/ ミステリー / 水鏡の星詠 / 챕터 241 - 챕터 250

水鏡の星詠의 모든 챕터: 챕터 241 - 챕터 250

275 챕터

礼拝堂の防衛線 ③

「それじゃ、私は?」 アリシアの問いに、ヴィクターは少しだけ間を置いてから答えた。「風を読んでくれないか。毒が空気に乗るなら、どこへ向かってるかを探る必要がある。風脈が乱れている場所を見つけて、流れを遮る方法を考えてほしい」「風の流れ……」 アリシアがヴィクターの横に立ち、窓の外に目を向けた。 外は異様なほど静かだ。 日中だというのに石畳の広場には誰もいない。私たちのように街の人たちも不穏な空気を感じ取っているのだろうか。外出するのを避けているのかもしれない。 風が通るはずの道筋が、何か目に見えぬものに押し返されているかのように、風の流れが滞っている。 この空気の淀み── それは舞手としてのアリシアにとって、身体の動きに風が応えてくれない拒絶感に似ていた。 風の通り道に見えない壁でもあるのだろうか。「風を読むか……」 アリシアが逡巡していた時、ふと記憶がよみがえった。「そう言えば……」 道具屋の主人との会話を思い出す── 自分の特性に適した鉱石を探していたとき、アリシアは何度も店の主人に質問を投げかけた。「私に合いそうな鉱石って、ありますか?」 主人は少し首を傾げてから、アリシアの顔を見つめた。「合いそうな鉱石?」 主人がアリシアに目を向けて問いかける。「はい、こういった物を使うのは初めてなんです。何を買って良いのか分からなくて……」 アリシアは少し肩をすぼめながら答えた。 主人は頷き、棚の奥を見ながら言った。「こういうのは自分の性格に合うものや、特性に合ったものを選ぶのが一番だよ」 主人が動きを止め、そしてアリシアに目を向けた。 アリシアは、どうしたのかと思い、主人を見つめる。「君は確か……、舞踏会に出ている人ではないか? 動きが滑らかで、風を巻くような……。あの人気の舞手……だったら、これなんかどうだい?」 そう言って、主人は棚の奥から小さな鉱石を取り出し、アリシアの掌の上に置いた。 青灰色の結晶が柔らかく震えている。 振動というより、呼吸をしているような、それ自体に生命を帯びていると思わせるものだった。 たった今、目を覚まし、世界の気配に耳を澄ませているかのように、水晶は微細な揺らぎを繰り返している。 アリシアは思わず息を止めた。 この結晶の震え── 指先に染み込むように伝わってくる。それは皮膚
last update최신 업데이트 : 2025-09-17
더 보기

礼拝堂の防衛線 ④

「それじゃ、私は?」 アリシアの問いに、ヴィクターは少しだけ間を置いてから答えた。「風を読んでくれないか。毒が空気に乗るなら、どこへ向かってるかを探る必要がある。風脈が乱れている場所を見つけて、流れを遮る方法を考えてほしい」「風の流れ……」 アリシアがヴィクターの横に立ち、窓の外に目を向けた。 外は異様なほど静かだ。 日中だというのに石畳の広場には誰もいない。私たちのように街の人たちも不穏な空気を感じ取っているのだろうか。外出するのを避けているのかもしれない。 風が通るはずの道筋が、何か目に見えぬものに押し返されているかのように、風の流れが滞っている。 この空気の淀み── それは舞手としてのアリシアにとって、身体の動きに風が応えてくれない拒絶感に似ていた。 風の通り道に見えない壁でもあるのだろうか。「風を読むか……」 アリシアが逡巡していた時、ふと記憶がよみがえった。「そう言えば……」 道具屋の主人との会話を思い出す── 自分の特性に適した鉱石を探していたとき、アリシアは何度も店の主人に質問を投げかけた。「私に合いそうな鉱石って、ありますか?」 主人は少し首を傾げてから、アリシアの顔を見つめた。「合いそうな鉱石?」 主人がアリシアに目を向けて問いかける。「はい、こういった物を使うのは初めてなんです。何を買って良いのか分からなくて……」 アリシアは少し肩をすぼめながら答えた。 主人は頷き、棚の奥を見ながら言った。「こういうのは自分の性格に合うものや、特性に合ったものを選ぶのが一番だよ」 主人が動きを止め、そしてアリシアに目を向けた。 アリシアは、どうしたのかと思い、主人を見つめる。「君は確か……、舞踏会に出ている人ではないか? 動きが滑らかで、風を巻くような……。あの人気の舞手……だったら、これなんかどうだい?」 そう言って、主人は棚の奥から小さな鉱石を取り出し、アリシアの掌の上に置いた。青灰色の結晶が柔らかく震えている。 振動というより、呼吸をしているような、それ自体に生命を帯びていると思わせるものだった。 たった今、目を覚まし、世界の気配に耳を澄ませているかのように、水晶は微細な揺らぎを繰り返している。 アリシアは思わず息を止めた。 この結晶の震え── 指先に染み込むように伝わってくる。それは皮膚
last update최신 업데이트 : 2025-09-18
더 보기

礼拝堂の防衛線 ⑤

 アリシアは立ち上がり、礼拝堂の扉へと歩み寄った。 扉を押し開け、外の冷たい空気の中へと身を滑り込ませる。アリシアはその中心に立ち、掌に乗せた鉱石へと視線を落とした。 青灰色の結晶は、冷たい空気に晒されながら、まるで呼吸するように光を帯びている。 街の空気は重く、風は沈黙している。 遠くの物音は鈍く、まるで自然そのものが息を止めているかのように、人々の出す音が鈍く、遠く聞こえる。 その沈黙の中で、アリシアはゆっくりと足を滑らせた。 舞うためだけでは、自然は反応してくれない。 風の道筋を探り、空間の歪みに触れるための、意図を込めた所作が必要だ。 自然に問いかける動きをしなければ── アリシアの呼吸が整い、身体が空間に馴染んでいく。 エルヴァイト鉱がアリシアの想いに応えようとするかのように、掌の中で熱を帯びた。──自然よ、応えて。 アリシアは声には出さず、心の中でそう呟いた。 この沈黙の奥に何が潜んでいるのか。 風が止まる理由、そして空気が拒むものの正体を探らなければならない。 アリシアは深く息を吸い込み、舞い始めた。 一歩、また一歩── 空気の層に触れながら、風の裂け目を探るように身体を動かす。 その瞬間、何かが弾けた。 空気の緊張が軋むように揺れ、足元の石畳に亀裂が走る。 突然、礼拝堂の外で地面が震え、異様な軋みがアークセリアを包み込んだ──「何これ!」 アリシアが、その場に立ち尽くす。 石畳の隙間から、黒い茨の蔓が這い出し、まるで生き物のようにうねりながら街を覆う。住民たちの叫び声が響く中、蔓は木々の形に成長し、血のような赤い花を咲かせ、その花弁から毒々しい香りが漂った。「逃げて……このままでは……」 花弁が不自然に震え、花の中心から聞き覚えのある声が漏れる。しかし、言葉は途切れ、その概要を掴むことはできなかった。「今のは──」 ヴィクターが顔を上げた。 震えが礼拝堂の奥にも届く。 自然の拒絶、空間の震え、そして何かが目覚める気配────これはゾディア・ノヴァの魔術だ。 瞬時にヴィクターは悟った。背筋に冷たいものが走る。 ヴィクターとセラが反応するより先に、礼拝堂の窓が軋み、黒い茨がガラスを突き破り、内部に侵入してきた。 蔓が触れるもの全てを絡め取り、壁に巻きついてく。蔦の重さに耐えきれず、石壁が枯
last update최신 업데이트 : 2025-09-18
더 보기

礼拝堂の防衛線 ⑥

 礼拝堂の外壁を這う黒い茨の蔓は、意思を持った獣のごとくうねり、出入り口を這い回っていた。 蔓の先端が扉の隙間に食い込み、悲鳴のように音を立てて木材が軋む。 セラは心臓を締め付けられる恐怖に囚われ、思わず一歩後ずさった。 蔓の動きは執拗に獲物を追う捕食者そのもの。駆け寄ろうとするが、足がすくみ、動くことができない。セラは、ただ目を見開き、その場で立ち尽くすばかりだった。「あっ」 突然、目の前で呼吸するかのように扉が膨らみ、ゆっくりと閉ざされた。「閉じ込められた……」 光が遮られ、礼拝堂の中に薄闇が満ちていく。 ステンドグラスから差し込んでいた色彩も蔓の影に飲み込まれ、赤と青が濁った紫に変わった。 呆然と佇むセラ──「セラ、大丈夫か」 ヴィクターが声をかけた。 その声に我に返ったセラが扉に駆け寄る。蔓に覆われた隙間に指を差し入れ、わずかな空間から外を覗き込んだ。 扉の向こうにアリシアがいる──「アリシア! 聞こえる? そこにいるの?」 セラの声は礼拝堂の高い天井に反響し、冷たい石壁に吸い込まれるように消えた。 必死に黒い茨の隙間から声を投げかけるが、アリシアからの返事はない。蔓が音を吸い込んでしまったかのように、外界との繋がりが目に見えない膜で断たれている。 セラは震える手で扉に触れ、隙間から目を凝らした。 霧の中で揺れる衣の裾が視界をかすめる。 アリシアだ── だが、アリシアは地面に横たわり、動かない。力尽きたかのように身を投げ出している。 セラの胸に冷たい不安がじわりと広がった。 アリシアはまだ生きているのか、それともゾディア・ノヴァの魔術に飲み込まれたのだろうか。「アリシア……!」 セラは蔓を押しのけようとした。 だが、蔓は冷たく、硬く、意志を持つかのようにセラの手を拒む。指先に力を込めても、蔓はびくともしない。 焦りが胸を締めつけていく。 このままでは、アリシアが──「ヴィクター、何か方法は……!」 アリシアを、そして町の人たちを救い出すために早く動かなければならない。 ヴィクターの視線は礼拝堂の外に注がれている。「クラウディアさんたちが来るまで、持ちこたえようかと思っていたけど……これは……」 言葉が喉に引っかかり、息が漏れるように途切れた。 ヴィクターは声を失った。──街が破壊されている
last update최신 업데이트 : 2025-09-19
더 보기

礼拝堂の防衛線 ⑦

「毒を出してる……」 低く絞り出すような声だった。 ヴィクターの言葉にセラが振り返る。「毒?」 セラの声が礼拝堂の薄闇に震えながら響いた。「ああ、花から出てる。あの蔓の根元に咲いてる赤いやつだ」 ヴィクターが低く答え、窓の外を指差した。「あれは“喰い花”だ。木工に色を塗る時に使うこともあるけど、使い方を誤ると空気を濁らせる。いつもは白い。赤い色は初めて見るな」 毒を放つ時は、花が危険を察知した時──喰い花が自然に毒を放つことはない。「何もしなければ無害なんだが……」 ヴィクターの脳裏にゾディア・ノヴァの名がよぎった。ゾディア・ノヴァが何かを仕掛けに違いない。危険性を知る街の人たちがむやみに刺激するはずがないからだ。それに、あの花はアークセリアには自生していない。フェルミナ・アーク特有の花だ。 ゾディア・ノヴァが喰い花の性質を利用して何かをしようとしている。その目的は一体、何なのか。 街を破壊する利点があるとは思えないが…… ヴィクターは壁を這う黒い茨に目を凝らした。木目の奥に赤黒い筋が脈打つように走っている。それは蔓の侵食ではなく、毒が染み込んだ痕跡だった。 毒素の拡散、構造物への浸食、自然の秩序をねじ曲げる力── これらがゾディア・ノヴァの計算ずくの行動だとすれば、単に蔓を切り払うだけでは足りない。毒の根を断たないと、街ごと飲み込まれる。 窓辺に立つヴィクターの目は、赤い花の不気味な輝きを捉えていた。ヴィクターの拳が、静かな怒りで握り締められる。 自然を愛するヴィクターにとって、この異様な花の変貌は、ゾディア・ノヴァが自然の秩序を冒涜する証だった。自然を愛するのはリノアやエレナだけではない。おそらくは自然に囲まれ、共に生きて来た村人たち全員の共通意識だ。 ヴィクターはセラに目を向けた。「セラ、よく聞いてくれ。色で毒の種類が変わる。だが、喰い花の赤い毒は俺も知らない。《エアリス鉱》を使って、毒の正体を突き止めてくれないか」「うん、分かった」 セラは震える手を抑え、心を奮い立たせた。 アリシアが扉の向こうで横たわり、街の人々が赤い喰い花の毒に蝕まれている。礼拝堂の薄闇に響く黒い茨の軋みと、遠くで途切れる住民の叫び声が、セラの心を急き立てた。 街に異変が起きる前、礼拝堂でセラは《エアリス鉱》と薬草を組み合わせた調合を始めた
last update최신 업데이트 : 2025-09-20
더 보기

礼拝堂の防衛線 ⑧

 セラは扉の隙間に目を凝らし、地面に横たわるアリシアを見つめた。微かに動くその姿に希望が灯る。「しかし驚いたな。毒の解析をするだけかと思ったが、毒の濃度を薄めてくれるなんて。取り込んだ分だけ、毒の効果が薄まったということなんだろうが」 ヴィクターには動揺も焦りも見られない。状況を冷静に見極めようとしている。「ところでセラ、アリシアは大丈夫そうか?」 ヴィクターには動揺も焦りも見られない。状況を冷静に見極めようとしている。 「毒にやられて苦しんでる。早く助けに行かないと!」 セラが緊張した面持ちで言った。「ああ、分かってる。それに毒の源を断たないと意味がないしな。喰い花は死んではいない。あいつは、また毒を撒き散らす」 そう言って、ヴィクターもセラのように外の様子を眺めた。 空気の流れに沿って《エアリス鉱》の光の粒子が弧を描きながら揺れている。その軌跡は礼拝堂の外へと伸び、広場の中心に向かって収束していた。「毒の根元は……広場の中心か」 ヴィクターは空気の歪みを見据えて言った。「ゾディア・ノヴァはアークセリアを自然の牢獄に変えようとしているみたいだ。このままじゃ、クラウディアさんたちが町へ入ることができなくなる。奴らの狙いは分断だろう。俺らを孤立させて切り離すつもりだ」 礼拝堂の外では赤い喰い花が咲き乱れ、黒い茨がアークセリアの街を貪るように絡みついている。 突然、礼拝堂の壁が軋み、黒い茨がさらに勢いを増して石壁を締め上げた。屋根の梁が悲鳴を上げ、薄闇に鈍い音を響かせる。崩れ落ちた破片が床に散らばった。 ヴィクターが目を細め、礼拝堂の構造を見極めるように視線を巡らせる。「この礼拝堂、茨に締め上げられて骨組みが歪んでる。このままでは崩壊するのは時間の問題だ」 ヴィクターの手が柱に触れている。恐らく意識的なものではない。木材の繊維を読み解くように梁や壁の微細なひび割れを捉えている。長年、木と向き合ってきた感覚がそうさせるのだ。木材の強度を確認するその仕草は木の魂と対話するようだった。「セラ、急ぐぞ。広場の毒の根を断つには、まずこの扉を開ける必要がある。準備はいいか?」 ヴィクターがセラに視線を移し、鋭く言い放った。その姿は冷静ではあるが、ゾディア・ノヴァへの怒りが漲っている。「セラ、アリシアを助ける準備を頼む。俺がこの扉を開ける」「
last update최신 업데이트 : 2025-09-21
더 보기

ひとつの道 ⑧

 エレナはリノアの瞳に宿る光を見て、安堵の息を吐いた。「……あの湖に、もう一度行ける気がする。今度は幻じゃなくて、自分の足で」 リノアの声は水鏡の湖の澄んだ水面を映すような、穏やかで、しかし揺るぎない力に満ちていた。 リノアから、その言葉が聞けただけでも十分だ。もう、これでゾディア・ノヴァの術がどれだけリノアに忍び込もうとも、その光は決して消えることはないだろう。 エレナがリノアを温かな瞳で見つめていた時── 遠くの場所から低く重い地響きが聞こえた。森の木々がざわめき、地面が微かに震える。 風が一陣、森を撫でる。 エレナはその流れに身を委ねるように目を閉じて、耳を澄ませた。「この地響き……アークセリアの方からだ。アークセリアで何かが起きているのかも」 風が頬を撫でるたび、エレナの意識は遠くへと伸びていく。地響きの震えを、風のざわめきの中に探そうとしているようだった。「風に不穏な気配が混じってる。何かが……遠くで動いてる。ゾディア・ノヴァの仕業だと思う」 リノアが風の向こうを見つめて言った。「セラたち、大丈夫かしら」 冷静な眼差しの奥に、エレナの懸念が揺れる。その瞳には遠く離れた仲間への不安が浮かび上がっていた。「だけど、戻るわけには……」 リノアが呟いた。 リノアの手が無意識に胸元へと伸びている。鼓動を抑えようとしているのだろうか。指先が微かに震えている。「分かってる。セラたちも、きっと動いてるはずよ。私たちは私たちの場所で、やるべきことをやりましょう。私たちが行っても、どれだけの手助けができるか分からないし」 エレナは空を見上げたまま深く息を吸い込んだ。 アークセリアにも、きっと対応できる人がいるはず。 すぐ隣には、何が起きるか分からない不可思議な土地──フェルミナ・アークが広がっている。異変に晒されることも多く、アークセリアの人々は常に備えを怠らずに生きてきた。 それに何と言っても、かつての争いでは最前線で戦い、アークセリアの文化と歴史を守り抜いた人たちでもあるのだ。 だからこそ、あの町には動ける人たちがいる。ただ祈るだけではなく、立ち上がる力を持った人たちが──「そうだね。先に進もう、エレナ。私たちは前に進まなければいけない」 リノアがアークセリアを背にし、前を見据えて言った。 背後には頼もしい人たちがいる。こ
last update최신 업데이트 : 2025-09-22
더 보기

ひとつの道 ⑨

 森の奥へと進んでいると、リュカの声が風に運ばれてきた。「くそっ、離れろ!」 木々の間から剣戟の音がこだまし、森の奥からリュカとゾディア・ノヴァの術者が姿を現す。黒いローブに身を包んだ術者は仮面を覆っている。その手には意志を操る魔力を放つ杖が握られていた。「あれ……湖の向こうにいた人だ」 リノアの視線が吸い寄せられるように定まり、幻視の中で見た人影が現実の姿と重なった。 幸いなことにリュカは意識を飲まれてはいないようだった。しかし術者の魔力に抗い、剣を振るってはいるものの、その姿は限界が近づいているのは明らかだった。 額には汗が滲み、肩は上下に揺れ、呼吸は荒く、浅い。動きは鈍り、足元がふらつき、踏みしめる力が抜けかけていた。 長時間の戦闘が確実にリュカの体力を削っている。 剣を握る手にも力が入りきれておらず、鋭い技を切り出しても悉く空を切る。ようやく術者の身体に当たったかと思えた刃も、霧を裂くように虚しく、すり抜けていった。 目の前にある術者が本体なのであれば、実体はあるはず……。どうして斬ることができないのか。 風に揺れる衣の端も、足元の影も、どこか現実味が薄い。 まさか、これも術者による幻想……「リュカ、持ちこたえて!」 エレナの声が森に響く。その叫びは祈りにも似た切実さを帯びていた。 リュカとの戦いの最中にもかかわらず、術者の動きに焦りはない。むしろ余裕すら感じさせる。 唸りを上げるリュカの斬撃に対して、術者は舞うように身をかわし、次の瞬間には、背後へ移動している。リュカの必死さを楽しんでいるかのように…… リュカから距離を取った術者が杖を振り上げた。 よほどリュカとの戦いに余裕があるのだろう。ここにいる全ての人を敵にするつもりだ。 風が逆巻き、視界が滲む。──来る。また、あの幻だ。 風の流れが変わり、森に沈黙のような圧が満ちていく。意志を蝕む冷たい魔力がリノアに襲い掛かった。 しかし、もう恐れる必要はない。 リノアは目を閉じて、水鏡の湖の澄んだ水面を心に描いた。 揺れる水面── 周囲を飛び交う小鳥や蝶たち── 術者がリノアに見せようとする幻は、水面で乱反射する光に阻まれ、そこから先に進むことができずにいる。 四方八方に放たれた淡い光が、幻の光景を霧散していく…… その光景を穏やかな気持ちで見守っていると、
last update최신 업데이트 : 2025-09-23
더 보기

ひとつの道 ⑩

 リノアとエレナが術者の動向を注視していた時、突然、リュカの声が茂みの中から聞こえた。「どこを見ている!」 術者が見せた一瞬の隙──リュカはそこを突いたのだ。 地を蹴ったリュカが木々の間を縫うように迫ったかと思うと、次の瞬間、術者の背後から唸りを上げた剣が振り下ろされた。 それは、ただの攻撃ではなかった。長く続いた戦いの中で、何度も空を斬り続けた末に掴んだ、たった一度の好機。リュカはその瞬間を狙っていた。 しかし術者はリュカの渾身の一撃を、身を翻すことで躱した。剣が皮一枚をかすめ、空を切る。 風に煽られ、術者の身体が旋回する中、術者は再び杖を強く握り直した。空に浮いたまま、重心を定めきれずにいる。それでも術者は魔力の収束を始めた。 杖の先に冷たい光が集まり、空気が軋む。 だが──リュカの方が一瞬、早かった。 リュカは剣を振るわず、そのまま剣を投げた。 風を裂いて、剣が一直線に術者へと向かって行く。「無駄だ」 術者の声が仮面の奥から冷たく響く。 先ほど斬撃を繰り出した時、術者は身体を翻して剣を交わした。実体のない身体であるなら、避ける必要はなかったはずだ。 術者は未だ、心が乱されたままでいる── 狙いは、ただ一つ。 術者の胸元ではなく──仮面の中心。 鈍い音が空気を裂きながら、仮面の中心へ吸い寄せられるように飛んでいく。 そのまま剣は仮面の中心に突き刺さった。 仮面の表面に、ひびが走る──「くっ……!」 仮面を抑えて、術者が後退していく。 リュカは長時間の戦いの末、術者の魔力の核が仮面に潜んでいることを見抜いていた。術者が術を発動するたびに、仮面の中心で赤い光が微かに脈打っていた。それは注視しなければ気づくことができないほどの、ほんの僅かな光だった。 実体がないなら、魔力の核を叩くしかない。 リュカの一撃は、術の均衡を崩す引き金となった。 リュカが過去を断ち切るために放った一撃── 剣を手放してでも、届かせなければならない想いが、そこに込められていた。「これで終わりだ!」 リュカは腰の短剣を引き抜き、術者に飛びかかった。空中に怪しく浮かぶその仮面へ一直線に刃を向ける。 リュカの短剣が仮面の中心に突き刺さった。 赤い光が爆ぜ、術者の身体が崩れ落ちていく…… 仮面の奥に潜んでいた何かが、今、露わになろうとして
last update최신 업데이트 : 2025-09-25
더 보기

ひとつの道 ⑪

 仮面の破片が辺りに散らばっている。 その静寂の中、一人、佇むリュカ── それにしても、少女の華奢な身体からは想像もつかない鋭さだった。この短時間のうちに、ここまで成長を果たすとは思えないが……。一体どうしたというのか。心境の変化がそうさせたのだろうか。「ゼファー……」 リュカが呟いた。 仮面が崩れ落ち、その奥から顔が露わになっている。 ゾディア・ノヴァに魂を売った男の疲れ果てた目が一瞬、リュカと交錯する。 リノアとエレナはリュカの横顔を見つめた。「この人は……私の師匠」 リュカは平坦な表情のまま、地面に横たわる男の姿をただ見下ろしている。だが、リノアはその静けさの奥に、剣よりも鋭い痛みが潜んでいることに気付いていた。 未だリュカの中に、ゾディア・ノヴァの無感情な精神が残っているというよりは、予め覚悟を決めていたと解釈した方が正しい。 リュカの瞳がわずかに揺れている。 きっとリュカは戦いの最中で気づいていたのだ。仮面の奥に潜むその顔に──。だからこそ、私たちとの戦いとは比べものにならないほど、動きに無駄がなかった。師匠なら何度も、その動きを見ていたはずだ。相手の動きを予見することは造作もなかったことだろう。「……お前は、もう戻ることはできない」 ゼファーが仰向けのまま口を開いた。 リュカは答えず、短剣を握る手をゆっくりと下ろした。「ゾディア・ノヴァは心の揺らぎを見逃さない。お前が敵に敗れたことより──心を許したことが問題なのだ。お前はゾディア・ノヴァの教えを破った」 ゼファーがリュカを見据えている。その瞳に鋭さはない。「それが襲い掛かってきた理由……」「そうだ。お前は穢れを持った。一度でも穢れを持った者は、もう組織に戻ることはできない。あの組織にとって感情は毒なのだ。その毒を、お前は抱いた」 二人の間に沈黙が落ちる。 風が木々を揺らし、破片が転がる音がした。「ゼファー……貴方は本気で戦っていなかった」 リュカが呟き、ゼファーから視線を逸らした。「そうじゃない。お前の腕が上がっただけだ」「嘘だ。貴方が本気を出せば、私なんて……」「まあ、どう思おうが、お前の勝手だがな」 そう言って、ゼファーはしばらく口を閉ざした。「……しかし、弟子に討たれるのも、悪くはないものだな」 ゼファーの声は弱々しい。だが、どこか安堵を帯
last update최신 업데이트 : 2025-09-25
더 보기
이전
1
...
232425262728
앱에서 읽으려면 QR 코드를 스캔하세요.
DMCA.com Protection Status