明日香はそっと首を横に振り、沈黙を守った。先に口を開いたのは平井だった。「あと10分くらいで時間だね。ちょうどお昼だし......明日香ちゃん、よかったらこのあと一緒にランチどう?」明日香は出かける前、何も口にしていなかった。施設に着いた時点で、すでに空腹を感じていたが、それを悟られたくなくて首を振った。「あまり、お腹は空いてないんです」そう口にした瞬間、タイミング悪く、明日香の腹の虫が盛大に鳴いた。「......グーッ」赤面する明日香。平井はそれを見て、温かな笑みを浮かべた。「行こう、明日香ちゃん。今日は新しいスイーツが入ってるんだよ。きっと気に入ると思うな」キャディーはすでにクラブを片付けており、帰り支度を整えていた。「では......先生にご馳走していただくことになりますね」明日香は一歩踏み出し、平井のあとに続いた。天下一は、ゴルフをはじめとする各種娯楽施設と宿泊設備が融合した、高級統合型リゾートだった。ここでは、金さえあれば、ほとんどすべての贅沢が享受できる。「中華と西洋、どっちがいい?」「中華でお願いします。ここのお料理、まだ食べたことがなくて」「わかった」平井はフロントカウンターに立ち寄り、二階にあるレストランの予約を取った。ふたりはエレベーターに乗り込んだ。平井が押したボタンは十階だった。静かに昇っていくエレベーター。扉が開くと、平井は自然な所作でドアを手で押さえた。「どうぞ」「ありがとうございます」明日香は軽く頭を下げ、廊下へと歩を進めた。廊下にはペルシャ風の厚手の絨毯が敷き詰められており、足元がふわりと沈むような心地よさだった。レストランの扉をくぐると、すぐにウェイターが出迎えた。「平井様、お席のご用意が整っております。いつものお席で」「うん」案内されたのは、窓際の静かなテーブルだった。そこからは、手入れの行き届いた芝生が広がり、視界いっぱいに緑の風景が広がっていた。優雅な音楽が低く流れ、どこか夢の中のような静謐な空間が広がっていた。明日香は、その雰囲気がとても気に入った。やがて、ウェイターが二人分のメニューを差し出した。そこに値段は記されておらず、代わりに、彩り豊かな料理の写真が並んでいた。どれもが食欲をそそる美しさだった。「気になるも
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