All Chapters of 離婚は無効だ!もう一度、君を手に入れたい: Chapter 791 - Chapter 799

799 Chapters

第791話

ここ数年、九条時也はビジネスの世界で怖いものなしだった。そんな彼が、これほどの損失を被ったことがあっただろうか?だが今、佐藤夫人の一言で胸が締め付けられるような痛みを感じていた。しかし、佐藤家は簡単に敵に回せる相手ではない。怒りを露わにするどころか、平静を装わねばならない。「それなら、玲司にはいつまでも待たせることになるかもしれないな」佐藤夫人はかすかに微笑んだ。「九条社長は自信家ね!女性にモテるのも当然よね。きっと社交界の女性たちも、こういうタイプに弱いのでしょう」互角の相手同士の対決は、互いの表情を顔に出さないものだ。九条時也は、その皮肉を分かっていても、聞き流すしかなかった。そして、返事すら気軽にできなかった。佐藤夫人の言ったことは事実だったからだ。彼は確かに長い間、放蕩な生活を送っていた。様々な女性と付き合い、享楽に溺れ、数年間の獄中生活の埋め合わせだと考えていた時期もあった。しかし今は、そんな生活には飽き飽きしていた。温かい家庭が欲しいと思っていた。佐藤夫人はそんなやり取りに満足したようで、ご機嫌な様子で立ち去った............この一件で、九条時也はギャラリーに入る気も失せてしまった。彼は車の中で待った。昼から夜になり、さらに夜遅くになって、水谷苑はようやくギャラリーから出てきた。九条時也の車は、入り口に停まっていた。彼女が出てくると、彼は黒のロールスロイスの運転席に座っていた。窓は半分開いていて、肘をついて、長い指には白いタバコが挟まっていた――夜の闇の中、彼は白いシャツを着て、オールバックの髪はきちんと整えられていた。彫りの深い顔立ちは、まるで彫刻のように美しく、女性を見つめる視線は、相手を痺れさせるほどだった......水谷苑は彼を一瞥すると、自分の車の方へ歩いて行った。九条時也は車のドアを開け、数歩で彼女の細い手首を掴み、ロールスロイスの中に引きずり込んだ。水谷苑が怒りを爆発させようとした、まさにその時、九条時也はセントラルロックを掛け、身を乗り出して彼女を見ながら、単刀直入に尋ねた。「佐藤家とはどういう関係だ?なぜ佐藤さんがここに来ているんだ?」水谷苑は彼に目もくれなった。冷たく言った。「ギャラリーは商売だから、店を開けている以上、誰が来てもおか
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第792話

水谷苑は椅子に深く腰掛け、目にうっすらと涙を浮かべていた。「時也、どんなに綺麗な言葉を並べても、もう遅い!『オオカミ少年』の物語、聞いたことあるでしょ?」水谷苑はドアノブに手をかけ、「降ろして!津帆にケーキを買って帰る約束をしたの。彼が家で待ってるから、私が帰らないと寝つかないのよ」と言った。九条時也は喉仏を上下させた。水谷苑の言いたいことはよく分かっていた。今彼女を帰らせないとなると、良い夫どころか、良い父親ですらなくなる......結局、彼は水谷苑を帰らせた。......そして、水谷苑はわざわざケーキを買った。マンションに戻ると、九条津帆はリビングにいなかった。水谷苑は彼が待ちきれずに寝てしまったと思ったが、寝室から出てきた高橋は心配そうな顔で言った。「津帆様は具合が悪そうなんです。少し熱があって、寝つきも悪いみたいです」水谷苑はケーキを置き、慌てて寝室へと向かった。河野美緒は眠っていた。九条津帆は気分が悪そうで、横向きに丸まり、妹の腕を抱いていた。子犬のような真っ黒な目で、水谷苑が入ってくるのを見ると、くんくんと鳴くように「ママ」と声をかけた。水谷苑は彼を抱き上げ、額に触れた。確かに少し熱がある。「病院へ連れて行くね」高橋は途方に暮れていたが、これで安心した。九条津帆に服を着せ、本来なら自分も病院について行きたいところだったが、家にはもう一人子供がいる。水谷苑は少し考えて言った。「やっぱり、もう一人住み込みの家政婦さんを探した方がいいわね。部屋も余分にあることだし」それには、高橋も賛成だった。水谷苑は一人で九条津帆を連れて病院に行った。チャイルドシートに座る九条津帆は、半分夢うつつで、ケーキのことを呟いていた。水谷苑は優しく言った。「津帆が元気になったら、お母さんがもっと大きなケーキを買ってあげるわね」九条津帆はおとなしく頷いた。病院に着き、医師の診察を受けると急性胃腸炎と診断された。最近は子供たちの間で流行っている病気で、それほど心配する必要はなく、1、2日入院して様子を見れば大丈夫とのことだった。それを聞いて、水谷苑は安心した。入院手続きを済ませると、九条津帆を抱いて病室に向かった。九条津帆は少し楽になったようで、母親を気遣って自分で歩こうとしたが、水谷苑はそんなことをさせ
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第793話

水谷苑は愕然とした。佐藤玲司は優しく微笑んで言った。「看護師さんが俺たちを兄弟だと思ったみたいだね。『よく似ていますね』って言ってるんだ!」水谷苑は彼が冗談を言っているのだと思い、気にも留めなかった。すぐに看護師が九条津帆に点滴をしてあげた。だが、この時になっても佐藤玲司は帰る様子を見せなかった。彼は九条津帆と話していた。九条津帆が彼をとても気に入っているのが見て取れた。点滴が半分ほど終わった頃、子供はついに耐え切れず眠ってしまった。すると、病室は静まり返った。水谷苑が口を開こうとしたその時、佐藤玲司が先に口を開いた。彼は水谷苑を見て静かに尋ねた。「なぜ俺が病院にいるのか、聞かないのかい?」「なぜ?」彼女の気持ちのこもってない質問に、佐藤玲司はクスッと笑った。しかし彼は怒ることはなく、代わりに床まである窓辺まで歩いて行き、外の夜景を眺めた。しばらくして、静かに話し始めた。「俺は血液の病気にかかってね、16歳の時に骨髄移植手術を受けたんだ。佐藤家の特別なルートを使って、ドナーが市内に住んでいることが分かった。俺より3歳年上だって」そう言うと、佐藤玲司は振り返った。夜景の中で、彼の顔はとりわけ白く、端正に見えた。彼は水谷苑をじっと見つめ、静かに続けた。「その時、俺は彼女を見つけ出して、感謝を伝えたいと思った。実際に見つけることもできたし、名前も知った......でも、彼女の住まいに行って会おうとした時、彼女の兄が彼女を連れて引っ越してしまっていたんだ。苑さん、俺は仏教の教えを信じてて、人と人の縁は自然に任せるのがいいと思ってる。だから、俺はそれ以上彼女を探さなかった。でもこの2年間、ずっと考えていたんだ。一つの町で骨髄が適合する確率は万に一つと言ってもいい......もしかしたら、二人は血縁関係にあるんじゃないかって」......水谷苑はソファに座り、顔が青ざめていた。佐藤玲司は真剣な眼差しで彼女に尋ねた。「苑さん、どう思う?」「そんなの、私にも分からない」佐藤玲司は彼女から目を離さず、じっと見つめていた。彼は目を伏せて、独り言のように呟いた。「佐藤家のような家では、本来なら余計な問題を起こすべきじゃないんだ。おじいさんはまだ現役だしね。でも、彼女の人生はあまりうまくいっていない
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第794話

夜が更けた。その夜、水谷苑は一睡もできなかった。彼女は夢を見たのだ。それは、かつて母親が屋上から飛び降りる夢だった。吹き荒れる夜風が、母親のスカートの裾をはためかせた。母親は、胸が張り裂けるような声で叫んだ。「苑、私は何も悪くない!全部あなたのせいよ!」「お母さん......」幼い水谷苑は、人形を抱きしめ、小さな声で呼んだ。近寄ることができなかった。一歩でも前に進めば、母親は本当に飛び降りてしまいそうだったから。そしたら、自分は母親を失ってしまう......母親は最後に振り返った。幼い娘を最後に見つめ、優しく言った。「燕がきっとちゃんと面倒を見てくれるから!苑、しっかり生きていくのよ!」あの日は風が強かった。血が飛び散った時、母親の服の裾が風に舞い上がり、遠くまでなびいていた。「お母さん!」水谷苑は悪夢から目を覚ました。背中が冷汗でびっしょりだった......辺りは静まり返り、聞こえるのは九条津帆の寝息だけだ。その寝息が、彼女の心の痛みを静かに和らげてくれた。水谷苑は再びゆっくりとベッドに横たわった。だが、佐藤玲司の言葉が、頭の中で何度もこだましていた。もしかしたら、二人は血縁関係にあるかもしれない。......夜が明けた。病室のドアをノックする音がして、水谷苑はドアを開けた――そこに立っていたのは、九条時也だった。水谷苑は一瞬たじろぎ、冷たい口調で言った。「どうして津帆が入院してるって分かったの?」九条時也は病室に入って来た。彼は冷たい空気と、かすかなタバコの香りが染みついているコートを纏ったまま、病床の脇に座り、何気なく言った。「今朝、高橋さんに聞いたら、津帆が体調を崩したって言われたんだ」九条津帆はまだ眠っていた。九条時也は顔を向け、ぼうっとしている水谷苑を見て、少し強い口調で言った。「今、こっち来る時、玲司に会った。なんであいつが病院にいるんだ?まさか、お前らここでデートでもしてるのか?」彼は、まるで責め立てるような態度だった。水谷苑は冷たく言い放った。「私はあなたみたいにだらしがない人間じゃないし、誰彼構わず色目使ったりしないさ」九条時也は彼女をじっと見つめた。しばらくして、彼は納得したようだった。ちょうどその時、九条津帆が目を覚ました。目を開け
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第795話

水谷苑は彼を完全に無視した。彼女はボタンを押して看護師を呼び、九条津帆の点滴を頼んだ。その時、太田秘書が豪華な朝食を持ってやってきた。水谷苑が九条時也に不信感を抱いていることを知っていたので、先に口を開いた。「朝食代は私が出しました。私からの差し入れだと思ってくれたらいいよ。津帆様をお腹すかせたままにさせちゃダメでしょう......ね?」水谷苑はもう衝動的な年齢は過ぎていた。だから彼女はその好意を断らなかった。太田秘書自身も二人の子供がいたので、子供をあやすのが上手だった。彼女はお粥をよそいながら九条津帆を機嫌よくあやし、九条津帆はすぐに先ほどのできごとを忘れて、楽しそうに太田秘書を「おばちゃん」と呼んだ。「じゃあ、おばちゃんが食べさせてあげようね。お父さんとお母さんはお話があるから」太田秘書は九条津帆を手慣れたようにあやした。九条津帆はもともと素直な子だったし、それに太田秘書のことが大好きだったので、おとなしく座ってお粥を食べさせてもらった。その間、九条時也と水谷苑は外に出て話をした。二人は廊下の突き当たりまで歩いて行き、足を止めた。水谷苑は静かに口を開いた。「津帆は明日退院するから、あなたももう来なくていいからね。今まで津帆のことを気にかけてあげたこともないのに、今更......気遣ってもらう必要ないから」九条時也は眉をひそめた。「俺はただお前たちが心配なだけなんだ。夫として、父親としての責任を果たしたいだけなのに、その機会さえもくれないのか?」水谷苑は何も言わず、ただ彼を見つめていた。二人はしばらく目が合ったまま、膠着していた。結局、彼が折れた。「わかった!病院にはもう来ない。だが、玲司に会うのは許さない......苑、これは俺の譲れない一線だ」「それはあなたの都合でしょ。私には関係ないから」......彼女は彼に遠慮することなく、そう言い放った。九条時也は機嫌が悪く、思わず言った。「あんな小僧のどこがいいんだ?」そう言われると、水谷苑は佐藤玲司のあれこれを思い出し、伏し目がちに言った。「彼はいい人よ」九条時也は二人が会ったのだと察し、気が狂いそうになった。しかし、今は二人の関係がこんなにも緊迫しているので、水谷苑を追い詰めすぎるのも得策ではないと思った。彼はかすれた声で言った
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第796話

病室。水谷苑は静かに瞬きした。彼女も馬鹿ではない。さっき佐藤潤が取り乱した理由が、この顔のせいなのか......それとも、何かを思い出したせいなのか、何となく察しがついた。「ママ!ママ!」九条津帆が彼女の袖を軽く引っ張った。水谷苑は我に返り、屈んで彼を抱き上げた。「お母さんが日向ぼっこに連れて行ってあげるね」彼女は佐藤玲司に申し訳なさそうに微笑んだ。佐藤玲司は九条津帆の頭を優しく撫でた。「また今度来るからね」九条津帆はすっかり甘えん坊に育っていた。彼はそう言われると佐藤玲司の手の中に、顔をすり寄せた。佐藤玲司は1階に降りた後、中庭で佐藤潤に追いついた。「おじいさん」佐藤潤は普段から佐藤玲司をとても可愛がっていた。佐藤玲司はずっと体が弱かったので佐藤潤も彼をずっと大切に育てていて、あまり叱ったことはなかった。だがこの時ばかり、彼は振り返り、初めて孫に厳しい言葉をかけた。「玲司!お前は最初から知っていたのか?」回廊で、佇む佐藤玲司は美しくも和やかな雰囲気だった。彼は小声で言った。「時也が訪ねてきて初めて知ったんだ!彼女が水谷苑という名前で、俺が......俺が......」「黙れ!よくもそんなことが言えるな!」佐藤潤は大声を上げた。彼は目を真っ赤にして、再び背を向け、佐藤玲司が後に付いてくることさえも拒んだ。......午後の時間は穏やかに流れて行った。佐藤邸の中庭には竹林が植えられており、その先には洒落た応接間があった。佐藤潤はそこで椅子にもたれていた。目の前のテーブルの上では、お茶が冷めていた――彼は目を閉じ、あの夜のバカげた出来事を思い出していた。当時、彼は中年で妻を亡くしていたが、事業は絶好調だった。彼に頼み事をしたい人たちは、東の町から西の町まで列をなしていた。中には卑劣な手段を使う者も少なくなかったが、彼は常に身を潔白に保ち、危険な橋は渡らなかった。しかし、ただ一度だけ、例外があった。あの夜、彼は本当に酔っていた。薄暗い灯りの下で、亡き妻の姿が見えたような気がしたのだ。滑らかな肌、絵に描いたような美しい顔立ち。一晩中、彼女はずっと艶っぽい声で、「そんなのダメよ」と言っていた。なぜダメなのだ?あんなに長い間彼女に恋焦がれているのに、夢の中
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第797話

佐藤潤は黄ばんだ新聞を優しく撫でた。目尻には涙が浮かんだ。この小さな命は、あの夜の過ちによって生まれたのだろうか。あの時、自分がうっかり犯してしまった過ちの結晶だろうか。善悪は紙一重というのは世の常なのだ。短い黄昏時、彼は自分の人生を振り返り、自分の将来と名声についても考えた。この娘を認めれば、佐藤家は嵐に見舞われるかもしれないことは予想できていた。......その頃、空の端から最後の夕焼けが消えた。佐藤夫人はお茶を運んでくると、ガラスランプに火を灯した。「お父さん、もう真っ暗よ。どうして灯りをつけないの?」そこに、灯りが灯された。佐藤潤の顔には、まだ過去の出来事から立ち直れていない様子が見て取れた。しばらくして、彼はかすれた声で口を開いた。「美月か!遠藤さんはどこだ?」「もうオフィスに戻ったはずよ」佐藤美月(さとう みずき)は新たに入れたお茶を置き、冷め切ったものを片付けた。その際、古い新聞に気づき、彼女は思わずたじろいだ。「お父さん、どうしたの?何かあったの?」佐藤潤は椅子の背にもたれかかったままだった。彼は手で目を覆い、嫁に低い声で尋ねた。「昨日、あの子に会いに行ったそうだが、どう思う?」佐藤美月は賢い女性だ。しかし、彼女はやはり事情を知らないため、細かいことまでは分からず、自分の素直な気持ちを話した。「苑さんはなかなか素敵な方で、人当たりもよかった。他のことはさておき、玲司があのような優秀な女性と知り合うのは、とても良いことだと思う」佐藤潤は手をおろし、静かに彼女を見つめた。彼は何かを考えているようだった。佐藤家の未来を左右するような、重大な決断を下そうとしているようだった......しばらくして、佐藤潤は低い声で言った。「それはよかった!」そして、彼は新しく出されたお茶をゆっくりと飲んだ。一杯のお茶を飲み干すと、彼は目を上げた。年老いた瞳には、計算高い光が宿っていた。「美月、一つ頼みたいことがある。これはお前にしか任せられない。他の人間は......安心して任せられないのだ」佐藤美月はかすかに微笑んだ。「そんなに重要なことなの?遠藤さんにも任せられないことなの?」「うん、家族内部のことだ」佐藤潤は一言だけ口にした。「DNA鑑定をしたい」それを聞いて、佐藤
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第798話

佐藤美月は、黒髪を枕に広げていた。夫の肩に寄り添い、柔らかな声で言った。「そうよね、お父さん、口には出してないけど、彼女たちに戻ってきて欲しいと思う気持ちは見てわかるんだ。きっと、私たちに気遣ってるだけなのよ」佐藤剛は軽く笑った。「何をそんなに気遣ってるんだろう?彼女がいなかったら、玲司はもうとっくにこの世にいなかったっていうのに、なにも躊躇うことはないさ」佐藤美月は夫を強く抱きしめた。彼女は夫を深く愛し、この家族の一人一人を愛していた。だから、佐藤潤の悩みを少しでも軽くしてあげたいと思っていた。......二日後。水谷苑はプライベートオフィスで在庫を確認していた。秘書に言った。「売れ行きが良すぎるのも考えものね。このリストの画家たちに連絡して、在庫があるか聞いてみて。もしなくても無理強いしないで。制作には時間がかかるものだから」秘書は頷いて出て行った。しかし、すぐに彼女は戻ってきて、困った様子で言った。「苑社長、あの佐藤さんがまた来られました。8億円の小切手をまた切られました」水谷苑は何となく察しがついた。しかし、商売である以上、個人的な感情は挟みたくなかったから、彼女はちゃんともてなそうと思って外に出た。佐藤美月は相変わらずだった。彼女は高級ハンドバッグを手にしながら、優雅で上品な微笑みを浮かべ、心から水谷苑を褒めた。「苑、ここのデザインや内装、それに外観も、本当に心を込めて作られているね......とても気に入った」水谷苑も社交的に微笑んだ。「佐藤さんに褒めてもらえるなんて、光栄よ」佐藤美月はすぐに提案した。「何度か来ているのに、ゆっくりお話したことがないわね。自宅にお招きしようかと思ったけれど、突然だと失礼かと思って......カフェでお茶でもいかがかしら?」そう言われると、水谷苑は断れなくなっていた。5分後、二人は通りの角にあるカフェに座っていた。佐藤美月には彼女なりのこだわりがあった。合図をすると、佐藤家の使用人が重箱を持ってきた。中には小さな菓子が詰められていて、とても美しく可愛らしかった。佐藤美月はそれを取り出し、水谷苑に勧めた。彼女は話すときも穏やかで、人の心を和ませる雰囲気があった。「本当はもっと作って津帆くんにも用意させようと思ったんだけど、津帆くんがお
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第799話

水谷苑は彼を無視しようとした。だが、彼女にも分かっていた。何か説明しておかないと、彼はしつこく問いただすだろう。彼女は穏やかな表情で言った。「佐藤さんがまた絵を何枚か買ったのよ。少しお茶に付き合うのは当然でしょ?時也......こんなこと、いちいちあなたにいう必要ないよね?」九条時也はそれ以上追求しなかった。彼は話題を変え、九条津帆に会いに行きたいと言った。水谷苑は止めなかった。「津帆は病み上がりだから、汗をかかせないようにね。また風邪を引いちゃうといけないから」九条時也は頷いた。二人が一緒にカフェを出た時、その優れた見た目に、周りから羨むかのような眼差しが多く向けられた......だが、この二人は店を出た途端、別々の方向へと行くのだということを知る者はいなかった。九条時也はマンションに向かった。彼は九条津帆と一緒に過ごし、夜遅くまでそこにいた。九条津帆が寝ても、水谷苑はまだ帰ってこなかった。彼女が自分を避けているのだと、彼は気が付いていた。こんなに時間が経っても、彼女が少しも心を許してくれないことに彼は思わず落胆した。高橋は九条時也を慰めた。「奥様がやり直したくないと思うのも無理はありませんよ!九条様、考えてみてください。奥様はまだ25歳でお若いんです。これからいくらでも楽しいことがあるのに、それを諦めてまで......九条様のような人に縛られて生活をしたいと思うほうがおかしいでしょ?今日は田中さん、明日は桐島さんですよ!それに、あの玲司さんを見てください。先日、一度お会いしましたが、まるで絵画から出てきたような素敵な方でした。見るからに、きちんとしてそうな方でしたよ」......九条時也の眼差しは深く沈んだ。彼は聞き返した。「俺はきちんとしていないってことか?」高橋は振り返って言った。「そうとは言ってませんよ!でも九条様が奥様に他の女の病気をうつさなかっただけでも、神のご加護があったくらいです。きっと神様仏様もちゃんとみていらっしゃったのでしょね」彼女はドアをバタンと閉めた。九条時也はドアに向かって、怒りをぶつける相手もなく立ち尽くした。階下に降りて車に乗り込むと、彼は一枚の招待状を取り出した。佐藤家から送られてきた晩餐会の招待状だった。以前、彼は佐藤家と取引があった。だが、
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