遼一は、哲朗の投げつけたような言葉を背に受けながら、その場に立ち尽くしていた。胸の奥に鈍い痛みが広がり、顔は自然と曇った。「遼一さん......」背後から珠子の不安そうな声が響いた。「さっき......どうして明日香さんの話なんか......彼女に、何かあったの?」その言葉に、遼一の胃はぎゅっと締め付けられる。苦し紛れに咳き込みながらも、自分の情けない感情を晒すのだけは避けたかった。明日香――あの頃の彼女は、まるで影のように遼一に付き従っていた。オフィスでも、出張先でも、接待の席でも......遼一が杯を重ねれば、取引先に怒鳴り込み、プロジェクトを台無しにしようが意に介さない。康生の怒りを買うと分かっていながら、まるで自分が守護者であるかのように振る舞っていた。雨でも嵐でも、三度の食事を彼のデスクに届ける姿には、誰もが呆れ、同時に羨ましがった。だが、彼女がふと身を引いたとき、遼一の生活には、ぽっかりと穴が開いた。それでも、今の彼には言える言葉などなかった。「何でもないよ」抑えた声でそう言って、話を逸らした。「それより......こんな時間まで起きてるのか?」珠子は目を伏せ、微かに声を震わせた。「悪夢を見て......どうしても眠れなくて、少し散歩をしようと......」そっと彼の布団の端を整えると、持参した保温容器から温かい野菜粥をすくい、冷まして彼の唇へと運んだ。遼一は彼女の瞳に宿る、言葉にならない願いを感じ取り、結局断ることはできなかった。やがて器は空になり、時計は午前3時を回っていた。珠子が静かに片付けを始めようとしたそのとき、遼一が言った。「もうすぐ夜が明ける。中村に代わらせるよ。お前は部屋に戻って休め」だが珠子は、動かずその場に立ち尽くした。そして、震えるような小さな声でつぶやいた。「一人で寝るのが怖いの......あなたのそばで、少しだけ横になってもいい?子供の頃みたいに......あなたがいてくれたら安心できるの」遼一のベッドは広く、横に3人は寝られそうだった。けれど彼の目は、思いのほか冷たかった。「珠子、俺たちはもう昔には戻れない。お前はもう大人だ。男女の区別ぐらい、ついてるだろ?付き合っていたとしても、婚約するまでは同じ布団には入らない。それくらい、わか
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