All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 1061 - Chapter 1070

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第1061話

結局として、自分と美月は母娘だ。切っても切れない、複雑で絡まった関係。だから、わざわざ気まずくする必要なんてない。紗雪の感情が落ち着いたのを見て、美月も態度を和らげた。「今週末、パーティーを開くことにしたの。正式に紗雪が会社を引き継ぐことを発表するわ。それと、安東家との今後の協力を取り止めることも」紗雪は思わず目を瞬いた。「急じゃありませんか?」美月はゆっくりとお茶を飲み、落ち着いた声で言った。「前から紗雪に会社を任せると決めていたし、ちゃんと伝えていたでしょう。だから急ではないわ。ただ、あなたが心の準備をしてなかっただけ」紗雪は少し疑わしげに尋ねる。「そのこと、緒莉......姉にも言ったんですか?」美月の前では、紗雪は一応緒莉に多少の礼を払っている。美月もそれを感じ取り、追及はしなかった。「このことは彼女も知っているわ」そして穏やかに続けた。「安心しなさい。私がこうすると決めた以上、ちゃんと考えがある。あなたが心配していることは全部、もう考えてあるわ。全部手配するから」その言葉に、紗雪もそれ以上は言及しなかった。「会長がそう決めたなら、私は従います」彼女はふっと笑みを浮かべた。「その日、必ず出席します」美月は静かにうなずく。「京弥くんも連れていらっしゃい」大事な場だから、誰一人欠けてほしくない。紗雪は一瞬足を止めたが、最終的にうなずいた。美月の決断は唐突に感じたものの、会社を継ぐ準備はすでにできていた。その過程がひとつ増えただけ。むしろ堂々とした継承になる。これで緒莉が何を言おうと、周囲は見ている。どれだけ騒いでも、何も変わらない。そう思うと紗雪は少し安心した。「会長、他にご用件は?」紗雪が穏やかに尋ねると、美月は一息ついた。「もう行っていいわ」娘が自分と長く過ごしたがらないことに、美月はどこか寂しさを覚えた。子どもが大きくなれば、母は与えることしかできなくなる。それ以外にできることは、何もない。「その日はちゃんと身なりを整えて来なさい」美月は娘のビジネススーツ姿を見て、ため息をつく。娘は美しいのに、身だしなみに無頓着で、仕事一筋。社交も好まない。それがどうにも気がかりだ。紗雪は自分のスーツ姿
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第1062話

これまでの緒莉の性格を思えば、こんなパーティー、きっと潰れていたはずだ。いったい美月は彼女に何を与え、どうやって承諾させたのか。紗雪は少し気になった。だが同時に、余計な好奇心は持たないほうがいいとも分かっていた。好奇心は猫を殺す――その言葉を彼女もよく知っている。扉を出た瞬間、山口が気づき、軽く会釈する。紗雪は微笑み返した。すれ違う際、突然問いかける。「ねえ、美月会長と緒莉、二人はどうやって話をつけたのか知ってる?」山口はビクッと身体を震わせた。慌てて手を振る。「私は何も知りません。ただの秘書ですから、そんなこと聞かれても困ります......」紗雪は喉の奥で笑う。「何をそんなに怯えてるの?ただ聞いただけで、理由は言ってないよ。自分で白状したいの?」山口はさらに縮こまり、視線も合わせられない。さすが紗雪、何気ない一言で相手を追い込める――そう思うと、胸の重さが少し和らいだ。彼は目を動かし、軽く受け流すように言った。「おっしゃる意味が分かりません。本当に何も知らないのです」紗雪は内心で舌打ちする。さすが母の側近。話し方の技術はしっかり身についている。「そうか。ならもういいわ」「ありがとうございます、紗雪様」山口は丁寧に頭を下げた。週末のパーティーが何を意味するか、彼も理解している。数日後には新しい主人が誕生する。誰を重んじるべきかは、明らかだ。紗雪は社を出ると、安東家のことを一旦脇に置いた。「安東グループ」という名称を見つめると、美月の判断が頭をよぎる。――まさか、自分の母が聖人気取りだなんて。ここまでのことが起きたというのに、相手を生かし、さらに立ち直る道まで残すなんて。いったい何のために?理解できない。だが、もはやどうでもいい。母がそう決めた以上、口を出す必要はない。美月は愚かではない。自分が何をしているか理解しているはずだ。視線を加津也の方に移すと、紗雪の口元に笑みが浮かんだ。あの道化と、少し遊んでやろうじゃないか。彼女さんは仕事のため海外へ移転したいらしいのに、本人はまだ何も気づいてない。思い出しただけで笑えてくる。たった一ヶ月寝ていただけで、これだけの騒ぎ。その後の展開は、彼女の予想を大
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第1063話

あの日、酔仙の店で紗雪が見せた態度を思い出すたび、加津也の胸にはどうしても晴れない鬱憤がこみ上げる。あの女、絶対に許さない。二川家の次女だからといって、好き勝手できると思うな。彼は酔仙のオーナーに電話し、監視映像を要求した。だが返ってきたのは冷たい一言。「すみません西山様、その日はちょうど監視カメラが壊れてまして」「なんだと?」加津也は思わず背筋を伸ばし、声を荒げる。「本当に壊れてたのか、それとも嘘ついてる?」しかしオーナーは動じない。「本当に壊れてました。同じ商売人ですから、西山様を騙す理由なんてありませんよ」言われてみれば、一理ある。加津也はすぐに別の言い方を探した。「じゃあ他のカメラは?まさか全部壊れたなんて言わないよな?」翌瞬、オーナーは平然と告げる。「申し訳ありません、その日ホテル全体でメンテナンス中でして。全部交換しました」「お前、わざとだな?」ここまで来れば、鈍い彼でも異変に気づく。鳴り城でも名の知れた酔仙のカメラが、同じ日に全部壊れて交換?そんな偶然、信じられるか。オーナーは鼻で笑った。「理由はどうでもいいでしょう。とにかく映像は渡せません。失礼します」そう言って、電話を切る。暗い画面を見つめながら、オーナーは吹き出した。紗雪にちょっかいを出した程度だと?あの女の後ろに誰がいるか、本気で知らないのか?まったく、愚かだ。オーナーはすぐさま匠に連絡し、加津也が映像を求めてきたと報告する。匠は「わかりました。向こうで動きがあればすぐ知らせてください」と指示。オーナーは媚びたように笑いながら「はい」と応じた。酔仙は椎名グループの店で、オーナーは名義だけ。本当のオーナーは京弥だ。そんな場所に監視映像を取りに来るなんて、まさに自殺行為。奥様の映像を要求?聞いただけで笑える。電話を切ったオーナーは再び思い返し、鼻で笑う。――この期に及んで、まだ自分が誰を相手にしたか分かってないのか。今さら忠告なんてしない。加津也みたいな男、誰も相手にしないだろう。みんな、ただ笑って見ているだけだ。
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第1064話

オーナーはスマホを横に放り、加津也のことなどまるで相手にもしていなかった。ただの小物で、数日騒ぐだけ騒いだら何の価値もなくなる。それ以外に表現のしようもない、と彼は思っていた。彼の目には、加津也なんて、泣きつく相手を間違えた愚か者にしか映らない。ちゃんと御曹司として生きていればいいものを、わざわざ余計なことをしに来て、結局得たものなど何もないではないか。......一方の加津也。酔仙のオーナーがあっさりと電話を切ったのを見て、裏に何かあるとすぐに察した。だが、具体的に何がおかしいのかまでは分からない。加津也は目を細め、個室で起きたことを必死に思い返した。紗雪が突然立ち上がり、「離して」と言ってきたことだけは覚えている。だが当時の彼は、それを大して気にしていなかった。初芽よりも紗雪の顔のほうが好み。二人ともそれぞれ魅力はあるが、紗雪の美貌は頭ひとつどころか数段上だ。だから比べる必要などない──そう思っていた。だからこそ、彼は復縁の可能性を考えた。紗雪さえ手に入れば、二川グループを攻略する手間もなくなる。一石二鳥――そう考えたのだ。紗雪が約束の場に現れたのも、復縁の余地がある証拠だと思い込んでいた。嫌いな相手と二人きりで個室に入るわけがない、というのが彼の認識だった。だが結果は完全に予想外で、まさかあんな展開になるとは思いもしなかった。加津也は頭をかきむしり、鳥の巣のように乱した。何がそんなにイラつくのか自分でも分からないが、とにかく気分が晴れない。特に初芽がずっと無視し続けている。メッセージを送っても電話をしても、既読もなく拒否か無視。頼りにしていた初芽の国内側の管理者・心咲からも一切連絡がない。ようやく分かった。彼女ら二人は最初から同じ側の人間だ。いくら待っても返事など来るはずがない。その事実に気づいた瞬間、胸の中はさらに重く濁った。その時、電話が鳴った。反射的に飛びつき、通話ボタンを押す。「もしもし、初芽?ごめん、俺が悪かった。チャンスをくれ。絶対に埋め合わせする。前みたいなことはしないから!」相手も見ずに、初芽だと思い込み、まくし立てた。すると、受話器越しに聞こえてきたのは西谷父・西山吉彦(にしやま よしひこ)の呆れ声だった
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第1065話

「俺はお前の父親だぞ。その口の利き方はなんだ」加津也は表情一つ変えずに答えた。「父さん、用がないなら切るよ。俺も忙しいんで」その言い方に、吉彦はスマホ越しに怒鳴った。「俺をまだ父親と思ってるなら、今日この電話を切ってみろ。ようやくいくつかプロジェクトを回せるようになっただけで、もう調子に乗ったのか?そんな態度が通ると思うな」その言葉で、加津也はハッとした。自分が今持っているものは、全部父の与えたものだ。父がいなければ、自分は何者でもない。成功したと言えるのも、ほんの端っこにある小さな案件だけで、会社の中枢なんてまだ触れてもいない。そんな立場で、父に強く出られるはずがないのだ。途端に態度を和らげ、落ち着いた声に戻った。「父さん、そんなつもりじゃないんだ。ただ仕事でちょっとあって、言葉が荒くなって悪かった。気を悪くしないでくれ。それで、用件は?」息子の声色を聞き、吉彦の表情も少し緩んだ。親子に本気の確執などない。最近の息子の働きも悪くはない。ただ、病院の件だけは予想外だった。「病院に入ったって聞いたが、何があった」吉彦は数日、息子の動きを追っていなかった。他の人間から聞かされて知ったことだ。息子がようやく会社をうまく回し始めたと思い、任せきりにしていたが......まさかこんな騒ぎを起こすとは。顔に泥を塗られた気分だ。その問いに、加津也は返答に詰まる。まさか、紗雪にやり返されたとは言えない。本来はただの話し合いのはずだった。だが、あんな展開になるとは夢にも思わなかった。とはいえ、先に仕掛けたのは自分だ。彼は別の理由をひねり出す。「大したことないよ。もう済んだことだし。これからは二度とあんなことはしない。会社に出た損失も、必ず埋め合わせるから」吉彦は冷ややかに鼻を鳴らした。「俺が口を出さないからって、お前が何をしているか分からないとでも?お前に与えたのはただの子会社だ。そこでの動きは全部見えてる」その言葉に不快感は湧いたが、反論はしない。「分かってるよ、父さん。まだ用事あるから、もう切るね」彼は父の利害と会社しか見ない性格を分かっている。そんな相手と長々と話す気はなかった。だが、切ろうとした瞬間、吉彦の声が飛んできた。「何を急
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第1066話

「お前が会社で何をしているか、わかってるんだぞ」その言葉に、契約書をめくっていた加津也の手が止まる。父の物言いに、彼は思わず鼻で笑った。「どういう意味だよ。俺が会社で不正でもしてると思ってるわけ?」加津也は軽く笑い、淡々と言う。「このところ俺がいくつも契約を取ってきたのは、父さんだって知ってるはずだろ。全部目の前で起きたことだ。もしまだ信用できないって言うなら、この会社、返してくれていいよ」その言葉に、吉彦の怒りが一気に爆ぜた。「俺を脅してるのか?父親の俺を忘れたわけじゃないだろうな、俺は──」「知ってる!」加津也が声を荒げる。「父さんは俺の父親で、俺の今の全部は父さんがくれたものだよ。それで?次は何を言いたい?」そもそもイライラしていたところに、父の口調が火に油を注ぐ。頭が割れそうなほどの苛立ち。息子の突然の怒号に、吉彦は言葉を失う。息子がここまで爆発するとは思っていなかった。「......もういい。その話をするために電話したんじゃない」気まずさを誤魔化すように、吉彦は話題を変えた。「じゃあ何だよ」加津也は訝しむ。父からの電話は会社の進捗を問い詰めるか、外で恥をかいたと怒鳴れるか、その二択だ。ろくな内容じゃない。そして今日も例外ではない。「お前の最近の様子、全部聞いてある。初芽のことだろ?」その名前を聞いた瞬間、脱力していた体が跳ね起きた。「父さん......今度は何なんだよ!」声が掠れ、どこか絶望が滲む。「少し時間をくれって言っただろ。俺は変わる。あいつにもう振り回されない。だから、彼女に手を出すな!」興奮した息子の声に、吉彦は電話越しに失笑する。「お前は俺とお前の母さんをそんな風に見てるのか?」加津也は淡々と答える。「そうじゃなきゃ、俺と初芽が別れることなんてなかっただろ。家柄が合わないって言ったのは、父さんたちだ。でも今、彼女は独立してスタジオを作って、仕事もうまくいってる。自分の力で、同年代の女の子の中じゃトップクラスだ」その言葉を聞き、吉彦はようやく肩の力を抜いた。「やっと本題に戻ったな」眉間を揉みながら、ため息まじりに言う。本当に息子と話すのは商談より疲れる。外の人間相手なら怒鳴れば済む。しかし息子にはそう
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第1067話

吉彦にとっての本心はそこにあった。だからこそ、息子には小さくまとまらず、堂々としていてほしい。言いたいことも言えないようでは、会社を任せても安心できない。そんな状態で死んだら、棺の中でも安らぎがない、というわけだ。加津也もついに苛立ちを隠さなくなった。「本題ってどういう意味だよ。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ」婉曲な前置きばかりされても、答えなんて出せるわけがない。そして父が妙に真剣であるほど、胸の奥にざわつきが生まれる。まるで何かを見透かされ、暴かれたような――けれど、何がとまではわからない。そんな息子の反応をよそに、吉彦は話をそらすように問う。「聞くが、この数日の落ち込みは、あの女のせいなのか?」また初芽の名だ。ここまで繰り返されれば、誤魔化しようもない。「そうだよ。この数日は彼女のことで、少し仕事に影響した」加津也はすぐに付け加える。「でも安心してくれ。ちゃんと調整する。もう女のことで仕事に支障を出させないから」父は鼻で笑う。信用していないのが言葉に出ていた。会社に置いた部下からの報告は、すでにすべて届いている。だが吉彦の目的はそこではなかった。「それが言いたくて電話したんじゃない」淡々と言い放つ。「俺とお前の母さんは、考えが狭かった。加津也が結婚したいならすればいい。相手が女ならな」唐突な言葉に、加津也は呆れたように目を瞬く。この状況でそんな話?初芽の件を放棄したうえで、今度は結婚の許可?筋が通らないようでいて、父にとっては結果こそが全て。過程はどうでもいいのだ。「分かったよ、父さん」もう言い返す気力もない。だが電話を切ろうとした瞬間、父の声が飛んできた。「待て。まだ話がある」さすがに加津也の眉間に皺が寄る。「父さん、明日じゃダメなの?俺、入院してたんだぞ。今処理しなきゃいけない書類が山ほどあるんだ」父はのんびりと続ける。「分かってる。ただ、これはお前も気になる話だろう」「......なに」しぶしぶ折れるしかない。父がここまで引っ張るのは珍しい。「ある古い友人がな......お前が会いたがっていた人物を見たって言うんだ」その言葉に、加津也はさらに苛立ちを強めた。「父さんの友達なんて
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第1068話

後半の言葉は、加津也は結局言わなかった。何かに気づいたように、ふと表情が変わる。そして急に口調まで甘くなる。「もしかしてその友達......初芽を見かけたのか?」電話の向こうで、吉彦がうなずく気配。「そうだ。だからわざわざ前置きしたんだ」苛立ちを隠さず言う。「お前ってやつは、ほんと分かってない。俺がこんなに話したのは、まずあの女がまだお前のそばにいるのか確認するためだ。もし今そばにいないなら、俺の友人が見間違えてないってことだろ?」加津也はそんな理屈どうでもよかった。立ち上がり、声が急く。「父さん、どこで見たのか聞いて。お願いだ、今すぐ知りたい。俺、彼女の行方がまったく掴めないんだ」吉彦は長年の経験で分かっていた。息子がどれだけ入り込んでいるか、その声色だけで察する。この段階で止めても逆効果だ。「分かった。あとで場所を聞いとく」一拍置き、釘を刺すように言う。「だが先に言っておくぞ。あの女、多少腕はあるかもしれんが、俺が完全に認めるかどうかはお前次第だ。俺たちと彼女の関係がどうなるかは......お前の態度にかかってる」その警告に、加津也の目の光が一瞬陰る。だが最終的に、力強くうなずいた。「分かってる。安心してくれ、父さん。もうちゃんと考えた。どんなことがあっても、女で仕事を乱したりしない」その返事を聞いて、吉彦は写真を送る。「写真を送った。この女性は、彼女だろ?それと、横の男。見覚えは?」言われて加津也は写真を拡大する。次の瞬間、頭の中が真っ白になる。記憶にかすかにある程度の、ほとんど印象のない男。写真では、背の高い、彫りの深い整った顔立ちの男が、女の細い腰を抱いている。女は背中の大きく開いた白いドレスを着て、右手にワイングラスを持ち、男の肩にもたれながら、柔らかく笑ってパーティーの客を見つめている。その女が初芽じゃなかったら、誰だというのか。白いワンピース、気品ある微笑み――それは確かに、昔、自分の前でも見せた姿だ。だが今、その全てが別の男に向けられている。思っただけで、胸が切り裂かれるように痛む。「父さん......これ、どこで......?」声は掠れ、震えていた。国内のパーティーなら、自分が知らないはずがない。その気配
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第1069話

吉彦の声には、少し気遣いがにじんでいた。「大丈夫か?ただの女だ。そんなに思い詰める必要はない」「まあ......」と一つ息をつき、彼はためらいながら続ける。「もし本当にあの女がもうお前と一緒にいる気がないなら、それはそれでいい。あとで俺が他の相手を探してやる」「いい。教えてくれてありがとう、父さん」そう言い切ると、加津也は電話を切った。画面に映る写真を見つめ、指先で何度も拡大する。そして、確信する。かつて自分だけを見ていた初芽が、今は別の男にあんなふうに従順に寄り添っている。瞬間、笑いがこみ上げる。一生愛すると言ったのは?自分のために、二川グループと渡り合うと決めたのは?あの約束は、一体何だったのか。なんて非情な女だ。スタジオを捨てて、そのまま海外へ行ったなんて。彼はため息混じりに乾いた笑いを漏らす。「全部、嘘だったってことか」自分が注いだ時間も、努力も、温度も、全部無駄。そう思った瞬間、胸の奥で何かが静かに切れた。ゆっくりと立ち上がり、夜景の広がる窓辺へと歩く。車の光が流れ、都市の喧騒が遠くに見える。その景色の中で、彼の目に新しい光が宿った。「いいだろう。そっちがそうなら......俺も遠慮しない」口元に薄い笑みを浮かべる。――遠く海外、華やかなパーティーの真ん中にいる初芽。周囲は笑い声とグラスの音であふれているのに、胸の奥は妙に空っぽだ。誰かの視線に刺されているような、不安なざわめき。理由もなく肌が粟立ち、腕をさする。そんな彼女に気づいたのは、そばにいた伊吹だった。「初芽、どうした?」と肩に手を回し、低い声で囁く。「顔色悪いよ。大丈夫?」その温度に、初芽の胸にほんのりと温かさが差す。選択は間違っていない――そう思った。だが同時に、心の底では冷えた声が囁いていた。どんな男も踏み台。一番信じられるのは、自分だけ。「大丈夫。それより、プロジェクトの方は?」柔らかく笑いながら言う。しかし、伊吹は首を振った。「顔色が悪いのに行けるわけないだろ。金も仕事も取り返せる。でも、君は一人しかいない」その言葉に、初芽は軽く唇を開き、驚きの色を浮かべた。女として、これ以上ない答えだ。「ほんとに大丈夫。ただなんか胸が
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第1070話

伊吹は初芽にウインクしながら言った。「すごくいいマッサージ店知ってるよ。終わったら骨までとろけるやつ」「いいね、楽しみにしてる」初芽はふっと微笑む。口元に浮かぶえくぼは、柔らかく上品だ。どんな表情が男を一番惹きつけるのか、どんな角度の笑みが自分を最も完璧に見せるのか――彼女はすべて理解していた。目の前の男をすでに掌に乗せている自信はある。それでも、その瞳の中でずっと完璧でいたい。店を出た後、伊吹は約束どおり彼女をマッサージに連れて行き、たっぷりとリラックスさせた。だが、初芽心の奥に漂う不安は一向に消えない。何かを見落としている気がしてならなかった。施術が終わると、彼女は迷わず電話をかける。国内はちょうど午後だ。忙しそうな気配の中でも、相手はすぐに電話に出た。「小関社長、どうされました?」電話の向こう、心咲の声には疑問が混じる。本来、報告は半月に一度。前回からまだ二日しか経っていない。「加津也、最近スタジオに顔を出してる?」初芽の声は冷たい。「いいえ」心咲はさらに不思議そうに続ける。「実は私も変だと思います。あの日以来、一度も来てません。最初はたまに連絡が来てたんですけど、最近それもなくなって......」初芽心臓がきゅっと縮む。「分かったわ。彼の動きを見逃さないで。何があったらすぐに報告を」「了解です」心咲は初芽の考えを理解できなかった。だが相手は自分の上司。上司の命令を聞くのは当然の話。それにこれは別に難しい仕事ではない。加津也を見張っていればいいのだから。――通話を切ると、初芽はようやく少し呼吸が落ち着く。考えすぎかもしれない――そう思いたかった。そこへ施術を終えた伊吹が戻ってきて、初芽の表情を見て眉を寄せる。「国内のこと?」隠すつもりはなかった。「......うん」「加津也か」彼の目が細まり、拳に力がこもる。初芽は小さくうなずく。「なんだか胸騒ぎがして......念のため心咲に見張らせてる」「それでいい。備えておくに越したことはない」伊吹の声は落ち着いている。その視線には理解と、鋭い警戒心が宿っていた。理解してくれる男は、今は彼だけ――そう思うと、わずかに肩の力が抜ける。
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