「誠健、鑑定結果が出た。咲良さんはあなたの妹だよ!」その一言は、針のように誠健の胸に深く突き刺さった。咲良は本当に、彼の妹だった。あの、小さい頃からずっと優しかった妹――誠健の目頭が熱くなり、声も自然と掠れてしまう。「報告書、俺にも送ってくれ。誰にも言わないで」「うん、すぐ送るね」知里との通話を切ると、誠健は赤くなった目で咲良の手を強く握った。今すぐにでもこの事実を伝えたかった。この子を抱きしめて、「俺が兄だよ」と言いたかった。でも――咲良は心臓移植を受けたばかり。強い刺激は禁物だった。ようやく見つかった心臓。ようやく手に入れた新しい命。彼女の体に、絶対に何かあってはならない。誠健の大きな手が冷たく震えているのを感じて、咲良は彼の赤い目を見つめながら、心配そうに尋ねた。「石井先生、何かあったんですか?」誠健は首を横に振り、できるだけ感情を抑えた。そして、口元にほんの少しだけ笑みを浮かべて言った。「知里からいい知らせがあってな。ちょっと興奮しすぎたみたいだ」咲良は目を丸くして聞き返した。「もしかして、知里姉が復縁をOKしてくれたの?」「まあ、そんなところかな。きっとその日も遠くないと思うよ」「よかったぁ……石井先生、私、ずっと願ってたんだ。先生と知里姉がまた仲良くなってほしくて。知里姉、まだ先生のこと好きだよ。お見合いに行ったのも、きっと先生を忘れるためだったんだ。心から吹っ切れてたら、あんなことしないよ」誠健は微笑んだ。これが、本当の妹と偽物の妹の違いだ。結衣はただ、彼と知里の間に亀裂を生むだけだった。でも咲良は、ずっと彼の味方だった。それが、血のつながりってやつなんだろう。誠健は咲良の手をぎゅっと強く握りしめ、低い声で言った。「咲良、体が良くなったら、ひとついい知らせを教えてやる」咲良はニコッと笑って答えた。「もう生まれ変わるチャンスをもらえただけで、私にとっては人生最高の知らせだよ。こんな幸運をくれたのは、石井先生と知里姉のおかげ。これからは、二人にいっぱい恩返しするね」彼女の黒く澄んだ瞳には、真っ直ぐな想いが宿っていた。その姿が、誠健の胸をじわっと温かくさせた。これだ。これが、あの頃の妹だ。昔、彼女はいつも兄の首にぎゅっと抱きついて、
彼女は心臓を直接求めることはなかった。本当にそう言えば、兄に疑われるのは間違いないからだ。 咲良さえ死ねば、兄はきっとその心臓を彼女に与える。 そう思うと、結衣の胸は思わず高鳴った。 そのときだった。看護師が近づいて報告してきた。 「石井先生、咲良さんが目を覚ましました。あなたに会いたいそうです」 その言葉を聞いた瞬間、結衣の目は大きく見開かれた。 信じられないというように声を震わせた。 「咲良が目を覚ました?あの子、誘拐されたんじゃなかったの?」 誠健はじっと彼女を見つめ、しばらくの沈黙のあと、口元に冷笑を浮かべながら言った。 「誰から誘拐されたって聞いたんだ?ずっと移植手術を受けてただけだよ」 その一言で、結衣の中にかすかに芽生えた希望は跡形もなく砕け散った。 彼女は目を見開いたまま、シーツをギュッと握りしめた。 咲良のやつ……なんで死んでないのよ。 浩史は確かにあの子を人気のない山奥へ捨てたはずじゃないの? なのにどうして心臓移植の手術なんか……? あの心臓は咲良に使われた……じゃあ、自分はどうなるの? 考えれば考えるほど怒りが込み上げてきて、結衣は体を震わせた。 声も震えたまま尋ねた。 「お兄ちゃん……咲良の手術、どうだったの?」 誠健は彼女を横目で見て、淡々と答えた。 「成功したよ。もう少ししたら、普通に大学にも通えるさ」 そう言って、結衣の絶望に染まった顔を一瞥し、くすっと笑ってから背を向けた。 そして、部屋を出ていく。 ベッドに取り残された結衣は、狂ったようにシーツを掴み、唇を噛みしめた。 またしても計画は失敗。 怒りと悔しさでいっぱいになりながら、彼女は今にも使用人を呼びつけ、なぜ咲良が無事なのか問い詰めたい衝動にかられていた。 あの子は捨てられたって報告があったのに、どうして何の問題もなく手術を受けてるのよ? でも、ここで取り乱せばすべてが終わる。 もし兄に怪しまれたら、今度こそ本当に終わりだ。 誠健は咲良の病室に入った。 再び彼女の顔を見て、あの瞳を見て、咲良は思わず涙を流した。 そして、口を開いた。 「お兄ちゃん……」 その呼びかけを聞いた瞬間、誠健の胸が締めつけられた。 彼はすぐにベッドのそばに駆け寄り、咲良
スマホを切ったばかりなのに、すぐにまた着信が鳴った。着信画面を見た瞬間、誠健は迷わず通話ボタンを押した。受話器の向こうから、誠健の父親の切羽詰まった声が響いてきた。「誠健、結衣がまた心臓の発作を起こしたんだ。今回はかなり重いみたいで、もう救急車は呼んである。お前、すぐに蘇生の準備をしてくれ」その言葉を聞いても、誠健の表情には以前のような焦りはなかった。低く冷ややかな声で答えた。「大丈夫、結衣は死にませんよ」なぜなら、これは結衣の仕組んだ茶番だと確信していたからだ。咲良を誘拐し、その上で自分の持病を発作させる……そうすれば、咲良が死ねば、その心臓は自然と結衣のものになる。通話を切ると、誠健の唇には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。「どこまで茶番を演じきれるか、見せてもらおうじゃないか」知里は淡々とした表情で彼を見つめながら言った。「きっと、浩史からの連絡で計画がうまくいったと思い込んで、次の段階に移ったんでしょうね」「だから私、浩史を捕まえてもすぐに警察に突き出さなかったの。計画通りに相手に連絡させたから、結衣は咲良がもう助からないと信じ込んでる」「石井家では結衣は本当に甘やかされてたからね。もうちょっと身を慎んでいれば、誰にも気づかれずに一生贅沢できたのに。だけど、あの子は好きになっちゃいけない人を好きになった」誠健は眉をひそめた。「……俺のこと?」知里は鼻で笑った。「前はただのブラコンかと思ってたけど、今思えば全然違う。結衣は、自分があなたと血のつながりがないと知ってるからこそ、歯止めが効かずに恋してしまったのよ。それが、私に何度も手を出してきた理由でもある」その言葉を聞いた誠健の目が一瞬、鋭く動いた。脳裏に、これまでの出来事が次々と浮かんでくる。確かに、自分はバーやクラブによく出入りしていた。しかし女性と親しくなったことは一度もなかった。けれど、この数年の間に、自分についての噂がどんどん広まっていた。女癖が悪いだの、遊び人だのと。当時は気にも留めなかったが、今思うと全部――結衣の仕業だったのかもしれない。あの頃から、すでに彼女は動いていたのだ。本当に、周到に仕込んできたんだな。二十分後、結衣は病院に運び込まれた。誠健は彼女の容態を確認し、瞳に冷たい光を宿し
彼はもう一度看護師に注意事項を伝えると、知里の手を引いてオフィスへと入っていった。白衣を脱いだ瞬間、彼の体から一気に疲労が溢れ出した。知里をぎゅっと抱きしめ、顎を彼女の肩に乗せる。その声には、長時間の手術と連日の寝不足によるかすれが混じっていた。「さとっち……俺、もう限界」何日もまともに休めず、さっきも何時間もの手術をこなしたばかりだ。どんな鉄人でも持つはずがない。知里はその様子に心を痛め、彼の背中を優しく撫でながら言った。「お水持ってくるから、座って少し休んで」「いいって。しばらくこうして抱っこさせて。さとっちは俺の充電バッテリーなんだよ。キスでもできたら、一発で復活して、また何回戦でもいける気がする」知里は呆れ顔で彼の腰をキュッとつねった。「そんな口ばっかりじゃ、誰も心配してくれなくなるわよ」誠健はくすっと低く笑った。「じゃあ、心配してくれてるってことだよね?さとっち、まだ俺のこと……心のどこかにいるってことでしょ?」知里はその問いに答えず、数秒沈黙した後に口を開いた。「咲良の母に聞いたの。浩史は誰かに指示されて動いてたって。咲良を殺そうとしたのもそのため。彼女が死ねば、その心臓は他の誰かに渡ることになってた」その言葉を聞いた瞬間、それまで穏やかだった誠健がピンと背筋を伸ばした。赤みを帯びた眼が、真剣に知里を見据える。「……結衣?」知里は頷いた。「この心臓のことを知ってるのは、結衣以外にいない。でも、彼女にはもう一つ、別の目的があると思う」「口封じ……自分が偽物だってバレないようにするためか」「そう。私も調べたの。結衣はこの心臓と密かに適合検査をしてた。結果は適合成功だったわ。だから咲良さえ死ねば、あなたはその心臓を彼女に移植するしかなかった。そうすれば、誰にも彼女が偽物だなんてバレない」誠健の顔には、次第に冷たさが広がっていく。「親子鑑定の結果、いつ出る?」「急ぎで出してるから、今日の夕方六時には出る」「あいつがどれだけ余裕ぶってられるか、見ものだな……」知里は眉を上げて彼に言った。「咲良を誘拐したのは、多分執事よ。そうなれば、全部の罪は彼に押しつけられる。あなたは結衣に手を出せない」その言葉に、誠健の目が一瞬陰った。「執事があれだけ結衣を庇
咲良が意識を失おうとしていたその瞬間、一つの大きな影が彼女に向かって走ってきた。その人物は勢いよく浩史を蹴り飛ばし、冷たい声で命じた。「こいつを思いっきり叩け」そして、凛としたその影がゆっくりと彼女へと近づいてくる。咲良はその顔を見た。緊張と不安が入り混じった表情だった。そして、ふと、幼い頃の記憶が蘇る。その顔にそっくりな兄が、冷たくなった彼女の身体を抱きしめ、何度も名前を呼んでいた。彼女は、兄と呼んでいた。そして兄は彼女にこう言った。「結衣、頑張れ。お兄ちゃんが絶対に死なせない」結衣という少女は、まさか自分?どうしてその兄は石井先生にそっくりなの?そのとき、耳元でまた同じ声が聞こえた。「咲良、頑張れ。お兄ちゃんが絶対に死なせない」同じ言葉、同じ声に、咲良の意識がぼんやりしていく。彼女はゆっくりと目を開け、かすかな声で口を開いた。「……お兄ちゃん」その言葉を聞いた瞬間、誠健の目に涙が滲んだ。彼は咲良をそっと抱き上げ、優しく声をかけながら歩き出す。「お兄ちゃんがいるよ。お兄ちゃんがいるから、大丈夫だ」咲良は夢を見ているような気がした。どうして石井先生は、彼女が死にかけているのを見て泣くのだろう。どうして、自分のことをお兄ちゃんと名乗るのだろう。こんなお兄ちゃんが、本当にいたらいいのに。こんな夢なら、ずっと覚めなければいいのに。咲良は誠健のシャツを握りしめ、ゆっくりと目を閉じた。そして、また小さくつぶやいた。「……お兄ちゃん」誠健は彼女を抱えたまま救急車へと走り込んだ。「酸素!強心剤!血圧確認!」彼はすぐさま咲良への応急処置を開始する。少しでも遅れていたら、もう手遅れだったかもしれない。救急車のサイレンが響きわたる。病院に着くと、咲良はすぐさま緊急手術室へと運ばれていった。予定より早く、心臓移植手術が始まることとなった。咲良の母は、廊下の椅子に座り、声を殺して泣いていた。知里がティッシュを差し出し、静かに問いかけた。「おばさん、咲良は大丈夫です。だから教えてください。浩史があなたたちを捕まえた理由、何があったんですか?」咲良の母は涙を拭いながら、震える声で話し始めた。「ある人が……咲良を殺せば、その心臓を手に入れられ
彼女は彼に深く感謝していた。彼が幸せでいてくれることを、心の底から願っていた。もし、彼の妹が心臓を見つけられずに亡くなったら――彼はきっと、深く傷つくだろう。 だからこそ、彼女は彼らを助ける決意をした。どうせこの命は、石井先生に拾ってもらったものなのだから。でも……自分が死んでしまったら、もう大好きな瑛士には二度と会えない。 優しくしてくれた石井先生にも、知里姉にも、もう会えなくなる。 それを思っただけで、彼女の頬を涙がつたって流れ落ちた。胸を押さえ、呼吸が急激に苦しくなってくる。 発作だとわかっていた。そして今回は、もう逃れられない予感がした。涙でかすむ視界の中、彼女は母親を見つめ、かすれた声で言った。「お母さん……大学に行って、立派になって、お金を稼いで……お母さんに楽させてあげたかったのに……もう無理みたい。来世で、この恩返しをさせてください……」彼女の呼吸はどんどん弱くなり、咲良の母は恐怖で今にも崩れ落ちそうだった。空に向かって叫び声をあげ、手の縛めを力任せに引きちぎった。口をふさいでいたテープをはぎ取り、咲良を抱きしめながら必死にあやした。「咲良、怖くないよ……母さんが絶対に死なせない。きっと誰かが助けに来てくれるから」咲良は母の胸に顔をうずめながら、ゆっくりと瞳の光が消えていった。 その声も、ほとんど力がなかった。「お母さん……私が死んだら、お母さんも楽になるよね……もう、迷惑かけないから……でも、本当は、お母さんと離れるのが嫌だよ……恩返し、まだ何もできてないのに……」咲良の母は彼女を抱きしめながら、涙を止めることができなかった。「咲良、そんな縁起でもないこと言っちゃダメ!お母さんは絶対にあなたを離さない!あなたがいなくなったら、お母さんはどうやって生きていけばいいのよ!」咲良は小さな手を伸ばし、母のやせ細った頬をそっとなでた。「お母さん……これでよかったんだよ……私が死ねば、あいつは人殺しになる……きっと一生刑務所に入れられる。お母さんは、もうあいつに怯えなくて済むんだよ……」「ダメ、咲良、死んじゃダメ!」咲良の母は咲良を抱いたまま、浩史に向かって必死に懇願した。「浩史!咲良は十何年もあなたのことをお父さんって呼んできたのよ?それなのに、そんな冷たく見殺