エレナはリノアの額に額を寄せ、震える唇で囁いた。 呼吸は浅く、胸の奥から押し出されるように言葉が漏れる。「お願い……戻ってきて、リノア」 エレナの声は、張り詰めた感情の糸が今にも途切れてしまいそうなほどに震えていた。焦りと願いが込められた言葉が、ひとつずつ吐息に混じってこぼれていく。 喉の奥で震える声は、まるで過去と現在を繋ぎ止めようとする細い橋のようだった。 エレナの目はリノアを捉えたまま離さない。その瞳には、祈りにも似た切実さが宿っている。 指先に力が入り、握った手がわずかに汗ばんでいく。──届いてほしい。 ただ、それだけを願った。 その時、リノアの胸に沈んでいた一枚の羽根が砕け、粉のように散った。 リノアの瞳が揺れ、涙が一筋、頬を伝う。 それは閉ざされていた心がようやく動き出した証だった。──リノアが目を覚まし始めている。 リノアの指がわずかに動き、エレナの手を握り返した。 リノアの瞳の奥に、微かな光が灯る。それは術の闇に覆われながらも、消えずに残っていたリノア自身の意志だった。 リノアが何かを話そうとするが、言葉にならない。けれど、その動きには意味があった。 リノアは戻ろうとしているのだ。自分自身の力で、闇の底から。 エレナはその手を離さず、リノアを見つめて、ゆっくりと頷いた。 もう呼びかける必要はない。 リノアの瞳が、確かにエレナを捉えていた。 その奥に、かつての温もりが、ゆっくりと戻ってきているのが分かる。「エレナ……」 その声は細く、風に消えそうなほどだった。だけど、その響きには確かな重みが感じられる。 術に囚われていた時間のすべてを、言葉の一滴に込めたような──そんな声だった。 紛れもなく、リノアの声──誰にも操られてはいない。 エレナは返事をしなかった。ただ、リノアの手を握りしめたまま、目を伏せて息を整える。 胸の奥に溜まっていたものが、少しずつほどけていく感覚── 風が場の空気を一新するように流れた。 羽の軌道が乱れ、残された数枚が宙に留まり、沈むことなく揺れている。まるで次の命令を失ったかのように。 リノアの瞳が、ゆっくりと焦点を結び始める。 その奥に、まだ痛みは残っている。けれど沈黙だけではない。何かが、リノアの中で動き出している。「……ここは……」 リノアが掠れた声で問いか
Last Updated : 2025-09-09 Read more