離婚は無効だ!もう一度、君を手に入れたい のすべてのチャプター: チャプター 1001 - チャプター 1010

1099 チャプター

第1001話

個室の中は静まり返っていた。佐藤玲司も小林墨の方を見る。目があった瞬間、小林墨の瞳には涙が滲んでいた。愛する人が自分を裏切り、辱めるためにここへ呼び出した。そんなこと、信じられなかった。小林墨の唇は震えていた。「どうして」と問いただしたかった。けれど、それを口にすれば、余計に自分が惨めになるだけだ。彼女は一歩後ずさりし、小さな声でつぶやいた。「すみません、部屋を間違えました」個室には部屋に気まずい空気に包まれ、相沢家の人々は当惑を隠せなかった。その中で、相沢静子だけがじっと黙ってはいられなかった。つい先日、小林墨に警告したばかりだった。出ていくと言っておきながら、まだこそこそ夫に言い寄っている。しかも、自分の両親の前でこんなことをするなんて......小林墨は宣戦布告でもしに来たのだろうか?「小林さん」相沢静子は小林墨を呼び止めた。そして、彼女の前に歩み寄り、愛する人を奪われた女の憎しみに満ちた目で睨みつけ、平手打ちを食らわせた。そして罵った。「このはしたない女!」日頃から、子供たちの前で散々悪口を言っているのだろう。佐藤家の子供たちも駆け寄ってきて、口々に叫んだ。「悪い女!パパを奪った悪い女!」小林墨の顔は、平手打ちされた勢いで横を向いた。せっかく綺麗にセットした髪も乱れ、酷い有様だった。芽依のへその緒の血で命を救われたあの子が、物を投げつけて「悪い女」と罵っている......そうだ。自分は悪い女だ。悪い女でなければ、佐藤玲司とあんな関係になるはずがない。かつて愛した男を見つめる。彼の顔には、冷たさしか見えなかった。まるで、自分が受けた平手打ちや屈辱は、すべて彼の計算通りだったかのように......そうだ、彼の仕組んだことなのだ。家政婦の前田里奈でさえ分かっていることを、自分が分からないはずがない。本当に愛しているなら、こんな目に遭わせるはずがない。最初から最後まで、復讐だったのだ。今夜は、自分を辱めるために、入念に仕組まれた罠だったのだ。たった一瞬で、小林墨の心は灰のように冷たく沈んだ。彼女はもう一度、かつて愛した男の方を見てから、ゆっくりと個室のドアを開けた。吹き抜ける風は身を切るように冷たかった。厚着をしているはずなのに、なぜこんなに寒いんだろう?廊下の突き当りの
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第1002話

前田里奈は芽依を抱きかかえながら近づいていくと、地面に倒れている女性に気づいた。夜空に、前田里奈の悲鳴が響いた――「小林さん!小林さん、一体どうして......あなたが逝ってしまったら、芽依ちゃんはどうなるんですか?」......生後数ヶ月の芽依は、まるで母親の死を予感したかのように、大声で泣き出した。そして、その泣き声は止まることを知らなかった......前田里奈は芽依に母親の無残な姿を見せまいと、そっとその目を手で覆った。鮮やかに染まった地面は、暗い夜に咲く一輪の薔薇のようだった。階下は騒然としていた。すぐに警察が到着し、現場保存のために規制線が張られた。前田里奈も芽依を抱えたまま、遠くから小林墨を見守ることしかできなかった。前田里奈はいつもは頼りになる存在だったが、今はどうしようもなかった。この街には頼れる人が誰もいないのだ。そうだ、水谷苑......ふと、この前家に来た水谷苑のことを思い出した。何かあったら必ず連絡するように言われていた。小林墨がこんなことになってしまった今、彼女に助けを求めるしかない。前田里奈は財布から水谷苑の名刺を取り出した。震える声で電話をかけた。電話を受けた九条時也と水谷苑は、すぐに現場へと向かった......前田里奈は電話をしまったかどうかも覚えてない。彼女は赤ちゃんを抱きしめ、泣き叫びながら人々に訴えた。「彼女はまだ若いんです。とても健康な人だったんです。救急車を呼んで、助けてください!この子はまだ小さいんです!母親がいないと生きていけないんです!」人々は赤ちゃんをちらりと見て、静かに首を振った。もう助からない。前田里奈は芽依を強く抱きしめた。芽依は泣き続けていた......クリスマスイブの夜は、賑やかだった。一つの命が失われたとしても、祝いの夜は続いていく。......部屋の中は、明るい光で照らされていた。外から大きな音が聞こえた。何か重いものが落ちたような音だった。そして1階から赤ちゃんの泣き声と、人々の騒がしい話し声が聞こえてきた。若いのに、もったいない、といった声。さらに、芽依という名前も聞こえた......佐藤玲司は顔を上げなかった。小林墨が飛び降りたのだとすぐに察した。彼女のような性格の人は、相沢静子にあの屈
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第1003話

車に乗る前、佐藤玲司は振り返って一度だけその場を見た。パトカーが視界の大部分を遮っていたが、それでも群衆の中に横たわる女性の姿が見えた。彼女は仰向けで、まるで穏やかに眠っているようだった。未練など、微塵も感じさせない。小林墨......小林墨......車の中で、幼い佐藤翔が父親を呼びながら、死んだのは悪い女だと言った。佐藤玲司は少しの間動きを止め、そして車に乗り込んだ。佐藤邸に戻ると、言いようのない不安に襲われた。これですっきりしたと思った反面、目を閉じると小林墨の最期の姿が浮かんでくる。体を翻し、相沢静子を抱きしめようとした。彼女と体を重ねれば、余計なことを考えずに済むかもしれない、と。相沢静子は身をかわした。夫から1メートルほど離れた彼女は、黒い天井を見つめながら、疲れたと呟いた。彼女は初めて恐怖を感じた。夫があまりにも残酷だと。夜、佐藤玲司は夢を見た。小林墨の夢だった。明るいリビングで、彼女は大切に育てられていた。彼女はそこで油絵を描いていて、時折、顔を傾けて恋人同士のような言葉を囁く。「玲司さん、あなたは油絵が好きだから、わざわざ習ったの」拘置所にいる自分に面会に来た彼女が、一度も愛したことはないと告げる夢も見た。もし本当に愛していなかったのなら、ただの風俗の女に過ぎなかったのなら、なぜあんなにも簡単に罠にはまり、命を落としてしまったのだろう......最後は、満開の薔薇のようだった。彼女は別れを告げることさえなく、個室のドアを開けて、ためらうことなく飛び降りた。自分に別れを告げずに。彼女は、自分と一生一緒にいると言っていたのに。悪夢から目覚めた佐藤玲司は、背筋が凍る思いに襲われた。冷や汗が全身を伝っていた。彼はシルクの布団を捲り、ベッドから降りた。相沢静子もまた眠れずにいた。暗闇の中で服を着る音が聞こえ、夫が出かけるのだと察した......最後だから、あの女を見送るのだろう。相沢静子は不安だった。佐藤玲司が出て行った後、相沢静子はそっと起き上がり、夜の庭へと足を運んだ。線香に火を灯し、小林墨に向かって祈った。もし恨みが残っているのなら、どうか佐藤玲司のもとへ行き、自分たち親子には手を出さないで......と。......夜、静まり返った。佐藤玲司は一人で車
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第1004話

前田里奈は自分の額を芽依の小さなおでこ軽く合わせた。そして、彼女は言った。「では、私はこれで失礼します。芽依ちゃんのこと、よろしくお願いします」九条時也は芽依を抱き上げた。そして前田里奈を安心させるように言った。「私たちがいるから大丈夫です。この子は苦労させません。この子には幸せな子ども時代と明るい未来を与えます」前田里奈は目に涙を浮かべながら、立ち去った。......三日後、九条時也は佐藤グループを訪れ、佐藤玲司に会いに行った。彼は佐藤玲司に真実を伝えるつもりだった。芽依のへその緒の血が彼の息子の命を救ったのに、恩を仇で返し、小林墨を死に追いやった......なぜあんなにも女を苦しめるのか、男としてどうなのか、と佐藤玲司を問い詰めたかった。全ては自分が仕組んだことだった。復讐するなら自分にしろ。女に八つ当たりするのは卑怯だ。ましてや、佐藤玲司の子供を産んでくれた女になんてことを。しかし、佐藤玲司の秘書は、社長は不在で、接待に出ていると言った。九条時也は、秘書を脅して場所を聞き出した。彼がそのクラブに着いた時、まだ昼間だというのに、佐藤玲司はすでに泥酔していた――豪華な個室で、佐藤玲司は女の膝枕に横たわっていた。白いシャツのボタンは3つ外され、ベルトも緩み、黒い髪は乱れていた。女の服装も乱れていた。激しく肉体をぶつけ合ったあとだった。女は佐藤玲司にブドウを食べさせていた。みずみずしい実を、一粒ずつ、女の手から彼の口へと運んでいた。佐藤玲司は女の優しさに浸っていた。彼は若い女の顔を見つめていた。だんだん、彼女が誰かに似ている気がしてきた。誰なのか深く考えたくはなかった。ただ、その感覚に浸っていた。再び事に及ぼうとしたその時、ドアが蹴破られた。九条時也が入ってきた。支配人が後ろから必死に止めたが、九条時也は力づくで支配人を廊下の壁に押し付け、「もう一言言ったら、この店を潰すぞ」と脅した。支配人は震え上がっていた。B市で九条時也を知らぬ者はいない。彼は本当にクラブを潰しかねない男だった。九条時也は支配人を追い払い、大股で個室に入っていった。女は慌てふためいていたが、佐藤玲司は落ち着いていた。九条時也は女を引き起こし、顔をよく見た。そして、彼はこの状況を理解した。
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第1005話

「今更、もう手遅れだった!彼女を救うことはできなかった。でも、せめて、こてんぱんにやっつけてやる」......九条時也は佐藤玲司の胸ぐらをつかんだ。容赦ない拳が、佐藤玲司の顔面に何度も叩き込まれた。そして、鼻の骨を折るほどの強烈な一撃――殴るたびに、激しい罵声が飛ぶ。殴り続け、血まみれになった。九条時也自身の手も血だらけだったが、痛みは感じなかった。ただ、佐藤玲司に痛みを与え、正気に戻らせたい一心だった――佐藤玲司はカーペットの上に倒れ込んだ。全身血だらけで、激しく息を切らせている。九条時也はさらに蹴りを加え、怒鳴りつけた。「お前を愛する女を、お前自身が殺したんだ」そして、九条時也の目は赤く充血した。震える手でタバコとライターを取り出し、火をつける。こんなクズ男とはもう話したくない。そう思った九条時也は、一言だけ残して立ち去ろうとした――「今度、俺のとこに来い」個室のドアが開き、そして勢いよく閉められた。壁が震えるほどの衝撃だった。顔中血だらけの佐藤玲司は、笑った。この痛み、最高だ。まるで死人のように生きてきたこの体にも、まだ痛みを感じる神経が残っていたとは。だが、九条時也は何と言った?彼のとこに来い?冗談じゃない。確かに小林墨を死に追いやったのは自分だが、あれは彼女が勝手にやったことじゃないか。水商売の女のために悲しむ必要なんてない。謝る必要もない。そもそも、彼女のほうが先に自分に借りを作ったんだ......借りを作ったのは、誰のせいだ?彼女が死んだ今、このやり場のない怒りをどこにぶつければいい?佐藤玲司はよろめきながら立ち上がり、また酒と女に溺れる日々へと戻っていく............九条時也は自宅に戻った。夕暮れ時、空が茜色に染まる頃、二階から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。使用人がやってきて、桐島霞が来て水谷苑と二階にいること、そして今日の夕食の希望を聞いていることを伝えた......九条時也は指でタバコを挟み、静かに言った。「お客さんの好物も二品用意しておけ。夕食まで残ってもらって一緒に食事を取るように。苑は最近気分が優れないから、友人がいれば少しは食欲も出るだろう」使用人は思わず言った。「優しいですね」九条時也はただ微笑んだ。以前の
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第1006話

桐島霞は探るような言葉を残し、食事を終えると帰って行った。そして、九条夫婦だけになった。二人の心は、どちらも重く沈んでいた。九条時也は窓辺に立ち、タバコを取り出したが、火はつけずにいた。心の中には申し訳なさが渦巻いていた。小林墨は可哀想で、なんとも哀れだった。彼女がかつて自分の前に跪き、受け入れてほしいと懇願した姿が、今も忘れられない。この世には、彼女を裏切った人間はあまりにも多すぎる。特に佐藤玲司は、彼女を深く傷つけた。夜も更け、水谷苑は夫に寄りかかり、静かに言った。「私たちが育ててもいいけど、芽依ちゃんにはもっといい環境で愛情もたっぷり受けながら育ってほしいの。彼女のことを一番に考え、どんなことがあっても全力で守ってくれる人に育ててほしい」九条時也は、かすれた声で言った。「桐島さんの元奥さんのこと?」水谷苑は小さく「うん」と頷いた。「ええ。霞さんは信頼できるし、子供思いだし、きっと芽依ちゃんに愛情を注いでくれる。彼女に育ててもらえるなら......安心だわ」九条時也は考え込んだ。そして、ゆっくりと口を開いた。「彼女の人柄は申し分ないし、それにお前とも親しい。彼女が育ててくれれば、いつでも芽依ちゃんに会えるし......何かあれば相談もできる」夫婦二人きりなら、どんなことでも本音で話せるものだ。水谷苑は暗い夜空を見つめ、悲しげな表情で言った。「玲司を恨んでいないわけじゃない。彼はあまりにも冷酷すぎるもの!ねえ、時也、この子を隠し子にしたくないの。世の中は厳しい。しかも女の子だから、将来、陰口を叩かれて辛い思いをするかもしれない......でも霞さんは芯が強い人だから、彼女に育ててもらえれば、霞さん自身の人生にも精神的な支えとなるでしょうし、芽依ちゃんを守り、明るい未来を切り開いてくれるはず」......九条時也は彼女の肩を抱き寄せ、しばらく黙って思いを巡らせていた。水谷苑の目に涙が滲んだ。全ては彼女が原因で起きたことだった。心に大きな石がのしかかっているようで、芽依のためにできる限りのことをしなければ、小林墨の霊に申し訳が立たないと思った。九条時也は彼女のおでこに自分の額を当てた。そして、凛々しい眉を寄せ、低い声で言った。「苑、これからは俺も落ち着くつもりだ。何かあればお前の言うこ
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第1007話

......それから一週間後、桐島宗助はB市へ出張でやって来た。本来は、仕事が終わったらすぐに帰るつもりだった。前回、桐島霞にひどく傷つけられた彼は、時折心のどこかで彼女を思い出すことがあっても、そう簡単にプライドを捨てたりはしなかった。桐島霞から歩み寄ってこない限り、自分からはよりを戻すつもりはなかったのだ。そんな中、まさか彼女が中村秘書に間に入ってもらうとは、思いもよらなかった。帰る前の夜、桐島宗助は窓辺に立ち、新聞を読んでいた。濃い青色のシャツがダンディな雰囲気を醸し出し、40歳手前とは思えないほど若々しく、風格があった。この一週間の間、女性から絶え間なく電話がかかってきたしかし、桐島宗助は動じることなかった。そばにいた中村秘書がお茶を淹れ、ソファ横にあるローテーブルに置くと、優しい声で言った。「一週間お疲れさまです。どうして、少しも休もうとされないのですか?せっかくB市にいるのですから、泊まれる場所だってありますし......」桐島宗助は首を回しながら言った。「昔は、女がそばにいなくて眠れないと思ったこともあったけど、今は一人の方が落ち着く......何もなくて静かでいい」中村秘書は微笑みながら、「お一人になれる場所なら、良いところがございます」と、言葉を濁す。だが、桐島宗助がそれを察しないはずがない。「霞のことか?」元妻の話になると、桐島宗助は未だに怒りが収まらなかった。あの夜、確かに快感もあったのだが、医師に性病の検査までされた屈辱は忘れられない。桐島宗助は鼻を鳴らした。「彼女がいる場所が落ち着くとは?また何をされるか分からない」乗り気ではない様子だった。中村秘書が桐島霞にさっきのやり取りをそのまま伝えると、電話の向こうで桐島霞は自信満々に言った。「あの人の性格だから、きっと来るわ」やはり、夕暮れ時、桐島宗助は郷土料理が食べたいと口実を作り、桐島霞の住む別荘へ向かった。ピカピカに磨かれた黒塗りの車が、ゆっくりとマンションの敷地に入り、ブロンズ色の門の前に停まった。使用人がドアを開けると、丁寧な声で言った。「桐島様、お越しくださいました!奥様はずっとお待ちになっていました。桐島様のために、とっておきのお手製の郷土料理を用意して、ご一緒に召し上がるのを楽しみにされているのです」
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第1008話

赤ちゃんの泣き声を聞いて、桐島宗助は驚いた。赤ちゃん、一体どこから?桐島宗助の視線は明らかに質問をしていた。桐島霞は、そんな彼の視線に直接は答えず、にこやかに彼に料理を取り分けながら言った。「宗助、あなたのために故郷の料理を作ったの。気に入ってくれると嬉しいわ」桐島宗助は箸を置き、尋ねた。「二階の赤ちゃんは一体どういうこと?」桐島霞は髪を撫で、薄く微笑んだ。「私が産んだのよ」桐島宗助は「ばかばかしい」と連呼したが、結局、桐島霞が子供を産めないという事実は口にしなかった。しばらく沈黙した後、彼は言った。「今日、俺を呼び出したのは、本気でやり直したいからじゃないだろう?あの子を俺の戸籍に入れようと企んでるんだろう!霞、お前は俺の権力と地位が欲しいだけなんだ」......桐島宗助は、心の底で憤りを感じながら言った。「霞、お前にはやっぱり本気度がない!」彼は怒って食器を放り出したが、すぐに出て行くのも惜しい気がした。そして、ドタバタと二階へ上がっていった......これを見た使用人は心配でたまらなかった。しかし、桐島霞は食事を続けながら、落ち着いた声で言った。「彼に芽依ちゃんと会わせるのも悪くないわ。これからうまくいけば、戸籍上の父親になれるかも知れないから、会わせても差し支えないと思うわ」彼女は二階へは行かず、夕食を終え、最後にいくらか料理をトレイに載せて二階へ運んだ。寝室のドアを開けると、部屋の中は薄暗かった。家政婦が芽依をあやしていた。小さな芽依は泣いていた。おそらく、「本当の父親」から愛されていないことを感じて、声を殺して泣いていた――小さな足をバタバタしていて、とてもかわいらしい。桐島宗助はソファに寄りかかり、その小さな生き物を睨みつけ、拒絶と信じられないという表情を浮かべていた。桐島霞が入ってきた。ドアの隙間からオレンジ色の光が差し込み、彼女の髪を輝かせ、すらりとした体形を浮かび上がらせた。桐島宗助はその姿に、愛しさと憎しみを同時に感じた。彼は元妻をじっと睨むように見つめた。桐島霞は、彼が怒っていることに気づいていないかのように、トレイをローテーブルに置き、家政婦に優しく声をかけ、部屋を出て行くように言った。そして、「ここからは私がやるから」と告げた。家政婦が出て行くと、桐島霞は
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第1009話

桐島宗助は元々機嫌が悪かったが、佐藤玲司を見てさらに悪化した。特に、佐藤玲司が女遊びをしながら酒を飲んでいたからだ。若くて美しい女性が佐藤玲司の膝の上に座り、優しく酒を勧めていた。佐藤玲司もまんざらでもない様子だった。それを見て、桐島宗助はさらに居心地が悪くなった。まったく、子供の実の父親がここで酒を飲んでいるというのに、自分の元妻はその子ためにオムツを替え、さらにはいざとならば50歳過ぎのハゲた男と結婚しても構わないなんて言ってるんだぞ。頭に血が上った桐島宗助は、思わず手を出してしまった。温厚な人柄の桐島宗助だが、背が高く体格も立派だった。佐藤玲司を制圧するくらいは造作もない。彼は簡単に佐藤玲司の襟首をつかみ、壁に押し付けながら冷たく言った。「よくも平然でいられるな!愛人は死に、行き場のない子が残されているというのに......それでも酒を飲んでいられるのか」愛人、行き場のない子......佐藤玲司は少し混乱した。しばらくして、桐島宗助が小林墨のことを言っているのだと理解した。小林墨は死んだが、子供を残した、と。しかし、彼女は子供を堕ろしたと言っていたはずだ。周囲は華やかで、金と酒と女の匂いが充満していた。しかし、佐藤玲司は目頭を赤く腫らし、顔を歪め、桐島宗助を睨みつけ、かすれた声で問い返した。「何だと?もう一度言ってみろ、子供だと?」桐島宗助は冷笑した。「今更子供のことか?当初は、そんなこと考えもしなかったんだろう?そんなに知りたければ教えてやる。小林さんはあなたの子供を産んだだけじゃない。あなたの大事な息子の病気も、その子のへその緒の血で治ったんだ。彼女は遠くB市まで戻って出産したのは、あなたの息子を助けるためだった。なのに、あなたはどうした?彼女の嘘を恨んで、弄んで捨てたんだ。俺も男だから分かるんだ。あなたがやったことはな、もう誤魔化せない。あなたは自分で手を下さずに、奥さんに小林さんを侮辱させた。そして、彼女を抱きながらも、辱め続けたんだ。あなたは本当に、人間失格だ」......言葉を放った瞬間、彼は思わずスカッとした。だが佐藤玲司は呆然としていた。その言葉には、あまりにも多くの情報が含まれていた。子供は生きていて、小林墨はその子のへその緒の血で佐藤翔を救った。佐藤翔は小林
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第1010話

それもそうだな。あんなに気位の高い佐藤社長が、真夜中に酒に酔って騒いでいるなんて......警備員が警察に通報しようとしたその時、暗闇からすらりとした人影が現れた。九条時也だった。彼はもう寝ようとしていたんだろう。上下黒のパジャマの上に、黒のロングダウンを羽織っていた。凍えるような寒さの中、指には白いタバコが挟まれていて、すでに半分ほど燃えていた。玄関の明るい照明が九条時也の端正な顔立ちを照らし出し、それと対照的に、佐藤玲司のやつれた様子が際立っていた。彼は九条時也を見ると、唇を震わせた。「墨、墨はどこだ?」九条時也は冷たく笑った。「土の中だ」土の中......佐藤玲司の目は怒りで満ちた。彼はこの事実を受け入れられなかった。しかし、同時に滑稽にも思えた。彼女を追い詰めたのは自分自身なのに......後悔しているのもまた、自分自身なのだ。九条時也はタバコを一口吸った。薄い青色の煙が、玄関の灯りの下ではっきりと見えた。煙が消えると、九条時也は続けた。「墨のことを聞きに来ただけじゃないだろ?もし子供のことなら......里親に預けた」佐藤玲司は一歩後ずさりした。「里親に預けた?」九条時也はわざと意地悪く言った。「里親に出さないで、俺と苑が面倒を見て、悶々とすると思うか?玲司、今更そんな悲しそうな顔をするな。お前が墨を追い詰めた時は、容赦なかっただろう。今になって真実を知って、罪悪感に苛まれているのか?それとも、夜中に墨の幽霊が出てくるのが怖いのか?」佐藤玲司は喉元を上下させ、しばらく言葉を詰まらせた。やっと、かすれた声で口を開く。「俺の血のつながった子なんだ」「お前の子?」九条時也は一歩近づき、冷笑しながら問い詰めた――「玲司、お前はあの子に何がしてやれるんだ?隠し子として育てられるのか?それとも不幸な幼少期を送らせるのか?相沢さんは、きっと子供に八つ当たりするに違いない。お前は自分のことしか考えていない。誰も守れない。お前にはこの子を守る資格なんてない」......佐藤玲司の顔色は土気色だった。彼は狂ったように笑い、言った。「ああ!俺には子供を持つ資格はない。あの子にパパと呼ばせる資格もない......俺が墨を殺したんだ。俺が殺したんだ!あなたは喧嘩が好きだろ?さあ、
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