃、藤崎グループの経営に関わり始めたとはいえ、その存在は依然として外部の人間にとって謎に包まれていた。さきほど車椅子に座っていた人物が誰なのか、あの場にいた者たちはおそらく知らなかっただろう。だが、哲と悠真は知っていた。あれは、帝都・藤崎家が育て上げた正統なる後継者、藤崎樹。数年前の交通事故で両足を失い、それを機に公の場から姿を消した男だ。当時の樹は、今の淳也を遥かに凌ぐほど、手の付けられない存在だった。ふたりは驚くほど似ていた。気性が激しく、傲慢で、他人など眼中にない。まさに自分が世界の中心であるかのように振る舞っていた。しかし、いま目の前にいる樹は、かつての姿とはまるで違う。むしろ、以前よりもはるかに底知れぬ恐ろしさを感じさせるのだった。たった一瞥で、淳也を完全に支配してしまうその威圧感。淳也は、樹の異母弟である。しかし藤崎家では、父を除き、その存在を認める者はいなかった。淳也の母親は、ただの一般人。かつて芝居の世界で一世を風靡した女優にすぎない。芸能の世界出身の女など、名家・藤崎家にとっては「存在しない者」同然だった。樹の冷酷さを、彼らは誰よりもよく知っている。かつて明日香が事件に巻き込まれたとき、樹はそれを淳也の仕業と勘違いした。そして、バーの個室で彼の手を潰させたのだ。あの晩、引きずられるようにして車に乗せられた淳也の姿を、哲も悠真も忘れてはいなかった。あの場にいたのは、三人だけだった。あの記憶は、今も彼らの脳裏に鮮やかに焼き付いている。樹たちの姿が控室から遠ざかっていったあと、哲がぽつりと口を開いた。「......明日香と、あの人はいったいどうやって知り合ったんだ?」「淳也......あの時のこと、本当にこのまま終わらせるつもりか?」声は抑えられていたが、周囲の控室の人間たちはただならぬ空気を感じ取っていた。ただ、その会話の意味までは理解できていないようだった。淳也はポケットに手を突っ込み、ライターをくるくると回しながら、俯いたまま小さく笑った。「......面白くなってきたな」明日香と樹が展覧会を見終えた
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