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水鏡の星詠의 모든 챕터: 챕터 261 - 챕터 270

275 챕터

優雅なる毒の前触れ ③

 アリシアは、ふと空を見上げた。──風の向きが変わった? 心なしか気温も下がった気がする。 それは突如としてではなく、じわじわと空気の層がずれ込むように始まった。広場を吹き抜けていた風が、まるで何かに引き寄せられるように方向を変えていく。 瓦礫の隙間を抜け、地面に倒れている町民の髪を揺らす。喰い花の茎を撫でながら、すべての流れが紋様の中心へと吸い込まれていった。 空気は渦を巻き、見えない螺旋を描いている。その中心に浮かぶのは、白仮面が刻んだ青白い紋様──。 光は脈打ち、一定の間隔で明滅している。──あの人たち、何をしているのだろう。今の状況で毒が撒かれたら、この場に居る人たちは…… 町民たちは状況を理解できず、その場に立ち尽くしている。 逃げる術も、判断する余地もない。しかし、白仮面たちは周囲にいる人々のことを気にも留めなかった。誰一人として言葉を発することなく、紋様の完成を冷酷に見届けている。 やがて、一人が足を踏み出した。それに続くように、他の仮面たちも動き始める。隊列を組むわけでもなく、ばらばらに。しかし、奇妙な統一感をもって── 彼らの歩みには目的地へ向かおうとする意志が感じられない。ただ空間を移動するという無機質な行為だけがそこにある。 遠目に眺めていると、町民の一人がよろめきながら白仮面たちの進路を塞ぐのが見えた。しかし、白仮面たちはその存在を意にも介さず、足で蹴り上げ、無造作に押しのけた。 その足取りには、感情も、ためらいも、一切の人間性もない。一人の人間が地面に倒れ、呻き声を漏らしても、白仮面はただ冷たく見下ろすだけだった。 その光景をアリシアは瓦礫の陰から見つめることしかできなかった。胸の奥に絡みつく怒りと恐怖に息が詰まる。 助けたい──そうは思う。 だけど、足が動かない。 あの白仮面たちに近づけば、きっと自分も蹴り飛ばされてしまうだろう。いや、それだけでは済まないかもしれない。 その想いがアリシアをその場に縛りつけた。 逃げたいのか、抗いたいのか──自分でも分からない。 瓦礫の陰に身を潜めたまま、アリシアは胸元の襟を握りしめた。布地が指の間でよじれ、爪が肌に食い込む。 動こうとする意志と、動けない現実が、身体の内側でぶつかり合っている。アリシアの視線は自然と地面に落ちた。 すると、その視線の先で、砂粒がわ
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優雅なる毒の前触れ ④

 広場に残されたのは、冷たい光の囲いと苦しむ町民たち。静寂が戻り、ただ毒の気配だけが空気の底に沈んでいる。「街を壊し、毒を撒いたのは、あの人たちだ……」 アリシアは、そう直感した。 最初の波で街を壊し、喰い花の毒で町民の動きを封じ、そして今──二度目の波を起こそうとしている。 何を目的としているのかは分からない。だけど、何かが始まっていることだけは確かだ。 このままでは意志も声も奪われたまま、アークセリアの人たちが支配の輪の中へ沈められてしまう。 次の波が来る前に見つけなければ。 突破口を── 毒に抗う方法を── アリシアは広場に目を遣り、思考を巡らせた。 青白く浮かぶ紋様の中心に向かって、風が吸い寄せられている。 広場の至る所に散らばる喰い花──根が複雑に絡みついている。これらを全て刈り取るのは不可能に近い。 空気が重く、冷たく感じる。 アリシアは肌に触れる空気の冷たさを実感した。 気温が明らかに下がっている。 風が吸い寄せられるたびに、広場の温度が奪われているのではないか。まるで紋様が空間そのものの熱を奪い取っているかのようだ。 アリシアは視線を広場から、その周辺に移し、瓦礫の間に横たわる人々に目を遣った。呻き声は、もう声とは呼べないほど細くなっている。 毒に晒され、体力を奪われた人々の身体に、この冷気は耐えられないだろう。震えている人の姿も目につく。 アリシアは唇を噛んだ。 このままでは毒に飲まれる以前に、命の火が冷気に消されてしまう。 どうすれば── アリシアは自問しながら、足元の瓦礫を避けて膝をついた。今、私にできることは、これしかない。 老人の顔が土埃にまみれ、唇はかすかに動いているだけ。もはや苦しみを言葉にすることはできず、その動きは命の残響そのものだった。 アリシアは手袋を外し、頬に掌を添えた。 肌が氷のように冷たい。 脈を探る指先に、微かな鼓動が触れた。「よかった……まだ、生きてる」 アリシアは羽織っていた服を脱いで、老人の肩にかけた。 老人の震える手を包み込み、指先をこする。 冷え切った皮膚に、わずかな温もりが戻ることを願って──風にかき消されそうな呻き声。それは周辺からも聞こえてくる。 アリシアが声の漏れた方に顔を向けると、そこに横たわる人影がいくつも見えた。 うずくまる者、動かな
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潜入捜査 ⑥

 テオとミリアは崩れ落ちた建物の屋根に立っていた。瓦礫の山が不安定に傾きながらも、そこは広場全体を見渡せる唯一の高所だった。 少し前、白仮面たちが広場の空気を裂くように浮かび上がり、音もなく外縁へと滑っていくのを二人は目撃していた。「あいつら風を見て動いてたな。毒の流れを見極めてる」 白仮面たちは風の流れを読むように動き、毒の濃度が薄い地点へ移動したのだとテオは推測した。 テオとミリアは広場の中心に刻まれた紋様へと視線を向けた。地面に浮かぶ青白い紋様が脈打つように明滅を繰り返している。 その光は風の流れに呼応するように揺れ、広場の空気を静かに巻き込んでいた。「あの紋様……何の意味があるんだろ」 ミリアは瓦礫の上に膝をつき、指先で砂を払った。「たぶん、この紋だと思うけど……」 ミリアが崩れた屋根の破片に細い線で紋様を描いていく。 瓦の表面に刻まれた紋様に風が触れた瞬間──紋が震え、地脈の流れが淡く浮かび上がった。「風を吸ってるだけじゃない。流れを……編み直してる」 ミリアは目を細め、紋様の中心を見据えた。「どういうことだ?」 テオが眉を寄せる。「これは風の結界。毒を沈めるための器みたいなものよ」 ミリアは風の揺らぎに重なるように静かに答えた。「あの場所に毒を集めるってことか……」 テオは視線を紋様から外し、崩れ落ちた街並みに目を向けた。建物は軒並み崩れ、壁は裂け、屋根は風に晒されている。瓦礫の隙間から、不規則な風が吹き抜けていた。 空気は乾いていて、地面の温度が異様に低い。──やはり、そういうことだったか。 テオは再び紋様に視線を戻した。「あの紋様……周囲の温度まで下げてるのか」「そう。温度を下げることで、空気の密度を高めてる。重くなった空気が毒を沈めてるってこと」 ミリアは広場の空気の揺らぎに目を凝らしながら答えた。「ここだけ地表が冷えている理由はこれだったのか……」 テオは瓦礫の縁に立ち、広場の外側へと視線を投げた。 白仮面たちが風の裂け目を選ぶように外へ向かっていった光景が脳裏に蘇る。 飛び立つ直前、彼らは確かにこちらを見た。しかし目もくれず、風に乗って去っていった。二人の存在に気付いたはずなのに……「あいつら俺たちを相手にする気はないってことみたいだな」 テオが呟くように言った。 白仮面たちの目的は
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優雅なる毒の前触れ ⑤

 広場の空気が、どこか異様に冷たい。 アリシアは膝をつき、倒れた人々の呼吸を確かめながら、次々と布を巻いていった。 毒にやられた者たちは、まだ完全には蝕まれていない。紋様が描かれるまで毒は風に流れて拡散していた。それが良かったのだろう。 今、倒れている人々の呼吸は浅い。しかし、毒の進行は止まっているはず。考えられる原因は…… おそらく冷えによる体温の低下── 地表の温度がじわじわと下がり続け、体温を容赦なく奪い取っている。 アリシアは布を巻き終えた手を膝に置き、広場の中心を見渡した。 礼拝堂の扉の向こうから、鈍い破砕音が断続的に響いている。 ヴィクターとセラが内側から突破を試みているのだ。あの様子では外に出てくるのは時間の問題だろう。ヴィクターだったら壊せるはずだ。もう少しで二人が駆け付けてくれる。「持ちこたえなきゃ」 扉が開くまでの間──私が、ここを守らなければならない。 アリシアは小さく息を吐き、冷えた空気の中に身を起こした。 その時、瓦礫が崩れる音が聞こえた。 それは礼拝堂からではなく、広場の外側からだった。「大丈夫?」 遠くから、女性の声が風に乗って届く。 アリシアは声の方へ顔を向けた。 崩れかけた石壁の向こう、薄明かりの中から若い男女が姿を現す。足元の瓦礫を慎重に踏みしめながら、彼らはこちらへゆっくりと歩み寄ってきた。 この人たちは、崩れ落ちた建物の上からこちらを眺めていた人たちだ…… アリシアは、胸の奥に張りついていた緊張がわずかにほどけるのを感じた。 二人からは敵意を感じない。 彼らはこの状況を見て、私たちを助けに来たのだ。見捨てようと思えばできたはずなのに……。この人たちはあの一瞬の視線を通り過ぎるだけのものにしなかった。 広場にはまだ沈黙が残っている。だが、毒に沈む器の底で抗う意志が静かに息を吹き返していた。 アリシアは一歩前に出て、声を発した。「私はアリシア。あなたたちは?」 二人は足を止めて、短く目を交わした。 先に口を開いたのは、ミリアだった。「ミリア。こっちはテオ。壁が造られる。すぐに離れなきゃ」 ミリアの肩がわずかに前へ傾き、足元には力が込められている。その立ち方が時間の猶予のなさを物語っていた。「だから、あなたを助けに来たの。仲間は一人だけ? 他にはいないの?」 そう言って、ミ
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優雅なる毒の前触れ ⑥

「……外に誰かいるのか?」 くぐもった声が扉越しに漏れてくる。 ヴィクターだ。 低く抑えられた音程。言葉の間に耳を澄ませるような間がある。この状況で、敵と味方を見誤れば命取りになる。ヴィクターは、それを痛いほど理解していた。 テオがすぐに扉へと歩み寄り、声を投げかけた。「外から来た者だ。君たちを助け出すために動いてる。扉、そっちから動かせそうか?」 一拍の沈黙が流れる。 やがて、内側から再びヴィクターの声が返ってきた。「歪んでる。内側からも壊してるが、なかなか割れない」 その声にミリアの視線が扉へと吸い寄せられる。耳がその名を拾った瞬間、胸の奥に何かが触れた。「……ヴィクター?」 ミリアは扉の前に立ち、身を傾けた。中の気配を探るように耳を澄ませて、再び名を呼んだ。「ヴィクターでしょ? 聞こえる? 私、ミリアだけど」「ミリアか……。どうしてここに?」 ヴィクターの言葉に再会の親しみは感じられない。 過去を断ち切るには浅く、寄り添うには遠い。ミリアとの再会を喜ぶには、まだ距離がある。かつてグレタたちと行動を共にした者の一人にミリアがいたのだ。 グレタたちの目的は今も不明瞭だが、少なくともリノアの情報を引き出そうとしていた節があった。その経緯を思えば、全面的に信用するわけにはいかない。「ミリア、話は後だ。今はそれどころじゃない。あいつらが俺らを閉じ込めようとしている」 テオは言い終えるや、すぐに足元の瓦礫に目を走らせた。扉の下部に食い込んでいた破片を見つけ、膝をついて手を伸ばす。それを引き抜くと、扉が軋みながらわずかに動いた。 ミリアもすぐに反応する。「ヴィクター、そっちから壊してるんだよね? こっちは塞いでる瓦礫を取り除いてる。合わせて扉を動かそう」 ミリアはヴィクターとは異なり、ヴィクターに対しては、行動の妨げとなる私的な感情を持ち合わせていない。だが、ヴィクターが自分たちを快く思っていないことには気づいていた。 それでも、今は協力が必要だ。「分かった。そっちの動きに合わせる」 ヴィクターの返事は短く、実務的だった。事情を挟むべきではない──ヴィクターもそう判断したのだろう。 テオが瓦礫を引き抜き、ミリアが扉の縁を押さえる。 扉の向こうで、ヴィクターが何かを蹴る音がした。内側から力を加えているようだ。 木材が軋み、
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優雅なる毒の前触れ ⑦

「もう大丈夫だ。あとは俺がやる。下がってくれ。怪我するぞ」 ヴィクターの声が扉越しに響いた。 その直後、内側で何かを強く打ちつける音がした。金属が擦れるような音と木材を押し出す鈍い衝撃。 扉の下部がわずかに押し出される。 テオとミリアはすぐに後退し、粉塵を避けるように身を引いた。 扉の向こうでは、ヴィクターが何かの道具を使って枠をこじ開けている。木材を叩く音、金具をねじる音──それらが断続的に響き、扉全体が軋み始める。 やがて、内側から一撃が加えられた。鈍い衝撃音とともに、扉がぐらりと揺れ、歪んだ枠が限界を超える。「離れてろ、もう一発いく」 ヴィクターは扉の内側に身を沈め、くさびを深く打ち込んだ。 次の瞬間、内側からの力が決定的に加わる。扉が軋みながら枠から外れ、粉塵と木片を巻き上げて、地面へと倒れ込んだ。 鈍い衝撃音が響き、埃が一気に舞い上がる。 光が差し込む中、ヴィクターともう一人──セラの姿が現れた。 顔には粉塵が付着し、額には汗が滲んでいる。 ヴィクターの手には使い込まれた鉄製のくさびと柄の短いハンマー。木工職人としての技術が、今まさに命を救う手段となった。 ミリアの目がヴィクターの隣に立つ少女に向かう。 年齢は二十代前半、しなやかな身体に埃まみれの服がまとわりついていた。舞踏家として鍛えられた身体は細身ながら無駄がなく、静かに立つその姿には内側から支える芯の強さがあった。 だが、その肩はわずかに落ち、呼吸は浅く速い。短時間とはいえ、閉じ込められていた疲労が見て取れる。 それでも彼女は真っ直ぐと見据えて立っていた。揺るぎない意志と状況を見極める冷静さがそこにある。「あれっ、もう一人いたの?」 ミリアが目を細めてつぶやく。「ヴィクター、その人は?」「セラって言うんだ。ミリアたちと離れてから、一緒に行動を取ってる。アークセリアの住民だよ。そこに居るアリシアの友人」 ヴィクターが手短に答えた。「そっか。私はミリア、そこに居るのがテオ。よろしくね」 ミリアはセラに軽く挨拶をした後、すぐに崩れかけた周囲へと視線を移した。「急ぎましょう。ここは、長くは持たない。閉じ込められる前に出ないと」「テオ、アリシアは?」 ミリアが問う。「奥で手当てしてる。だけど動けない人ばかりだ。連れて出るには時間が足りない。諦めるしか…
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優雅なる毒の前触れ ⑧

 アリシアは首筋をかすめるような微かな違和感を覚え、手を止めた。 冷たい流れの中に異質な動き──滞っていた風が広場の縁でわずかに乱れる。 その異様な気配に気づいたアリシアが、そっと顔を上げた。 空気が引き裂かれるように、静寂の膜が揺れている。 その裂け目から現れた二つの影── あの人たちは、先ほど広場から姿を消した人たちだ。また戻ってきたのか。 アリシアは息を殺し、倒れている人々をかばうように身を伏せた。どうやら、こちらの様子を探っているわけではなさそうだ。 アリシアは礼拝堂の方へ顔を向けた。 白仮面が現れた──この事実を、どうにかして伝えなければならない。 だが、動けば気づかれてしまう。声も出すことができない。 だから、ただ見つめた。強く、真っ直ぐに。 礼拝堂の入り口付近にいたセラが、最初にアリシアの異変に気づいた。 セラはアリシアを見据えたまま、次の瞬間にはヴィクターの腕を軽く引いた。「アリシアの様子が何か変……」 ヴィクターがアリシアの方へ目を向けた。 アリシアは身をかがめ、肩を強張らせたまま周囲を警戒するように目を凝らしている。その張りつめた動きと、鋭く一点を見つめる視線から、ただ事ではないことが伝わってきた。 ヴィクターが身体を少し前に傾け、足を踏み出そうとした瞬間──「待て」と、すかさずテオがその腕をつかんで制した。 ヴィクターの肩の力が抜け、代わりに鋭い視線がアリシアとその周囲の空気の揺らぎへ向けられる。ヴィクターの目はアリシアの動きだけでなく、その周囲の空気の揺らぎまでを捉えようとしていた。「動きが不自然だ。何かを警告してる」 テオもまた、アリシアの異変に気づいていた。戦略担当の斥候として培った感覚が、異常の兆しを見逃さなかった。 セラとミリアは落ち着かない様子で何度も視線を周囲に走らせている。二人はその場の状況を冷静に観察しながら、次にどのように動けば良いかを見極めていた。 外では白仮面たちが静かに障壁を作り、広場をじわじわと囲い込んでいた。 風の流れが変わり、木々が外縁を覆い始めると、セラもミリアも息を詰めて、その異様な光景を見つめた。「ついに動き出したか」 テオはアリシアが強く警戒している様子だけでなく、その周囲に漂う緊張感から、次第に状況の異常性に気づき始めた。 セラの指先が無意識に震えてい
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優雅なる毒の前触れ ⑨

──二人しかいない。もっといたはず。他の人たちはどこに行ったのだろう。 アリシアは周囲を見渡したが、姿は見えない。 ふいに、アリシアの脳裏にあの時の光景が鮮明に蘇った。 広場の上空、白い仮面をつけた人たちが、ゆっくりと浮かび上がり、音もなく広場を離れていった瞬間だ。──まさか。 広場は静けさに包まれている。長く伸びる木々の影が地面に溶け込み、倒壊した家々の隙間からは、本来吹き抜けるはずの風が、なぜか冷たく淀んでいる。 徐々に何かが広場を覆い始めている気配が漂い、アリシアの胸は高鳴り、思わず息を呑んだ。 広場が外から閉じられようとしている──そのことにアリシアは、ようやく気づいた。 仕掛けたのは、あの白仮面たちだ。 今、目の前にいる二人の白仮面たちのうち、他の者たちはすでに別の場所へ向かっていたのだ。 その目的は、この場所に毒を集めるため。そして街の人々を閉じ込めるため。 アリシアは、その場に立ち尽くした。 薄暗い広場の隅には誰もおらず、倒壊した家々が静かに影を落としている。遠くで風が重くうねる音だけが微かに耳に届いた。 冷え切った空気が肺を満たし、思考が凍りつく。 足は地面に縫い付けられたように動かない。 アリシアの視線の先には、絡みつく蔦と閉ざされた出口が沈黙の中に浮かび上がるだけだった。 そのとき、礼拝堂の近くに身を潜めていたセラ、ヴィクター、ミリア、そしてテオの四人が、広場の外縁に浮かぶ白仮面たちに気付かれぬよう、静かに息を潜めてアリシアのもとへと歩み寄った。 足音を殺し、瓦礫の影や木々の幹を辿りながら、互いに小さな合図を交わす。 テオが先行し、ヴィクターがその後に続き、ミリアとセラは周囲を警戒しつつ後方を守った。 それぞれの視線は白仮面の動きを鋭く捉え、少しでも音が立たぬよう、呼吸さえ浅く整えられていた。 やがて四人は、震えるアリシアの背後に辿り着く。「アリシア……大丈夫、何も起きてない?」 小さな声でセラがそっと呼びかけた。背後からそっと手を肩に添えられて、アリシアは一瞬だけ肩を震わせて振り返る。息を詰めたままのアリシアの目に、心配そうなミリアとテオ、そして決意を秘めたヴィクターの顔が浮かび上がった。「今はみんなで動いた方が安全だ。ここから一緒に脱出の方法を探そう」  ヴィクターは冷静な口調で言って、周囲の
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優雅なる毒の前触れ ⑩

「まずい! 悠長なことを言っていられなくなった。あいつらの行動は早すぎる。一体、何を急いでいるんだ」 テオは即座に状況の深刻さを悟り、ミリアに目配せをした。「これ以上、見ている時間はない。グレタ様に報告し、迎撃と支援の準備を急いでもらおう」 素早く周囲を見回しながら、テオはローブの内側から細長い発煙筒を取り出した。これは遠く離れた場所にいるグレタに緊急連絡を送るため、事前に用意したものだった。 テオは発煙筒に火をつけ、グレタがいる方向を正確に見定めると、腕を振り上げて全力で投げ放った。発煙筒が弧を描きながら空へと向かい、広場を囲む樹々の隙間をすり抜けていく。そして広場の上空に達すると、待ち構えていたかのように発煙筒は炸裂した。 眩いほどの黄色い煙が勢いよく噴き出し、煙は風に乗り、波のように揺れながらグレタのいるフェルミナ・アークの方向へと流れていった。「これでグレタ様が異変に気づいてくれるはずだ」 テオは言い終えると、しばらく視線を宙に留めた。 肩がわずかに沈み、胸の奥に残る焦りが見え隠れしている。 その言葉を聞きながら、アリシアは広場の空気に目を凝らしていた。 広場を囲う木々から生きた鎖のように伸びた蔦が、通路となる出入口をさらに深く、執拗に絡め取っている。その生い茂る緑の壁は、わずかな隙間すら許さず、退路を完璧に閉ざしていた。──次の波が来れば、もう逃げ場はない。このままでは広場に残された人々ごと、毒の底に沈められてしまう。一体、どうすれば…… その問いすら鉛のように重く、喉の奥で押し潰されて言葉にならない。 空気が張り詰め、誰もが次の瞬間を待っていた。 その沈黙の中で、ヴィクターがすばやくセラに目配せし、手短に指示を伝える。 喰い花が再び毒を撒き散らす──その可能性を見越しての判断だった。 セラはすぐに《エアリス鉱》を取り出した。昼の光の下でも、その表面に微かな光を閉じ込めている。それはセラにとっては希望の欠片でもある。 エアリス鉱は広範囲に対応することはできない。それに体内に入り込んでしまった毒に関しては、完全に取り除くことは不可能だ。だけど、少しでも毒の成分を取り除くことができれば……。このまま何もせず、黙ってやられるよりはましだ。「いよいよ仕掛けて来たな」 テオが声を押し殺すように言った。 テオの視線の先では、白い
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優雅なる毒の前触れ ⑪

 前が見えない。真っ白な光の中、アリシアはその場に立ち尽くしていた。 耳鳴りの余韻が静かに漂い、世界から色も形も奪われてしまったかのようだった。自分の呼吸だけが頼りなく胸の奥で響き、何も見えない恐怖が全身を包み込む。 どこか遠くから聞こえる誰かの叫び声。そして瓦礫の崩れる音── そのすべてが私を現実へと引き戻した。 アリシアは周囲の動向を把握しようと辺りを見渡した。その時、アリシアの耳に不気味な音が届いた。 地面の裂け目から、何かがずるずると這い出してくるような、低く湿った音── 白光が徐々に薄れていく中、アリシアはその物体を捉えようと目を凝らした。 うっすらと広場の景色が戻り始める。すると、視界の端には黒紫の蔓が蠢き、ゆっくりと広場へ広がっていく様子がはっきりと目に映った。 その異様な光景に思わず視線を逸らした時、アリシアは心臓が凍りつくような恐怖を覚えた。──喰い花だ。 とうとう喰い花が動き始めた。 広場の中央に咲いた異形の花は、夜の闇が具現化したかのように、不気味な存在感を放っている。幾重にもねじれた花弁が互いに絡み合い、不規則にうねりながら伸びている。 息をのむような沈黙—— 誰一人として、その光景を前に声を発することができなかった。空気は凍り付き、ただ花がゆっくりと花弁を開いていく音だけが、異様に大きく広場に響き渡る。 アリシアは息をのみながらその様子を見つめた。 花が開くにつれて、広場全体に奇妙な冷気が広がっていく。耳鳴りの余韻とともに、不安な心がじわじわと胸を締め付けていった。 周囲の人たちも、息を潜めて花の動きを見守っている。 ひりつくほどの緊張の中、人々の喉元に言葉も叫びも貼り付いたまま、誰も言葉を発することなく、その場の様子をじっと見つめていた。 やがて、花弁の奥がゆっくりと脈動し始めると、纏わりつくかのような重い毒霧が花弁から吐き出された。地を這いながら広場全体へと広がっていく。「毒だ! 下がれ!」 ヴィクターの叫びが響く。 咄嗟に仲間たちが、その場から離れた。しかし動くことのできない町民は、そうはいかない。町民の一人が咳き込み、別の者が目を押さえ、悲鳴を上げた。 セラは広場の空気が急速に濁っていくのに気づき、とっさに胸元に手を遣ると、空に両手を掲げた。 それはエアリス鉱と薬草を細かく砕いて作った粉
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