誠健のさっきまで笑みを浮かべていた瞳が、一瞬で冷たくなった。「誰から聞いたんですか?」「お前の秘書だよ。南市まで心臓を見に行ったって言ってたからさ。兄妹喧嘩してても、結局お前が一番気にかけてるんだなって思ってたんだ」「それはあいつのためじゃない。咲良のためだ」誠健の父は少し驚いたように眉を上げた。「咲良って誰だ?お前の妹より大事な相手なのか?それくらいの分別もつかないのか?」誠健は悔しさを噛み殺すように歯を食いしばった。「この心臓は知里が咲良のために探してくれたものです。咲良も今、移植を待ってるんです。結衣は今すぐじゃないと死ぬわけじゃない」父が何か言う前に、誠健は通話を切った。その様子を見ていた知里が、横目で彼を見た。「もしあなたの妹がどうしてもこの心臓を欲しいって言ったら、どうするつもり?」誠健の深い瞳が一瞬沈み込んだ。「俺は医者だ。命を救うのが使命だ。命の危機が一番迫ってる人に渡す。それがたとえ妹でも、例外はない」「でも心臓のドナーって、そう簡単に見つかるもんじゃないんでしょ?あなたたちもずっと探してたって……」「それはそれだ。今回の心臓は、君が咲良のために見つけてくれたものだ。適合すれば必ず彼女に渡すよ」その言葉を聞いて、知里はようやく安心したように息をついた。ふと前方の建物を見ながら尋ねた。「もう着いたの?」「うん、さっき雅子に連絡した。看護師によると、今手術中らしくて、終わるまで七、八時間かかるって。ここで待つか、それともホテルで休むか、どっちにする?」知里は迷わず答えた。「ホテルにしよう。あなた、咲良を何時間も救急で処置して、それからまた車を二時間も運転してきたんでしょ?さすがに疲れてるわ」その返事に、誠健はいたずらっぽく口元を緩めた。「俺を気遣ってくれてるの?それともホテルで俺と何かしたいとか?」知里はジロッと彼を睨んだ。「私の安全のためよ。疲労運転がどれだけ危ないか、知らないわけじゃないでしょ?」誠健はすぐにエンジンをかけ、どこか得意げな表情を浮かべながら言った。「素直じゃない女だな。本当は優しいくせに、言い訳つけて」ふたりは車で近くのホテルへ向かった。ただの休憩だと思っていたので、知里は誠健が一部屋だけ取ったことに特に気を止めなかった。
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