明日香はしゃがみ込み、墓石の前に供えられた、まだ瑞々しさを失っていない花束に目を留めた。それは、彼女が手にしているものとまったく同じだった。指先でそっと墓石の表面をなぞると、そこは磨き上げられたように滑らかで、周囲の雑草も丁寧に刈り取られている。まるで数日前に誰かが手入れをしたかのようだった。父が来たはずはない。父は江口とともに、とっくに海外へ行っている。では、一体誰が。墓石には写真がなく、刻まれているのはただ「能登麗華(のと れいか)の墓」という文字だけ。在りし日の麗華――その名の通り、麗しき女性であった。帝都の貴族社会で「当代一の美女」とまで讃えられたのも、決して大げさな言葉ではない。明日香は、その母の息を呑むほどの美貌を、まるごと受け継いでいた。遼一は傍らで風に髪をなびかせながら、黙って煙草を吸っていた。彼の足元に吸い殻が三本転がる頃、ようやく明日香はゆっくりと立ち上がり、胸の奥で静かに呟いた。お母さん、もうすぐ……また会えるね。今度こそ、やっとあなたに会える。「戻ろう」そう言った彼女の声に重なるように、空の彼方で雷鳴が低く唸った。今にも雨が落ちてきそうだ。早く下山しなければ、道は暗く滑りやすくなる。「他に、言い残すことはないのか」遼一の問いに、明日香は小さく首を振った。「もういいの。行きましょう」山を下りるころには、空はすっかり闇に包まれていた。車に乗り込んだ明日香は、羽織っていた黒いスーツを脱ぎ、遼一に差し出した。「ありがとう」小さな声でそう告げると、遼一は無言でそのスーツを再び取り上げ、今度は彼女の脚にかけた。「夜は冷える。掛けておけ」その偽善めいた優しさに、明日香は心の中で冷笑し、窓の外へと視線を逃がした。やがて車が「甘味亭」の前に停まる。中村がハンドルを切るよりも早く、店の支配人が入口で待ち構えていた。遼一の来訪を知らされていたのだろう。彼は大物を迎えるように恭しく腰を折り、満面の笑みで手を広げて出迎えた。「遼一様、個室をご用意しております」遼一は無言で歩を進め、自然な動作で明日香の腰に腕を回した。明日香は眉をひそめ、彼を睨み上げたが、その腕から逃れることはできなかった。かつて遼一が遥と婚約したことは、帝都中の誰もが知る公然
Read more