All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 1181 - Chapter 1190

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第1181話

「目的はもちろん同じです」紗雪は穏やかに笑いながら老人を見た。「営業の人から聞きました。おじいさんは『縁のある人』を待っているそうですね。その『縁のある人』が私という可能性もあるでしょう?」「自分のことを『縁のある人』だとは、随分と自信あるな」老人は少し興味深そうに目を細めた。互いに腹を割って話す空気になった。ここで長い間多くの人を見てきた彼にとって、紗雪のような話し方をする人間は初めてだった。彼の無愛想な態度に耐えられず、十分も経たずに帰っていった人の方がずっと多かった。「実は、ここに入った瞬間に私が最初に見たのは、この家の間取りではなく......」紗雪は静かに言葉を紡いだ。「おじいさんが庭を掃いている後ろ姿と、漂う果実の香りでした。この家は、おじいさんが大切に手入れしてきた場所なんですよね。だからこそ、手放すのが惜しいんでしょう?」老人は眉を上げ、帽子のつばを少し持ち上げた。「ほう......小娘のくせに、よくもまあそんなことまで分かるな」紗雪は微笑んだ。「たぶん、おじいさんの言う『縁のある人』っていうのは、この庭を本気で大切にできる人のことなんですよね」「はははっ、なるほどな。わしも年を取ったが、ようやく待ち人が現れたか」老人は朗らかに笑い、心から紗雪を気に入った様子だった。紗雪も少し驚いた。思っていたよりずっと話が早く進んだのだ。もっと時間がかかると思っていたが、彼の顔を見た瞬間、無駄な遠回りをしている暇はないと感じた。それに、この老人は彼女にとって不思議と相性が良かった。「長い間この家を他人に貸せなかったのは、きっとこの庭の花や木が心配だったからでしょう」紗雪の声には確信がこもっていた。年配の人間というのは、自分の育てたものに強い情を持つ。それが人でも物でも。老人は紗雪を木陰の石のベンチに座らせ、自らお茶を淹れた。清那は隣で吉岡と顔を見合わせ、思わず目を丸くした。まさかこんなに早く話がまとまるとは思っていなかったのだ。これでこの家もすぐに借りられそうだし、仕事場の計画も進められる。老人は茶碗を紗雪の前に置き、ゆっくりと語り出した。「実を言えば、もうだいぶ前から疲れていたんだ。ここを守ってきたのは、ただこの庭に情があったからなんだ
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第1182話

紗雪は真剣な表情で言った。「ご安心ください。私はここをスタジオにするつもりです。人をたくさん雇うつもりもありません。ここにある草木や花を、みんなで大切に扱わせます。もしよければ、連絡先を交換しませんか?今後、この場所の様子を定期的にご報告します」紗雪は老人の気持ちをしっかり理解していた。昔の世代の人たちは、育ててきたものに深い愛着を持つ。長い時間を過ごした場所から離れるのは、簡単なことではない。老人はますます嬉しそうに笑い、紗雪を見る目がまるで孫娘を見つめるように優しかった。「おまえさんが来てくれなかったら、正直どうしていいか分からなかったよ」彼の声には、安堵と感謝が滲んでいた。もし紗雪がこの家を借りに来なければ、他の人に任せることになっていただろう。だが、そうなると本当に心配だ。この花や木は、彼が長年心を込めて育ててきたものだ。だからちゃんと世話をしてくれる人に託したかった。この庭もまた、彼自身の人生の一部のような存在だった。もし子どもたちが別の場所で暮らすことを望まなければ、きっと今も離れなかっただろう。だが、人生というのは思い通りにならない。受け入れるしかないこともある。そんな老人を見て、紗雪は心から理解を示した。「たとえおじいさんがここを離れても、この庭も花々を、できる限りそのままの姿を保ちます。おじいさんがいつ戻っても、『あの頃のまま』にしておくことを保証します。私も普段からここで仕事をするつもりなので、必要があればビデオ通話でも様子をお見せします。だから安心してください」その言葉を聞いて、老人の胸のつかえがすっかり取れたようだった。「そう言ってくれるなら、もう何の不安もない。見たところ、おまえさんは気立てのいい子だな」老人はお茶を一口飲み、穏やかに言った。「この庭をおまえさんに任せられるなら、わしも安心だ」「ありがとうございます」紗雪は丁寧に頭を下げた。その様子を見ていた清那は、二人の会話があまりにも弾んでいるのが気になって、隣の吉岡に小声で言った。「ねえ、あの二人何を話してるの?ぜんぜん聞こえないんだけど」吉岡はちらりと二人の方を見て、軽く肩をすくめた。「別に大丈夫でしょう。駄目ならまた別の場所を探せばいいですから」そのあっさりした答
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第1183話

清那は少し離れた場所から、紗雪と老人がいつまでも楽しそうに話し込んでいる様子を見ていた。あまりにも気になって仕方がなく、とうとう我慢できずに小走りで近づき、紗雪の隣に腰を下ろした。「紗雪、どうだった?」「頷いてくれたよ」紗雪はにこやかに老人の方へ向き直った。「それで、おじいさんのほうはいつ契約を結びましょうか?私はいつでも大丈夫です」「わしはいつでもいいぞ。もうおまえさんに決めたんだから、今後どんな人が来ても気持ちは変わらん」老人は顎のひげを撫でながら言った。その姿はまるで俗世を離れた隠者のようだった。紗雪もその言葉の意味をすぐに理解した。「では、営業の方に報告しておきますね。明日またこちらに伺います」彼女がそう提案すると、老人も頷いた。「いいだろう。おまえさんの都合に合わせよう。わしはずっと『縁のある人』を待っていたんだ。ようやく出会えたんだからな」紗雪は柔らかく笑った。「そんなことおっしゃらないでください。私にとってもおじいさんは『縁のある人』です。この家は間取りを見なくても好きになりました。この庭も、花も木も、こんなに丁寧に手入れされていて......本当に素敵です。おじいさんは本当にすごい人なんですよ」「ははは!本当に口が上手いな!」老人は朗らかに笑った。「おまえさんに貸すことにして本当によかった。この子たちにも、ようやく良い主人に出会えたようだ」二人のやり取りを見ていた清那も、ようやく納得した。どうしてあんなに楽しそうに話していたのか、その理由がわかった気がした。まさか紗雪が、こんなふうに年配の人と心を通わせるのが上手いなんて、今まで一度も気づかなかった。やがて三人は老人に別れを告げ、家を後にした。門を出たところで、清那が堪えきれずに言った。「すごいよ紗雪!普段はそんなに話上手だなんて思わなかった!」「清那が気づいてないことなんて、まだまだあるよ」紗雪は笑いながら清那の鼻先を軽く突いた。吉岡はそのやり取りを見ながら、少し感慨深い気持ちになっていた。けれど、すぐに考えを切り替えた。――相手が紗雪なら、何も心配はいらない。「まさかこんなに早く決まるとは思いませんでした。もっと時間がかかると思ってました」吉岡はまだ少しぼんやりした様子で
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第1184話

紗雪は吉岡の慌てた声に、思わず可笑しさを覚えた。「違う、そういう意味じゃないの。私が言いたいのは、もう二川グループにはいないんだから、『紗雪様』って呼ばれるのは少し変でしょ。だから『二川さん』とか、『紗雪』とかで呼んでくれてもいいのよ」「でも......」吉岡は長い間、紗雪の部下として働いてきた。だからいきなり呼び方を変えるのは、どうにも落ち着かない。清那がすかさず「そうだよ。みんな友達なんだから、そんなに他人行儀にならなくてもいいじゃない」と口を挟んだ。「これからほぼ毎日会えるんだから、そんなに形式ばってたら、会話するたびにお世辞ばっかり言う羽目になるよ?」清那はからかうように吉岡へウインクする。吉岡は少し考えてから、確かに清那の言う通りだと思った。そして真面目な表情で紗雪に向き直り、「では、『社長』と呼んでいいですか。それが一番しっくりくる気がします」と言った。他の呼び方は、やっぱり妙に感じてしまう。胸の中にある線が、どうしても越えられないのだ。紗雪はそんな吉岡の様子を見て、苦笑しながら首を横に振った。無理に変えさせても、余計にぎこちなくなるだけだろう。「なら決まりね。レストランの予約をしてあるわ、一緒にご飯行こう。仕事場も決まったし、あとは開業日と内装をどうするか考えるだけ。あの家、ほとんど手直ししなくても十分綺麗だったし」「本当にもうすぐ『自分のスタジオ』を持つんだね。なんかワクワクしてきた!」清那は手をこすりながら、目を輝かせた。吉岡の目にも、これからへの期待が浮かんでいた。これまでずっと誰かの下で働いてきた彼にとって、「独立」という言葉は特別だった。ようやく自分たちの場所を持てる、その実感に胸が高鳴る。「私は社長についていきます!全力で頑張ります!」真っ直ぐなその言葉に、紗雪と清那は顔を見合わせて笑った。どうやら、まだ完全には肩の力を抜けていないようだ。でもいい。時間が経てば、自然に変わっていくだろう。*椎名グループ。京弥はスマホを見つめたまま、眉を寄せた。紗雪から、一通のメッセージも来ていない。胸の奥に、静かな失望が広がる。――どういうことだ。今日は仕事場の候補を見に行く日だったはず。結果がどうであれ、何か一言くらい連絡があっ
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第1185話

匠の報告を聞き終えた途端、京弥の目元にようやく微かな笑みが戻った。――さすがさっちゃんだ。最初は、紗雪がどうやってあの頑固な老人を説得したのか気になった。だが、相手が紗雪だと思えば、もう何の不思議もない。この女はいつだって、自分の想像を軽々と超えてくる。「それならいい」京弥の声は、落ち着いた調子に戻った。匠はそんな彼の様子を見ながら、さっきまでの明るい空気が一瞬で消えたことに戸惑いを隠せなかった。奥様が物件を決めたと聞いたとき、確かに社長は嬉しそうだったのに。今のこの沈黙は、一体なんなんだ?――社長の心がわからない。ましてや自分の上司ともなれば、ほんの一言でF国行きの採掘任務を言い渡されかねない。何を考えているのか、まるで読めない。「もしかして私、何か余計なことを言いました?」匠は恐る恐る尋ねた。京弥はゆっくりと顔を上げ、まっすぐ彼を見据えた。「お前はどう思う?」その目つきに、匠は思わず首をすくめた。――やっぱりわからない。この人の心の中は、永遠に霧の中だ。天気みたいに、晴れたり曇ったり、気まぐれすぎる。「社長、お願いですからはっきり言ってください......」思わず弱音が漏れる。――仕事が大変なのは我慢できる。でも毎日、社長の機嫌を読まなきゃいけないのは地獄だ。この悪魔!京弥はそんな匠の表情を見て、ふいに眉間を押さえた。「用は済んだ。出て行け」「は、はいっ!」匠は救われたように、滑るような勢いで部屋を飛び出していった。静寂が戻る。京弥は無言のまま、動かないスマホを見つめ続けた。胸の奥が、じわじわと冷たく沈んでいく。――紗雪は一体何をしてる?もう何時間も経っているのに、音沙汰ひとつない。見つかったかどうか、どんな状況でも、ひと言くらい伝えられるはずだろう?なのに、自分は他人の口からようやく彼女の動向を知る羽目になっている。その事実に気づくほど、胸の奥が重く沈む。紗雪にとって、自分は「いてもいなくてもいい存在」なのか?あの時、二人で話したことは、全部ただの空言だったのか?夫婦として、共に苦楽を分かち合うと言ったも、嘘だったのか?京弥は深く息を吸い、無理やり思考を仕事に向けた。スマホから目を逸らし、冷たい光の
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第1186話

その言葉を聞いた瞬間、美月の瞳がふっと深く沈んだ。隣にいる山口でさえ、彼女が何を考えているのか読み取れない。美月の頭の中はひどく乱れていた。まさか、紗雪が一人いなくなっただけで、こんなにも多くの案件が影響を受けるなんて。――この大きな二川グループは、あの子一人に支えられていたとでもいうの?なら、これまで自分が築き上げてきた基盤は、一体何だったのだろう。山口が何か言おうとしたその時、会長室の扉が勢いよく押し開けられた。美月と山口がそちらを見ると、数名の大口株主たちが真っ先に雪崩れ込んできた。彼らは山口がいるのを確認すると、開口一番こう言った。「二人ともそろっているなら、ちょうどいい」美月は、彼らが何を言いに来たのか察しつつも、手を軽く振って促した。「気にせず言ってください、叔父さん」そう、会社の上層部の多くは二川家の親戚筋、あるいは傍流の者たちだった。株を多く持っているのを盾に、さらに二川父・有佑が早くに亡くなったこともあり、彼らは会社の主導権を奪おうとしてきた。だが、美月の実力が本物だったため、会社が親戚たちに食い荒らされるのを防いできた。その一方で、彼らの美月への不満は積もり続けていた。彼女は就任直後、傍流を一気に切り捨て、彼らが潜り込ませていた内通者も排除した。容赦のないやり方により、彼らは何一つ旨味を吸えなくなったのだ。しかし、それらすべてに対し、美月は何一つ気にしていなかった。――自分が何をしているのか分かっていればそれでいい。他人の評価など、関係ない。美月が「叔父」と呼ぶその男が一歩前へ出た。「私を叔父と呼ぶなら、今日は年長者として話をさせてもらおう」その言葉にも、美月はただ静かに頷いただけで、まったく怯んでいない。一方で、山口は場の空気に飲まれていた。彼には、彼らが何を企んでいるのか全く分からない。――紗雪さんが辞めてまだ数日しか経っていないのに、会長にここまで無礼とは......まさか、会長の座を狙っている?二川グループの勢力図を、塗り替えようとしている......?「遠慮なくどうぞ」美月は微塵も怯えることなく言った。昔からずっと彼らとやり合ってきた。今さら恐れるものなんてない。叔父は美月の鼻先を指差し、声を荒げた。「お前
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第1187話

彼らもまた、「独裁者」になってはならないという理屈は分かっている。だから当然、叔父の言葉を擁護し、自分たち傍流の勢力を強めようとするのだ。その姿を見て、美月は心の底から可笑しくなった。会社が順調に利益を出していた頃、彼らは大人しく隅で縮こまり、表には決して出てこなかった。ただ彼女の背後に隠れ、毎年分配金だけ受け取っていれば満足だったのに。なのに今、会社がわずか数日赤字の兆しを見せただけで、途端に群れになって責め立てに来る。その光景に触れた瞬間、美月はふと肩の力が抜けるような気がした。――自分はこんな人たち相手に、何を争ってきたのだろう。美月は静かに立ち上がり、机を回り込んで叔父の前へ歩み寄る。その様子に、叔父は慌てて後ずさった。「な、なにを?今日はこれだけの人間が見ているんだぞ、まさか手を上げるつもりじゃないだろうな?」その言葉に、山口は目を見開いた。――まさか美月が暴力をふるったことがあるとでも?そんなわけがない、と彼は心の中で必死に否定した。華奢な女性が、そんな乱暴な真似をするなんて想像できるはずがない。彼はずっと会長のそばで働いてきたが、その印象は、理路整然と人を説得する人物、だった。株主が言うような「手を上げる女」など、到底信じられない。信じられない思いのまま、山口はこれから何が起こるのかを固唾を呑んで見守った。美月は株主たちの言葉があまりにも滑稽で、小さく笑みを浮かべた。「本当に......叔父はいつまでも冗談がお好きですね」そう言いながら、歩みを止めることなく叔父へと近づく。「何をするつもりだ」叔父は唇を震わせながら後退した。彼には忘れられない記憶があった。有佑が亡くなった直後、彼ら傍流は「今が好機」と踏んで美月を追い落とそうとした。だが、この「狂い女」は、その企みを瞬時に粉砕したのだ。彼らが押し寄せた時、美月は家の年長者の髪をつかみ、机に叩きつけた。そして冷えた声で言った。「一歩でも近づいたら、もう容赦しないわ」彼女は容赦など一切なく、年長者の頭を押さえつけたまま、力の加減も完全に無視していた。叔父はあの時の光景を今でも鮮明に覚えている。自分は必死に美月をなだめようとしていたが、返ってきた言葉は恐ろしいものだった。「あなたたち
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第1188話

その言葉を聞いた美月は、むしろ楽しげに笑った。「叔父さん、今の彼の言葉......ちゃんと聞こえたかしら?あなたがもう一歩でも近づけば、彼の命は保証できないわ」美月は続ける。「でも、無駄口がそんなに多いなら......私、彼をここで離すわよ。そうしたら、彼があなたのところへ向かうでしょうね」叔父は恐怖に背筋まで冷汗を噴き出した。「狂ってる......お前は本当に狂ってる!」震える指で美月を指さす。だが美月の笑みはさらに深くなる。「確かに、私は狂っているわ。あなたたちに追い詰められて、狂わされたんだから」その後、この一件は、彼女の覚悟と周囲の引き下がりによって、年長者の命がどうにか救われる形で終わった。それ以来、彼らは二度と美月に逆らうことができなくなった。そして彼女の手で、グループは本来の価値を取り戻し、むしろ以前以上の実績を出した。だからその後、誰も文句など言えなかったのだ。――だが、今の彼女の振る舞いは、あの頃と全く同じに見える。傍流たちは蠢き始めた。価値を生み出せないなら、席を空けろ――彼らの本音はただそれだけ。どうせ美月も歳を取った。この地位に固執する意味などない。そう思っているのだ。叔父は確信していた。今の美月には、昔のような体力も迫力もないはずだと。まして、今の時代も状況も違う。自分たち傍流がこの間に力を蓄えていないはずがない。美月を好き勝手にさせるわけにはいかない。まして紗雪がいた頃ならともかく、彼女がいなくなって会社がずっと赤字のままでは、傍流が黙っている理由などどこにもなかった。叔父はそこに思い至った瞬間、頭の中が一気に澄み渡るのを感じた。彼は後退するのをやめ、背後の傍流に不要な動きをするなと目で合図する。「まだ自分が昔のままだとでも思ってるのか?」叔父はわざと挑発的に言った。「もう何年経ったか。俺たちも年寄りだ。お前の戯れに付き合ってる暇はない。これは忠告だ。席を明け渡すか、さもなくば株を手放せ。もしこのまま居座るつもりなら......俺たちが何をしでかすか、保証はできないぞ」「叔父さん、これは私への『脅し』、ですか?」美月は呆れた。――こんな状況になっても、まだこの老害たちは彼女の席と株式に未練があるな
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第1189話

「ご心配なく。すべて録画してあります」山口のきっぱりした返事に、その場の全員が固まった。何を意味しているのか、一瞬理解が追いつかなかったのだ。とりわけ叔父は、杖を突きながら美月を指差し、声を震わせた。「お前......どういうつもりだ!まさか、訴えるつもりなのか?!」「ええ、そのつもりよ」美月はふっと笑った。「今の状況、見れば分かるでしょ?大勢の人が私のオフィスに押しかけてきて、持ち株と私の席を明け渡せって迫ってくる。これは立派な脅しです。恐喝で訴えるわ」赤い唇を上げて続ける。「刑務所での暮らしがあなたたに合うかどうか、ぜひ見てみたいものね」「この女......何十年経っても、まだ狂っているというのか......!」叔父は唇を震わせ、曲がった背中を怒りでわななかせた。まさか美月がここまでやるとは思っていなかったのだ。こんな状況になってまで権利を手放そうとせず、必死に無駄な抵抗を続けている。山口が真顔で口を挟んだ。「これらの証拠を提出したら、あなたの息子さんや、ほかの後継者の方々が、今の席に座り続けられる保証はありませんよ。今あなた方が二川グループの分配金を受け取れているのは、会長の温情あってこそです。本来なら、とっくに外へ放り出されていたはずです」山口の言葉に、傍流の面々は動きを止めた。自分たちだけでは会社を支えられないことくらい、彼らもよく分かっている。だが美月は、会社を支えられる唯一の人物──紗雪を追い出した。では、この先どうするのか。「やるじゃないか」叔父は美月の鼻先を指差して罵った。「何十年も経っているのに、まだ権利を手に握りしめて離さない。もしまだお前の娘が会社を仕切っているなら、俺も文句は言わない!でも今は違う。紗雪を追い出して、会社の損益はどうするつもりだ!」「それは私が判断するわ。叔父さんに口を挟まれる筋合いはないわ」美月はそっぽを向き、彼を見ることすら拒んだ。これだけ長く相手をしてきて、彼女ももうくたびれていた。有佑が亡くなってから、たった一人で会社を支えてきた年月は、決して軽いものじゃない。それでも彼らは一度たりとも彼女を楽にさせてはくれなかった。ならば、こちらも容赦する必要はない。「まだ帰らないなら......傍流への分配金、
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第1190話

「そうですよ。会社は長年あの女の手の中にあった。ずっと右肩上がりならまだしも......今は明らかに下り坂です」「このまま行けば、会社の行く末なんて目に見えている」「でも、どうしようもないだろ?あの女が席を手放そうとしないんだ」「奴が居座る限り、こっちは一日たりとも安らぎにならない」叔父は心の底で決意を固めた。――この席に、女がいつまでも座っているなんて許されない。そもそも嫁いできた身で、ここまで長く重役の椅子に座らせてやった。娘に多少の能力があったからこそ、傍流も甘い汁を吸えていた。だが今となっては、もうその状態を続けるわけにはいかない。「紗雪がいない以上、急いで育てた人間を会社に送り込め」叔父は低く言った。「この会社を、あの女一人のものにはさせない」「任せてください、うちの息子をすぐに会社へ入れる」別の者も続いた。「私も、娘を会社に送り込むよ」「あの女の思い通りにはさせません」一同は方針を固め、ようやく会長フロアを離れていった。──会長室。山口は美月の側に戻った。先ほどまであれほど毅然としていた彼女が、今は浅い呼吸を繰り返している。胸を押さえ、山口に薬を取ってくれと示した。山口は慌てて薬瓶をあさり、錠剤を二粒彼女の手に落とし、温かい水を差し出す。「会長......大丈夫ですか?」薬を飲みしばらく経って、ようやく息が落ち着いた。美月は首を振る。「大丈夫よ」「さっきの会長は何ともないように見えたのに。どうして急に......?」山口は疑問を隠せなかった。先ほどあれほどの人数を前にしても、美月は誰にも屈しなかった。それなのに彼らが去って数分、体が保てなくなるなんて......さっきまで全部無理をしていたのか。その可能性に気づき、山口は息をのむ。「会長......そんな、全部自分で抱え込む必要なんてないんですよ。私に任せてくれても......」目が潤む。そんな彼を見て、美月の胸に温かさが広がった。それでも首を振る。「あなたには分からないのよ。あの連中は、こうでもしないと黙らない。昔、一度は追い出した。でも結局また戻ってきたのは......欲しいものが手に入らなかったからよ。そんな連中、山口みたいな若者じゃ太刀打ちできない
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