このままでは、淳也は集中力を欠くだけでなく、いずれ自分自身も巻き込まれてしまうだろう。図書館を出た明日香は、ふと立ち止まり、思わず考え込んだ。これから先、淳也はどこへ行くにも彩を連れて行くつもりなのだろうか?彼の胸の内は、相変わらずまるで霧に包まれているようだった。男の心は、海底の針のように掴みどころがない。樹がいなくても、明日香の生活は変わらなかった。「自宅・学校・趣味クラス」の単調なサイクルを、ただ静かに繰り返していた。放課のチャイムが鳴り、鞄をまとめて帰り支度をしていた時、珠子が近づいてきた。「明日香、今日の夜、時間ある?久しぶりに遼一さんと一緒にご飯食べない?私が料理するからさ、きっと気に入ると思うよ。最近ウメさんにも色々教わってるし!」明日香は微笑みながらやんわりと断った。「今日はこのあと授業があるの、ごめんね」「授業?特別クラス?」「うん」珠子は少し困惑したように眉を寄せた。「ねえ......どうして数学オリンピックのクラスに戻らないの?前はずっと頑張ってたじゃない」明日香が唇をきゅっと噛みしめ、答えようとしたその瞬間、遥がふらりと近づいてきて、珠子を見下ろすように笑った。「馬鹿って言われるのも当然よね。今日のテストで最下位だったのって誰だっけ?ああ、あなたよね。明日香が姉妹の情で席を譲ってくれたってのに、よくそんな質問できるわね」珠子はその嫌味にも動じず、ただ淡々と微笑むだけだった。明日香は鞄を肩に掛けながら、珠子を庇った。「私は特別クラスで一番になれるから行くの。誰かのために譲ったわけじゃない」「明日香も、やっぱり順位が気になるのね」遥がふっと笑みを浮かべた。その瞳にあった敵意がふっと和らいだ。教室にはまだ数人が残っていた。中でも目を引くのは、長身で無口、分厚いメガネをかけた男子――田崎成彦(たさき しげひこ)。帝雲学院の学年一位であり、明日香が最も超えたいと願うライバルだった。明日香は、成彦の方を見て静かに言った。「学年一位って肩書きも悪くないけど、私の目標は......それだけじゃない」彼女が目指すのは、もっと先。今年の数学オリンピックでの代表選出。そしてその先の世界。教室に残っていた6人は、皆数学オリンピッククラスの精鋭。帝雲学院のトップ
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