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夜と、傷と《3》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-08-09 19:28:35

「……あの、さ」

抑々、何のために追って来たんだ。

篤だって、今更気まずい僕を招待なんかしたくなかっただろうに、両親同士の付き合いでそうなっただけだろう。

だったら当たり障りなく、このまま僕が帰ってやり過ごせればよかったはずだ。

「ずっと、避けられてんのはわかってんだけど、一回ちゃんと話したくて……正月にも行ったんだけど」

「……え」

初めて顔を上げた。

漸く動いた足が後ろに一歩ずり下がる。

正月に来た、とは、僕が実家に帰省した日のことだろうか?

いや今は、それよりも……一体今更、何の話をしたいというんだ。

もう関わりなんか持ちたくないだろう、お互いに。

そう思っていたのに、篤はどうやらそうではなかったらしいということに、驚いた。

目が合ってなぜかわからないが篤が安心したような顔をして、僕は反対に眉を顰める。

「……女の格好しとって、安心した」

『お前が、女みたいな顔をするから!』

そう言って僕を罵ったくせに、同じ声と顔で正反対のことを言う。

「俺、お前に謝りたくて」

謝る。

今更?

月日が過ぎたから、今なら謝れる?

僕が女の格好で現れて、もう昔なんて引きずってないと安心したから?

自分は全部忘れて普通に恋愛をして子供作って、幸せな結婚をするから?

だから今更、都合よく謝りたいのか。

今なら謝れそうな、雰囲気だから。

「…………別に、今更」

恐いと感じる場所とは別のところで、怒りの感情が湧き出てくるのがわかる。

ようやく絞り出した声は、擦れて震えていた。

なのに篤は、僕が使った『今更』という言葉をいいように解釈したらしい。

「だよなあ、もう六年も経つし。でも俺としては、ずっと引っかかってて」

ほっとしたような表情を浮かべる、その軽々しい口調にかあっと頭に血が上った。

「その割に……デキ婚って聞いたけど」

「あ、いや。まあ、それはそれで。気になってたのはホントだって」

伝わらない。

結局、こいつにとっては「気になってた」程度のことで、僕がどれだけ引きずったかなんて全く理解してない。

多分、言葉で言っても本当には理解しない。

未だに僕は『普通』のことすらできないことを、知ったところできっと彼は理解しない。

悔しくて目頭が熱くなるのを、こんな奴の前で泣いたりするもんかと、強く唇を噛んだ。

篤は、そんな僕には全く気が付かないらしい。

気恥ずかしそうに何かを言いかけたけれど
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