緒莉は続けて口を開いた。「私は、両社が友好的に協力できる形を望んでいます。こんなふうに険悪になるために来たわけじゃありませんから」川口の表情は明らかに険しくなっていた。まさか今日は、こんな厄介な相手に当たるとは思っていなかった。彼は顔に浮かんでいた欲望の色を引っ込める。――あの二川会長も、相当どうかしてる。たかが一つの案件のために、実の娘まで送り込んで来るとは。そこまでする必要があるのか?「お前の母親は、お前が私と商談してることを知ってるのか?」川口は今になって気になり始めていた。二川会長が、自分の長女を寄越していることを本当に把握しているのかどうか。しかも自分は、ついさっき緒莉にあんな真似までしてしまった。もしあの女に知られたら、何をされるか分からない。そこで初めて、川口の背筋にじわりと冷たいものが走った。だが緒莉は、落ち着いた態度を崩さない。「これは会社にとって必要な案件ですし、以前から川口社長は弊社とお取引があります。だから私が来ること自体、不自然ではないと思いますけど?」彼女の口調は終始堂々としていた。感情的にならず、あくまで「協力関係」として話を進めている。その姿を見て、川口はすぐに察した。――こいつ、二川会長には何も言ってない。もし報告していたなら、あの女はとっくに電話を寄越しているはずだ。そう思うと、逆に妙な違和感も覚えた。二川会長の娘ともあろう人間が、なぜわざわざこんな営業まがいのことをしているのか。「お前みたいなお嬢様が、わざわざ私と商談を?本気なのか?」川口は純粋な興味から尋ねた。だが緒莉は気にした様子もない。「だったら、そんなお嬢様が直々に来ることは、むしろあなたにとって光栄なことじゃないですか?」その返答は実に隙がなかった。川口ですら、言い返す材料を見つけられない。むしろ彼女を見る目には、少しばかり感心の色さえ浮かんでいた。「......分かった。契約書を見せろ」川口は手を差し出した。その瞬間、緒莉の胸に喜びが広がる。――やっぱり上手くいくんだ。秘書が言っていた通りだった。「会長の娘」という肩書きだけで、相手に十分プレッシャーを与えられる。しかも、この立場は思っていた以上に便利だった。母親の名前を
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