南緒は、再び戻ってきた。ドアの外で立ちすくむ珠子は、中から漏れ聞こえる会話に全身の力を奪われ、壁にもたれかかりながら、両手で口を押さえて声を漏らさないようにしていた。その瞳には恐怖が宿り、まるで禁断の秘密を覗き見てしまったかのような表情を浮かべている。珠子は知らなかった。遼一が、これほどまでに多くの秘密を抱えていたとは。彼は、人を殺したことがあるのだろうか。なぜ、彼女の命を奪おうとしたのだろう。いや......そんなはずはない。珠子の記憶に残る遼一は、彼女が飢えに苦しんでいたとき、誰の前でも跪いて食べ物を乞うてくれた人だった。まるで野良動物を拾うような心優しさで、月島家に養子として迎えられた後も、毎年自分の金で施設に寄付し、子どもたちの教育を支援していた。そんな彼が、こんなことをするはずがない。珠子はどうやって自分の部屋に戻ったのかも覚えていない。ベッドに座ったまま、長い間、茫然としたままだった。遼一は電話を切り、振り返って机の上で光る画面をじっと見つめた。明日香が樹の傷の手当てを終えたとき、すでに夜は明けていた。一晩中降り続いた豪雨と強風のあと、折れた枝や落ち葉が庭に散乱し、辺りは荒れ果てた様子を呈していた。芳江が静かに部屋に入ってきて言う。「お嬢様、ちょっと休まれんさいや。一晩中お疲れじゃろうし......さっき確認したら通信も直っとって、あの電話かけたらすぐ迎えに来るって言うとりましたわ」明日香は立ち上がろうとしたが、体がふらつく。芳江は慌てて彼女を支えた。「熱はもう下がっていますし、他に大きな問題もありません。もし目を覚ましたら、私が出かけたとお伝えください」「はい、かしこまりました」芳江は続ける。「朝ごはんも用意しとりますんや。ちょびっとでも召し上がってくれたら、胃が楽になるんじゃろおもいます」「彼の部下が迎えに来たら、あなたも二日ほど休んでください。久しぶりに帰省されるのもいいでしょう」明日香は頷き、部屋を出て行った。芳江は彼女の言葉を放っておくわけにはいかなかった。急いで階下に降り、数品の料理を作ってガラスの器に入れ蓋をし、忘れないよう冷蔵庫にメモを貼った。芳江に学はなかった。せいぜい料理ができるだけで、以前使用人として働いていたときは粗雑で方言がきついと言われ、数
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