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114 Chapters

アークセリア ①

「祭りでもないのに、いつもこんなに賑やかなんだね」 リノアは目を輝かせながら言った。 アークセリアの空気は森の静けさを引き継ぎつつ、街の活気を帯びている。 三人は互いに視線を交わし、城門をくぐった。 街の活気が三人を包み込む── 石畳の道には行き交う人々の足音が響き、店先では朝の仕込みを進める商人たちの威勢のいい声が飛び交っている。 遠くからかすかに流れる楽器の調べが、アークセリア特有の文化を感じさせる。クローブ村や周囲の村々では聴くことのない音楽だ。 使っている楽器も異なるのだろう。音に粗さが見当たらない。その洗練された音色は単音でも心の奥底にまで響いてくるかのようだ。 各地から集まる旅人や学者、そして職人たちが新しい技術や思想を持ち込み、それがさらに磨かれて発展していく。 きっと市場では異国の言葉が飛び交い、広場では詩人が新しい作品を披露し、劇場では見たこともない舞台が繰り広げられているのだろう。そうした文化の交流が日常の一部として息づいているに違いない。 この街は単なる交易地ではない。芸術と知識が螺旋のように交差する場所なのだ。 リノアはゆっくりと息をつき、耳を澄ました。 今、聴こえているこの音楽も、きっとどこか遠い地から伝わり、アークセリアで磨かれたことで、ここでしか味わえない特別なものへと昇華されたのだ。「こっちです」 セラが軽やかな足取りで路地へ入っていく。「いつも泊まっている宿に行きましょう」 セラに促されるように、リノアとエレナも後に続いた。 石畳の隙間から草が顔を覗かせ、古びた建物の壁に陽の光が柔らかく降り注いでいる。 広い通りとは異なる光景に、二人は心を奪われた。 路地の内部には時の流れがそのまま残されている。 壁に刻まれた古い文字や、かすかに色褪せた看板の装飾── 年月を重ねたレンガは所々補修されながらも、その質感にはかつての職人の手仕事が息づいている。積み重ねられた記憶まで消えてはいない。 リノアはゆっくりと歩を進めながら、周囲を見渡した。 路地に足を踏み入れる前は、アークセリアの活気にばかり気を取られていた。 市場の賑わい、交わる異国の言葉、芸術に満ちた広場── けれど、この静かな一角には、それとは違う魅力が息づいていた。喧騒から少し離れたこの場所に歴史が残されている。 リノアは路地の両側
last updateLast Updated : 2025-06-02
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アークセリア ②

 セラの後に続き、リノアとエレナが歩を進めていく。 道は平坦ではなく起伏に富んでおり、ゆるやかな坂が続いたかと思えば、道を曲がった先に突如として段差が現れる。 多くの人が行きかったのだろう。長い年月を経た石畳も場所によって滑らかな部分と凸凹の場所がある。その差は顕著だ。隆起するところがあっても、それを平らにしようとする様子はない。 店の多様性だけではなく、道一つとっても、それぞれに何らかの特色がある。曲がりくねった路地に入り込む度に視界に飛び込む景色が変わった。 まっすぐに進むだけではたどり着けない——そんな迷路のような町並みに冒険心がくすぐられる。 子どもの頃、森で遊んだ記憶がふと蘇る。 木々の間を駆け抜け、木漏れ日の下で宝探しをしたあの日々── どこへ続くのかわからない細い獣道を辿りながら、未知の景色に心躍らせたものだった。 今、この街も路地もまた、そんな探検の舞台のように感じられる。 行く先々で表情を変える石畳の路地、曲がり角の先に待つ、まだ見ぬ景色。この先に私の予想を覆す何が待っている。そんな予感にリノアは思わず口元をほころばせた。「なんだか、街そのものが物語みたい」 エレナが周囲を見渡しながら言った。 細い路地を抜け、視界が開けた瞬間、古い石造りの建物が姿を現した。 坂道を緩やかに下るにつれ、その建物の細やかな装飾がはっきりと見えてくる。 扉には繊細な彫刻が施され、窓辺には色鮮やかな花々が並び、柔らかな陽の光がそれらを優しく包み込んでいた。 時の流れに寄り添いながら、街の喧騒の中で静かに息づいている。「ここです。私のお気に入りの場所なんだ」 そう言って、セラが扉を押し開けた。 澄んだ鈴の音が響き、室内の空気を優しく揺らす。 先に中へ入ったセラは、慣れた様子で奥へと歩を進めた。 扉の向こうに広がる空間は静かだ。柔らかな陽光が窓から差し込み、穏やかな空気が部屋を包み込んでいる。鼻腔をくすぐる木の香りは、どこか懐かしさを感じさせるものだった。 この宿の名は——『アーバルの静寂』── リノアとエレナは、その心地よい空間に誘われるようにサラの後に続いた。 足元に広がる木の床は古さを思わせるが、造りはしっかりとしている。踏みしめる度に床がわずかに軋み、空間に馴染むような音を奏でた。 この場所には、ゆったりとした時の流れが
last updateLast Updated : 2025-06-04
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アークセリア ③

 宿の主人は落ち着いた雰囲気を持つ女性だ。年齢は四十代半ばほどだろうか。 穏やかな笑みを絶やさず、その柔らかな眼差しには深い思慮が宿っている。言葉の端々には温かみがあり、訪れる客に寄り添うような気遣いが自然とにじみ出ていた。 背筋を伸ばし、動作には無駄がなく、それでいて決して堅苦しくはない。 肩までの髪はゆるくまとめられ、仕事の合間にも身だしなみに気を遣う様子がうかがえた。 彼女の手には長年積み重ねた経験が宿っている——宿の雰囲気を整える存在として、ここに欠かせない人だ。「途中で崩落の事故があったの」 宿の主人、マルグリットは眉をひそめた。「それは大変だったね。ケガは?」 セラはゆっくりと首を横に振った。「ケガはなかったんですけど……その後に、ちょっと怖い思いをしてしまって」 マルグリットの瞳がわずかに揺れる。「怖い思いって?」「それでもクローヴ村へ向かおうとしたんです。でも、その途中で……」 セラは言葉を切り、肩をわずかにすくめた。「青白い光を見たんです。それは……よく説明できないけど、何かに見つめられているような……」 セラの声がかすかに震えている。「それで引き返したのね」 マルグリットの表情がわずかに引き締まる。 セラはゆっくりと頷いて、肩を抱きしめるように身を縮めた。「ここから先に進んではいけないって、咄嗟にそう思ったんです」 その言葉が落ちると、部屋の空気が重く沈み込んだ。誰もが次の言葉を探している。「青白い光か……。つい最近も、その話を聞いたばかりだわ」 その言葉にエレナが驚いたように顔を上げた。「何か知っているのですか?」「昔、旅人が道を急いでいたとき、夜の森で青白い光を見たって。その人は何か仕事をしていると思ったみたいで、特に気にもせずに歩き去ったみたいだけど。それにしてもねえ」 マルグリットはゆっくりと息をつき、言葉を選ぶように口を開いた。「作業をしていたと言っても……真夜中よ。そんな時間に何をやっていたのかしら」「それ、鉱石だと思います」 リノアは迷いなく口にした。「鉱石?」 マルグリットが少し驚いた様子でリノアを見つめた。「はい、実は……」 リノアはこれまでに起きたことをマルグリットに伝えた。「……そんなわけで、私たちはラヴィナという鉱石に詳しい人を探しにアークセリアにまで来たん
last updateLast Updated : 2025-06-04
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ヴェルナの行方 ①

 リノアはクローヴ村での危機を思い出し、思わず手を握り締めた。 木の香りが漂う『アーバルの静寂』に朝陽が柔らかく差し込む。光は床に長い影を落とし、穏やかな空気が辺りを包み込んでいた。しかし、その静けさの中で響いたマルグリットの言葉がリノアの胸に新たな重みを加える。 マルグリットは視線を落とし、思案するように口を開いた。「ラヴィナはアークセリアでも有名な鉱石学者よ。舞踏会の後援者としても知られているけど、最近は研究に没頭しているらしいわ。新しい鉱脈の話は、彼女が最後に街で話していたことの一つね。でも、どこに行ったのか詳しいことは誰も知らないの」 リノアはゆっくりと息をつきながら、その言葉を噛み締めた。ラヴィナが探している鉱脈と、クローヴ村の青白い光に何か関係があるのだろうか。「マルグリットさん、ラヴィナがどこにいるか、思い当たる節はありませんか?」 エレナはマルグリットに視線を向け、少し身を乗り出して言った。 もしラヴィナが『生命の欠片』の異変に気づいているなら、特徴のある樹の下へ向かった可能性が高い——そう考えながら、リノアは二人の会話に耳を傾けた。 マルグリットは首を振った。「ごめんなさい、ほんとにそれ以上は知らないの」 マルグリットは申し訳なさそうに首を振ったが、ふと思い出したように続けた。「でも、エドワールなら何か知っているかもしれないわ。彼、ラヴィナと舞踏会のことでよく会っているから。舞踏会の準備で今、広場の舞台にいるはずよ」 マルグリットの言葉を受けて、エレナはリノアへ視線を向けた。「行ってみる?」「うん、行こう」 リノアが頷いた。 森の危機は一刻を争う。できる限り、早く動いた方が良い。「私も行く。エドワールにも会いたいし」 エレナはセラの弾む声を聞き、微笑んだ。「じゃあ、急ぎましょう。セラ、広場の舞台までお願いね」「アークセリアの舞踏会は街の中心地。いろんな人が集まるから情報も集まりやすいわ。良い知らせを待ってるわよ」 マルグリットが穏やかに微笑み、三人を送り出した。 柔らかな光が窓から差し込む静寂の中、リノアたちは荷物を整えて、『アーバルの静寂』を後にした。 太陽の光が石畳を淡く染め、街全体に柔らかな輝きをもたらしている。 通りには異国の布を広げて商う商人、詩を朗読する若者、楽器を調律する職人の姿が行き
last updateLast Updated : 2025-06-05
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