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第852話

Auteur: 藤原 白乃介
襟元はきつく締められていて、首には赤い跡がくっきりと残っていた。

こんなの、何時間も締められてたら窒息するんじゃないの?

そう思った知里は、彼の襟を少し緩めようと手を伸ばした。

だが、指が触れた瞬間、誠健に手首をぎゅっと掴まれた。

そのまま彼が体を反転させ、知里の体をベッドに引き寄せた。

「誠健、放してよ!放さないと噛みつくわよ!」

知里は怒りながら彼の胸を叩いた。

誠健は目を閉じたまま、顎を知里の首筋にすり寄せながら言った。

「噛むなら上?それとも下か?……ズボン脱ごうか?」

「このスケベ野郎!あんたなんか心配するんじゃなかった!」

「やっと認めたな。俺のこと心配してたって」

彼は毛布を引き上げ、二人の体にかけると、知里の頭を大きな手で優しく撫でた。

かすれた声で囁く。

「少し寝よう。何もしないよ。たとえ君がその気でも、俺、起き上がれない。何日もまともに寝てないんだ」

誠健に抱きしめられて、最初はもがいていた知里も、彼が離す気配を見せないため、次第に抵抗をやめた。

ゆっくりと目を閉じ、彼の安定した呼吸を感じながら、眠りへと落ちていった。

彼女が寝息を立て始めたのを確認してから、誠健はそっと目を開けた。

眠る知里の顔をじっと見つめ、深い瞳に隠しきれない想いが揺れていた。

彼は指先を伸ばし、そっと彼女の滑らかな頬をなぞる。

その肌に触れるたび、まるで体が熱に浮かされたように火照っていく。

どれほどの夜を、こうして彼女と抱き合って眠ったことだろう。

あの頃の知里は彼にとても依存していて、毎晩抱きしめないと眠れなかった。

トイレに立っただけでも、寝ぼけながらまた彼の腕の中に戻ってきたものだ。

それなのに今の彼女は、こんなにも自分を避ける。

そんな思いが込み上げ、誠健は彼女を抱く腕にさらに力を込めた。

そして静かに目を閉じる。

知里が目を覚ました時、誠健の姿はもうなかった。

すぐにスマホを手に取り、画面を確認すると、時刻は午前二時過ぎ。

この時間なら、雅子の手術もすでに終わっているはず。

慌ててベッドから降りて、部屋の中で声を張り上げた。

「誠健、どこにいるの?」

その声が終わるか終わらないうちに、部屋のドアが開いた。

手に弁当のような箱を持った誠
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