一時間が過ぎた。だが、淳也はとうとう現れなかった。この成績なら、もはや補習など必要ないだろう。そう思えば納得できるが、それでも明日香の胸に引っかかるものは残った。図書館の通路を、数人の女子生徒が本を抱えて通り過ぎた。声を抑えながらも、興奮は隠しきれていない。「見た?淳也君のあのスリーポイント!超かっこよかったよね!」「見た見た!あれはマジで神レベル!」「隣にいたの、5組の砂原彩でしょ?二人ほんと似合ってた」「うん、あの子が一番長く続いてるよね。前の元カノたちは、一週間も持たなかったし」そのうちの一人が明日香に気づき、急に口をつぐんだ。残りも気まずそうに視線を逸らし、足早に去っていく。明日香はただ、何も言わずに視線を落とした。日和の問題集をめくりながら、説明を再開した。一度でわからなければ、二度。それでもわからなければ、三度。日和が小さく頷くまで、根気よく教え続けた。明日香は元来、忍耐強い。どれだけ内心がざわついていても、日和の澄んだ瞳を見れば、怒りも呆れも、不思議と霧のように消えていった。二時間後。一ページ分の練習問題のうち、日和が理解できたのは半分にも満たなかった。「明日香、やっぱり私って、本当にバカなのかな?」日和は上目づかいに明日香を見つめながら、涙をこらえるようにまばたきした。「違うわ。まだ自分に合ったやり方を見つけられてないだけ」明日香は、静かに語りかけた。「淳也だって最初は、あなたよりひどかった。全科目合計で50点台、国語なんてあなたよりも低かったのよ」「本当?」「ええ、本当。彼にできたんだから、あなたにもできる。帰ったら、今日やった問題をもう一度書き写して、考え方を整理して解いてみて」「うん......それで、これからも一緒に図書館、来ていい?」日和の目に宿った、かすかな光。それを明日香は壊すことができなかった。「いいわよ」そう答えながら、ふと思い出した。前世、明日香はまだ生まれてこなかった娘が、もし生きていたら、どんな子だっただろうと何度も想像したことがある。おそらく、日和のように柔らかくて、優しくて、ちょっと不器用な子だったかもしれない。もし、そんな子が本当にいたなら、きっと、世界中のいいものをすべて捧げていた。授業まであと30分。二人は並ん
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