仕立てのよいスーツを纏い、全身から気品と威圧を漂わせながら遼一がゆっくりと歩み寄ってくる。その姿を目にした瞬間、明日香の身体は硬直し、無意識のうちに一歩後ずさった。その拍子に、肩に掛けていたショールが滑り落ちる。「あなた……全部、聞こえてたの?遼一、私、狂ってなんかない。本当に母さんに会ったのよ」遼一は無言のまま屈み、床に落ちたショールを拾い上げた。軽く埃を払うと、それをソファの背にかけ、代わりに自分の上着を脱いで彼女の肩にそっと掛けた。指先で明日香の耳元にかかる髪を整え、次の瞬間、彼女を腕の中に引き寄せる。「……帰りたいなら、帰ろう。明日にも帝都へ帰れるよう、中村に手配をさせるから」遼一の胸に頬を寄せると、規則正しく刻まれる心臓の鼓動が、肌越しに伝わってきた。だが、なぜ彼が突然心変わりしたのか、明日香にはわからなかった。夜空を見上げたとき、不意に鼻先をかすめたのは、自分のものではない香水の匂い。胸の奥から拒絶の感情がこみ上げたが、彼を突き放す力は残っていなかった。言葉だけの慰めだと思っていた。だが、彼は本気だった。翌朝八時、まだ眠りの淵にいた明日香を遼一は抱き上げ、そのままプライベートジェットへと乗り込んだ。夢と現実の境目にいる明日香が、彼の膝に寄りかかると、男は穏やかに微笑み、長い髪を指先で梳いた。「最高の心理カウンセラーを手配いたしました。本日中に帝都へ到着します」傍らの中村が報告すると、遼一は小さく頷いた。「わかった」その声は低く、艶を帯び、機内の静けさに溶けていった。ふと、耳元をくすぐるような感覚に、明日香は身をよじった。次の瞬間、はっと目を見開く。窓の外に広がるのは、どこまでも続く白い雲海。自分が飛行機の中にいる。「出発したばかりだ。夜の六時には着く。急ぐことはない、先に何か食べろ」遼一がトレイを差し出す。明日香はシートにもたれ、膝から滑り落ちたブランケットを直しながら、かすかに笑った。「ありがとう。でも、あまりお腹が空いてないの」彼の視線を避け、ただ窓の外を見つめる。「言うことを聞かないなら、今すぐこの飛行機を着陸させることもできる」遼一の声には、有無を言わせぬ響きがあった。「……わかったわ」明日香は小さくため息をつき、食欲のないままスプーンを手に取り、無理やり口に
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