美月の言葉に、紗雪は少しも驚かなかった。これらの資料はすべて自分で作ったものだ。どれほどの出来かは、自分が一番よく分かっている。母の基準を通るのは、難しいことではない。「それでは西山は私にお任せください」紗雪は淡く笑み、加津也に対する対応を全面的に引き受けるつもりでいた。相手が情を残さなかったのだから、自分も遠慮する必要はない。美月は軽く頷いた。「紗雪の判断なら信じているわ。いちいち相談しなくていいのよ」だが紗雪は譲らない。「いえ、これはご報告すべきことです。こういう大事は、ちゃんと伺わないと」美月はその真剣な表情を見つめ、ふと胸の奥に感慨が湧く。こんな娘を産んだ自分は、やはり幸せなのではないか。娘は有能で、美しく、礼節をわきまえ、年長者を敬う。連れて歩けば、誰の前に出しても恥ずかしくない。大人の世界は、遠回しなやり取りを必要としない。紗雪はちゃんとそれを理解している。彼女はさらに、この関係を利用し、二川で確かな地位をつかもうとしている。――それは今までのことから学んできたものだ。だが資料を眺めながら、美月はふっと笑った。「紗雪、確かこの加津也って......あなたの元カレだったよね?こんな風に攻めるなんて、心は痛まないの?」「どうして痛む必要があるんですか?」紗雪は即座に返した。「もう過去の人ですよ。誰だって目が曇る時くらいあります。それに今の私は、夫と幸せに暮らしてます。昔の男の話なんて必要ありません」美月はその瞳の輝きを見て、確信する。この娘は本当に幸せなのだと。ならば、それ以上望むことはない。「いいでしょう。母さんの願いはただ一つ。あなたが幸せに暮らすことよ」目の前の娘は、若い頃の自分にそっくりだ。その姿を見ていると、不意に時間の早さに胸が締めつけられる。かつて小さな影が、母の周りを駆け回っていた。それが今、堂々と一人で戦える存在になった。そう思うと、胸にひとつ温かな誇りが灯る。紗雪は改めて言う。「西山家の件は、すべて私にお任せください」「ええ、紗雪になら安心できるわ」美月の声には一片の迷いもない。彼女は手を軽く振り、「退室していい」という合図を送った。
Read more