「リュカ・エルディア。綺麗な名前ね。星の名前みたい……」 三人の間に流れる沈黙は、もはや重くはなかった。それは、お互いの名を知ったことで生まれた、かすかな絆から生まれたものだ。 リュカがどこから来たのか。何者なのか。 リノアもエレナも、心の奥でその答えを欲していた。だが、まだ訊くには早すぎる。 リノアは喉元まで来ていた言葉を飲み込んだ。 代わりに、エレナが口を開く。「私たちはクローヴ村という遠く離れた土地から来たの。この地に興味があってね」 エレナが微笑んだ。 その笑みは、名乗ったばかりのリュカに安心を与えるためのものでもあり、それ以上を語らないという意志でもある。こちらの目的まで話す必要はない。 フェルミナ・アークに足を踏み入れる者は限られている。 探検家、研究者、あるいは何かを探す者── だからこそ、リュカの存在は異質だった。そして、リュカが追っていた女性と子どもの存在も…… その姿をこの禁足地であるフェルミナ・アークで目撃したことは、二人にとって衝撃的なことだった。 その時、森の奥からざわめきが聞こえた。 木々の間をすり抜ける風か、あるいは何か別のものか。エレナとリュカが真っ先に反応し、その気配を探った。 エレナは身を乗り出し、地面に置いていた弓を引き寄せ、リュカは腰に差した剣に手を添えた。 膝をずらし、片足を地にしっかりと据え、もう片方の足はいつでも踏み出せるように軽く曲げられている。 その姿勢は、獣が息を潜めて獲物を待つものだった。呼吸を浅く整え、闇の向こうへ意識を集中する。 風が木々を撫で、葉がささやき、枝が揺れている。 だが、その音に混じって、何かが羽ばたいた。 焚き火の光が届かぬ森の奥──黒い影がひとつ、枝から枝へと滑るように飛び去っていく。 その音は風よりも低く、柔らかい。しかし確かに生き物のものだった。「何、あれ? 鳥?」 リノアが目で追った。 その姿は見慣れた鳥とは違っていた。 羽根は夜の色に紛れるほど深く、飛び方はまるで音を避けるように滑らかだ。「……カザル・シェルド」 リュカが口を開いた。焚き火の揺らぎに溶けるような声……「この土地にしかいない鳥。こちらが何もしなければ、何もしてこない」 その言葉に、エレナは弓に添えていた手をそっと離した。指先の力が抜け、肩の緊張もほどけていく。
Last Updated : 2025-08-15 Read more