Semua Bab 水鏡の星詠: Bab 121 - Bab 130

184 Bab

ルミナス島への導き ④

 二人が次に向かった先は武器屋だ。 ルミナス島へ渡るためには、しっかりとした装備が必要になる。 古びた石造りの店の扉を押し開けると、中には整然と並ぶ剣や短剣、弓が光を放っていた。 店主は鋭い目を持つ壮年の男で、二人が入るとゆっくりと顔を上げた。「旅の支度かい? なら、しっかりしたものを選びな」 店内の奥へ進むと、武器棚の隣に整然と鉱石が並べられていた。「武器屋なのに鉱石……?」 磨かれた黒曜石や、わずかに輝く雷光石、深い青を宿した魔鉱石——これらは一体、なんだろう。 リノアは息を呑んだ。「勿論、普通の鉱石じゃないぜ。その鉱石自体に特殊な力が秘められているんだ」 リノアは鉱石の並ぶ棚を眺め、指先で「凍結の晶核」をなぞった。 その冷たい輝きが霧の深い森での戦いに役立つことを思うと、自然と唇が引き締まる。「その『凍結の晶核』は特殊な鉱石だ。霧の中で振動を与えると、一瞬で周囲の水分を凍らせる。足場を作ったり、敵の動きを封じたりとな。昔、寒冷地の戦士たちはこれを罠として活用していたそうだ」 リノアの脳裏に霧深い森の情景が浮かんだ。視界の悪い中で敵の足元を瞬時に凍らせることができれば、戦闘の流れを大きく変えられる。ただ霧に惑わされるのではなく、その霧を自分の武器として活かすことができるのだ。「この『凍結の晶核』、弓矢の矢尻としても使える?」 エレナは鉱石をじっと見つめながら、店主に尋ねた。「可能だ。少し手を加えるだけで誰でも矢尻にすることができる。特別な技術は必要ない」「遠距離からも狙えるなら、かなり使えそうね」 エレナは呟き、鉱石の重さを測るように手のひらで転がした。 弓の扱いには慣れている——この鉱石の特性を活かせば戦術の幅が広がる。霧の中で冷気を操ることで、戦局を有利に導けるはずだ。 エレナは鉱石の活用方法を思案し、満足げに頷いた。 リノアは隣に並んだ『水影石』も手に取った。角度を変えて光の反射を確認する。「それは水を反射して、視界を奪う鉱石だ。光の屈折を利用して姿を隠すだけではなく、幻影を生み出すこともできる優れものだな」 リノアとエレナは互いに視線を交わし、その利便性を確かめるように頷いた。「これはどうだ? 一定の光を蓄え、暗闇で瞬間的に発光する。動物の目をくらませるのに、探検者たちが良く使っているものだ」 店主が手に
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ルミナス島への導き ⑤

 夕方にはルシアンが帰ってくる——それまでの時間、リノアたちはアークセリアの街並みを見て回ることにした。 陽の光が傾き始める頃、石畳の路地には行き交う人々のざわめきが響いていた。露店の店主が声を張り上げ、街角では旅人たちが談笑している。 通りを抜けた先に小さな広場があり、楽師たちが集まって演奏をしていた。 弦の音が軽やかに舞い、打楽器の深い響きがそれを優しく支える。その旋律は風に乗り、広場にいる人々の心をゆるやかに包み込んでいった。「クローブ村とは全然違う……この街はどこか不思議な魅力があるね」 エレナが感嘆の声を上げ、広場の中央に設けられた長椅子に腰を下ろした。リノアもその隣に座り、奏でられる音色に耳を傾けて、エレナと一緒に街の風景をゆっくりと眺めた。 広場の一角には屋台が並び、焼きたてのパンやこんがりと焼かれた肉の串が湯気を立てている。「せっかくだし、何か食べようか」 エレナが目を輝かせて立ち上がり、期待に満ちた表情で屋台へと足を向けた。 二人は並んだ料理の数々をじっくりと見定める。「あの焼きキノコ、いい香りがする。あっちのスパイス煮込みも美味しそう」 スパイスの香りが鼻腔をくすぐる。 迷うリノアをよそにエレナはすでに決めたようで、屋台の主人から勧められた果物の包み焼きを手に取っている。「それ何の果物? クローブ村にはなかったよね、そういうの」 リノアが興味深げに尋ねると、エレナは包みを開きながら肩をすくめた。「うーん、なんだろ。分かんない。でも、こういう甘みのある料理、好きなの」 その言葉の通り、エレナは迷いなく一口かじり、幸せそうに目を細めた。 リノアもその様子につられ、ひとつ注文してみることにした。 香ばしい生地の中から、煮込まれた果物の甘みがじんわりと広がる。初めて口にする味にリノアは満足げな表情を浮かべた。 広場の楽師たちの演奏が風に乗って流れ、夕暮れの空が柔らかな金色に染まっていく。 この街は旅人の心を穏やかに解きほぐす。そのような場所なのかもしれない。 夕刻までのひととき——ルミナス島へ向かう前の最後の静かな時間だ。 この穏やかなひとときが終われば、旅は新たな局面へと進む。 夕暮れがゆっくりと訪れ、空が淡い紫に染まる頃、二人は、この静かな時間を味わいながら、次なる旅路へと思いを馳せた。
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ルミナス島への導き ⑥

 広場の片隅で寛いでいた時、リノアとエレナの元へ一人の男が近づいてきた。「君たちは酒場に来ていた子たちじゃないか?」 リノアとエレナはゆっくりと顔を上げ、男の方へ目を向けた。「ええ……そうですけど」 リノアは答えながら姿勢を正した。エレナも背筋を伸ばし、男の表情を慎重に読み取ろうとしていた。「ルシアンだが、君たちを探しに行ったぜ。たぶん桟橋に向かったんじゃないか」 リノアは反射的にエレナと目を合わせた。 広場で過ごした時間は束の間の休息だった。それが終わると決まった瞬間、胸の奥に眠っていた旅の緊張感が再び目を覚ます。 リノアとエレナはゆっくりと立ち上がった。 運河を渡る風がひんやりと頬を撫でる。 夕陽が運河を照らし、空の朱色が深まっていく中、リノアとエレナは男に礼を言って、桟橋の先に待つ人物を想像しながら歩みを進めた。 街の灯りが水面に映り込み、揺れる波と共に滲んでいる。夕空は淡い橙から深い紫へと変わり、街はゆるやかに夜へと移ろうとしていた。 静かに流れる風が柳の枝を揺らし、運河のほとりを冷やし始める。桟橋へと続く道の先には潮の香りと共に、どこか懐かしさを感じさせる空気が漂っていた。 足元の木板は古く、踏みしめるたびにわずかに軋む。その先には煤けたパイプをくゆらせるルシアンの姿があった。 桟橋に絡みつく薄い霧がルシアンの影を揺らめかせている。過去と現在の狭間で蠢いているかのように──「遅かったな」 ルシアンは言葉と共に、ゆっくりとパイプを口元から外した。潮風が微かに煙を攫い、夜の帳へと溶かしていく。 長年、海を渡り続けた者だけが持つ深み──複雑な色をした瞳をしている。「目的地はフェルミナ・アークか。女の子二人とは珍しいな。どうして、あの場所に行きたいんだ?」 リノアは潮風を吸い込み、視線をルシアンに向けた。「フェルミナ・アークで知りたいことがあるんです」 リノアの静かな語調に、エレナも続く。「自然破壊を止めるには、どうすれば良いのか。それを知ることが目的です」 エレナは慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。「ほう。それで?」 ルシアンはわずかに顔を傾け、視線を遠くへ向けた。 水面には夕陽の名残が映り込み、金と青のまだら模様を描いている。波が揺れるたびにその色彩が変わった。 リノアは一歩進み、真剣な眼差しを
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ルミナス島への導き ⑦

 ルシアンはパイプの煙をくゆらせながら、記憶の断片を探るように虚空を見つめた。「いや、老婆ではなかった。若い女が一人いたが、あれは戦士ではない。どこにでもいる普通の娘に見えた。しかし目は違ったな。本心を語らない人間の目。奥に何か隠しているような目だ。あれは何か裏がある」 ルシアンは煙をゆっくりと吐き出し、視線を遠くへと向けた。「鉱石のことをしつこく聞いてきたよ。俺は何も話さなかったがね」 リノアとエレナは互いに顔を見合わせた。グレタではない……? グレタ以外に鉱石を追っている者がいるとすれば……。クローブ村や集落の周辺で見かけた、あの人影たちしかいない──「その人たちはどこへ向かったのですか?」 エレナが尋ねた。 ルシアンは桟橋の手すりに軽くもたれ、遠くの水面を見つめながら答えた。「さあ、どうだろうな。あの様子じゃ。フェルミナ・アークだろうがね。単なる探究心ではないのは確かだ。目的は原生林にある鉱石だろう」 潮風が霧を揺らし、夜の気配が深まっていく。 リノアは、ゆっくりと息を吐いて拳を握りしめた。──これ以上、自然を壊させはしない。 その想いは静かに燃え、決意となってリノアの瞳に宿った。深まる闇の中、霧の向こうで小舟が緩やかに揺れている。まるで、新たな選択を待っているかのように—— 敵はすでに動いている。私たちも急がなければならない。「何のためにそこへ向かうのかは分かった。しかしだな……あの場所は危険なんだ。戻って来れるとは限らない」 ルシアンはリノアとエレナを見て言った。ルシアンの表情は険しく、瞳の奥に警戒の色が滲む。「それにラヴィナは忙しいんだ。会えないかもしれないぞ。普段なら舞踏会を楽しみにしているが、今はそれどころではないからな」 ルシアンはわずかに目を細め、遠くへと視線をさまよわせた。その表情には過去をたどるような微かな陰が差している。「それでも行かなければならないんです」 リノアは一歩前に進み、胸元のペンダントに手をやった。リノアの声には揺るぎがない。 ルシアンは腕を組み、険しい表情を崩さぬまま、リノアたちをじっと見据えた。 夜風が霧を揺らし、波間に小舟が静かにたゆたう。桟橋に沈む夕闇が水面に映る揺らめく灯りと溶け合っていく。 リノアが動くたび、胸元のペンダントが揺れてオレンジ色の光が淡く乱反射した。「その
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ルミナス島への導き ⑧

 ルシアンは目を細めて、微笑んだ。「星の声を聞くか……若いって良いな」 潮風が霧を揺らし、遠くで波の音が静かに響く。「若い頃は世界のすべてを手に取るように感じていたものだ。何もかもが可能で、どこにだって行ける——そう信じて疑わなかった。だが、歳を重ねるにつれ、限界を作ってしまう。できない理由ばかりが先に立ち、可能性を閉ざしてしまうんだ」 ルシアンはゆっくりと息を吐いた。「君たちのように真っすぐ前を見据えて歩けるなら、またこの世界も違って見えるのだろうな。私にはこの世界が歪んで見えて仕方がない」 遠くの空に夕陽がゆっくりと沈んでいく。 リノアとエレナは海面に映る夕陽の光をじっと眺めた。 波が穏やかに揺れ、黄金色の輝きがゆらめく。風が潮の香りを運び、二人の視線は遠くの水平線へと吸い込まれていった。「先刻の戦いは……残念だったな」 ルシアンの低い呟きが潮風に紛れる。 リノアはその言葉の意味を理解した。──ルシアンは、私の母がもうこの世にはいないと思っている…… 星詠の力は、代々女性に受け継がれてきた。 祖母はその力を誇りと共に継ぎ、真の星詠として生きた。しかし母は語り部として村人たちに星の物語を紡いでいたが、今はもうその姿はない。 戦乱を機に姿を消して久しい。 星詠の者がもう存在しないと、ルシアンが思うのは当然のことなのかもしれない。 潮風が吹き抜け、波の音が静かに響く。その音はまるで過去の記憶を手繰り寄せるかのように、リノアの胸に染み入った。「母はまだ生きています。きっと、どこかで──」 リノアの言葉が波間に溶ける。「そうか、まだ終わってはいないんだな」 ルシアンは呟き、ゆっくりとパイプを口元から外した。潮風が桟橋を吹き抜け、淡い煙が空へと消えていく。 ルシアンの瞳の奥に何かを思い出すような色が宿った。「君たちの旅は随分と根深いものなんだな」 ルシアンは桟橋の奥へと視線を向け、しばらくの間、潮騒の音に耳を傾けた。潮風がルシアンのコートの裾を揺らす。 やがてルシアンは、ふうと息を吐くと、ゆっくりと顔を上げた。「よし、行くぞ。フェルミナ・アークへ」 低い声が辺りに響き渡る。迷いのない、進む者の声だ。 ルシアンは指先に力を込めて、船をつなぐ綱に手をかけた。「あの場所に行くには覚悟が必要だ。だが心配は要らない。君たちは
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幻想の水域 ①

 ルシアンの小舟が水面を滑り、霧の奥へと進んでいく。「何これ、綺麗……」 目の前に広がる幻想的な光景にエレナの目が輝いた。 水面を漂う無数の光。青白く揺らめくものもあれば、淡い黄金色に輝くものまで……。それらは意志を持っているかのように、規則的な動きで船の周囲を巡っている。「この光……森で見たものとは違う」 リノアが呟いた。 星見の丘で見た光は青白く、禍々しいものだった。 ルシアンは長い木の櫂をしっかりと握り、水を押し分けるように舟を漕いだ。 霧の運河は予想に反して穏やかだった。 ルシアンの動きは迷いがなく、一定のリズムを刻んでいる。櫂が水を捉えるたび、水の跳ねる音が響き、水面の光を揺らした。「不思議なものだな。まるで道標のように光っている」 ルシアンの視線は水中をさまよう光の群れに向けられた。「昔はこんなふうに光らなかったんだがな……」 ルシアンが櫂をゆっくりと動かしながら言った。「いつの頃からか、海の生物たちは光を放つようになった。理由は定かではないが」 ルシアンの言葉を裏付けるように、光る影が船の周囲を滑り抜けていく。 青、金、紫——霧の奥にまで続く光の群れ── その正体は魚や甲殻類、そして植物。さらには流れる水そのものに紛れる小さな生物たちだった。「この辺り一帯だけの現象らしいな。もはや未知の生物と言っても良い。怖くて食べる気にもなれやしない」 青白く光る魚が波間をすり抜け、黄金色の光を帯びた甲殻類がゆっくりと水底を移動している。紫に輝く小さな影が群れを成し、まるで会話を交わすように揺れていた。 警告をするために光っているわけではなさそうだ。 霧の中、生物の光がリノアたちに語りかけるように揺れ続ける——「この光……星見の丘で見たものと似てる」 リノアの呟きに、エレナが顔を上げた。「もしかして、鉱石の光なのかも」 エレナの言葉に、リノアは星見の丘や崩落現場で手に取った鉱石のことを思い出した。──あの鉱石には、何かが染み込んだ形跡があった。 表面はわずかに光を反射し、所々えぐられたような窪みがあった。そして粘ついた分泌液…… もし鉱石の水分か液体が長い時間をかけて水に溶け出し、その影響で生物が光るようになったのだとしたら……「あの鉱石と関係があるなら、この光は自然のものじゃないってことになるね」 エレ
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幻想の水域 ②

 舟が奥に進むにつれ、霧は次第に濃さを増していく。最初は薄く漂っていた霧が、やがて層をなして視界を覆い始めた。 世界そのものが沈黙に飲み込まれるかのように、船の周囲は白い帳に包まれ、遠くの景色は殆ど見えなくなっていた。「……聞こえたか?」 ルシアンが声を落として言い、そっと櫂を水中から引き上げた。水音を立てぬよう櫂の角度を変える。 低い音が霧の向こうから響いてくる── それは鳴き声とも、叫び声とも区別がつかない不気味な音だった。獣の唸りに似ているが、それにしてはどこか奇妙だ。 音が風のないはずの運河の水面を微かに揺らす。 張り詰めた空気の中、リノアとエレナは息を潜めて霧の奥をじっと見つめた。 不意に水面が揺れる。先ほどよりも揺れが大きい。「伏せろ!」 水面を滑るように、何かがこちらに向かってくる。ルシアンの声に二人はすぐさま船の底へ身を潜めた。 霧の奥から不気味な影が浮かび上がる。 次の瞬間——風を切る音が響いた。 船の周囲にざわりと波が立ち、空気が震える。 その輪郭は定かではない。 影は船のすぐ脇を鋭く掠め、霧の中を高く舞い上がった。 霧に浮かんだ黒い影と重く沈むような気配、そして水面をかすめる風圧── それは確かに“何か”がそこにいた証だった。だが鳥でも獣でもない。形容しがたい、どこか歪んだ、言葉にできない、“何か” リノアは震える身体を自身で抱きしめ、肩の震えを必死に抑えた。エレナが船底で身を縮めながら、そっとリノアに寄り添う。 息を呑んだまま、二人はその気配の行方に神経を向けた。張り詰めた沈黙の中、波音だけが運河を満たしている。 わずかに残っていた波音が霧に吸い込まれるように消えていき、やがて完全に音が消えて無くなった。 まるで世界から音が消えたような静寂。光もいつの間にか消え、気配だけが運河の片隅に残されている。「もう大丈夫だ。あいつは飛び去って行った」 ルシアンは櫂を握り直して言った。 霧は相変わらず濃く、船の周囲を纏わりついている。「今のは警告だな」 ルシアンの低い声が霧に溶ける。「まだこの辺りは安全だ。だが……」 ルシアンの視線が霧の奥へと向かう。「上陸したら、あの程度で済むとは思わない方が良い」 船首の先に、ゆらりと光が浮かび上がった。水面に漂うそれは一つ、また一つと現れ、やがて小さな群
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幻想の水域 ③

 運河の水は静寂を取り戻し、船体が波を切る音だけが響く。霧が薄れるにつれ、視界の奥に広がる岸辺がはっきりと姿を現した。 フェルミナ・アークの輪郭がぼんやりと浮かび上がる。 ルシアンが櫂をゆっくりと動かし、慎重に舟を岸壁に寄せた。「ここがフェルミナ・アーク……」 リノアは船縁に手をかけ、目を凝らした。 入り組んだ岩壁が岸辺を覆い、その狭間から黒々とした森がひっそりと覗いている。異様なほどの沈黙だ。「幾ら何でも静かすぎない? それに……どうして風もないのに葉が揺れているんだろう……」 エレナの声が微かに震えている。瞳が霧の奥を探るように揺れ、鼓動は落ち着かず胸の動きがわずかに速くなっていた。 通常なら、森のざわめきから風の流れを読み取り、目には見えなくとも、獣の気配といった森の息遣いを感じ取ることができる。 森は生きている——そう実感することができるはずだ。 だが、この場所は違う。森は息を潜め、沈黙がすべてを支配しているのだ。 リノアは霧の向こうに目を凝らしながら、エレナの動きを横目でとらえた。 エレナが体勢を整えている。 戦う準備をしているわけではない。いつでも動けるよう、長年の経験がそうさせているのだ。視線を何かを追うように彷徨わさせている。 空気が異様に重い。 霧の向こうから何者かに見られているような、この感覚…… 冷たい湿気が肌に絡みつき、霧が視界を曖昧にする。視線を巡らせても、何も見ることはできない。──この森は普通ではない──この森には何かがいる。 リノアもエレナも、言葉にはしないまま、その直感を確信していた。 エレナが小さく息を漏らす。「行こう。リノア」 リノアたちは湿った苔に覆われた桟橋に足を掛けた。「ここから先は慎重にな。何が潜んでいるか分からない」 リノアとエレナは船を降り、足元の木道にそっと手を伸ばした。 ひんやりと冷たい感触がする。 だが、それだけではなかった。この場所そのものが意思を持っているかのように僅かに震えている。──ここは幻想と現実が交錯する境界── 足を踏み入れたら、もう戻ることはできない。そう思わせるものがある。「今日はもう遅い。この先の小屋で夜を明かしてから行けば良い」 ルシアンが静かに口を開いた。「同行できるのはここまでだ。俺が行っても大して戦力にはならんからな」 
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-17
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アリシアとセラ ①

 リノアたちが出発してから、二、三日の時が流れた頃、街の広場に一団の旅人たちが姿を現した。 アークセリアの門は誰を拒むこともなく、いつものように優雅に開かれており、世界のあらゆる道を受け入れている。陽が最も高く昇るその瞬間から、この街で彼らの物語は始まって行くのだ。 昼の風が彼らの髪をやわらかく揺らし、旅の疲れを和らげるように優しく吹き抜ける。草花の香りが漂い、遠くから響く鐘の音が彼らを迎えるようにこだました。 風にたなびくコート、土埃をまとった靴音、背に担いだ荷の重み。旅路の疲労を感じさせる者もいれば、目に輝きを宿す者もいる。 活気あふれる街の音が彼らを迎え、石畳を踏みしめる足音が賑わいの中へと馴染んでいく。行き交う街の人々の視線が一瞬だけ彼らの存在を捉えるが、すぐに日常の流れへと戻していった。 その中に、ひときわ目を引く人物がいた。金の髪を風に揺らし、姿勢を崩さずに歩くその女性――アリシアだった。 旅装に身を包んでも、その佇まいには舞踏家としての気品が根付いている。 アリシアの瞳が街の風景を筆でなぞるように巡った。懐かしさと、どこか張り詰めた想いを湛えながら。──アリシア……どうしてここに? セラの足が止まった。活気ある街のざわめきが遠のき、目の前の光景だけが鮮やかに浮かび上がる。 風を切るように颯爽と歩み寄ったアリシアがセラの前に立った。「久しぶり、セラ。どうしたの? そんな顔して。私がここにいたって不思議じゃないでしょ?」 まるで旧友との再会を心から楽しむように、軽快な口調で言い放った。アリシアは以前と変わらぬ笑顔を浮かべている。「タリスって人から聞いたよ。危ない目に遭ったんだって?」 その言葉にセラはわずかに視線を落とす。「おかしな光を見たから、これ以上、進んじゃいけないと思って……」 あの時の記憶が脳裏をかすめる。冷たい輝き、胸を締めつけるような違和感。「引き返して正解だったんじゃない? それで、大丈夫だったの? 怪我とかしてない?」 アリシアが心配そうにセラを見つめる。「うん……大丈夫。走って逃げたから」 セラは微笑みながら頷いたものの、胸の奥にはまだざわつくものが残っていた。あの光が何だったのか、考えれば考えるほど不安が形を持ち始める。「何だったんだろうね、その光……。最近、見慣れない人たちが増えてるみたいだ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-18
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アリシアとセラ ②

「それにしても、まさか、こんな形でセラとリノアたちが出会うなんてね。人生って、ほんと不思議」 アリシアの瞳がまっすぐセラを捉えた。「……どういうこと?」 思いがけない言葉に、セラは驚いたようにアリシアを見つめ返した。「偶然に見えて、実はすごく意味のある出会いってあるじゃない? セラとリノアたちが出会ったのも、きっと何か意味があるはずよ」 アリシアの言葉を胸に受け止めたセラは、そっと記憶の糸をたぐった。──あの時は、ただ流れに身を任せていただけだった。だけど今、振り返ってみれば、リノアたちと出会ってから色んなことが変わった気がする。 私だけではない。リノアたちと接した人たちの意識も変わり始めている。以前よりも増して自然のことを気にするようになった。 おそらく活発的に動くリノアたちを見て、きっと誰もが思ったのだ。無関心でいてはいけないと……。 リノアたちが蒔いた意志の種が、人々の心の土壌に根を張り始めた証だ。 ゆっくりではあるが、見えないところで世界は確実に動いている── セラの胸の奥には、その小さな変化の手触りが、やがて訪れる何かを予感させるように芽吹き始めていた。「人生って、何がきっかけで動くか分からないからね」 アリシアは、しばらく沈黙した後、空を仰いだ。晴れ渡った空の青さに目を細める。 風が二人の間をそっと吹き抜け、草花の淡い香りを運んでいった。 セラはアリシアの言葉の奥にあるものを感じ取り、その思いをゆっくりと胸の中で反芻した。「アリシア、リノアたちに伝えたいことって何だったの? リノアたちが帰ってきたら私が伝えても良いけど……。いつ帰って来るか分かんないよ」 セラは『アーバルの静寂』に向けて歩を進めながら言った。アリシアも私のように、いつも同じ宿を利用している。「リノアたちはフェルミナ・アークに行ったんでしょ? だったら……まあ、良いかな。どうせ、そこには辿り着けないし」 アリシアは含みを持たせて言った。そして、ひと呼吸置いて更に続ける。「クローブ村にね、ちょっと変な奴がいるのよ」「変な奴?」 セラが問い返すと、アリシアは短く頷いて、風に揺れた前髪を無造作に耳へとかき上げた。「うん、やけにリノアを敵視している奴がいてね。そいつが急に村から居なくなったんだ。大した奴じゃないんだけど、何か企んでいるんじゃないかと思っ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-19
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