言い終えると、彼女はその書類を手にして雅浩の家を出て行った。車に乗り込むと、俊介は後部座席に置かれた書類の束を見て、眉をひそめた。「麗美の弁護をするつもりか?」佳奈は淡々と答えた。「うん。何か問題ある?」俊介は複雑な表情で彼女を見つめた。「この案件がどれだけ厄介か、浩之がずっと目を光らせてるのも知ってるだろ。下手すりゃ、奴に嵌められるかもしれないんだぞ。それでも、元夫のためにそこまでやる気か?」「彼のためじゃない。奈津子おばさんのためよ。この前、桃花村で聞いたでしょ?奈津子おばさんが智哉と麗美の本当の母親だって。あの人、昔から私にすごく優しくしてくれた。そんな人に、娘を失わせたくないの」その言葉に、俊介は何も言い返せなかった。彼の瞳は深く、静かに佳奈を見つめ、声が少しかすれた。「佳奈……もうこれ以上、智哉のために自分を危険に晒すな」「ちゃんとわきまえてるわ」佳奈は視線を窓の外に移した。その瞳には、じわりと涙がにじんでいた。無視なんてできない。智哉を一人で背負わせるなんて、絶対にできない。麗美を助けて、外祖父の安全さえ確保できれば、智哉は思い切って戦える。二人は車で佳奈のアパートへ向かった。建物の下に着くと、佳奈は「ありがとう」と一言だけ言って車を降りようとした。だがその手首を、俊介がぐっと掴んだ。その顔が、突然佳奈の方へと近づいてくる。二人の視線がぶつかり、呼吸が絡み合う。俊介は喉を鳴らしながら、佳奈の顔を見つめて低く問いかけた。「佳奈……いつから鬱が再発したんだ?」その言葉に、佳奈は一瞬驚いて固まった。反射的に彼を突き飛ばすこともなく、ただその場で動けずにいた。おかしい……昔の彼女なら、男に触れられるだけで嫌悪感を覚えていた。手を引かれるだけでも不快だったはずなのに――俊介とのこの距離、鼻先が触れそうなほど近いのに、拒絶しなかった。ようやく我に返った佳奈は、俊介を軽く押し返し、緊張した声で言った。「田森坊ちゃん、ちょっとお節介が過ぎるわよ」だが俊介は引き下がらなかった。佳奈を座席に押し留めたまま、深い瞳で彼女を見つめる。その瞳には、言葉にできないほどの痛みが滲んでいた。「俺の知り合いに、いい精神科医がいる。今度M国に出張する時に、そい
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