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All Chapters of 水鏡の星詠: Chapter 111 - Chapter 120

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アークセリア ①

「祭りでもないのに、いつもこんなに賑やかなんだね」 リノアは目を輝かせながら言った。 アークセリアの空気は森の静けさを引き継ぎつつ、街の活気を帯びている。 三人は互いに視線を交わし、城門をくぐった。 街の活気が三人を包み込む── 石畳の道には行き交う人々の足音が響き、店先では朝の仕込みを進める商人たちの威勢のいい声が飛び交っている。 遠くからかすかに流れる楽器の調べが、アークセリア特有の文化を感じさせる。クローブ村や周囲の村々では聴くことのない音楽だ。 使っている楽器も異なるのだろう。音に粗さが見当たらない。その洗練された音色は単音でも心の奥底にまで響いてくるかのようだ。 各地から集まる旅人や学者、そして職人たちが新しい技術や思想を持ち込み、それがさらに磨かれて発展していく。 きっと市場では異国の言葉が飛び交い、広場では詩人が新しい作品を披露し、劇場では見たこともない舞台が繰り広げられているのだろう。そうした文化の交流が日常の一部として息づいているに違いない。 この街は単なる交易地ではない。芸術と知識が螺旋のように交差する場所なのだ。 リノアはゆっくりと息をつき、耳を澄ました。 今、聴こえているこの音楽も、きっとどこか遠い地から伝わり、アークセリアで磨かれたことで、ここでしか味わえない特別なものへと昇華されたのだ。「こっちです」 セラが軽やかな足取りで路地へ入っていく。「いつも泊まっている宿に行きましょう」 セラに促されるように、リノアとエレナも後に続いた。 石畳の隙間から草が顔を覗かせ、古びた建物の壁に陽の光が柔らかく降り注いでいる。 広い通りとは異なる光景に、二人は心を奪われた。 路地の内部には時の流れがそのまま残されている。 壁に刻まれた古い文字や、かすかに色褪せた看板の装飾── 年月を重ねたレンガは所々補修されながらも、その質感にはかつての職人の手仕事が息づいている。積み重ねられた記憶まで消えてはいない。 リノアはゆっくりと歩を進めながら、周囲を見渡した。 路地に足を踏み入れる前は、アークセリアの活気にばかり気を取られていた。 市場の賑わい、交わる異国の言葉、芸術に満ちた広場── けれど、この静かな一角には、それとは違う魅力が息づいていた。喧騒から少し離れたこの場所に歴史が残されている。 リノアは路地の両側
last updateLast Updated : 2025-06-02
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アークセリア ②

 セラの後に続き、リノアとエレナが歩を進めていく。 道は平坦ではなく起伏に富んでおり、ゆるやかな坂が続いたかと思えば、道を曲がった先に突如として段差が現れる。 多くの人が行きかったのだろう。長い年月を経た石畳も場所によって滑らかな部分と凸凹の場所がある。その差は顕著だ。隆起するところがあっても、それを平らにしようとする様子はない。 店の多様性だけではなく、道一つとっても、それぞれに何らかの特色がある。曲がりくねった路地に入り込む度に視界に飛び込む景色が変わった。 まっすぐに進むだけではたどり着けない——そんな迷路のような町並みに冒険心がくすぐられる。 子どもの頃、森で遊んだ記憶がふと蘇る。 木々の間を駆け抜け、木漏れ日の下で宝探しをしたあの日々── どこへ続くのかわからない細い獣道を辿りながら、未知の景色に心躍らせたものだった。 今、この街も路地もまた、そんな探検の舞台のように感じられる。 行く先々で表情を変える石畳の路地、曲がり角の先に待つ、まだ見ぬ景色。この先に私の予想を覆す何が待っている。そんな予感にリノアは思わず口元をほころばせた。「なんだか、街そのものが物語みたい」 エレナが周囲を見渡しながら言った。 細い路地を抜け、視界が開けた瞬間、古い石造りの建物が姿を現した。 坂道を緩やかに下るにつれ、その建物の細やかな装飾がはっきりと見えてくる。 扉には繊細な彫刻が施され、窓辺には色鮮やかな花々が並び、柔らかな陽の光がそれらを優しく包み込んでいた。 時の流れに寄り添いながら、街の喧騒の中で静かに息づいている。「ここです。私のお気に入りの場所なんだ」 そう言って、セラが扉を押し開けた。 澄んだ鈴の音が響き、室内の空気を優しく揺らす。 先に中へ入ったセラは、慣れた様子で奥へと歩を進めた。 扉の向こうに広がる空間は静かだ。柔らかな陽光が窓から差し込み、穏やかな空気が部屋を包み込んでいる。鼻腔をくすぐる木の香りは、どこか懐かしさを感じさせるものだった。 この宿の名は——『アーバルの静寂』── リノアとエレナは、その心地よい空間に誘われるようにサラの後に続いた。 足元に広がる木の床は古さを思わせるが、造りはしっかりとしている。踏みしめる度に床がわずかに軋み、空間に馴染むような音を奏でた。 この場所には、ゆったりとした時の流れが
last updateLast Updated : 2025-06-04
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アークセリア ③

 宿の主人は落ち着いた雰囲気を持つ女性だ。年齢は四十代半ばほどだろうか。 穏やかな笑みを絶やさず、その柔らかな眼差しには深い思慮が宿っている。言葉の端々には温かみがあり、訪れる客に寄り添うような気遣いが自然とにじみ出ていた。 背筋を伸ばし、動作には無駄がなく、それでいて決して堅苦しくはない。 肩までの髪はゆるくまとめられ、仕事の合間にも身だしなみに気を遣う様子がうかがえた。 彼女の手には長年積み重ねた経験が宿っている——宿の雰囲気を整える存在として、ここに欠かせない人だ。「途中で崩落の事故があったの」 宿の主人、マルグリットは眉をひそめた。「それは大変だったね。ケガは?」 セラはゆっくりと首を横に振った。「ケガはなかったんですけど……その後に、ちょっと怖い思いをしてしまって」 マルグリットの瞳がわずかに揺れる。「怖い思いって?」「それでもクローヴ村へ向かおうとしたんです。でも、その途中で……」 セラは言葉を切り、肩をわずかにすくめた。「青白い光を見たんです。それは……よく説明できないけど、何かに見つめられているような……」 セラの声がかすかに震えている。「それで引き返したのね」 マルグリットの表情がわずかに引き締まる。 セラはゆっくりと頷いて、肩を抱きしめるように身を縮めた。「ここから先に進んではいけないって、咄嗟にそう思ったんです」 その言葉が落ちると、部屋の空気が重く沈み込んだ。誰もが次の言葉を探している。「青白い光か……。つい最近も、その話を聞いたばかりだわ」 その言葉にエレナが驚いたように顔を上げた。「何か知っているのですか?」「昔、旅人が道を急いでいたとき、夜の森で青白い光を見たって。その人は何か仕事をしていると思ったみたいで、特に気にもせずに歩き去ったみたいだけど。それにしてもねえ」 マルグリットはゆっくりと息をつき、言葉を選ぶように口を開いた。「作業をしていたと言っても……真夜中よ。そんな時間に何をやっていたのかしら」「それ、鉱石だと思います」 リノアは迷いなく口にした。「鉱石?」 マルグリットが少し驚いた様子でリノアを見つめた。「はい、実は……」 リノアはこれまでに起きたことをマルグリットに伝えた。「……そんなわけで、私たちはラヴィナという鉱石に詳しい人を探しにアークセリアにまで来たん
last updateLast Updated : 2025-06-04
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ラヴィナの行方 ①

 リノアはクローヴ村での危機を思い出し、思わず手を握り締めた。 木の香りが漂う『アーバルの静寂』に朝陽が柔らかく差し込む。光は床に長い影を落とし、穏やかな空気が辺りを包み込んでいた。しかし、その静けさの中で響いたマルグリットの言葉がリノアの胸に新たな重みを加える。 マルグリットは視線を落とし、思案するように口を開いた。「ラヴィナはアークセリアでも有名な鉱石学者よ。舞踏会の後援者としても知られているけど、最近は研究に没頭しているらしいわ。新しい鉱脈の話は、彼女が最後に街で話していたことの一つね。でも、どこに行ったのか詳しいことは誰も知らないの」 リノアはゆっくりと息をつきながら、その言葉を噛み締めた。ラヴィナが探している鉱脈と、クローヴ村の青白い光に何か関係があるのだろうか。「マルグリットさん、ラヴィナがどこにいるか、思い当たる節はありませんか?」 エレナはマルグリットに視線を向け、少し身を乗り出して言った。 もしラヴィナが『生命の欠片』の異変に気づいているなら、特徴のある樹の下へ向かった可能性が高い——そう考えながら、リノアは二人の会話に耳を傾けた。 マルグリットは首を振った。「ごめんなさい、ほんとにそれ以上は知らないの」 マルグリットは申し訳なさそうに首を振ったが、ふと思い出したように続けた。「でも、エドワールなら何か知っているかもしれないわ。彼、ラヴィナと舞踏会のことでよく会っているから。舞踏会の準備で今、広場の舞台にいるはずよ」 マルグリットの言葉を受けて、エレナはリノアへ視線を向けた。「行ってみる?」「うん、行こう」 リノアが頷いた。 森の危機は一刻を争う。できる限り、早く動いた方が良い。「私も行く。エドワールにも会いたいし」 エレナはセラの弾む声を聞き、微笑んだ。「じゃあ、急ぎましょう。セラ、広場の舞台までお願いね」「アークセリアの舞踏会は街の中心地。いろんな人が集まるから情報も集まりやすいわ。良い知らせを待ってるわよ」 マルグリットが穏やかに微笑み、三人を送り出した。 柔らかな光が窓から差し込む静寂の中、リノアたちは荷物を整えて、『アーバルの静寂』を後にした。 太陽の光が石畳を淡く染め、街全体に柔らかな輝きをもたらしている。 通りには異国の布を広げて商う商人、詩を朗読する若者、楽器を調律する職人の姿が行き交
last updateLast Updated : 2025-06-05
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ラヴィナの行方 ②

「エドワールさん!」 セラの声が広場の喧騒を切り裂いた。 アークセリアの運河が陽光に輝き、水鏡のように街の美を映す。広場の舞台では水の流れを模した舞踏団の衣装が笛と太鼓が波のように響いていた。「おお、セラ、久しぶりだね。もうクローヴ村から戻って来たのか?」 落ち着き払ったエドワールの声は舞踏会の主催者らしい自信に満ちている。 セラはアリシアと会えなかったことへの沈んだ気持ちを受け止めるように、そっと目を伏せた。「セラ、アリシアはセラがクローヴ村に来れなかった理由を知ってる。アリシアは気にしていない。それに、きっと。すぐに会えるよ」 リノアがセラの肩に手を置いて励ました。「会えなかった? クローヴ村で何かあったのか」 エドワールが舞台の幕を整える手を止め、セラの様子に目を向けた。 エドワールの鋭い眼差しが三人を捉える。 セラは深呼吸し、マルグリットに話したようにエドワールに説明した。「そうか、それは災難だったな。でも何もなかったんだろ? 見たところ怪我もないし」 エドワールは腕を組みながら、セラの言葉に耳を傾けた。 その様子を見ていたリノアが口を開いた。「それなんですけど……青白い光と森の異変、それに崖崩れは、どうやら鉱石が関係しているようなんです。崩落現場では多くの人が怪我をして……亡くなった方もいました」 リノアの言葉には深い悲しみと重みが滲んでいる。 エドワールは表情を引き締めて、ゆっくりと視線を遠くへ向けた。 舞台の喧騒が遠ざかり、エドワールの鋭い眼差しが何かを思案するように細められる。「鉱石……」 エドワールは呟いた後、慎重に言葉を選ぶように続けた。「それでラヴィナに繋がったのか」 広場を吹き抜ける風がエドワールのロングジャケットの裾を揺らした。「エドワールさん、ラヴィナさんがどこにいるのか知りませんか?」 リノアの問いに、エドワールはふと視線を落とし、運河の水面を見つめた。「ラヴィナは数週間前に禁足地の原生林へ向かった。アークセリア北部の山脈で新しい鉱脈を調査すると言ってね。数人の研究者と出発したんだ」 エドワールは舞台の幕を調整しながら言葉を続けた。「ラヴィナは舞踏会の後援者であると同時に、首席鉱石学者でもあるからね。いつも調査や報告に追われていて、街に長く留まることは少ない」 そう言って、エドワー
last updateLast Updated : 2025-06-07
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ラヴィナの行方 ③

「私邸って、眠れる水の島だっけ?」 セラの瞳が輝いた。「そうだ。正式名称はルミナス島だがね」 エドワールは落ち着き払った声で言った。「ルミナス島……眠れる水の島……」 リノアが呟く。 その響きはどこか神秘的で、遠い記憶を呼び覚ますようだった。「エドワールさん、ルミナス島への道を教えて貰えませんか。森を救いたいんです」 リノアはまっすぐエドワールを見つめた。 瞳には迷いはなく、声は澄んでいる。「私たちは森を救うためにここに来たんです」 リノアは息を整えて、もう一度、言葉に力を込めた。「ルミナス島は禁足地の中にある。水鏡の湖に浮かぶ、霧に隠された島だ。船頭のルシアンを探してくれないか。禁足地に入ることが許されているのは彼と同行する者だけなんだ」 リノアは「水鏡の湖」という言葉が響いた瞬間、息を呑んだ。 幼い頃から時折、脳裏に浮かんだ映像────月の光を映しながら静かに波打つ水面、その情景は何かを呼び覚ますように揺らめいていた。そこで私は…… リノアは視線を落とし、唇を結んだ。 記憶なのか、幻なのか分からない。「水鏡の湖……」 その呟きには畏敬の念が込められている。 胸の奥で微かに響く感覚に、リノアは思わずまぶたを閉じた。 禁足地に存在する霧に隠された島——そこに行くことが何を意味するのか。「私もルミナス島に行きたい。でも、舞踏会に出るためには練習しないと……」 セラの瞳が揺れる。「セラ、これ以上巻き込むわけにはいかない。セラは得意の舞でアークセリアの人たちを楽しませて。後は私たちがやるから」 エレナがそっとセラの肩に手を置き、柔らかな声で言った。「その森の異変なんだが、実はアークセリアも無縁じゃない。何が原因か知らないが、森の異変が水脈に影響を与えているみたいなんだ。最近、水量が目に見えて減ってきていてね」 エドワールが声を抑えて言葉を紡ぎ、考えるように間を置いて、さらに続けた。「ラヴィナが舞踏会の時期に禁足地へ向かったのは、それが理由だろう」 舞踏会の開催は二週間後だ。ラヴィナはそれまでには戻るつもりでいる。そう考えているはずだ。 だが、本当に間に合うのだろうか。 霧深い禁足地の奥、ラヴィナを阻むものが何もないとは限らない。思惑通りに行けばよいが……「あと小耳に挟んだのだが、どうも鉱石の密売をしている連中
last updateLast Updated : 2025-06-08
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ラヴィナの行方 ④

「船頭のルシアンなら、いつも使っている船着き場にいるはずだ。もし、そこにいなければ、たぶん酒場だ。奴は酒好きだからな」 エドワールが船着き場を指さした。 エドワールはリノアとエレナに目を向けて、落ち着いた口調で続ける。「ルミナス島への道は複雑だ。ルシアンなしでは到底たどり着けない。ルシアンは水路を知り尽くしてる。気をつけろよ。あの一帯をフェルミナ・アークと呼んでいるんだが、アークセリアとは全く別ものと思って良い。君たちが住んでいるクローブ村ともね」 エドワールは言葉を切り、思案するように目を細めた。「……あの空間だけ、まるで異質な世界のように感じるはずだ」 エドワールは僅かに眉を寄せ、息を吐いた。その声には言葉にはできない不穏な気配が漂っている。 霧に覆われた水鏡の湖に浮かぶルミナス島——ただ静寂があるわけではない。「フェルミナ・アークの全容は未だに掴みきれていない。内部がどうなっているのか、すべてが明らかになっているわけではないんだ」 エドワールは腕を組み、わずかに眉を寄せながら言葉を紡いだ。その瞳には静かながらも鋭い光が宿っている。「霧が深く、光の加減すら違う。そこへ入った者は、まるで時間の流れが変わるような感覚を覚えると言うが、確証はない。だが、一つだけ言えることがある——案内もなく、あの地へ入った者で無事に戻った者は殆どいないということだ」 エドワールの視線がふと遠ざかる。「私の知り合いも何人か行方不明のままなんだよ」 過去の記憶を探るようなその仕草——それは単なる思案ではなく、かすかな警戒を含んでいるようだった。 エドワールは軽く喉を鳴らし、再びリノアたちを見据えた。「……だから、気をつけろよ」 一瞬の沈黙の後、エドワールはわずかに肩をすくめた。「ルシアンがいるから、大丈夫だとは思うけどな」 静かながらも、その言葉には妙な重みがある。 リノアとエレナは自分に言い聞かせるように頷いて、セラとエドワールに向き直った。「色々ありがとう。セラ、舞踏会、頑張ってね」 エレナの言葉にセラは微笑みながら頷いた。「気をつけてね……」 セラの微笑みは柔らかかったが、その瞳は揺らいでいる。 リノアは頷き、エドワールに目を向けた。「エドワールさん、ありがとう。後は私たちで何とかしてみせます」「ああ、頑張ってな」 エドワールは
last updateLast Updated : 2025-06-09
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ルミナス島への導き ①

 太陽が高く昇り、波が煌めく午後の船着き場。 リノアは桟橋を歩きながら視線を巡らせた。忙しそうに動く船乗りたちの姿が見える。 潮の香りが満ちる空気の中、船を繋ぐロープの軋む音や、荷を運ぶ掛け声が響いている。「すみません。ルシアンという船頭を探しているのですが……」 エレナが近くの作業中の船乗りに歩み寄って声をかけた。 男は手を止め、軽く額の汗を拭いながら彼女たちを見上げた。「ルシアン? さっきまで、そこにいたが、どこに行ったんだろうな」 そう言って、彼は仲間の船乗りたちに目を向けた。「おい、ルシアンを見かけた奴いるか?」 その問いかけに、少し離れた場所で縄を巻いていた別の男が顔を上げた。「用事があると言って帰っていったよ。いつもの酒場にいるんじゃないか?」 リノアとエレナは顔を見合わせた。「教えてくれて、ありがとうございます」 リノアが会釈し、エレナも続けて会釈した。「酒場か……行ってみよう」 リノアとエレナが歩き出そうとしたその時、背後から船乗りの男が声をかけて来た。「ところで、お前たちは何でルシアンを探しているんだ?」 リノアは一瞬、言葉を探し、エレナと視線を交わした。 禁足地へ向かう理由を、そのまま口にするわけにはいかない。この街の人たちは、あの場所に対して特別な意識を抱いているはずだ。足を踏み入れてはいけない場所なのだから……「少し頼みたいことがあって……」 リノアは曖昧な表現に留めて、相手の反応を伺った。 船乗りの男はしばらく二人を見つめ、何かを考えるように眉をひそめた。 男はそれを聞いても納得した様子はない。言葉を濁したリノアを男はじっと見つめ続けた。 きっと、はっきりと口に出せないのは何か事情があるからなのだと、そう感じ取ったに違いない。「若い女がルシアンを訪ねるなんて滅多にないことだ。それなのに、お前たちはルシアンを探している。ルシアンに用ってことは、あれだろ。あの場所に行くんだろ」 場の雰囲気が微妙に張り詰め、船乗りたちの間に緊張が走る。潮風が足元をかすめ、微かな湿り気を含んだ空気が肌を撫でた。「そうです。私たちはルミナス島へ行く必要があるんです」 リノアは表情を変えず、冷静に言葉を選んだ。 その瞬間、船乗りたちの間に微かなざわめきが生まれた。「やはりそうか。しかし珍しいな」 船乗りの男は
last updateLast Updated : 2025-06-09
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ルミナス島への導き ②

 酒場へ続く道は、人々の活気で満ちている。 港のすぐ近くに位置するその酒場からは、潮の香りとざわめきが入り混じった喧騒が漏れ出ていた。 中から響く杯の音と豪快な笑い声——それはリノアとエレナにとって慣れない空間だった。 二人は扉の前で立ち止まり、お互いに目を合わせると、意を決したように扉を押し開けた。 ざわめく会話と木製のカウンターにぶつかる杯の音が耳に届く。 リノアはまっすぐ店主の元へ向かった。「ルシアンという人を探しているのですが……」 カウンターに立つ店主にリノアが尋ねると、彼はグラスを拭きながら眉をひそめた。「ルシアンか……。いつもならこの時間に顔を出すんだがな。まだ今日は見ていないな」 エレナはゆっくりと店内を見渡し、賑やかなテーブルに座る船乗りたちへ視線を向けた。「誰か、ルシアンがどこにいるか知りませんか?」 すると、奥のテーブルに座っていた初老の船乗りが、杯を傾けながら顔を上げた。「今日は遅れると言っていたよ。誰かと会うらしいが、詳しいことは知らん……。最近、何かと忙しそうでな。『潮の流れが変わった』なんて話をしていた時、妙に考え込んでいたのが気になったが……。夕方には来ると言っていた」 リノアとエレナは顔を見合わせた。「リノア、どうする? 夕方だって……」 今すぐルシアンに会えない以上、次にできることは限られている。 リノアはエレナと視線を交わした。 これ以上、ここにいても有益な情報は得られそうにない。「ありがとうございます。夕方にでも、また来ます」 そう告げると、二人は席を離れ、店の出口へ向かった。「ルシアンに伝えておくよ。女の子たちが探してたって」 初老の船乗りが、背中越しに言った。 リノアとエレナは足を止めて、彼に軽く礼を述べた。 扉を押し開き、二人は酒場を後にする。 酒場を出た瞬間、リノアは軽く目を細めた。外の光が思った以上に強い。「ルシアン、誰と会っているんだろうね」 リノアが呟く。 リノアは潮風を感じながら、エレナの言葉を待った。「ルシアンが誰かと会っている理由……そんなの、いくらでもあるんじゃない?」 エレナは軽い口調で言った。しかし、その目は真剣そのものだった。 エレナの思考はふと、ある一点に向かった。エレナがじっと水面を見つめている。 風が頬を撫でると、エレナは髪をそっと
last updateLast Updated : 2025-06-10
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ルミナス島への導き ③

「この後、どうしようか?」 リノアが湖面を見つめながら言った。 ルシアンを待つ間、時間を無駄にするわけにはいかない。 エレナは少し考え、視線を街の方へ向けた。「時間もあることだし、道具でも揃えない? この街に何があるのか興味があるし」 エレナの言葉にリノアが頷き、二人は路地に入って行った。 石畳の路地は狭く、両側に古びたレンガ造りの建物が立ち並んでいる。壁には蔦が絡まり、窓辺には色褪せた木製の看板が揺れていた。 市場の活気は、ここにも溢れている。商人たちの声が響き、革の袋に詰められた香辛料の香りが微かに漂う。 リノアとエレナは時折、足を止めて、並ぶ品々を見定めた。 鍛冶職人が鉄を打つ音が遠くで聞こえ、パン屋の店先では焼きたての香ばしい匂いが満ちている。 どこか時間の流れが違うような、そんな空気がこの路地にはあった。二人はその雰囲気を味わいながら、必要な道具を探し求めた。「ルミナス島へ行くなら、これも必要じゃない?」 エレナが指さしたのは、特殊な防水布。湖の湿度が高いため、荷物を守るのに適している。 リノアがふと足を止め、店先に並ぶ奇妙な道具に目を留めた。「これ、何だろ」 リノアの視線の先に『ルミナスの祓石』がある。「はらい石?」「ああ、それはね。湖の湿気が濃い時、この石を振ると周囲の霧を払うことができるんだ。船乗りたちに重宝されてるよ。霧を散らす銀の石だね」 店主は誇らしげに説明した。 リノアは慎重に『ルミナスの祓石』を手に取る。 その表面には細かい模様が刻まれていて、ひんやりと冷たい感触があった。「きっと霧が深いだろうからね。何かの役に立つんじゃない?」 エレナの言葉にリノアは満足そうに頷き、さらに役立ちそうな品を探した。 リノアとエレナは店内をゆっくりと歩きながら、興味深げに棚を眺める。「これは……?」 リノアが手に取ったのは、『月光草の乾燥葉』「それは夜間に光を反射するものだ。薄暗い場所で目印に使うと良いよ」 店主の言葉にエレナも身を乗り出し、葉の質感を確かめた。「この葉は、どれくらいの時間光るのですか?」 エレナが訪ねた。「月光草の乾燥葉は光を蓄えてから約三時間ほど輝きを保つ。ただし、光の強さは時間とともに弱まるから、補助的な光源として使うのが良いだろう」 店主は落ち着いた口調で説明した。「三時
last updateLast Updated : 2025-06-12
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