この瞬間、傷ついていたのは緒莉ただ一人だった。誰も彼女のことを気に留める者はいなかった。皆、紗雪が無事に客との契約を成功させたことを祝っていた。なにしろ、相手は海外でも有名な会社だ。誰の目にも、これは偉業の達成だった。辰琉も、みじめな緒莉を見たが、助けに行こうとはしなかった。大勢の目があるこの場面で、彼の視線には、ただ輝かしい紗雪の姿しか映っていなかった。スポットライトの下、紗雪とジョンは互いに握手を交わしていた。ここに、二川グループは国際化への第一歩を踏み出し、まさに新たな世界の扉を開けたのだった。辰琉の瞳には、舞台で光り輝く紗雪だけが映っていた。一方、髪を乱した緒莉は、対照的に、まるで狂人のように見えた。辰琉は、この場から逃げ出したかった。だが無情にも、緒莉に見つかってしまった。緒莉は力なく呼びかけた。「辰琉......病院に連れてって......」辰琉は目を閉じ、聞こえないふりをしようとした。その態度を見た緒莉は、怒りで顔が歪んだ。彼らは婚約者同士だというのに、この男は一体何をしているんだ?「辰琉!どこに行くつもりなの!」彼女が大声で叫ぶと、会場中の視線が一斉に辰琉に注がれた。こうなってしまっては、もう逃げることもできない。辰琉自身、まるですべての力を失ったかのようだった。この様子を見て、紗雪は心の中で可笑しさを堪えきれなかった。たとえこちらが関わる気がなくても、向こうから勝手に騒ぎを起こしてくる。一方的に退いても、相手はそれを「恐れている」と勘違いするだけだ。その後、ジョンが尋ねた。「騒いでいたあの女性のこと、知ってる?」「ええ、知っています。彼女は私の実の姉です」紗雪は苦笑を浮かべた。こんなこと、誰が信じるだろうか。実の姉が、妹の会社の成功すら許せないなんて。この言葉を聞いたジョンは、紗雪との契約が正しかったと確信した。敵がたった一人の姉だけなら、恐れるに足りない。彼はさらに安心して紗雪と手を組む気になった。「よくわかりました」ジョンは紗雪に手を差し出した。「二川さんと協力できることを嬉しく思います。これから素晴らしい未来を築きましょう」紗雪は赤い唇を弧を描くように持ち上げ、百花繚乱のような笑みを浮かべた。
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